2019年
ショートストーリー部門
作者・知世 大賞:『うつくしいひと』の感想
うつくしいひと
作者 知世
https://kakuyomu.jp/works/1177354054891063013
政府による地球温暖化対策として秘密裏に研究された体表で光合成できる技術の被検体となっていた姉は、批判を恐れて証拠隠滅と実験材料として管理しようとする政府に対し、ギョエーとさせるお見舞いをする計画の手伝いをした妹。自分は姉とは違う人間だから、どんな生き方をしていこうかと考える話。
文章の書き方云々には目をつむる。
現代ファンタジー。
他人は他人、自分は自分だから、他の誰かのマネをすることはなく、自分にしかできない生き方をすることの大切さを説いた作品。
奇抜な話に見えるけれど、姉に起きた出来事に端を発しつつ個人的な体験を通した気付きから、世の中をどう生きていくかという普遍的なところに落とし込んでいく点が素晴らしい。
主人公は、妹。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で、ポジティブな姉について綴られている。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
研究者である父は、地球温暖化対策の極秘研究チームに参加している。植物のように体表で葉緑体を発言させて光合成できる技術に成功、動物実験を経てランダムに選ばれた研究者の子どもで試すことになり、研究チームに入っていた父とその家族も、その何百分の一の母数に入っていた。
二十年後、クローンベイビーが批判され、倫理問題の批判を恐れた政府は、現段階では元に戻す方法はないため証拠隠滅と実験材料として、研究チームから選ばれた子供をしらみつぶしに探している。
ネガティブな主人公の姉・美穂はその一人だった。
姉はポジティブな性格で引きこもりとは無縁だったが、部屋から出てこなくなって一週間が経つ。
ドアの隙間から部屋を伺うも暗闇の中、ちょっと今ダイエット中だからと返事。洗面台にはツルのような植物の一片が見つかり、たまに風呂場に落ちている人間の皮膚のようなものがみつかる。姉は夜中に落ち着く歌を口ずさみながら小一時間風呂場にこもる。
二週間もすると、排水口にツタがぎっしり詰まり、姉のシャワーを覗き見て発覚。けけけと笑う姉の皮膚は斑入りの植物の如く緑と白に染め上げられ、体は引き締まり髪はドレットヘアーのようにツタが腰のあたりまで伸び、まつげも眉毛も白っぽく変化している。
父の説明を聞き、姉は逃げも隠れもしないし、誰かの言うとおりになんかならないといい、「私引きこもってる間いいこと思いついたんだ。政府もギョエーって感じのをお見舞いしてやるの、あんたも手伝ってよね」と頼まれると無気力がおっぱいをつけて歩いているような主人公は、姉から気力を注がれるのはちょっと悔しくて嬉しくなる。
ペイントスプレーを買うなどの偽装工作をし、ワインレッドのワンピースを探し出すなど姉のマネージャー的仕事をしつつ、姉の姿を撮影してSNSに写真を公開。数カ月後にはいくつかのランウェイに登るところまで上り詰め、雑誌のインタビューで本当のことをいえば世間は喜び、それが面白く、バラエティー番組からオファーが来る。順風満帆に見えたところで政府からきたおじさんに
「もはやあなたは有名になってしまった、研究所に来るのも時々でいいです。ただただ、本当にお願いしたいのは普通の姿でいてほしいということなんです」といって、土産かわりに化粧下地にカツラ、マスカラをもってくる。
姉は「運命に逆らうつもりはないし私の生き方を他人に指図されるいわれはないって。私に起こったこと、それは私にとっても意外な変化だった、嫌じゃないかと聞かれたら最初はうなずくしかなかったかもしんない。でもこれが私の人生で、この対処法が私の生き方ってだけ。だからそのファンデはいらない」と十三回拒否続けるも十四回目には「あっやっぱりいる。次のファッションショーで使うからおじさんも私がフツーに振る舞うのを見ててよ」と受け取る。
ファッションショーで日本の着物風衣装を着ることになっており、政府監修のマスカラをつけ、異様に質のいいファンデーションを塗って髷をつけた姉がステージ上がって歩いてポーズを決め、化粧を落としはじめる。そのあと髷をとって着物をスルスルと脱いで靴を脱ぐと、裸になって奇声をあげながらランウェイを走り出す。
沸く観衆の中、約束と違うじゃないですかと政府のおじさんが叫び、「私は私だー!」と叫ぶ姉は美しかった。
