ロングストーリー部門
作者・神無月 大賞:『青春病』の感想
青春病
作者 神無月
https://kakuyomu.jp/works/1177354054891165961
みんなが青春を謳歌する中、ネットでちょっと人気のyuiの曲を聞きながら孤独な気持ちを知ってほしくて小説投稿するも反応がなくて自分でコメントを書く上坂詩織は、学級委員長でクラスの人気者の川崎唯香に声をかけられる。自分がyuiだと告げてカラオケで熱唱し、オタク話に意気投合。浜辺で嫌いなところを言い合って仲良くなる。恥ずかしいことを言い合うことを『青春病』と名付けた話。
数字は漢数字云々は気にしない。
今を生きる高校生の日常を切り取って描いたような作品。
青春に定義付けはされていないものの、たしかにこれも青春の一つに違いない。
主人公は、女子高生の上坂詩織。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
それぞれの人物の思いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプと、女性神話と中心軌道に沿って書かれている。
作文を書くのが得意だった主人公の上坂詩織はアニメが好きで、夢小説を書いていた。小学生のときは毎年のように読書感想文で賞状をもらい、中学時代の国語教師からは「文章を書くのが上手だね」とよく褒められ、自作小説をクラスメイトの読ませたらクラスにいられなくなる。また、一度だけ誘われたカラオケで好きな曲を歌えと言われてアニソンを歌うと嫌な顔をされ、「私たちの知ってる範囲の曲で好きなの歌え」を意味していることを知った。
高校生になり、ネットでちょっとした有名になっている女子高生シンガーyuiの曲を聞きながら、誰かに自身の気持ちをわかってほしくて、自分に似た誰かとyuiに似た誰かの妄想とご都合主義マシマシの痛い友情物語を書いてネットに投稿している。閲覧数は百回にも満たない。ときどき姉のスマホを借りては自作にファンを装ったコメントを送っていた。
ある日の放課後、みんなが学校で青春を謳歌しているとき、主人公はyuiの曲を聞きながら下校していた。
そこに頭もよく運動もでき、性格も顔もいい学級委員長でクラスの中心人物の川崎唯香に「なに書いてるの?」と声をかけられる。何も書いていないと答えて逃げ出そうとする。
自分が痛いやつだと知られると、無責任な好奇心の矢面に立たされ、平穏な生活が続けられなくなってしまう。この場を立ち去りたいのに遮断器が無慈悲に行く手を遮る。
「私は君のこと好きだよ。仲良くしたいと思ってる」「どうして、他人と距離をとろうとするの?」と川崎に声をかけられ、私の気持ちなんてわからないと返す。が、川崎はわかるよと言ってくる。
しかも、「これから遊びに行こ?」「いいよね?」と右腕に腕を絡めて上目遣いに見ながら、スマホには主人公の書いた小説が映し出されている。「さっき君が聞いてたの、私の歌だから」と言い出す始末。
彼女に誘われるままカラオケに行き、「先、どうぞ」とタッチパネルを川崎へ渡す。「アニソンわかる?」と彼女がリクエストしたのは十年くらい前にちょっと流行ったアニメのオープニング。「知ってる? この曲」と聞かれて好きと答えると「私も」と言われてはじめて彼女と意見が一致する。彼女の歌声は毎朝毎晩聞いているyuiの声であり、好きな人とカラオケができて嬉しくなる。
事実だと革新すると同時に信じたくない感情が大きくなる。大好きな人がだいきらいな人だったことで混乱していると、「もしかして、私が自分はみんなから好かれていると思ってる、って思ってる?」「まさか。むしろ逆だよ。正直、私はみんなから嫌われているとすら思ってる」川崎は気持ちを吐露していく。
