ロングストーリー部門

作者・小粋な馬鹿 大賞:『毒を食らわば来世まで』の感想

毒を食らわば来世まで

作者 小粋な馬鹿 

https://kakuyomu.jp/works/1177354054921497172 


 愛を知らない自堕落な物書きの喇叭八録と、愛したい古山茶の妖怪・乙女との愛の物語。


 文章の書き出しはひとマス下げる云々は気にしない。

 ホラーであり、異類婚姻譚。

 おどろおどろしさはあるものの、描いているのは一人の男と怪異の女の愛である。


 冒頭は古山茶の妖怪・乙女の一人称、わたくしで書かれた文体。自分語りの実況中継、ですます調で綴られている。

 本文は三人称、喇叭八録視点と神視点で書かれた文体。昔話の語り口に似ている。

 恋愛ものなので、「出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末」の順番で書かれている。


 男性神話とそれぞれの人物の思いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプ、妖怪・乙女は女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 主人公の喇叭八録は、やけに顔の整った物書きである。が、自堕落でなにをするにも時間のかかる厄介な男。母親は無理をして出産すると亡くなり、父親からは「お前が殺した」と聞かされ育つ。ついに見限られ、家を追い出され、村にある父が買い取った屋敷に一人暮らす。

 愛されてこなかったため、愛を知りたくて屋敷に仕える娘や嫁入り前の村娘にも手を出していく。慰み者になった娘達は誰も嫁に貰ってくれないと自殺していき、親が家に乗り込むこともあったが、村の男どもを買収して殺させては川に投げ捨てさせていった。

 娘の少なくなった村は寂れ、誰も働きに来なくなる。屋敷を捨てて町で出会った女を最後に生涯を終えてしまおうと、大量の金と下着と浴衣二枚、使い慣れた茶碗を包んだ風呂敷を持って、雪景色を眺めながら馬車に乗って、町へと向かう。

 不思議な雰囲気を家を見つけ、喫茶店の女給に尋ねると前の家主が自殺した屋敷と聞く。村で死体は散々見てきたので抵抗はなく、あの家がほしいと町長に話をして買い取る。

 屋敷から声がしてみると、山茶の木の枝先から女の首が現れ、艶やかな黒髪を地面に垂らす。一杯の水を求められて飲ませると、「わたくしは此処に咲く椿の……古山茶の霊で、乙女と言います‥…どうぞ、乙女とお呼びください」と名乗る。ここへ来た理由を尋ねられ八録は、「強いていうなら、己はこの町で出会った一番自分に合う女を最後に、自殺してしまおうかと思ったんだ」と答え、村でしてきたことを話す。乙女は「僭越ながら、わたくしは生まれてこのかた、誰かを愛すことを体験しておりません。……わたくしは、誰かを愛してみたいのです。……ねえ、八録さま。これは利害が一致してませんか?」と意地悪く顔を向けてくる。悪くないと思い、「己が飽きて死ぬその時まで、乙女は己の愛おしい存在あってくれ」と告げる。愛を知らない男と愛したい怪異の女の同居が始まる。

 互いに頬へ接吻し、外の世界を話し、気になったものを買ってやる。八録の大好きな金平糖を気に入り、一日三個は口の中に放り込む。午後は物書きの夜更けまでし、接吻して終わる日々を過ごしていく。が、乙女は首しかないため、乙女以外の女に手を出すことにする。喫茶店の女給に手をつけてからは、女の元へと足繁く通うようんある。乙女に小言を言われれば金平糖を放り込むも、次第に「〇〇の羊羹が食べたい」や「〇〇の店屋物を取って」といわれるようになり、機嫌が良くなるならと乙女を満足させてから、八録はあちこちの女の元へむかって自身に快楽を与えるようになる。

 行きつけの宿屋に人妻の愛人を連れ込んで接吻すると「貴方の伴侶になりたい」「私気づいたのよ。私の本当の伴侶は貴方だったのよ。死んでしまっても蘇って貴方を捕まえてみせるわ」といわれ、願っていた愛に類似していたため、抱き合いながらこれが愛かと喜んで押し倒し常時に溺れようとしたとき、腹や腕がむず痒くなり、赤、青、紫、黄の大量の花びらがあふれ、愛人の体もブクブクと膨れ上がり、首だけを残して遂に破裂。溢れ出てくるものは血でなく花弁だった。やがて花弁は消え、不気味に思いやけに重たい女の頭を片手に宿を抜け出す。その後も相変わらず女たちと奥羽背をくり返すも皆、体が破裂して花弁となって死に、愛人を全員失う。

