作者・想空 読売新聞社賞:『夏の呪い』の感想
夏の呪い
作者 想空
https://kakuyomu.jp/works/16817139556727019770
長男は他者をひとりだけ不老不死にできる家に生まれた俺は、夏の暑さから死にかけの蝉を不老不死にし、自身は老いさらばえていく物語。
文章冒頭の一字あけ云々は目をつむる。
ちょっとしたSF。
勝手に不老不死にされた方はたまったもんじゃない。
高校生がこういう作品を書くとは、すごい。
主人公は男性会社員、一人称俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られ、会話文はない。ジリジリ、ぐしょぐしょ、ジタバタ、シワシワ、パタパタなどオノマトペの表現は紋切り型でわかりやすい。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
長男は他者をひとりだけ不老不死にできる家に生まれた主人公はある夏の日の会社帰り、歩道の真ん中に転がる死にかけの蝉をみて、重苦しい伝統から逃れたいとでも思ったのか、蝉を不老不死にして帰宅する。その後、蝉は主人公の前に現れ、まるで人間が喋る時のような、変わった声で鳴く。冬になると姿を見せなくなるも、季節が巡る度に主人公の前に現れるを繰返し、ついに白髪混じりでびょ室のベットで寝たきりとなっていた。
そんなとこにも蝉は現れ、いつものよに鳴く。その姿を見て、頼んでもいないのに勝手に不死身にしておいてお前自身は数十年生きて満足したまま死のうと言うのかと憎悪をもっていると理解した主人公は、罪悪感に囚われ、なんとかしようと手を伸ばすも息絶えてしまう。あの日、暑さで頭をやられていたのだと思いながら。
三幕八場の構成で書かれている。
一幕一場の夏の暑い日、会社帰りに死にかけの蝉を見つける。
二場の主人公の目的では、先祖代々長男には、自分以外にダエカ一人を不老不死にできる能力を持っている。
三場の最初の課題では、過去には、優秀な政治家や占い師にその力を使ったり、絶滅危惧種を存続させることに使った動物好きがいたりという噂を聞いたことがある。
四場の重い課題では、目をつむると冷たい風が額を冷やす。次の瞬間蝉はどこかへ飛んでいってしまう。スッキリとして帰路につく。
五場の状況の再整備、転換点では、以来助けた蝉が主人公の元にやってきては鳴いていた。冬になると現れなくなる。
六場の最大の課題では、二度目の夏、あの蝉は主人公の側で鳴いていた。他の蝉が死んでいく中でも鳴く姿に、蝉でも優越感を抱いたり傲慢になったりするのかと勝手に思う。
三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、あれから何度夏を終えたか。主人公は白髪交じり老い、病室で寝込んでいる。残された時間はわずかだと思う取ったとき、あの蝉が枕元にやってきて泣きはじめる。何かを訴えるような金切り声に、自分がかけたのは永遠に死ねない呪いだったと気付く。
八場のエピローグでは、せめてこの手で殺してやれないかと思って手を伸ばすも届くこと無く、自分の一生を終える。
自分以外の誰かをひとりだけ不老不死に出来る能力の謎と、夏になると主人公の元にやってくる蝉との謎が絡まりながら、最後は主人公が一生を終える展開に、生きるとはなにかを考えさせられる。
とくにいいのは、具体的な場面を、「いつ」「どこで」「だれが」「なにを」「どのように」「どうしたか」を五感を使って描写しているところと、主人公の心の声や感情、表情などが書き加えられていることで場面を想像でき、感情移入できるところ。
クライマックスで主人公の想いが強く描けているところもいい。
先祖代々、主人公の家の長男が受け継いでいる「自分以外の誰かをひとりだけ不老不死に出来る能力」があるという。
だとすると、長男が結婚して生まれた子供がすべて女性だった絶えてしまうのかしらん。
それとも血筋として残れば、長男として生まれたものに能力が引き継がれるのか。
一人っ子ならばどうなのだろう。
もし能力を使わずに結婚して男児が生まれた場合、能力は子供に引き継がれて父親は能力が使えなくなるのか。
もし、能力を使わずに父親となった場合、父親は子供を不老不死にし、子供は父親を不老不死にするということは可能なのか。
能力を使わずに一生を終える者はいなかったのか。
そもそも「ひとりだけ」とありながら、蝉一匹を不老不死にしている。蝉は一人でなく、一匹である。
ルールに曖昧さを感じるが、噂の中にも「絶滅危惧種を存続させることに使った」とあるように人間以外にも使える含みある表現がなされている。
おそらく、はじめは人にしか用いなかった能力を、人間以外に使った者もいたのだろう。