「みんな私のことを好いてくれているのはわかってるよ。でもさ、例えばメッセージの既読がつかないときとか、自分がいないときに遊びに行ってたりとかそういうとき、つい疑っちゃうんだよね。実は裏で嫌われてるんじゃって」「それでも表ではいい友達やってるわけだから、それは合わせなきゃいけない。作り笑いも随分上達したよ」「そんな行き場のない悩みを吐き出すために生まれたのがyuiだった。私を知らない人なら私のことをちゃんと見てくれるし、裏も表もないから」主人公は、川崎も自分と同じようん悩んでいることを知る。
自分が好きな曲をリクエストし、下手だろうと知らなくとも文句は言わせない。誘ったのはそっちだからと歌い出す。兄の影響でねと、歌うすべての曲に反応した川崎にオタク話をすると、話についてきてくれるしむしろ知識量に驚かされる。ボイスてぇんじゃ―で遊んだり、互いが歌っているときにコールを入れあったり。三時間後、カラオケボックスを出、スマホ時刻表に急かされていると、時間があるのか尋ねられ、海に行こうと誘われる。親に心配かけないよう「友達と遊んでくる」と送ってついていく。
海に到着し、腹を割って話をするといった川崎から、これからも仲良くしたいと思っていると告白され、「努力もしないくせに全てを悟った風に諦めて、他人を呪う君が嫌い」「私の気持ちを勝手に推し量った気になって勝手に気持ちよくなってる君が嫌い」「わかるよ。だいたいのことなら。私たち、そっくりだもん」「最初に私から逃げたのは、多分私に馬鹿にされるのが怖かったから。ここまで着いてきたのは、私を憐れむような感情が生まれたから。違う?」「私は嫌いなの。yuiが。だから、yuiのことが好きな君も嫌い」と正直に伝えてきた。
主人公もまた「勉強も運動もできて、性格も顔もよくて、みんなに信頼されて、でも「友達がいない」とか言えるあなたが嫌い」「なんでも持ってるくせに私を知ったような歌を歌うあなたが嫌い。いらない同情かけてくるあなたが嫌い。……私に余計な感情を芽生えさせるあなたが嫌い」と思いを告げる。
両思いだといわれてばーかというと、学年一位ですと子供っぽくい返す川崎。唯香と名前を呼び、自分の小説を読んでもらう。
読み終わった彼女は、自分の歌を聞いてくれて嬉しかったといい、友達のいない詩織なら自分お気持ちをわかってくれるかもしれないと気持ちを吐露してから、「でもさ、蓋を開けてみたらなんてことなかった。これ読んで思ったよ。あんな耳障りのいいように希釈しただけのものを聴いて、それで全て分かった気になって、挙句私を親友扱い。それと、読者置いてきぼり。自分で書いた物語で自分が気持ちよくなってるだけ」と感想を告げ「まぁ、私以外には見せない方がいいだろうね」といわれる。
「自分だって痛々しい歌をネットに垂れ流しているくせに」
「その痛々しい歌に惚れてるのは誰だっけ⁉」
脇をくすぐられ、腕を掴むとひっくり返せた。
恥ずかしいことを言い合うのを青春病と名付け、二人ではやらせようぜと唯香にいわれるも、病にかかるのは二人だけでいいと詩織は思う。意味不明な独占欲も青春病の症状の一つだとしながら、自分も青春できるのかと思うと胸が熱くなる。
スマホを持つ唯香が画面の中のコメントを指差し、「私以外にファンいるじゃん」と頬をふくらませる。それはね、と自分が書いたコメントだと教えると笑い話は耐えなかった。
三幕八場の構成で綴られている。
一幕一場のはじまりでは、みんなが青春を謳歌する中、上坂詩織は孤独な少女の気持ちを歌う、インターネットの一部界隈でちょっとした有名人な女子高生シンガーyuiの歌ばかりを聴いている。
自分の気持ちをわかってほしくて、作文が得意で小学生のときに書いた夢小説と変わらなくとも、私に似た誰かとyuiに似た誰かのご都合主義の痛い友情物語を書いて投稿するも反応はなく、姉のスマホを借りてファンを装ったコメントを送っている。