 地域の伝承や怪異に博学の幼馴染、山中偲を喫茶店に呼び寄せ、花が女の首に見えると告げる。「古山茶の霊ってね。老いた山茶の木に霊が宿り、人をたぶらかしたりする怪異。山茶に限らず長い年を経た植物は怪異化する可能性があるってヤツだ」「気をつけろよ。どんなに美しい容姿で近寄ってきたとしても、口に接吻してはいけないよ。口から魂を吸い取られて死んでしまうからね」

 これまで乙女には頬にしか接吻はしていなかった。偲の言う古山茶の霊という一種の怪異が、あの愛らしい顔の乙女だとすれば、人の子くらいいとも容易く殺せてしまうのだろう。

 帰宅して乙女に「お前の好きな金平糖を買ってきたぞ」というと、喜ぶ反応は見られず、「八録さま。古きの幼馴染と会話するのは、とても楽しかったようですね」ただ一言告げると花に閉じ籠り、顔を見せることはなかった。

 それでも愛人を創っては抱き、頭だけを残し花弁となって死んでいく。乙女とは口に接吻しないのは守っていた。幼馴染に感謝してやろうと、手土産を持って尋ねると、蛆がわき蚊が集まり、宙に吊るされて死んでいた。

 形見を頂戴しようと部屋を見渡すと、やたらと生き生きした花、もとい女の生首が生けてあるのをみて思い出す。愛人たちと桜瀬したとき、喫茶店で偲と話したとき、どの場面にも花があり、女の生首にみえていた。形見の煙草に火をつけ、女の生首の眼球に煙草を押し付ける。断末魔をあげることもなく萌出し、ツタへ飛び火してえ屋は炎に包まれる。偲をこんな姿にした乙女に話をつけるために見守ってくれと心に念じ、部屋を出る際に煙草の箱を偲の元へと投げてから出ていく。

 靴も脱がぬまま裏に部屋と進むと、乙女はちょうと戯れては羽を口で裂いていた。自分の体をこんなフにしたのは乙女のせいだ、謝れと言うと、乙女は一筋の涙を流し、また花の中に閉じ籠ってしまう。先に口を吐いたのも乙女だった。愛人どもや幼馴染の男も殺したことを白状する。自分の前から消えろというと、「わたくしは八録さまの要望通りに消えましょう。これできっとお別れです」

 乙女の黒い瞳が八録を捕らえ、咳き込みながら乙女が茶色の液体を吐き、乙女の周りを飾る山茶が落としながら「最後にわたくしに接吻をして頂戴。後生よ、頼むわ」とお願いする。

 八録は選定バサミを手にすると、乙女の釘に突き刺す。鮮血が雪に広がり、何度も首を指す。「わたくしは、八録さまの最後の恋人として居たいだけなのに。……わたくしはただ誰かを愛したかった。恋したかっただけなのに」と必死に耐える乙女に罰と悲しみをぶつけてやろうと。八録は心が疼く。「ああくそ。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。お前だけは死んでも……死んでも!」「許さなくていい。己は今、お前に恋したんだから」

 ドサリと落ちた女の首はあるべき花に戻り、汚れていない奥のア弁に接吻する。八録を生涯愛してくれるのは乙女しか居なかった。端を口に放り込み飲み込む。いつか乙女の夢を見、生涯を越えよう。八録は腹を抱えて「己と、来世で結ばれてくれるかい……」とつぶやいた。

