ロングストーリー部門

作者・占冠 愁 大賞:『世界は日高色に染まる。』の感想

世界は日高色に染まる。

作者 占冠 愁

https://kakuyomu.jp/works/1177354054891905327


 捨てられた少年と日高本線を走っていたキハ40系気動車の精霊少女が出会い過ごし、別れては再会、やがて廃線を迎える二〇二一年四月一日前日に再び日高色の夢に向かって西へ走っていく話。


 文章の書き方には目をつむる。

 現代ファンタジー。

 悲劇や感動の要素を含んだ、日高本線を走るキハ40系ディーゼルカーを擬人化した、泣けるセカイ系っぽい雰囲気を感じる。

 鉄道好き、あるいは鉄道オタク、日高本線を利用し、こよなく愛する人達には感じ入りやすいかもしれない。


 主人公は少年。一人称、僕で書かれた文体。体験したことを自分語りの実況中継のように綴られている。

 泣ける話なので「喪失→絶望→救済」の流れで書かれている。

 また、涙を誘う型でもあり、「苦しい状況→更に苦しい状況→願望→少し明るくなる→駄目になる」といった、希望をみせては持ち上げ落としている。

 しかも本作は恋愛ものなので、「出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末」の順となっている。結末は双方死別するので、心中ものと捉えることができる。


 男性神話と絡め取り話法の中心軌道に沿って書かれている。

 十歳になる前の雪の降る冬、片親に捨てられた主人公はJR日高本線の浦河駅に迷い込んでいたところを保護され、無人駅で住むこととなる。主人公にだけ、日高本線を走るキハ40系ディーゼルカー、日高色をした精霊少女が見える。主人公は精霊少女を「君」と呼ぶ。

 毎朝、浦河駅から襟裳岬方面にある日高本線終点の様似駅行にのって小学校に通う。蝦夷梅雨のあとに迎えた夏、苫小牧行に乗って、浦河駅より先にある新冠駅や大狩部駅へと向かい、汽車から見える風景を精霊少女と一緒に眺めていく。

 短い夏が終わり、秋が来て、雪に閉ざされる冬を迎えながら、たくさんの景色を見て、三年の時が過ぎていく。

 二〇一五年一月七日の暴風雪で太平洋の荒れ狂う夜、護岸が崩れ汽車が脱線。この日を境に汽車は来なくなる。線路復旧には抜本的な再建を要するため、莫大な費用が想定された。通年大赤字のJR北海道に辺境の盲腸線へ割くお金など出ず、鵡川以南、浦河を含む百十六キロメートルに及ぶ区間が『不通』になった。

 駅はバスの待合室に改装、被災した汽車は浦河駅に捨て置かれる。線路は錆び、駅舎は寂れ、放置された汽車は動かず。いつしか日高本線は「忘れられた鉄路」と呼ばれるようになっていく。

 主人公は募金活動をしようとするも、周囲は精霊なんて見えない。「そういうのから卒業しろよ、見捨てられるぞ?」友人の言葉に、自身が捨てられたトラウマから幻覚を見てきたと悟った主人公は、大元である浦河駅に放置されているキハ40系汽車に別れを告げる。

 主人公は高校に入学。某国立大学の工学部目指して工学系の勉強を始めたが、時折かつて車窓からみた風景を夢で見るようになる。

 初冬、「JR日高本線を巡り最終合意」の地元新聞の記事を見つける。百十六キロメートルにも及ぶ区間の再開断念。路線長百キロメートルを超える廃線は平成七年の深名線以来であり、『本線』を名乗る路線の廃止は全国三例目。JR北海道は本線の維持すら難しいため、鵡川-様似の不通区間を来年四月一日にも廃止すると書かれてあった。

 主人公は思い出す。日高本線のためだけに用意されたイメージカラーの『日高色』に塗られた汽車を。

 廃線となった浦河駅にたどり着いた主人公は、五年前は現役だった、塗装も剥げて車体も錆び切ってしまったキハ40系汽車の中へ入り、精霊少女と再会。「もう一度ふたりで走ろうよ、この線路の上を。汽車で」と声をかける。

 受験勉強を真っ先に捨て、夜な夜なあの留置線へ通い、冬の終わりにようやく直す。

 二〇二一年三月三十一日、二十三時三十分。廃止になる三十分前に汽車は動き出し、「日高本線を、西へ、西へ」と走り出す。

 春立駅を通りすぎ、静内駅を抜けて新冠駅へ。廃線の四月一日を迎えると「単行列車は光と共に消え」ながら、やがて大狩部駅のホームを過ぎ、護岸が崩れて傾いたままの線路の先へと日高色の夢とともに落ちていく。日高本線沿いに咲き誇るルピナスだけが、在りし日の面影を残していた。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、片親に捨てられた主人公は、JR日高本線の浦河駅に迷い込み、日高本線を走るキハ40系ディーゼルカー、日高色をした精霊少女に助けられる。