二場の主人公の目的では、下校時に学級委員でクラスの人気者の川崎唯香に、なにを書いているのか聞かれて書いてないとスマホをポケットに入れる。彼女に小説を見られたら平穏な生活が送れなくなる。見たものは忘れるようお願いし、逃げようとする。
二幕三場の最初の課題では、川崎から「私は君のこと好きだよ。仲良くしたいと思ってる」といわれ、どうして距離を取ろうとするのか、嘘つきだからかと聞かれる。なんでも持っている人は知らないくせに知った口で諭してくるので、わからないというも彼女はわかると答え、なぜならyuiは自分だからと告白し、遊びに行こうと半ば強引に誘われる。
四場の重い課題では、カラオケ店へ入り、川崎は十年ぐらい前にちょっと流行ったアニメのオープニングを熱唱。たしかにyuiの声であり、大好きな人が第きらな人だった事実に困惑しているところに、自分はみんなから嫌われていると思っていて、みんなに合わせなきゃ行けないから作り笑いも上達したこと、行き場のない悩みを吐き出すために生まれたのがyuiだったことを告白される。「次、上坂さんが歌ってよ」と催促され、自分が好きで下手でも知らない曲でも文句は言わさないと選曲して歌い出す。
五場の状況の再整備、転換点では、歌う曲にはすべて反応してくれた川崎は、兄の影響だという。上坂は、中学時代に孤立した理由も忘れてディープなアニメのオタク話をし、二人して妙なテンションでボイスチェンジャーで遊んだり、コールを入れ合ったり三時間歌い続けた。カラオケ店を出ると、悪質な客引き警告の張り紙がされたネオン街を抜けて帰りの電車を気にしていると、海に行かないかと誘われる。
六場の最大の課題では、電車に乗って海にたどり着き、これからも仲良くしたいと手を取って詰め寄る川崎は、努力もせず悟ったように諦めて他人を呪い、相手を勝手に推し量って気持ちよく治るとする上坂が嫌いと告白し、逃げたかったのは馬鹿にされるのが怖かったから、ついてきたのは哀れみの感情が生まれたからだと言い当てる。yuiが嫌いだからyuiの好きな上坂も嫌いだと気持ちをぶつけてきた。
上坂も、何でも出来て友達がいないといえたり、同情欠けたり余計な感情を芽生えさせたりしてくる川崎が嫌いと叫ぶ。
二人は腹を抱えて笑い合う。笑う使えて涙が出、「私たち、両想いだね」に、ばーかと返すと「馬鹿じゃないですぅ。学年一位ですぅ」等身大ですっと求めていた川崎唯香がそこにいた。
三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、「ねぇ、唯香」と上坂は名前で呼び、小説を読んでとスマホを渡す。読み終わった川崎は、友達のいない上坂なら気持ちをわかってくれると思っていたけど作品を読んだら、耳障りのいいだけの曲を聞いてわかった気になった挙句に親友扱い。自分で書いた物語で自分が気持ちよくなってるだけだと指摘され、「まぁ、私以外には見せない方がいいだろうね」といわれてしまう。すかさず、自分だって痛々しい歌を垂れ流してるくせにと反論すると、「その痛々しい歌に惚れてるのは誰だっけ⁉」と脇をくすぐられる。彼女の腕を掴んで身をよじってひっくり返す。
八幕のエピローグでは、全身砂だらけのまま川崎の隣に転がる上坂。「こんな恥ずかしいことを言い合うのなんて私たちの特権だよ。これを青春と言わずしてなにを言うのさ」という川崎に厨二病と口にすると、間を取って青春病と名付け二人ではやらせようと言い出す。
互いにいいたい事を話し尽くし、掴めそうだと空に手を伸ばす。青春病だよとさっそく使うと笑われる。スマホの画面を見ながら、小説のコメント欄に書かれた痛々しい怪文書を指差し、「私以外にファンいるじゃん」頬を膨らませている。説明すると笑いが絶えなかった。
今を生きる高校生の日常を切り取ったような場面を、主人公の心情や心理描写を具体的に描いている。
表情や声の大きさ、心の声や感情の言葉が多く取り入れられているから、主人公のも気持ちに感情移入しやすい。