 一年後。八録は生気をなくし、雪よりも白くなった肌に骨が浮き出、ただただ床に伏せて庭に咲く椿の木を眺めるだけの生活を送っていた。……こんな別れをしなくてもいいじゃあ無いか。勝手に己の魂の一部を持って行ってしまって……。左手の薬指をみると花弁がこぼれているのに気づき、「わたくしと、来世で結ばれてくれるのでしょう」と聞こえた途端、安堵した八録は孤独の良いに身を預けて眠ってしまった。庭に椿が咲いたばかりの冬のある日のことだった。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、生まれと同時に母をなくし、お前が殺したと父に聞かされて愛を知らずに育った、やけに顔の整った喇叭八録という物書きは家を追い出される。愛を知りたくて村娘に手をつけては悲観して自殺していき、親が怒鳴り込んでくるのをかなで雇った男たちの殺させたあげく村は寂れてしまう。街で出会った女を最後に生涯を終えようと町へ出る。

 二場の主人公の目的は、喫茶店の女給に聞いて家主が自殺した屋敷を欲しくなる。所有者の町長に話を通してもらい、金を払って手に入れて空き家へ向かう。

 二幕三場の最初の課題は、裏庭に山茶の木に鮮やかな花が咲いていた。枝の先から女の頭が生え、一杯の水を求められる。古山茶の霊の乙女と名乗り、なにしに来たのか訪ねられる。この町で出会った一番自分に合う女を最後に自殺しようと思ったと答え、身の上話を聞かせる。誰かを愛したいと語った乙女なら、求める愛をくれるかもしれないと思い、愛を知らない男と愛したい怪異の女との奇妙な同居生活が始まる。

 四場の重い課題では、朝は乙女との接吻からはじまり、外のことをいろいろ聞かせ、午後は物書きをし、乙女との接吻をして一日が終わる新婚のような生活を過ごすも、頭だけしかないため、外に女を求めにでかけるようになる。

 五場の状況の再整備、転換点では、愛人の元へ足繁く通うようになり、小言を言う乙女には金平糖を与え、ときに「〇〇の羊羹が食べたい」「〇〇の店屋物を取って」と図々しいことをいうようになるも与えては、自身にも快楽を与える日々を過ごす。だが、人妻の愛人と逢瀬をしていたとき、腹や腕から花弁があふれ、愛人の体が膨れて破裂し花弁が飛び散り死んでしまう。気が滅入る事なく、愛人と逢瀬をくり返していく八録だったが、愛人たちは次々に破裂して死んでしまう。誰かに相談したくて幼馴染と連絡を取ることにする。

 六場の最大の課題では、地域の伝承や怪異に博学の幼馴染、山中偲を喫茶店に呼び寄せる。彼は女給に持ちつつ、花が女の首に見える話を聞いて、古山茶の霊について語る。口に接吻すると魂を吸い取られて死んでしまうからと忠告を受ける。偲に買ってもらた金平糖を持って帰ると、「八録さま。古きの幼馴染と会話するのは、とても楽しかったようですね」乙女は引っ込んでしまう。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、あいかわらず愛人巡りをするも体は花弁となって死んでしまう。それでも乙女の口と接吻しなかった。喫茶店で出会ってから二週間後、感謝してやろうと手土産持って偲の家を尋ねるも、ツタに吊るされて死んでいた。机の上に生き生きした花を見て、乙女に通じているなら筒抜けだと悟ると、偲のお気に入りの煙草に火をつけ、女の目に押し付ける。燃え上がるとツタに飛び火し、部屋が燃える。乙女に話をつけようと煙草を偲の元へ投げて家へ向かう。

 自分の仕業と自白した乙女に消えてくれと懇願すると、茶色い液体を吐き、花をぼとぼと落としながら「最後にわたくしに接吻をして頂戴。後生よ、頼むわ」とお願いされる。剪定バサミを手にすると乙女の首に突き刺していく。鮮血が流れるなか、「わたくしは、八録さまの最後の恋人として居たいだけなのに。……わたくしはただ誰かを愛したかった。恋したかっただけなのに……」と嘆き、お前だけは死んでも許さないという乙女に「許さなくていい。己は今、お前に恋したんだから」告げる。

