作者・甲池 幸 キンコーズ・ツクル賞:『文芸部の幽霊部長』の感想

文芸部の幽霊部長

作者 甲池 幸

https://kakuyomu.jp/works/1177354054890067414


 一年前に文芸部部長の幽霊が現れてからずっと話してきた夏海は、成仏しようと思い立った部長の心残り撲滅作戦に付き合い、一緒に夏祭りの花火を見、さよならを告げた部長に、好きでしたよ部長と胸のうちに呟く話。


 疑問符感嘆符のあとはひとマスあける等は気にしない。

 現代ファンタジーの恋愛もの。

 互いに思い合っていながら。告白せずに終わるのもまた、恋の一つ形かもしれない。

 幽霊が登場する恋愛作品は、カクヨム甲子園ではよくみられる。

 この年で受賞しているため、今後似たような作品を書いて入賞を狙うには工夫が必要となるだろう。


 主人公は、文芸部員の夏海。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。


 女性神話の中心軌道にそって書かれている。

 一年前、なくなった部長の幽霊が主人公の夏美の前に現れる。以来、文芸部部室で幽霊の部長と話しをしてきた。

 夏休み前の暑い日、「そういえばさ、俺、成仏しようと思う」といわれ、部長が提案したネーミングセンスの無い『心残り撲滅作戦その一』を決行するために一年生の教室へ向かう。

 文芸部が寂しいという部長。新入部員勧誘をするべく、彼の指示を受けながら一年三組の教室に入り、おさげの子に声をかける。彼女の頷きを得て、「ありがとう。またあした入部届とかもってくるね」と残して去る。

 部長から「猫かぶったお前久しぶりに見たけど、相変わらず気持ちわりいな?」といわれ、「誰のために猫かぶったと思ってんですか」とジトっ睨めば、乾いた笑みが変えてくる。心残りなんてしないでずっとここにいてくださいよと、決して口にできない思いが強く残る。

 夏休み中、毎日のように部室に来ては心残り撲滅作戦に付き合わされている。夏祭りの日。誰かと行く予定もないと答えると、俺といくぞと部長に誘われ、六時に風海神社前に集合となる。

 母のお古の浴衣を着て合流すると、浴衣似合ってんなと笑顔で言われて目をそらす。楽しそうに花火を見る部長をみて笑うと、「お前は笑ってる方がいいな」といわれる。もう部長の前では笑わないというと、そうだなといって泣きそうな顔で笑いながら「さよならだな。夏海」とはじめて名前で呼ばれる。

 いつの間にか流れている涙を拭い「行かないでくださいよ、まだ、一緒にいてくださいよ、部長……!」と声をかけると、「ありがとな」と、最後までほしい言葉をくれない。

 自分を縛ってしまうと気づいていたからだと察し、好きでしたよ部長、と胸の中で呟くのだった。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、のんきに暑いなと手うちわをするも幽霊だから暑くないと減らっと笑う部長にピリピリする夏美。

 二場の主人公の目的では、成仏しようと思うと言い出した部長に、手伝ってほしいと頼まれる。

 二幕三場の最初の課題では、部誌の締切があって忙しいと断るも三カ月後だぞと指摘され、「心残り撲滅作戦」に巻き込まれる。

 四場の重い課題では、週末明けの月曜日ノホ顎、部室に向かい、一年の教室に行くぞと部長に言われ断りつつもついていく。

 五場の状況の再整備、転換点では、心残りの一つ、文芸部が寂しいから、新入部員の勧誘にいってこいといわれ、おさげの子がいいぞという部長の指摘を受けて猫を被って勧誘。部長に笑われつつ、心残りを消化しないでずっといてくださいと口にできない思いが強くなる。

 六場の最大の課題では、毎日心残り撲滅作戦に付き合わされてきたなつみ。夏祭り当日、一緒に行く予定もないと答えると、部長に行くぞと誘われる。断ると沈黙が続き、居心地が悪くなって「何時にどこ集合ですか」と尋ねると「六時に風海神社の前!」といわれる。ごきげんな部長を残して部室をあとにする。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、鳥居の前で合流し、母のお古の浴衣を褒められる。花火の大きな音が好きだった夏海。隣の口を開けて見ている部長の姿が楽しそうで思わず笑ってしまう。と、お前は笑っている方がいいと言われ、「先輩の前ではもう笑わないです」といったら、咎める言葉を返されると思ったのに「そうだな」と言われる。もう終わりなのかと彼を観ると、泣きそうな顔で笑っていた。