主人公の強い思いが、クライマックス部分でより強く描かれているため、読み手の胸を打つところも良いところ。
青春とは無縁で、人気者の川崎唯香は嫌いというマイナスからのスタートではじまり、yuiに憧れて歌を歌っているもうまく行かず、小説を投稿するも読まれずといった失敗の連続をして、yuiである川崎との出会いと学びを経て、カラオケで意気投合する小さな成功と、海辺で互いに言いたいことを言い合って仲良くなる大きな成功へという、感動を得られるシンデレラプロットを用いているのも良い。
クライマックスで互いに相手の嫌いなところを言い合う、強い想いを描くところがあるから、読み手も胸を打たれる。
なにより、登場人物がないていない、むしろ笑い合っているところが素敵。
感動させるためには号泣させなければならない、といった安易な考えを用いていないところがいい。(泣きはするけど笑っている)
泣かせるより、行動や表現から登場人物の想いを読み手に伝えることが大事であり、本作はその点が書けているから読後もいい。
書き出しの一文が実にいい。
「孤独を埋めるのは孤独だけ」
まさにそのとおり。
一人だと寂しく、なにか夢中になれるものに取り組めば、必然的に自分の世界へ入っていく。創作者もアスリートも研究者も、なにかに打ち込んでいく姿はストイックであり、いつも一人。
孤独なのだけれども、本人にとっては孤高だと考える。
孤独だからといって、打ち込んでいる瞬間は楽しいので不幸ではない。
ただ、努力の結果が報われないと寂しさはあるし、他人と比較すれば、みんなが味わっている青春とは縁遠い時間を過ごしていると達観してしまうと、主人公みたいに悪い方向に考えて気分が落ち込んでしまう。
こういうところがよく書けていて、共感できるのではと考える。
文章が短く、長い文は読点で区切られ、読みやすい。
「今日は一日中沈んだ天気だった。分厚い鈍色の雲が空を埋め尽くしている」と、情景を説明してから、「それなのに太陽の存在はしっかりと感じられて、『陽が落ちるのが早くなったなぁ』と今頃地平線に身を隠そうとしているのであろう太陽を見出しては冬の訪れを予期していた」と、感想混じりの補足説明をしていることで、情景をわからせていく書き方がいい。
それでいて、季節は冬で、時間は夕方、天気は曇を表してくれている。
「分厚い鈍色の雲」の表現が良い。
鈍色がわからない読者の方がいたら調べてください。
濃いねずみ色なので、いまにも雨や雪でも降りそうな重たい雲が覆っている状態。簡単にいえば、どんよりした空。
つまり、情景から主人公の気持ちを表現しているのである。
また、主人公が作文が得意で、小説を書くので、言葉の表現にこだわりをみせることで、ちょっとした語彙力を持っていることを表しているのだと考える。
表現が、性格付けに役立っている所が良い。
本作の良いところは、表現だと思う。
平易な言葉で心情を表したり、状況を描写するのではなく、すこし手を加えて書かれているところに、作者の個性が作品に現れている。
「鈍色の雲」もそうだし、「毎晩布団に潜って考えて」「閲覧数は一〇〇回もいかない。累計3万文字の私の心はスペースデブリの一部になった」「灰色の中に鬱陶しいライトブラウンが踊っていた」
「全身が凍りつき、冷や汗が腕を滴る」など独特な表現であり、紋切り型を使っていないところが良い。
こういうところに、作者だけでなく主人公の個性も現れてくる。
「それとも一キロメートルの距離とイヤホンの壁を越え、本当に耳に届いているのかわからないが、野球部の威勢のいい声が遠くに聞こえる」ところで、モヤッとしてしまう。
学校内のグラウンドか、それども河川敷など他の場所にあるグラウンドで野球部の部活が行われているかわからないけれども、部員の張り上げる声や金属バッドでボールを打つ音が一キロ先でも聞こえるには、まわりに高い建物や車や電車の走行音といった音にさえぎられてしまわない場所で練習しているのでは、と想像する。