 突き刺した鋏とともに女の首が落ち、汚れていない奥の花弁の方に接吻。花を口に放り音では飲み込み、「己と、来世で結ばれてくれるかい……」とつぶやく。

 八場のエピローグでは、一年後の仏のとある日、八録は生気を無くし痩せ細り、床にふせっては庭に咲いたばかりの椿を眺めていた。

左手の薬指に花弁がこぼれ、「わたくしと、来世で結ばれてくれるのでしょう」と聞こえると安堵し、明けぬ孤独の宵に身を預けて眠るようになくなる。


 本作は恋愛要素を含んでいるものの、ホラー作品である。

 ホラーとは怖いミステリーなので、ミステリー要素もある 

 女の独り言である大きな謎と、八録に起こるさまざまな出来事の謎の二つが絡み合合いながら物語が展開し、最後一つの結論にたどり着く流れがよくできている。

 また、鶴瓶井戸で水を汲み上げたり喫茶店や女給がでてくる表現や、古めかしい漢字の使い方などから、明治後半から昭和初期頃と推測。味のある昔話っぽさが上手く現れているところが実にいい。

 文体は怪異ものらしく出来上がっていて、うまい。

 ホラーのラストは、主人公が死ぬか生きるかの二択という。

 本作は前者であるものの、後者でもある気がする。

 ホラー要素がありながら、恋愛ものを描いているから。

 恋愛ものの結末としては、「ハッピーエンド」「アンハッピー」「死別」「卒業」の四つがある。

 読み手の受け取り方次第で、すべてに当てはまる。

 来世で結ばれるのをハッピーとみるか、今世はアンハッピーだったと受け取るのか、先に乙女は死んだのだから死別だとするか、読後の開放感や感慨深さから、人間と怪異の壮絶な恋愛ものからの卒業とも考えられる。

 結末の受け止め方を、読者に委ねているところもまた、本作の良さである。

 

「乙女には頭から上までしかない」は、首から上だと思う。


 金平糖が好きなところから、八録の幼さを感じる。

「〇〇の羊羹が食べたい」「〇〇の店屋物を取って」と図々しい頼みをする乙女は女子らしい。

 やはり甘いもの、美味しものを食べたいと思うのは、人間も怪異も変わらないのだろう。


 八録はもの書きをしていたとある。

 親に家を追い出される前からしていたのかしらん。村に移ってからなのか。少なくとも、町に出たときにはもの書きをしているので、それ以前だとは思われるけれども。

 どこぞの出版社や新聞社に記事を書いて送っていたのかしらん。

 その辺はわからない。

 博学の幼馴染とのつながりを考えると、偲からもの書きの仕事をもらっていたとも考えられる。実際どうだったのかは、作品からうかがい知るのは難しい。


 冒頭の「ふる山茶の精怪しき形と化して、人をたぶらかす事ありとぞ。すべて古木を妖をなす事多し……」とは、一七七九年(安永八年)に刊行された鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』にある「古山茶の霊」に書かれた一節。

 書かれてある内容は、「老いたツバキの木に精霊が宿り、怪木と化して人をたぶらかすとある。古木であれば妖をなす可能性はあるようなのですが……」である。

 そんな古山茶の霊の独白から始まるこの作品。作者は、これからこういう話をしますよと読者に説明しているのだ。


「わたくし」とは妖怪・乙女だと推測される。

 ある女の独り言とは乙女の独白であり、「酷く手折れられても構いません。貴方の事に変わりはないですから、わたくしはそれを愛として受け止めてみせましょう」から、剪定ばさみで首を刺されて必死に耐えていた乙女の姿は、まさに八録への愛として受け止めていたと考えられる。

 それでいて、「願わくば、貴方の千年先も見えてしまいそうな透き通った瞳に貫かれたい」「貴方の洗練された美しい心の臓を余すことなく食らいたい」「愛しい貴方を早くわたくしの元に落としてしまいたい」とある。

 理由は、「貴方の右往左往する姿はもう見ていられない」から。

 右往左往する姿とは、愛人巡りをして逢瀬を重ねることをさしているのだと想像する。

「初恋でした。一目惚れでした」と最初に語っていることから、八録よりも先に、はじめて恋と愛を知ったのだろう。だから「どうか、わたくしに深い愛を、頂戴」と、彼も自分を愛してほしいと願っていたのだと考える。

