作者・月ノ瀬 読売新聞社賞:『ひすい』の感想

ひすい

作者 月ノ瀬

https://kakuyomu.jp/works/1177354054918580669


 半透明緑色の瞳に惹かれた僕と、半透明緑色の瞳を引け目に思う私の恋物語。


 数字は漢数字や三点リーダー云々は気にしない。

 恋愛もので、ミステリー要素もある。

 前後編で僕と私、それぞれの視点で心情を描いているから、二人の気持ちがよくわかる。

 登場人物の名前もなく、訪れた湖の場所も抽象的なのだけれども彼が見つめ続けた彼女のきれいな瞳のおかげで、素敵な読後案を味わえる。

 

 主人公は男性と女性の二人。一人称、僕、私で書かれた文体。前半が男性、後半が女性の、自分語りの実況中継で綴られ、最後は三人称神視点で書かれていると思われる。

 また、僕と私、それぞれ現在過去未来の順番で書かれていてる。

 本作は恋愛ものなので、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の流れに準じている。

 

 前半と後半はそれぞれ女性神話の、全体では、それぞれの人物の思いを知りながら結ばれなことにもどかしさを感じることで共感するタイプの中心軌道に沿って書かれている。

 西の国の血が混ざった女はみんなと目の色が違うことで差別され、高校ではいじめられ、人と接するのが苦手となっていた。外見のせいで誘拐犯グループに連れ去られそうになり、ショックで言葉を失ってしまう。高校を卒業後、近くの大学へ通い出す。

 田舎に住んでいた男は、中高生から目立つタイプではなく、彼女がいたこともなかった。憧れの東京の大学に通うもキラキラしたキャンパスライフとは無縁な日々を過ごしている。

 大学一年のとき、目のきれいな彼女と出会い、仲良くなりたくて声をかける。

 言葉を失った女の表情を読み取って、人付き合いの苦手な男は、付き合っていく。自然に囲まれ、景色が綺麗な場所にたくさん出かけた。美しい湖に来たとき、一年後、二人でまた紅葉ねと約束する。

 女はこれまで満たされない生活をしていたせいか、幸せな時間がいつ終わってしまうのか、幸せになっていいのか、見た目の違う自分と一緒にいたら彼あ咎められてしまうのではないか。自分は身を引いたほうがいいのではと思うようになっていく。

 東京の夜景が一望できるレストランで「僕と結婚してください」

とプロポーズする。が、女はなにもいえずその場を去ってしまう。

 女は、来年も一緒に行こうと約束した湖の場所へ行き、自分の声で返事をしようと決意する。

 それから毎日声を出すリハビリに励み、通院してメンタルケアもした。約束の日に彼が来るとは限らずとも、声を取り戻すことが自分を持つことへの近道となることと信じて。

 約束の一年後。

 二人のお気にリイの場所となったベンチに向かうと、彼は座って待っていた。「お待たせ」と声をかけ、視線だけでなく二人の心も絡まっていくのだった。


 三幕八場の構成になっている。

 一幕一場のはじまりは、一年前に彼女と来た湖の水面を見つめながら思い出す。

 二場の主人公の目的は、自分から話しかけず付き合ったことすらない田舎から出てきた男は大学一年のとき、目のきれいな女の子に声をかける。

 三場の最初の課題は、付き合うようになって目で会話をしながらデートを重ねていく。きれいな景色を眺めているとき下のjyの目が輝きを見せるため、自然に囲まれたきれいな場所へたくさん出かけた。

 四場の重い課題では、結婚しようと思い、調教の真ん中の夜景が見えるレストランでプロポーズする。彼女は涙を見せるも、喜びや感動ではなく、はじめて見るものだった。

 五場の状況の再整備、転換点では、一年前に訪れた湖の水面を見ながら彼女のことを考えていると、きれいになった彼女が現れ言葉に困っていると、「お待たせ」と声をかけられる。

 そんな彼女は、西の国出身の親をもつせいか、みんなと違う目の色をしていた。そのせいでいじめられ、誘拐されそうになり、ショックで言葉を失ったのだ。近くの大学に通うと、落ち着いた雰囲気の男性に声をかけられる。それが彼との初めての出会いだった。