あるいは、冬は空気が乾燥しており、音が伝わるのに邪魔する水分が空気中に少ないため、伝わりやすかったか、風が強く吹いていて、ちょうど主人公は風下にいるのだと考える。
インターネット界隈で自分と同じ女子高生が、シンガーとして活躍している姿を知って、彼女にもできるのだから自分もと「貯金をはたいて買った機材を抱えてカラオケボックスに通っていた」行動力は素晴らしい。
Adoのことかしらん。
それはともかく、「一週間で機材は物言わぬインテリアと化した」ところに現実味を感じる。
簡単かなとおもったけど、そうでもなかった。
「歌さえ上手だったら、私は彼女だった」と考える主人公に、まあそうだねと同意しつつ、悲観的でないところがいい。
主人公は現実に直面しても、「結局、そういうものだ。現実でもインターネットでもそれは変わらない。たったひとつ、それを持っているか否かで人間の優劣が決まってしまう」と冷静に物事を捉えつつ、自分が得意とする武器になるものはなにかを考えられるところが、前向きだと感じた。
この辺は、十代ならではの考え方で非常に良い。
年令や性別に限ったことではないのだけれども、どうしたら他者を抑えて自分が目立てるのか、勝てるのか、そのための戦略を立てるために自分の武器はなにかを考える。
それだけではなく、人気があるところを狙うのではなく、他の人が挑んでいないジャンルを目指すと先駆者になれる。
みんながやりたい、なりたいと群がっている場所で目立つには、かなりの実力が必要で、そういう人はすでに多くいる。そんな状況に後から入り込んで勝ち上がっていくには、なにかしらのスキルがいるだろう。自分になにが出来て、どこならば勝てるのかを見極める必要がある。
第一話では、主人公がどこにいるのかがわかりにくい。
野球の練習の声や音が聞こえたあとは、自分語りのモノローグで回想が書かれている。
自分の気持ちを知ってほしいのに閲覧数は伸びず、姉のスマホを借りて自分の作品に他者になりすまして自分でコメントを書いている自分を情けないと思っているところ、「……なに書いてるの?」と川崎に右耳のイヤホンを取られて声をかけられる。
「踏切が忌々しく鳴り響き、遮断棒は無慈悲にも私の行く手を遮った」と出てくるので外なのがわかる。
だけれども、川崎は「なにを書いているの?」と尋ねた。
つまり、声をかける前まで主人公はなにかを書いていた、少なくとも川崎にはそう見えたのだろう。
でも、実際はどうだったのかしらん。
主人公は、歩きながらスマホで音楽を聞いていただけなのか。
歩きながら音楽を聞きつつ、スマホで小説を書いていたのか。
歩きながら音楽を聞きつつ、スマホの画面を見ていただけか。
ひょっとしたら姉から借りてきたスマホで、歩きながら音楽を聞きつつ、自作小説にコメントを書いていたのかもしれない。
状況描写が少ないので、読み手にはよくわからない。
海で互いに告白した後、「画面に映っているのはさっき、彼女と出会ったときにちょうど仕上がったもの」とあるので、歩きながら小説を作成していたことがわかる。
つまり、歩きながら音楽を聞きつつ、スマホ画面と向き合っては小説を作成していたのだ。ときに回想をしながら、である。
実に器用である。
とはいえ、一話を読んでいるときは、スマホで小説を作成していたのはわからない。
書かれているのは主人公の動作や行動で、周囲の様子が乏しい。普段の主人公の視野は、自分周辺にしか向いていないことの現れかもしれない。
その表現はいい。
けれど、読み手には主人公の状況が伝わりにくい。
「彼女に小説を見られたということは学校という社会における死を意味する」とあるので、少なくともスマホ画面には、自作小説が表示されていたのだろう。「今見たものは忘れてください」と頼んでいるくらいだし。