 八場のエピローグでは、「さよならだな。夏海」はじめて名前を呼ばれたことを一生忘れないと思いながら流れる涙を拭い、行かないでと声をかけるも、ありがとなと言葉を残して消えていく。好きでしたよ部長、と静かに呟く。


 前後編でありながら、幽霊部長と夏海がしてきた『心残り撲滅作戦』の、はじめと終わりを描いている。

「あっついなー」という部長の呑気な声からはじまり、季節は夏、文芸部の部室という場所を描き、部長は幽霊だったという流れ。

 主人公が持っていた消しゴムを投げつけるも、すり抜けて床に落ち、拾いに行くなど、実体がないことをわからせる演出もうまい。


 面白いのは、幽霊部長と主人公の掛け合い。

 部長がボケてツッコむも、幽霊だから消しゴムは当たらない。それに対して、「そんなぴりぴりしてると、余計暑くなるぞー」と軽く笑い、「誰のせいだと思ってるんですか」と返す。

 

 とはいえ、「ハハッと軽く笑った部長に、小さく胸が痛む」とある。こんなに楽しいやり取りをしていても、相手はもう死んでいるのだ。その事実が寂しくて悲しくて、だから胸が傷んでしまう。

 主人公は、部長に対して好意を抱いていることが伺える。


 本作の良さは、具体的な場面を描いているところにある。

 成仏しようと思うといった部長の「この前読んだ小説が面白くてさ。日常の中に埋もれてしまうような何気なさで、部長はそう言った」という比喩だったり、それを聞いたときの「あまりにも唐突だったけれど、その声が驚くほど落ち着いていたから、一瞬理解が遅れる。間をおいて、言葉が脳に染み込んで、心に到達する」と、受け取り具合を丁寧に説明し描いてから、「──いなく、なるのか」と心の声を入れている。

 説明の後に感想を書くことで、登場人物の体験したことを読み手も追体験でき、納得できる。

 

 一年前に幽霊として部長が現れたとき、『なんか、心残りがあると成仏できないらしくてさー』と言われたことが蘇る場面で、主人公は爆笑しながら苛立ちをおぼえたとある。

 心残りがあるといって、自分の前に現れた部長。そんな部長が好きな主人公としては、部長も自分のことを好きだったのかと思いながら告白を受けたら部長が消えてしまう。そう思ったから、苛立ち、断り続けてきたのだろう。


 ネーミングセンスがないとあるけれども、部長としては本気で成仏しようと思っていたのだと想像する。

 きっと、成仏できずに幽霊を続けていると、そのうち地縛霊となってしまうのかもしれない。タイムリミットがあることを自覚していたと考える。


 間違えて甘いものを飲んだとき、珍しいと言われて「間違えたんですよ、いります?」と返している。生きている間にこういうことをしたら、間接キスだという話になるのだけれども。

「──ああ、飲めないのか」と心のなかで思うということは、飲んでほしかったという気持ちがあるのが伝わってくる。


 自分の気持ちをずっと隠し、最後まで部長が好きだったとは言わずに別れるのだけれども、主人公としてはそれで良かったのかしらん。

 部長が文芸部は寂しいから新入生を勧誘しようとしたのは、自分がいなくなった後、主人公の夏海が一人きりになるのを危惧してのことだと考える。

 他に部員がいるなら、寂しいとは言わない。

 描かれていないけれども、他の心残り撲滅作戦で行ってきたことは、自分がいなくなった後でも主人公が文芸部をやっていけるような手助けをしたのだと考える。


 一年三組の教室の様子や、おさげの女の子の描写がいい。

 部長がおさげの女の子がいいといったのは、事前にリサーチをしていたのではと想像する。

 幽霊だから誰にも言えないし、どういう子なら文芸部に入ってくれそうか、夏海と一緒にやっていけるか、といったことを探っていたに違いない。


 最後の夏祭り、一緒に花火に行くのは部長が彼女と過ごしたかったからだと思う。

 

 本作は、読者に感情移入できる書き方がされていて、非常にうまい。読み手が想像できるような描写をし、感情の言葉を入れるだけでなく、表情や声の大きさまでこだわっている。

 読後、部長はどうしてなくなってしまったのだろう。主人公は後輩だったと思うので、出会ったのは、一年の時だと考える。なくなった夏に幽霊となって現れ、一年過ごしてきたと考えると、夏海は二年生なのだろう。

 もし二年生のときになくなったのなら、三年生は引退の時期だし、受験勉強もあるので先輩の手伝いをしてられないはず。

 夏海は、自分が卒業するまで先輩には成仏せずいてほしいと思っていたかもしれない。

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