 あるいは古山茶の霊である妖怪とは、あなたが初恋で一目惚れだからわたくしを愛してくださいと人間にいいよっては誑かし、魂を吸い取るのが常套句なのかしらん。


 八録が買い取る前の家主は自殺した、とある。

 果たして本当に自殺だったのか。

 幼馴染の山中偲は、乙女の手にかかって、吊り下げられるように死んでいた。同じ手口で屋敷の前の家主も、乙女によって殺された可能性が考えられる。

 ひょっとすると乙女はこれまで、屋敷の家主になったものを誑かしては魂を吸い取り、自殺に見せかけて殺してきたのかもしれない。

 あるいは前の家主と関係のあった女が、家主によって誰かを愛する前に殺された恨みから古山茶の霊となり、復讐したのかもしれない。


 自分を生むのと引き換えに母がなくなり、父から「おまけが殺したのだ」と呪詛のように、毎日聞かされて育ってきたところに、喇叭八録の不憫さを感じる。

 父の気持ちもわからないでもないが、自分の子供に毎日毒を吐いたところで死んだ人が生き返るわけでもないのに。

 息子が死ねば、父親は気が晴れたのだろうか。

 八録が自堕落になったのは、父親のせいだろう。

 愛を知らずに育つと、自己肯定感も育ちにくい。


 父性とは切断であり、母性は包含を指す。

 八録は、母を失ったことで包含、つまり自分を信じ受け止めてもらう経験を得られぬまま、切断の象徴である父に育てられてきた。

 だから愛を求めては嫁入り前の村娘に手を出す。が、父性しか知らないため、相手を傷つけては自殺させ、その親も人をつかって殺してしまう。

 古山茶の霊である妖怪の乙女も、愛してほしいといっては数多くの男の魂を抜き取り、殺してきたに違いない。

 八録と乙女は対なる存在なのだ。


 似た者同士が出会い、新婚生活のような日々を過ごし、はじめのうちは良かった。が、満足できずに外に愛人作りに走る。

 乙女にしたら、「この町で出会った一番自分に合う女を最後に、自殺してしまおうか」といっていた八録の魂を奪えないため、花を使っては行く先々の様子を観察し、愛人を殺し、幼馴染を手に掛け、愛しい八録を落とそうとしていく。

 この辺りの乙女の行動は、彼氏が浮気していないか、スマホをみたり、交友関係をしらべたり、部屋の様子からさぐったりする女子と同じ。

 怪異であっても女なのだ。


 今の旦那を「殺してでも突き放してやるわ。私気づいたのよ。私の本当の伴侶は貴方だったのよ。死んでしまっても蘇って貴方を捕まえてみせるわ」と語って抱き合った人妻の愛人。

 花を使って二人の様子を観察して乙女は、女とは、愛とはなんたるかを学習していたのかもしれない。

「じゃあ貴方は。貴方は何。何なのよ。わたくしは、八録さまの最後の恋人として居たいだけなのに。……わたくしはただ誰かを愛したかった。恋したかっただけなのに……それなのに、お前は何なんだ。お前は……!」「ああくそ。許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない。お前だけは死んでも……死んでも!」と愛憎を語れたのも、花を使って逢瀬の様子を覗き見してきたおかげ、と邪推する。

 ただ、剪定ばさみを首にさされたとき鮮血がこぼれ、「……中身。わたくしの、なかみ。まだ赤かったのね」とつぶやいていることから、古山茶の霊である妖怪の乙女は、元は人間だった可能性が考えられる。

「じゃあ貴方は。貴方は何。何なのよ。わたくしは、八録さまの最後の恋人として居たいだけなのに。……わたくしはただ誰かを愛したかった。恋したかっただけなのに……それなのに、お前は何なんだ。お前は……!」

 と叫んでいる言葉から考えて、誰かを愛し恋したかったけれど、できずに死んでしまった女の霊が古山茶に宿った、と考えられる。

 本当に二人は、似た境遇だったのだろう。

 