作者が思い描いている状況を読み手に伝えるために、もう少し書いてくれると嬉しい。
それよりも気になったのは、音楽を聴きながら歩きつつ、スマホ画面に目を向けて文章を作成するのは危険行為だろう。
横から前から後ろから、車や自転車、人が飛び出してきたら避けることもできず、事故に巻き込まれてしまう。
川崎の会話は独特な気がする。
質問に対して、答える前に別の話を挟んでから本題に入る傾向がある。
読者に興味をもたせつつ、すんなり答えを出さず先へと読み進めるための書き方をしているだけかもしれない。
けれども、違う気もする。
なぜなら川崎は、みんなから嫌われているのではと疑っているところがあり、表面的には友達として相手に合わせるために作り笑いをして裏表を演じていると告白しているから。
本題に入る前にワンクッション入れる話し方は、作り笑いをするのと同じように相手を慮る現れと考える。
人には、本音と建前がある。
子供のころは本音で話すけれども、思っていることを全部話しているとはぶられたり嫌われたりしてしまう。
愚痴やボヤキや悪口など、思っていることを話す人と一緒にいて毎日聞かされていたら、気持ちがどんよりしてしまうし楽しくない。
場所やタイミングを考えず、本音だけで話す人は除け者にされる経験をしなががら、成長とともに本音と建前を身につけて大人になっていく。
主人公たちは高校生。受験を経て新しい環境となり、いままで出会ったことのない人たちと交流するにおいて、本音と建前を使い分けていくには実社会に出る前に必要な過程だと思う。
学んでいる最中なので、当然悩みも生まれる。
本音や悩みを吐き出すために生まれたのがyuiだったところは生々しい。
自分が自分らしくいられる場所をリアルで確保できたならいいのだけれども、なかなか難しい。それでも自分の好きなことに夢中になったり自意識と向き合わないよう誰かとダラダラと喋ったり、ゲームや漫画、カラオケやスポーツなどで時間を潰したりしてやり過ごしていく。
そこにインターネット加わり、匿名性からネットが毒吐き場所になり、LINEのグループ内で悪口を言い合い、リアルでもネットでも陰でコソコソ言い合っている。自分も悪口を言われているのではないのか、と疑心暗鬼になってしまうと逃げ場がなくなる。
川崎が裏も表もない自分を見てくれるyuiを生み出したところは、同世代や似た体験をしてきた読み手は共感できると思う。
歌を歌うか小説を書くかの違いであって、二人は対になっている。
カラオケのシーンのアニソンを入れるところが特にいい。
「あれ、もしかして。と少しだけ顎が上がる。学校の昼の放送でアニソンが流れたときみたいな、表には出せないけど内心興奮している。そんな感じだ」が良い。
主人公の体験からにじみ出てきた表現で、似たように思ったことがある人は共感すると思う。
ひょっとすると、作者自身の体験から出てきた表現かもしれない。
どんなアニソンを、川崎は歌ったのかしらん。
「大音量で流れたロックチューン」「十年ぐらい前にちょっと流行ったアニメのオープニング。少なくとも、ファッションでオタク名乗ってる人が知っているアニソンではない」
十年前というと、高校生の主人公たちが六歳か七歳くらいに見ていた作品だろう。
本作は二〇一九年に書かれているので、十年前は二〇〇九年。
当時のアニメは、『けいおん!』『化物語』『君に届け』『涼宮ハルヒの憂鬱(第二期)』『とある科学の超電磁砲』『鋼の錬金術師』『続 夏目友人帳』『まりあ†ほりっく』『東のエデン』『そらのおとしもの』『ドラゴンボール改』『咲』『マリア様がみてる 4thシーズン』『エレメントハンター』『戦国BASARA』など。映画だと『劇場版ヱヴァンゲリオン:破』『サマーウォーズ』『劇場版マクロスF 虚空歌姫』などなど。