 六場の最大の課題では、彼は、彼女が嫌いな目を好きだという。言葉をなくしても、表情を上手く読み取って会話し、愛にあふれる視線で見てくるので、精一杯の愛を込めて返す。ぼうっと景色を眺めるのが好きだから、景色が綺麗な場所にたくさん出かけ、幸せで満たされた時間を過ごす。が、同時に、いつこの時間が終わるのかと考えるようになる。他人と違う自分と一緒のいると彼まで咎められるのではと考え、身を引こうと思うようになる。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、東京の夜景が一望できるレストランでプロポーズされるも、なにもいえずその場を逃げてしまう。来年も一緒に行こうと約束したあの日、あの場所へ行って返事をしようと思い経つ。それから毎日声を出すリハビリをし、メンタルケアを受け、声を取り戻すことが自身を持てる近道になると信じて。

 八場のエピローグでは、一年後の約束の日、美しい湖に来た彼女。二人のお気に入りのベンチに彼が座って、水面を覗き見ている。水面に映り、彼はおどろいた顔をして振り返る。「お待たせ」と勇気を出して声をかけると、視線だけでなく心の波も絡まり、二人の波形を描いていく。


 恋の行方という大きな謎と、僕と彼女に訪れるいろいろな出来事という小さな謎、二つの謎が絡み合いながら最後、二人の思いが重なり合う展開が実にうまくできている。

 二人の視点で描かれているので、あの日あの時、それぞれがどんな気持ちや考えを抱いていたのか、読み手は両方の心情を知ることができる。

 とくに、心の声や感情の言葉があるおかげで、わからなかった部分があきらかになるし、読み手が想像できる具体的な場面を描いていることで感情移入もできる。


 書き出しが「半透明緑色の瞳に、僕は恋をした」と、告白からはじまるところが良い。本作は、この返事の答えをもらうことで、どんな結末をむかえるかが描かれることが想起できるから。


 彼女の目の描写や、見つめている湖面の波紋についてこだわりが見られるが、景色や彼女に対して「美しい」「綺麗」で表現されている。本来なら、どう景色が綺麗で美しかったのかを具体的に書かれていると読み手は想像できたけれど、そうなっていないところに作者の意図があるのではと考える。

 主人公の僕は、一年前に彼女と湖に訪れたとき、また二人で雇用と約束し、ベンチに座りながら湖面を見つめて待ちながら、彼女との出会って過ごしてきた日々を思い出している。

 その際、ショックで喋れなくなった彼女の目ばかりみてきたので、記憶の中にある風景や彼女の表情は印象にあまり残っていないから、「美しい」「綺麗」といった抽象的な言葉で形容しているのだと邪推する。

 事実、「僕もだんだん目を見るだけで彼女の心がわかるようになっていった。彼女は僕に、様々な瞳の表情を見せてくれた。嬉しそうな。楽しそうな。時には悲しそうな。怒っているような。僕が彼女に喋りかけると、彼女は目で答えてくれる。それだけで僕たちの会話は充分だった」と書かれているから。


 目立つことが苦手で、付き合ったこともなく、憧れの東京に田舎から出てきても、「キラキラしたキャンパスライフとは無縁だった」とある。東京のどんなところに憧れていたのだろう。

 東京に行けば、いままでの内気な自分が変われるのではと思っていたのかもしれない。

 そんなとき、はじめて見る彼女の瞳に吸い寄せられるようにして、声をかけてしまった。

 

 彼女は、ハーフかクォーターかわからないけれども、おそらくどちらかの親が西の国、西洋諸国の人だったことで、目の色や顔立ちが日本人とは違っていたため目立ち、「おかしなあだ名をつけられたり、外国人だと差別をされたり」「高校生にもなると、いじめられ続け」「誘拐犯グループの車に乗せられそうに」なり、見た目の綺麗さ珍しさで連れて行かれそうになっている。

 とても可哀想。

 

 人の目の色は二十四種類あるといわれる。

 それ以外は珍しい目の色とされている。

 紫やミックスカラー、そして緑色。ハリーポッターを読んだことがある人なら、主人公のハリーポッターはアーモンドのような形の鮮やかな緑色の目をしている。強調されるのは、緑色の目がとても珍しいから。