 二場の主人公の目的では、浦河駅から襟裳岬方面の様似駅行にのって小学校に通う。蝦夷梅雨のあとに迎えた夏、苫小牧行に乗って、浦河駅より先にある新冠駅や大狩部駅へと向かい、汽車から見える風景を精霊少女と一緒に眺めていく。

 二幕三場の最初の課題では、中学校に上がる前の一月七日に暴風雪で太平洋の荒れ狂い、定刻になっても浦河駅に汽車は現れなかった。探しに行くと、脱線しただけでなく半分の車体が海側に傾いていた。引き上げられて浦河駅の木造駅舎で精霊少女と再会する。

 四場の重い課題では、事故の後感謝状をもらったり地元紙の片隅に掲載したりしたけど嬉しくなかった。崩落箇所の傷は大きく、人口流出と過疎化もあって、復旧費用もなく、鵡川以南が不通となり、寝泊まりしていた駅舎は封鎖、主人公は役場が用意した町営寮へ引き取られる。それでも毎朝精霊少女に会うために通う。

 五場の状況の再整備、転換点では、莫大な修復費用の負担を巡って議論が紛糾する中、応急処置すら受けられずほったらかしにされた被災区間。二〇一六年に北海道を直撃した一連の異常気象により、二か所の路盤が崩れて鉄橋が崩落。復旧費用は当初見込みの十倍に膨れ上がり、不便で遅い代行バスも使わなくなり、汽車の情景が忘れ去られていく。募金しようと友人に話すも、中学生にもなって精霊なんて信じているのかといわれてしまう。

 親に捨てられた記憶からPTSDを調べ、喪失感や孤独などを埋め合わせるために自身で生み出した妄想をみていると言う考えにたどり着き、駅から足が遠のいていたが、元凶を経とうと駅に足を運び、僕はもう卒業するんだと彼女に背を向ける。一人にしないでという彼女に、失せろと声を張り上げた瞬間見えなくなる。

 六場の最大の課題では、高校に入学し、某国立大学の工学部目指して工学系の勉強を始めるも、かつて車窓からみた風景を夢で見るようになる。初冬、「JR日高本線を巡り最終合意」の地元新聞の記事を見てしまう。百十六キロメートルにも及ぶ区間の再開断念し、鵡川-様似の不通区間を来年四月一日にも廃止すると書かれてあった。日高本線のためだけに用意されたイメージカラーの『日高色』に塗られた汽車を思い出してしまった。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、ひさしぶりに駅に行き、彼女と再会。「もう一度ふたりで走ろうよ、この線路の上を。汽車で」と声をかける。寮は自動車修理工場だったため、ディーゼルエンジンで動いている汽車なので、農業用機械を扱うためノウハウがあった。受験勉強を捨てて、廃止されるまでの五カ月のうちに、夜な夜な留置線へ通っては最低限、修復していく。

 二〇二一年三月三十一日、二十三時三十分。六年ぶりに汽車が走り出す。「ありがとう、ボクを癒なおしてくれて」という彼女に「ごめん。あの時、あんなことを吐き捨てて」と謝る。日高本線を西へと逃避行する。

 八場のエピローグでは、春立駅を通りすぎ、静内駅を抜けて新冠駅へ。廃線の四月一日を迎えると、単行列車は光と共に消えながら、見えなくなってもいつまでもどこまでもい続けるという彼女。やがて大狩部駅のホームを過ぎていく。ブレーキを使わなかった主人公は、護岸が崩れて傾いたままの線路の先へと日高色の夢とともに落ちていく。


 作者によれば、*Luna さんの『8.32』という歌に影響を受けて書いた小説らしい。ストーリーが歌詞に類似し、精霊少女が白いワンピースを着ているのも、その影響からきている。


 本作は山と海の恵みに囲まれた日高町の日高本線――かつては様似郡様似町の様似駅までの路線だったが、全線の約八割にあたる鵡川駅以南は、二〇一五年一月に発生した高波で線路が被災して列車が運休、復旧費用に加え高波対策費がかさむため、以降復旧することなく二〇二一年四月一日に鉄道事業が廃止された。現在は、北海道苫小牧市の苫小牧駅から勇払郡むかわ町の鵡川駅を結ぶ北海道旅客鉄道の鉄道路線――を舞台にしている。