そんなご先祖の一人のおかげで、他の生物にも効果があるとわかったのかもしれない。
キノコは、植物の花のような個体の一部でしかないため、離れた場所にあるキノコも地下の菌糸でつながっており、同じ遺伝子を持つという。
ベニクラゲは自らのクローンを作っては繁殖、最終的には、一般的に思い浮かべるクラゲの形の成体になるため、不老不死のクラゲとも言われる。
ひょっとすると、彼の家系の先祖の誰かが、キノコやクラゲに不老不死の力を使ったのかもしれない。
珊瑚に不老不死を与えたら、温暖化解決の糸口になるかもしれない。
そんなことをしたら、エウレカセブンのような、地球上を覆う珊瑚状の情報生命体スカブ・コーラルの世界になるかもしれないけれども。
死なない呪いから、エヴァQに登場するアスカの「エヴァの呪縛」が浮かぶ。望んでもいないのに与えられる能力は親切心の押し売りであり、呪い以外何者でもない。
不老不死に限らず、自殺を図った人間を助けた場合も、喜ばれるどころか恨まれるだろう。
人魚の肝を食べると不老不死になる、という伝説を思い出す。
古代から多くの権力者たちは、永遠の命を求めて莫大な財産とエネルギーを費やした。自分の権力や知識が未来永劫続くことを願って、不老不死を求めるのだろうか。あるいは、死を恐れてか。
どんな権力者も「いつかは消える」から、人類社会は発展してきたのである。
誰でもいいから、子供を不老不死にするとどうだろう。
同級生は成長して進級。彼も進級するが、見た目は小学生のまま。そのまま大学を卒業したと仮定し、見た目小学生のままで望んだ就職先に就けるだろうか。子供の体力のままでは、できることは限られる。
しかも、五十余年すぎれば、親も年を取り、知ってる人がみんないなくなっても、彼だけは子供のまま取り残される。
それが百年や千年も続けば、生命の牢獄の囚人と化し、彼の目には生気は失せ、死ばかりを望むようになっているだろう。
飛び降りようが、入水しようが、苦しむばかりで死ねないのだ。
まさに八百比丘尼の伝説そのもの。
蝉もまた同じ状況になっているに違いない。
蝉はどうやって越冬したのかしらん。
仲間の蝉が死んでいくのを見て、寂しかっただろう。
主人公にずっと、殺してくれと叫んでいたに違いない。
まさにSFめいた話である。
望まず与えられた力は、迷惑以外何者でもない。頼んでもいないものを送りつけてくるなんて、送り付け商法そのものだ。
二〇二一年七月六日以降に一方的に送り付けられた商品は、すぐに処分できるし、代金を支払う必要もない。
でも今回の話は、不老不死なので、処分もできない。
送られた側は蝉。適応外ではあるし、死は生物に組み込まれたプログラムの一つ。いい迷惑である。
何代も続いているのなら、これまで不老不死となった人物がいるはず。
「過去には優秀な政治家や占い師にその力を使ったり、絶滅危惧種を存続させることに使った動物好きがいたりという噂を聞いたことがある。どれもこれも、あくまで噂だが」
とあり、あくまで噂としてしか聞いていない。
モヤッとした。
主人公の親や祖父に聞いてみたら確かなことがわかるはず。少なくとも、長男自身に能力があると知っているのは、親から聞かされたからだろう。
そのときに主人公は親に、誰に使ったのか、他の人はどう使ったのか聞かなかったのかしらん。
親から聞いても「噂でしかきいたことがない」と答えたのか。
能力を持っているのは、彼の家系の長男だけなのだから、親から口伝で語られてきたはず。
この辺りに、違和感がある。
ひょっとすると、不老不死にした人が死ぬと、不老不死者も死ねるかもしれない。
ラスト、主人公の死とともに蝉も死ねたらいいと思った。
教訓があるとすれば、「命を弄んではいけない」かしらん。
それとも「夏の暑さには気をつけろ」か。
夏の暑さに頭をやられていたと書き終わる本作から、暑さから殺人を犯したカミュの『異邦人』を思い出す。
殺人と死なない呪いという違いはあるものの、暑さにやられたところは類似している。
体を動かすと筋肉が熱を産生する。が、体の中で最も活発に動き、発熱しやすい部位は脳である。
脳は、生命活動の維持に不可欠な自律神経を通して筋肉や臓器など体内すべての器官の動きをコントロールするため、常に発熱している状態。おまけに、頭蓋骨内に守られているため、熱を放散させることもできない。
熱を冷ますためには、熱中症にかかったときと同じく、首やわきの太い血管を冷やして冷たい血液を循環させるか、鼻から冷たい空気を吸い込むしかない。
発熱が抑えきれないと、頭の中に熱がこもり、脳が疲れて「オーバーヒート」を起こし、のぼせや疲労感、頭痛などが生じてしまう。
我々は、暑さで正気を失う生き物なのだ。
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