作者・錦月 読売新聞社賞:『ただの勘違い』の感想
ただの勘違い
作者 錦月
https://kakuyomu.jp/works/1177354054891174320
ロボットの弟ができた日、いじめを受けて自殺すると自分がロボットだったと知る。赤ちゃんから育てられるロボットだったため、自身が人間だと勘違いしていた姉が壊れた後、あんな風になりたくないと弟は父親に新しい姉を作ってと頼む話。
文章の書き方云々は気にしない。兄弟とあるが、姉弟の間違いと考える。が、ロボットだから目をつむる。
SF。
どんでん返しが皮肉めいていて、いささか苦いものを感じる。
人工知能とともに共存する未来を選びながら、どこかで憎んでいるのかもしれない。
主人公はロボットの姉と弟。一人称、私と俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。
絡め取り話法と女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
西暦二〇✕✕年。文明は発達し、人間は人工知能とともに共存する未来を選んだ。発明家は次々と新たなロボットを作り出し、現在の日本はロボットと人間がともに生活をしている。
ロボットにも流行があり一世代前の世代は赤ちゃんから育てて感情を持たせるタイプのロボットが流行った。が、ロボットなだけあってどこか感情の欠落があるのは周りから見れば一目瞭然。赤ちゃんから育てられているため大抵このタイプのロボットは自分を人間だと思い込んでいるのである。
主人公は一世代前のロボット。とある夏。発明家の父により弟が作られる。主人公に似ず、頭もよく容姿端麗で、女性ならイチコロだと思わえる柔らかく笑った表情を浮かべる。
学校へ登校し、弟と別れて自分の教室へ向かうも、クラスメイトからいじめを受けていた。一年の三学期からはじまり、エスカレートしている。いじめられる理由に心当たりがなく、地味なこと笑われてもいいから嫌われたくなかったのに、周囲の人の目が怖かった。
落ち込んで、いつも昼ごはんを食べるために使っている屋上へと上がり、ローファーを脱いではきれいに揃え、飛び降りる。全身を打ち付けられる衝撃に痛みをを感じないことに驚き、体が壊れていることに気づいて、自身がロボットと知る。「古い型のロボットはだめだなぁ。自分を人間だって思い込むなんて(笑)」「ほんと……バカだよ、製造番号2020」とかすれた声が降ってきた。
姉の残骸を見た後、あんなふうにはなりたくないなとつぶやいて、弟は父に報告しに帰宅し、みんなに褒められる口角を軽く上げて目を細める表情をして「ねー、父さん!お姉ちゃん壊れちゃったから新しいお姉ちゃん作ってよー。次のお姉ちゃんはもっと明るくて、面白い人がいいな」というのだった。
三幕八場の構成でできている。
一幕一場のはじまりは、発明家の父に弟ができたぞと紹介される。
二場の主人公の目的は、弟と一緒に学校へ行き、自分の教室へ向かう。
二幕三場の最初の課題は、机の上の枯れた百合の片づけをするため花瓶を持って手洗い場へと向かう。一年の三学期からいじめがはじまり、数日後には典型的ないじめを受ける机と変貌した。
四場の思い課題では、以降、エスカレートしているいじめを振り返り、地味な子と笑われてもいいから嫌われたくないと、一生懸命生きてきたのに周囲の目線が辛く孤独になっていく。悩みながらいつもの場所、屋上へ向かう。
五場の状況の再整備、転換点ではいつもお昼を食べる屋上へ行き、生と死の狭間のような場所で居心地が良く、死のうと思えば死ねる。 六場の最大の課題では、もういいかとローファーを揃えて飛び降りる。体が壊れ、痛みはなく、「やっぱり、古い型のロボットはだめだなぁ。自分を人間だって思い込むなんて(笑)」「ほんと……バカだよ、製造番号2020」頭上からかすれた声が降ってくる。
三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、姉の残骸を見たあと、父に報告するために家へ帰る弟。赤ちゃんから育てられる一世代前のロボットは、自分を人間だと思いこんでしまう。
八場のエピローグでは、あんな風になりたくないなとつぶやきながら家の扉を開け、みんなに褒められる口角を軽く上げて目を細める表情をして「ねー、父さん! お姉ちゃん壊れちゃったから新しいお姉ちゃん作ってよー。次のお姉ちゃんはもっと明るくて、面白い人がいいな」と父にいう。
書き出しの「お前に弟ができたぞ」という謎と、主人公の私に起こるさまざまな出来事の謎が、絡まり合うように最後、一つの結末にたどり着く展開は、読み手を驚かせてくれる。
弟ができたといって、私よりも少し身長の高い男の子が紹介されると、再婚したのかなと想像できる。が、次の行から、人工知能とともに共存する未来を選んだ人類は、ロボットと生活をし、父は発明家の一人であり、ロボットの弟ができたことがわかる。
弟はロボットだったという謎が解明されると同時に、主人公がいじめられている事実が描かれていく。