 走行する列車は、外板塗装は白地に青とピンクを配し「優駿浪漫」の愛称のあるキハ40形350番台が充当されている。

 サブタイトルには、「始発 棄てられた僕らは」「2232D」「2236D」「2238D」「終発 奇跡の汽車」「執筆後記」とつけられていおり、「2232D」「2236D」「2238D」は、日高本線を走っていた国鉄型キハ40系気動車からつけられたと考えられる。

 ちなみに、重要な路線または支線を束ねる路線を「本線」、本線から分岐した路線を「支線」、起点もしくは終点のいずれかが他の路線に接続していない行き止まりの路線を「盲腸線」と呼ぶ。


 少女の謎と、主人公に起こるさまざまな出来事が絡まり合いながら物語が進んでいき、最後は一つとなって結末を迎える展開は上手くできている。

 全体の三分の一、作品の冒頭部分はキハ40系気動車の擬人化した精霊少女との出会いから一緒に過ごした日々の思い出が語られている。

 主人公といっしょに日高本線に広がる光景をみていくシチュエーションは、本作にとっても重要なシーン。

 主人公の体験をもとに、自身の心の声や感情の言葉で日高本線の良さや、精霊少女について語られているため、読み手は感情移入しにしやすい。

 また本作では色にこだわりがあり、「日高色」「群青色」「蒼色」「瑠璃色」「梅色」「淡桃色」「桃色」「灰白色」「氷空色」「灰褐色」「銀色」「曇天色」「露草色」「躑躅色」「紫苑色」などが使われているのも特徴の一つ。

 大きな言葉を使って描写しようとしている感じがある。

 読み手がもっと想像できるような描写のこだわりがあれば、訪れたことのない人にも日高本線から見える景色の素晴らしさがさらに伝わるのではと考える。

 そうなっていないのは、景色よりも、廃線となった日高本線を走っていた汽車のことを忘れてほしくない思いの強さ、こだわりを感じる。

 読者に知ってほしい、かつて地元の足に利用され、生活の一部だった路線がたしかにあったことを。

 読み手へと伝えようとする作者の熱い思いが、ぐぐっと感じられる。

 主人公たちが見た、言葉にも表現できないほどの景色を眺めながらの語らいは言葉も弾み、互いが覚えが共感は読者の共感となるので、忘れず残る。

 だから現状の書き方でも、汽車に乗って見える風景が読み手の心にも残るのだろう。


 主人公は十歳のときに片親に棄てられている。

 一家離散、家族崩壊かしらん。

 精霊少女のいた駅は、かつては駅員もいたが物語当初では無人となっている。そういう点から考えて、少年と精霊少女は対といえる。

 キハ40系気動車はその後、高波による線路の破損から復旧の目処が立たずに廃線となって利用されなくなる。

 片親に捨てられた主人公と、重なってみえてくる。


 中学に上がる前まで、主人公は駅舎で寝泊まりしていたことになる。精霊少女がいたとはいえ、どうやって生活をしていたのだろう。

 高波により線路が損傷を受けて運休の長期化から駅舎は封鎖、役場が用意してくれた町営寮へ引き取られるのであれば、もっと早くにそうしなかったのはなぜだろう。


 町営住宅とは、民間の貸借住宅とは異なり公営住宅法及び町営住宅条例に基づいて管理・運営されている公の住宅。収入基準や入居契約をする際の連帯保証人を一名立てることなどがあるはず。

 身寄りがない主人公の連帯保証人ば誰がなったのかしらん。自動車修理店の人かもしれない。

 汽車を修理する際、アルバイトをしていたことが書かれているので、寮で生活するために中学からバイトしていたかもしれない。


 それにしても、役場職員は気づかなかったのか、黙認していたのかしらん。


 町営寮は、町唯一の自動車修理店も兼ねていたとある。

 自動車修理店に下宿しているようなものかもしれない。


 引き取って育ててくれた町への恩返しにならべと、自称車修理店を継ごうと某国立大学の工学部目指して工学系の勉強を始めるのは、非常に前向きである。

 とはいえ、いくら道具や農業用機械を扱うノウハウがあっても、壊れた汽車を一人で直すのはかなり無理があったのではと考える。

 床下機器には、エンジン、トランスミッション、ラジエーター、コンプレッサー、発電機、燃料タンク、プロペラシャフト、終減速機、台車などたくさんついている。これらの中で一つでも欠けたなら、気動車は走ることができない。

「車体を必死に磨き上げていく。剥がれた塗装は、貯めてきた小遣いをはたいてペンキを買い、同じ色に塗り直した。海水の染み込んだ制動装置ブレーキは機器ごと更新して、車体を蝕んでいた錆を磨き落として、油を差して。毎朝屋根から雪を落とし、最低限でいいから、走れるように」