 乙女だった花を食べたのは、「愛しい乙女を食べたら、己は乙女の心が分かるんだろうか」愛しい乙女といいながら、この時点ではまだ、愛がわかっていなかったと思われる。

 わからないから一緒に死なないし、わかろうとして自分を愛した乙女だった花を食べたのだろう。

 わからなと言うよりも、気づいていないと言ったほうがいいかもしれない。

「……お前は今にして怪異になった。お前はただの紛い物だった。女の皮を被ったただの愚かな成底ないの怪異だった。己は今目が覚めたよ。己が、ただ共に居ただけの怪異に温情など向けると思っていたのか。……」から、幼馴染が殺されるまでは、彼なりに乙女を愛していたと思う。

  

 八録にとって、幼馴染の山中偲はどういう存在だったのか。

 久しぶりに会って、「矢っ張り体調がよくないんじゃないか? もう帰ろうか。お前の好きな菓子を買ってやるさ」と気遣ってくれている。

 おそらく偲は、母親はお前が殺したのだと父に毎日言い聞かされてきた八録の境遇を知って不憫だと思い、昔から気遣ってきたにちがいない。

 屋敷を捨てて町の方へ移ろうかと考えた八録は、「昔からの友人はもう町に移り住んでいたから、そいつの顔でも拝みながら生涯を過ごそうか」と考えている。

 昔からの友人とは、幼馴染の山中偲にちがいない。

 偲がいるから、町に出ようとなったのだろう。

 彼にとって、本当に大切な友達だったに違いない。

 そんな大事な幼馴染を殺されたのだ。

 乙女を手にかける気持ちもよくわかる。


 冬に町に移り住み、愛人巡りをし、幼馴染を喫茶店へ呼び、それから二週間後に乙女の首を、剪定ばさみで落とすに至るまで、数カ月も要していないのだと考える。

 乙女にはさみを刺したとき、「鮮血が雪に広がっていた」とあるので、ずっと冬の季節を描いているのだろう。

 ひょっとすると、町に出てきて一カ月程度の出来事だったのかもしれない。


 乙女がいなくなってからの八録の様子が、孤独を絵に書いたようで、哀れに思えてくる。それでいて、乙女のことを思い出しては、

「……こんな別れをしなくてもいいじゃあ無いか。勝手に己の魂の一部を持って行ってしまって……」と、愛するものを亡くした失意のどん底にあるのがわかる。

 人は、なくなった人への愛の深さに応じて嘆くという。

 心にぽっかり穴が開き、ふとした瞬間に何度も何度も喪失の痛みに襲われる。

 そうなると悲しみしか目に入らなくなり、痛みは大波のように押し寄せることもあれば、ひたひたとやってくることもある。

 八録のやつれ具合から考えて、愛するものを失った悲しみにあるのが読み取れる。


 運命の人に繋がっていて、その相手とは必ず結ばれるという運命の赤い糸は、中国の北宋時代に成立した『太平広記』に記されている以下の物語が由来である。

 冥界の神様は、現世の人々の結婚を司っており、、結婚相手が決まると、男女の足首に赤い縄を結ぶという。

 日本では「左手小指」に結ばれた赤い糸になっている。

 西洋では昔、心臓から左手薬指に一本まっすぐにつながる血管があると信じられていたことを由来にする「結婚指輪」と小指で行う「ゆびきり」が組み合わさったからと言われている。

 本作では、八録の左手の薬指からこぼれる花弁は、まるで運命の赤い糸のよう。

 乙女を思い、現れない寂しさに痩せ細ろえていく八録に対して、「来世で結ばれてくれるのでしょう」と乙女の声を聞いて、そうだったと思い出しては安心したのだろう。

 自ら命を手放して永眠し、来世へと向かったのだ。

 愛を知らない男と愛したい怪異の女が、こうして結ばれたのである。


 椿が咲いたばかりのとある冬の日の出来事と、最後書かれている。

 花が咲いたから乙女の声が聞こえたと考えると、だからこの一年、乙女を思っても姿を現すことはなかったのだろう。

 こうして花を咲かしたということは、乙女が生きていたというより、八録を迎えに来た証として花をつけたのだとお思う。


 読後、タイトルは「毒を食らわば皿まで」をもじってつけられたのだと考える。

 一度関わったら最後まで面倒を見る如く、互いに出会ったのだから来世で結ばれようと誓い合う姿は、まさに愛である。

 二人が来世で結ばれ、仲睦まじく過ごすことを切に願う。


 

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