 ほとんどの日本人は、濃い茶色の目を持っている。

 中には明るい茶色や青、緑やグレーの瞳を持つ人もいる。

 九州や東北地方には、明るい色彩の人が多い。青と茶色の目が合わさって緑色っぽくみえることもあるという。

 日本人の中でも、目の色彩は一つではない。

 人それぞれ違いが個性をつくっている。

 偏見や差別が生まれるのは、変わった見た目の人よりも、見る側に問題があると考える。

 主人公の青年のように素敵だと惹かれる見方もあれば、外国風できれいだから誘拐しようとする輩もいる。


 事件にショックを受けて、彼女は声を失ってしまう。

 そんな彼女と彼は、どうやって付き合っていたのだろう。

 中学から目立つタイプではなく、自分から女の子に話しかけることはほぼなかったのに。

 アイコンタクトのみで意思疎通を測るには、常に相手を見ていなくてはならない。一長一短で身につく技術ではないはず。

 彼女と出会う前から彼は、周囲の人々を観察し、他人の顔色をうかがいながら過ごしてきたと考える。

 彼女がはじめて彼を見たとき「とても落ち着いた雰囲気の男性を見かけた」「どこか昔の自分に似てる気」がしたとある。

 彼女と彼は対になっていると考えると、「性格は、静かで目立たない、教室の隅でひっそりとしている」「人と接することは苦手なまま」とあり、目立たないように周りに気を配り、用事があるときは誰が話しかけやすい相手か、どういった内容なら話して良いのか、相手に合わせた声のかけ方などを考えて過ごしてきたに違いない。

 だからこそ、彼女との意思疎通も容易にできたと想像する。

 

 彼女は話せないので、来年も一緒に行こうと約束したのは彼である。

 自分で彼女に話したのだから、プロポーズのあと、なにもいわずに去っていった彼女が来るかもしれない、と思って待っていたのはよくわかる。

 彼女が、自分のせいで彼が咎められるのではと一度は思って身を引いたのも理解できる。

 そのあと、彼女はどういう心境の変化で「私は一つ決めた。来年も一緒に行こうと約束したあの日、あの場所に行って、まだ間に合うならば、返事をしよう。自分の声で」と思い至ったのか。


 彼からの「僕と結婚してください」プロポーズに対しての返事を、自分の声でしたいと思ったからだろう。

「その優しい目を愛しく思うほど、苦しくなった。何も言えずに、私はその場から去った」心情からの彼女の行動の中に、どれほどの葛藤があったのか。

 くどくもなく、わかるようにも説明していない。

 次のときには、約束したあの場所で一年後、自分で返事しようと決意している。

 テンポを優先し、説明を省いているところが思い切っていて、すごいと思う。

 読者にわかるようにと親切心を出して、つい説明しそうになるのだけれども、引き算するような書き方をしているのがいい。

 回想部分だし、字数に限りがあるので、くどくど書いてられない理由もあるけれども、大胆な書き方をしているところが本作の翌朝だし、他ではあまり見ない気もする。


 思い出の場所で再会するわりには、昨年訪れたときの回想がないのも、説明を省いているのだろう。

 再会場面を素敵に描こうと、こだわっている現れだと思う。

 

 遠景で「穏やかに輝く水面をのぞき込むような姿勢で」ベンチに座っている彼を描き、つぎに「高鳴る心臓を落ち着かせながら、ゆっくりと近づいた。水面に私の姿が反射する。そこは、穏やかな波形を描いていた。私に気づいた彼が、驚いた顔をしてこちらに振り返った」と湖面に映る二人の様子へと近景が書かれ、胸の内である「勇気を出して」と描いてから、「お待たせ」と言葉を発する。

 遠くから近くへと書く書き方をすることで、彼女の心情が深く読み手にも伝わってくる。


 彼は、彼女の声をはじめて聞いたのだ。

 さぞかしおどろいたに違いない。

 そのあと、二人は色々な話をするだろう。

 その様子を「視線だけじゃなく、二人の音波が初めて交わり合った。心の波も絡まった。二人だけの波形を描いて」三人称で書いている。

 遠景から近景を経て、彼女の主観へ入ったあとで、カメラのズームアウトするよう客観視しておわるところに味を感じる。

 こっそり覗き見するような真似はここまで。

 これ以上は野暮である。

 二人がこの先どうなり、恋の結末はどうなったかは読者の想像に委ねられている。


 読後、彼女の目の色を喩えた「ひすい」がタイトルに使われている。本作はまさに、彼女の瞳について描かれており、これほどタイトルに適した言葉はないだろう。

 ちなみに、翡翠の石言葉は「繁栄」「長寿」「幸福」「安定」である。二人が幸せになることを切に願う。

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