 台車は触らなかったのかしらん。

 車体を持ち上げて車輪を交換するには、クレーンなど重機が必要となってくる。脱線しているので、損傷があったかもしれない。

 完璧でなくていいから、もう一度走らせるための修理だったのが伺い知れる。

 五カ月で成し遂げたのは、日高本線を走るキハ系40気動車への愛の為せる技だろう。


 本作を読んでいると、ひょっとしたら鉄道好きな人は、公共交通機関の車両を擬人化してみているのではと考える。

 アニメや漫画の二次元キャラや二・五次元、あるいは声優、アイドル、俳優などに熱狂し応援し、同じ時間を共有する気持ちと、根本は同じなのではないだろうか。

 推しが生きる意味を与えてくれる。

 現実での仕事はしんどい、辛いことばかり。

 だけど、推しのため、推しに会えるから元気になり、生きていける。

 そんな推しがなくなったら、生きる意味をなくしてしまうかもしれない。なくしたくないからこそ、守ろうとする。本作の根底にも同じ思いが流れているのだろう。


 読後、主人公は最後どうなったのかと考える。

 精霊少女とともに消えてしまったのかもしれない。

 そこは読者の想像に委ねられているのだろう。

 タイトルが良かった。

 日高色という色はないけれども、「ブルー」「ピンク」「ライトグリーン」の鮮やかな三色の塗装ライン、日高山脈と競走馬をイメージしたマークに彩られた外観(優駿浪漫カラー)が特徴だった、日高本線を走っていたキハ系40気動車を指すため、思い入れの強い人にとっては強く心打たれるタイトルに違いない。


 路線が廃線となるのは、そこを利用していた人達の移動手段も失われいくのを意味している。

 体験は思い出に残っても、寂しいしこりとなってはやるせない。

 栄枯盛衰、変わらないものなどありはしない。汽車や鉄道もそうだけれども、日本の鉄道駅の約半分は無人駅である。人口減少により地方鉄道の財政が厳しくなり、鉄道収益の悪化と人員削減、合理化が進み、少子高齢化とともにやがて廃線へとつながっていく。有人駅は鉄道事業者にとって必要な業務を行う係員がいる駅のことだ。


 現在、アニメ映画の聖地や郵便局との一体化、漆器の販売やものづくりの拠点など、無人駅を使った地域活性を目指す新たな取り組みが行われている。

 駅員がいない無人駅なら、自治体や地域住民が駅を活用し、駅や鉄道を持続可能な場所にする好機と捉えていく視点がこれからの時代、必要になっていくのではないかしらん。


 国鉄から民営化後のJR北海道では、収益向上のために特急列車による都市間輸送に力を入れることにした。

 航空機や高速バス、自家用車と競合するため、JR北海道は速度向上に取り組んだ結果、、過度な速度向上を行った裏で、車両、レールともに負荷が罹ってしまう。

 転機となったのは二〇一一年五月二十七日石勝線の特急列車のトンネル火災だった。死者は出なかったのものの、その後も続く不祥事もあり信用が失墜。

 安全対策として、最高速度を落とし、車両のメンテナンスを強化を図る。北海道新幹線の先行開業によって収益が一気に悪化、国などの支援でなんとか持ち堪えるも、収益改善のために施策が急務となり、二〇一六年十一月十八日に「当社単独では維持することが困難な線区について」発表。両者数ごとに色分けし、赤線区・茶線区であった石勝線夕張支線・札沼線・日高本線が順に廃止され、残る留萌本線は二〇二六年に全面廃止、二〇二四年には根室線の一部が廃止することが決定。

 これにより、若干ながらも損失を減らし、当面は廃止予定はない。

 ただ、日本全国を見れば、

 二〇二四年三月末、JR貨物路線の東海道線、山王信号場~名古屋港が廃止。

 二〇二四年四月末、坂の上の新興住宅地まで一気に駆け上がる、「レール付きのロープウェイ」の車両は全国唯一モノレールに分類されるスカイレールサービス、広島短距離交通瀬野線。

 全国唯一の規格がゆえに、設備更新に多額費用がかかるため廃止され、バスに転換。

 二〇二四年七月、すでに休止状態である上野懸垂線の廃止は繰り上げられる可能性がある。

 二〇二五年春、広島電鉄(広島駅〜的場町)は、広島駅高架乗り入れ(駅前大橋ルート)に伴い、旧ルートが廃止予定にある。


 他の作品にはみられなかった、作者の日高本線の路線を走っていたキハ40系気動車への熱い思いが際立って特出していたからこそ、選ばれたのかもしれない。

 

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