「ファッションでオタク名乗ってる人が知っているアニソンではない」ということは、人気作を見て「自分はオタクだ」みたいに気軽に口にしている人が見ていないマイナーな作品だと考える。なにかしらん。
「意味もなく、おしぼりを弄り回す。少しだけ落ち着いた」
携帯やおしぼりを何度も触るのは、ストレスを感じていたり緊張していたりするから。
ストレスを感じているのを相手に見抜かれたくないため、自分の不満を物にぶつけて抑えてリラックスを得ようとする主人公の姿に、共感できる。
「二人してグラスを傾ける。氷が溶けてできた水だけが流れ込む」の描写が良い。
主人公の心情と重なって表している。
いままで主人公は、川崎はクラスの人気者で学級委員で頭も少女の心情を歌うyuiだった。
だけど、川崎がyuiだと知った。
そんな川崎が、誰にも話したことのない彼女自身の話を話しはじめる場面で「氷が溶けてできた水だけが流れ込む」のだ。
氷は川崎が嫌いという気持ちで、解けた部分は、彼女がyuiだった事実。大好きなyuiの言葉なら飲み込めることを、サラリと表現しているところが良い。
主人公の上坂はなにを歌ったのかしらん。「いつかに流行った曲なんかじゃない。川崎は知らないかもしれない。でも、私の好きな曲」とある。
中学の時にカラオケに行ったとき、好きな曲を歌って顰蹙を買っているのだけれども、そのときの歌を選曲したかもしれない。
あるいはもっと前、それこそ十年前の作品かもしれない。
だとすると、二人の女子高生を描いた『青い花』あたりかしらん。
カラオケボックスを出たときの、歓楽街の様子が具体的ながら、くどくなく、要点を押さえた説明描写が上手い。
まず「燦然と煌めく星空とそれを覆い尽くすほどの人工の光」の遠景を描き、次に「この街は夜になると仕事帰りの人々でごった返す」「彼らの数に比例して、居酒屋、キャバクラの数もまた尋常ではない」「悪質な客引きへの警告の張り紙があちこちに見られる」といった近景を描いてから、「私たちが知るにはまだ早い世界に背を向け、ペデストリアンデッキを歩く」と心情を描く。
こうすることで、登場人物の胸中に読み手も迫っていける。
ペデストリアンデッキの表現を考えてみる。
意味は、歩行者回廊、空中歩廊、公共歩廊など。駅前等にみられる巨大な歩道橋みたいなもの。
主人公たちは、カラオケボックスを出て飲み屋やキャバクラのある歓楽街を抜け、エレベーターカエスカレータ、あるいは階段を上がり、駅前の歩行者回廊を歩いていると思われる。
階段を上がっている描写を省いている。
説明しすぎるとテンポが悪くなるので、省略するのは悪くない。
ただ、ペデストリアンデッキと書かれて、読み手が思い浮かべることができるだろうか。
わからないと、読み手と作品との距離ができてしまう。
全体的にいえるけれど、心情を優先するあまり状況描写を最小限度の断片しか書いてないので、想像しにくいと感じる。
二人がどこにいるのか、もう少し読み手に伝えてほしい。
二人が海にたどり着いてコンクリートの段差に座ると、「促され、私も腰をかけた。潮風にたっぷりと冷やされたそれは、ひんやり冷たい」とあるけれども、「冷やされた」「冷たい」と同じ漢字が近くにあると目が滑りやすいかもしれない。
「潮風にたっぷりと冷やされていたせいか、ひんやりした」としてもいいのではと考える。
二人は、冬の海を見ている。
「夜の冷えた空気を思いっきり吸い込んで、心を叫ぶ」と冬の描写はされているけれども、読んでいても寒さを感じない。
太平洋側なら、冬の海辺でもそれほど寒くならない。
温かい風が海から吹くので気温が下がりにくく、低気圧が接近しても雪ではなく雨が降ることも多い。
「わたわたと赤べこみたいに首を振っているうちに」とあるので、東北の海辺かと想像してしまう。
だとしたら、寒さを感じると思うので、身震いするとか手がかじかんだりするとかの描写があっても良いのではと考えると、モヤモヤしてしまう。
