作者 天井 萌花 AKRacing賞:『水中夢中』の感想
水中夢中
作者 天井 萌花
https://kakuyomu.jp/works/16817330662707116706
水泳部の学年エースでライバルの水城海斗に片思いをしていることでタイムを落として悩んでいる青海瀬戸華は彼に相談すると、好きな人がいるけど泳ぐときは夢中、お前もそうだろ、と言われてつまらないことで悩んでいたことに気づき、勝ったら告白をしようと彼と五十メートルの勝負をし、自分と水だけに向き合って泳いでいく話。
疑問符感嘆符のあとはひとマスあける云々は気にしない。
初々しくみずみずしい。水泳だけに。
他のことを考えず、ただひたすらに突き進むことを「夢中になる」というのだと、思い出させてくれる。
主人公は、水泳部で高校一年生の青海瀬戸華。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
一文が長いところがあるので、読点をつけるともっと良くなる。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
主人公の青海瀬戸華は中学時代、男子の大会で表彰式に立つ別の中学で自分の得意種目と似ている同い年の水城海斗をライバル視していた。そんな彼と同じ高校の水泳部となり、学年のエース的存在である彼に片思いしてからというもの、タイムが伸び悩んでいた。
基礎からやり直そうとビート板をとりに用具倉庫へ向かうと、海斗に「遅ぇだろ。見栄張ってねえで泳げよな」と声をかけられる。
「見栄なんか張ってないし! 今だって泳ぐためにビート板を探しにきたの!」ムカついてビート板を投げつけると素早く避けられ、ブイの入っている箱が落ちてきた。顧問の先生にふざけていると思われ、「今日はもう解散の時間ですが、二人にはここの掃除をしてもらいます。綺麗にするまで帰れませんからね」と掃除を言いつけられてしまう。
片思いの彼と二人きりになってドキドキしながら瀬戸華は、高校生になって好きな人ができ集中できずタイムを落としていることを打ち明け、「海斗はそんなことないの?」と聞く。
「俺も好きなやつがいて、いつもそいつのこと考えてるよ」「でも水に入ったら、そいつのことなんて忘れてる。泳ぐのに夢中なんだ」「お前もそうだと思ってたけど、違ったか?」
彼の言葉を聞いて、つまらないことで悩んでいたことに気づき、恥ずかしくなる。私もそうだといって礼をいい、プールへ飛び込んで泳ぎだす。悩みから開放され、人生で一番いい泳ぎをする。
プールサイドまで来た彼に「海斗! 競争しよ! 50メートル!」と勝負を挑む。お互い、勝ったほうが聞いてほしいことがある約束をする。
瀬戸華は一世一代の告白を聞いてもらうのだと、水中に飛び込む。
同時に飛び込んだあと、自分と水だけに向き合いゴール目指して泳いでいくのだった。
書き出しの「集中している時の感覚は、水中にいる時とよく似ている」ところは、着眼点がいい。
息を止め、外の音が聞こえなくなり、視界は青一色で正面の壁に向かってひたすら突き進む。視覚や聴覚、呼吸までも制限され、誰よりも速くひたすら泳ぐことだけを求められる。
まさに一つのことに専念する「集中」である。
「水泳帽からはみ出した髪がゆっくりと舞うように浮かび上がっていく様子を見ていると、世界がスローモーションになったみたいだ」
主人公はプールに飛び込んだのだと思う。
そのとき、はたして水泳帽からはみ出した髪が見えるのだろうか、
タイムを測っているのだから、少しのタイムロスもしたくないはずなので、水泳帽から髪がはみ出さないようにしているだろう。
髪が出ても、後ろ髪だと思う。
自分の後ろ髪は見えないはず。
それとも、前髪をだした水泳帽のかぶり方をしているのかしらん。
「地についた足が、空気中に出た胸から上が、私に重力と空気の存在を思いださせる」
泳いだ後、プールの底に足をつけて立つと、胸から上を水面から出した状態を描いているのかしらん。
高校のプールの水深は、おおよそ1.2メートルと言われている。安全を求めるなあ、2.7メートルとか5メートルはほしいけれど、新しく作る費用がないが現実である。主人公の身長がどれほどかはわからないのだけれども、あまり深くないプールを使用しているのだろう。
水から上がったあとの、「他の水泳部員達の話し声や水の音が一気に耳に流れ込んできて、情報量で酔いそうだ」この表現は素敵。静かだったのに、一気に騒がしくなる感じがよく出ている。
「私はヨイショと体を持ち上げてプールから上がる」いわんとしたいことはわかるけど、モヤッとする。
おそらく、プールサイドに手をついては、プールの底を蹴るよう勢いをつけて上半身を水面から出して、片足をあげて引っ掛け、プールから出たのだろう。
くどくど説明するとテンポが悪くなるので、こういう書き方でいいけれども、「私はヨイショと体を持ち上げて、プールから上がる」と読点をつけるわかりやすくなる。
海斗のどこに惹かれたのかが、さり気なく書かれていていい。
「筋肉質で腹筋割れててかっこいいなとか、今日も目がキリッとしててイケメンだなとか思ってしまう」1
イケメンはともかく、スポーツをしている人は筋肉が気になるのは自然な気がする。
ビート板を投げて避けられている。
「そこは男らしく、バシッとキャッチするとこじゃないの⁉」には同意する。そこはカッコよく受けとめてほしい。
もし海斗が彼女に好意をもっているなら、取ってほしい。けれど、まだ距離感があるから、気恥ずかしさもあって取れないのかもしれない。
顧問に怒られて声を揃えて抵抗するところは、可愛らしい。
中学を卒業した高校一年生だから、まだあどけない幼さが残っている感じが出ていて、このあたりのやり取りは読んでいて楽しい。
片思いの人に「ねえ、海斗って好きな人いる?」と聞き、「私、高校生になって好きな人ができたんだ」と言い出せるのは、なかなか度胸のある子だ。でも、こういうことを聞けるのは女子。男子からは聞けない。
体を動かしている運動部は行動が早い。
文化部だと、なかなか聞けないだろう。
同じ得意種目だからといって、男子をライバル視するか考える。
男女混合リレーもあるし、タイムを競う競技の選手は、男女関係なく意識するものかもしれない。
あるいは、青海瀬戸華には水泳をしている兄弟がいて、タイムを競うことをしてきたのかもしれない。あるいは中学時は、同じ水泳部の男子と競い合っていたとも考えられる。
「――俺も好きなやつがいて、いつもそいつのこと考えてるよ」
話の流れからして、彼が好きなのは青海瀬戸華だろう。
もしこれで、マネージャーで友人の里菜だったらどうしよう。
顧問に叱られたときの二人は、息がぴったりだったし、互いに「勝ったら自分の話を聞いてもらう」で競うのだから、彼が好きなのは青海だと思う。
「でも水に入ったら、そいつのことなんて忘れてる。泳ぐのに夢中なんだ」「水の中に入ったら世界に水と、俺だけしかないみたいに思って、ただひたすら泳いでるんだ。お前もそうだと思ってたけど、違ったか?」
海斗の助言は理にかなっている。男子は、一つのことに夢中になって突き進んでいくことができるから。
しかも、好きな彼からの言葉は説得力がある。
彼の言葉はすっと胸の中に入り、恥ずかしさをおぼえるのだ。
そもそも、ライバル視するくらいだから、よく似ている。
だから、彼が教えてくれた泳ぎ方がすぐにできたのだ。
結果は、どちらが勝ったのかはわからないけれども、二人は付き合うに違いない。互いに切磋琢磨し合い、励まし合いながら仲良くなりますように。
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