それ以前に、「後から作り出された人間というのはどうとでもなる点がとてもうらやましい。人間は生まれた時から基本的な性格や見た目は変わらない。よっぽど変わろうとしない限り。(あるいは、整形をしなければ)」というところでモヤモヤした。
作り出された人間という表現を、主人公はしている。
また、生まれたときから見た目や性格は基本的に変わらないともある。
この時点で、自分が人間と勘違いしている主人公は弟も同じ、通られた人間だと覆いこんでいることを表しているのだろう。
性格は努力で変えられるし、骨格は変わらないまでも見た目も、成長過程の十代なら変わるし、努力次第で見た目も変えられる。
主人公は赤ちゃんから育てて感情を持たせるタイプだったけれども、見た目サイズは変わっていないのかもしれない。
一年の三学期からいじめがはじまり、現在は夏なので、二年の一学期と思われる。クラス替えがあったはずなのに、いじめが継続されているのは、違和感がある。
クラスメイトは、古い型になったロボットだったから、いじめていたのかもしれない。
スマホをはじめとした電化製品は、新しいモデルが次々登場しては、機能も追加されていく。
古い機種は新しいものに淘汰され駆逐される流れを、主人公は身をもって体感したのだろう。
「枯れきった百合の置かれた自分の机へと向かう。ジクッと痛む胸を気のせいだと言い聞かせながら机の横に荷物を置き」という表現があるように、人間と同じように心の痛みを感じることができている。
宇宙にくらべたら自分はちっぽけな存在だと、100円ケーキのフィルムに付いた生クリームでたとえている。
ケーキも食べることができるのだろう。
屋上で昼食を取っているみたいだし、人に近い存在である。
投身自殺を図るのは、実に悲しい。
屋上を「生と死の狭間のような場所」と表現しているところで、なるほどと思った。死を身近に感じられるのは、屋上のような高い場所しかないのかもしれない。
ローファーをきれいに揃えたとき、遺書はあったのかしらん。
飛び降りたとき、痛くないとある。
いじめられたときに「ジクッと痛む胸」とあるのに、若干奇妙に感じる。肉体的破壊に関する痛みは感じない作りだったのかもしれない。
少し低いかすれた「やっぱり、古い型のロボットはだめだなぁ。自分を人間だって思い込むなんて(笑)」「ほんと……バカだよ、製造番号2020」は誰の声だったのか。
流れから見れば、弟かもしれない。が、断定ができない。
弟が登場してきてから、一度も発言していないから。
もし顔を合わせて挨拶したとき、少し低い声だったら、声の主は弟ではと考えることもできた。
クラスメイトがいじめていたのは、人間と思い込んでいる古い型のロボットである主人公をいらないと思っていたからだろう。
だとすると、クラスメイトの誰かの声と考えてもいい気がする。
クラスメイトだったなら、主人公のことをロボットだと認識していたことになる。
どこか、人間とは違う見た目をしていたのかもしれない。
とはいえ、主人公は自身を人間だと思いこんでいた。生活する中で自分の姿を鏡を使って見たこともあるはずなので、人との際はそれほどない見た目だと考えられる。
「父が作った私の弟は私に似ず、頭もよくて容姿端麗」とあるので、賢くないし綺麗で可愛くもなく、言動が人間とは違っていたのかもしれない。
弟は、「やわらかく笑った表情はどんな女性でもイチコロ」「みんなに褒められる口角を軽く上げて目を細める表情」を特異とする、頭がよくて容姿端麗に作られている。
とはいえ、姉が自殺を図って壊れたあと、笑顔で「お姉ちゃん壊れちゃったから新しいお姉ちゃん作ってよー。次のお姉ちゃんはもっと明るくて、面白い人がいいな」とねだるのは、思考に問題があるといえる気がする。
まるで、新しいバッグや宝石をパパに買ってもらおうとねだっているみたいだ。
父親としては、誰からも好かれるようなロボットを目指して創ったのかもしれないけれど、まだまだ開発の余地はありそうである。
読後、タイトルを見ながら考えてしまう。
主人公の一世代前のロボットは、自分を人間と認識してしまうところがあった。わかっていたはずなので、アップデートしてそうじゃないのだと教えることもできたはず。なにより、学校へ行かせる理由がわからない。何かしら目的、お手伝いをしてもらうとか家政婦として働くとか、人口減少を考えて労働力として作るなど目的があるはず。
その点がわからない。
人工知能とともに共存する未来を選びながら、人類は反感を抱いているのだろうか。ロボットのせいで仕事を奪われ就職難となる世界となっているため、怒りのはけ口を主人公へ向けたのかもしれない。
あるいは、学校内のいじめを回避させるために、自分が人間と誤認識するロボットを意図的に作り、いじめられる対象として学校へ行かせていたのかしらん。
相手の顔色を伺って表情を作れるようにした弟も、同じ目的で学校へ通わされているのではと邪推してしまう。
これもまた、ただの勘違いならばいいのだけれども。
作られるロボットが、不憫な結末をむかえないことを願う。
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