「雪原が目の前に広がっている。やっぱり、綺麗だ」は、川崎の顔が雪原のように白い喩えをしていると考える。状況に合わせた比喩だと捉えると、やはり海辺はさむいのではと想像してしまう。
実際はどうだったのかしらん。
座ったコンクリートはひんやりしたかもしれないけれど、風は暖かで寒くないかもしれない。そう思えるちょっとしたことが描かれていたら、いま以上に二人のいる状況が想像しやすくなる気がする。
カラオケ後、楽しかったと話し、「潮風が私たちの間を駆け抜ける」この後の展開を予感させるような描写が描かれている。
この潮風は冷たいにちがいない。
川崎に手を取られ、距離を詰め寄られてはドキドキするなど、心情に寄り添う表現がされているけれども、手のぬくもりとか彼女の息遣い、体温などの描写もあってもいいかもしれない。
川崎に対する距離感というか、冷静な反応をしている感じがする。
物語は後半に入っているので、読み手に感情的に読んでいってもらう書き方をしたらもっと良くなるのではと考えてしまう。
川崎が主人公の嫌いなところを言い出すところは、驚かされる。
カラオケで歌いあって楽しみ、「私さ、これからも君と仲良くしたいって本当に思ってる」といってからの、「私、あなたのこと嫌い」なのだ。
悪口ではなく、主人公のダメ出しだったところに、川崎の優しさを見た気がした。
川崎はyuiが嫌いだという。行き場のない悩みを吐き出す裏表もない自分を見てくれる存在にもかかわらず、である。
裏表がなくとも、ネットという裏側の自分。素直な自分を、リアルで表現したい気持ちがあるから嫌うのだろう。
「yuiのことが好きな君も嫌い」と主人公に告げるのは、yuiではなく、裏表もない眼の前にいる川崎唯香を見てほしいという告白なのだと考える。
だから主人公は、自分が知っている彼女の嫌いなところを吐き出し、「私に余計な感情を芽生えさせるあなたが嫌い」と告げたのだ。
余計な感情とはなんだろう。
彼女の心の内を知って、側にいてあげなければという同情のような憐れみの義務感だろう。そんな気持ちではなく、もっと素直にあなたと仲良くなりたいと返したことになるのではないか。
二人にとって、互いに思いを言い合うのはまさに告白であり、儀式だったのだろう。
だから「私たち、両想いだね」につながるのだ。
ばーかの返しで「馬鹿じゃないですぅ。学年一位ですぅ」と返せる川崎は素直にすごい。頭もスポーツもでき、見た目もよくてクラスの人気者で学級委員長までしている。
まさに完璧なキャラクターである。
学年一位ですと子供っぽくもいい切れるのは、かっこいい。
「累計三万文字の私の心」とあるように、主人公が書き終えた小説は三万字あったと思われる。
四百字詰め原稿用紙換算枚数七十五枚。
川崎に読んでほしいとスマホを渡し、五分ほどで読み終えている。
スクロールさせて流し読みできるとはいえ、早すぎる。
それでも内容を理解しているので、速読ができるのではと推測する。並外れた読解力もあるからこそ、学年一位の成績を取れるのだろう。
恥ずかしいことを言い合う特権を青春病と名付けたのは、いい感じがする。古い言葉なら、若気の至りとも表現される。厨二病よりも広義な意味合いのあるネーミングは悪くない。
小説のコメント欄の「誰かの痛々しい怪文書」は、姉のスマホを借りて主人公が書き込んだ感想コメントだったに違いない。
そのことも、川崎に話しただろう。
これもまた、青春病の症状の一つに違いない。
読後、タイトルといい内容といい、高校生のいまを切り取って描いたと思える作品だった。読後感がいい。笑い合っている二人の姿が目に浮かんでくる。
もう夜も遅いので、そろそろ帰宅したほうがいいのではと声をかけたくなる。
はたして帰りの電車賃があるのかしらん。
ちょっと心配。
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