ショーから帰宅してシャワーを浴びていると腕が痒くなり、皮を剥がすも薄い赤色で、けけけと笑いたくなる。姉とは違う人間だが、いろいろなことを教わった。私はどんな生き方を選んでいこうかと考えながら風呂場を出るのだった。
三幕八場の構成で書かれている。
一幕一場のはじまりは、ポジティブな姉が部屋から出てこず、ツルのような植物の一片が見つかり、風呂場では人間の皮のようなものまでみつかる。母は「お母さんがピーリングして取ったやつかしら?」と言いつつ化粧水をぺちぺちとつけており、頼りにならない。一番怪しいのは姉。夜中に妙に落ち着く歌を口ずさみながら小一時間風呂場にこもる。
二場の主人公の目的では、さらに一週間たち、排水口にはツタがぎっしりと詰まっている。我慢ならず姉のシャワーを覗き見て、体が緑と白の斑入の緑と白に染め上げられていた。
二場三幕の最初の課題では、特殊メイクじゃないよねと尋ねて家族会議となるも、研究者だった父が人間植物化計画に参加していたことが判明する。
四幕の重い課題では、地球温暖化阻止のため、体表で光合成できる技術を開発、動物実験を経て研究者の子供で試すことになった。が、二十年経って時代はかわり、倫理上の批判を恐れて証拠隠滅と実験材料のために政府に管理されることを恐れたという。
姉は逃げも隠れもしないし誰かの言うとおりにならないといい、弾いこもっている間に政府を驚かすことを計画しており、姉の手伝いをすることとなる。
五場の状況の再整備、転換点では、偽装工作しつつワインレッドのワンピース姿の姉の写真をSNSに公開し、数カ月後にはランウェイを歩き、インタビューで本当のことをいえば世間は喜ぶのを姉は面白がり、バラエティー番組からオファーがくるまでになる。
六場の最大の課題では、政府のおじさんがやってきて、研究所に来るのも時々でいいから、普通の姿でいてほしいと頻繁に頼みに来る。一四回目にして、持参してきたファンデーションを受け取り、ファッションショーで使うから普通に振る舞うのを見てと姉はいう。けけけと笑って目配せしてくる姉はきっと改心なんてしておらず、何か企んでいるだろうことは一目瞭然だった
三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、ファッションショーで姉は日本の着物風衣装を着ることになっていた。普通に歩いた後、メイクを落とし、着物を脱いで、裸となって奇声を上げて「私は私だー!」と走ってみせる。姉は美しかった。
八場のエピローグでは、ショーの熱も冷めやらぬまま帰宅してシャワーを浴び、痒くなって皮を剥がすも薄い赤色。姉とは違う人間だが、自分はどんな生き方を選んでいこうかと考えながら風呂場を出る。
姉の異変の謎と、姉にポジティブさを持っていかれて絞りかすの陰気な子として生まれた主人公に起きる様々な出来事の謎、二つが絡み合いながら最後、自分はどう生きていこうかとポジティブに考えていくラストを迎える展開はよくできている。
本作の面白さの一つは、比喩表現にある。
主人公は自身のネガティブさを、「母は胎内にいた姉にポジティブに生きる能力を通常の二倍与えるという間違いを犯した。そう、次に生まれる私の分を使って。当然私は絞りかすになった胎内で育つことになり、この世の日向から無縁の陰気な子が生まれた」と表現している。
流石にそんなことはないだろう、と読み手にツッコミさせるような、軽くボケも入っている。
また、「つまり私にとって引きこもりと姉という単語は日焼けオイルと雨くらい縁遠いものだった」は、のちに植物のように光合成できる人間となった姉に対して、的確なものといえる。
風呂場の姉へ声をかけたときの、「まるでかくれんぼで鬼を待っていた少年のように」というのも、姉の性格やその時の情景が目に浮かんでくるようだ。
けけけと笑う姉の笑うところも、なにかしら良からぬことを企んでいる子供のような印象をおぼえるところもいい。
母親の性格も、一役買っている。
得体のしれない観葉植物の葉が落ちていても、「なかなかかわいいわね」風呂に人間の皮のようなものが落ちていても、「お母さんがピーリングして取ったやつかしら?」植物のようになった娘を前にして、「美穂ちゃんあなた斑入りでよかったわねえ。ただの緑じゃつまらないものねえ」と、実にのんきである。
しかも姉は、「あ、お母さんもそう思う、なんか小学生の自由研究に使えそうでいいよね」と同意して話している。
似たもの親子とはまさにこのことだろう。
「くるくると巻いてカールしたマカロニのようなそれ」
マカロニとは、直径二~五ミリメートルの円筒状で、中心に穴があいているショートバスタ。本作はおそらく、フリッジを指していると考える。
正式名称フジッリとは、らせん状の形をしたショートパスタの一種。
イタリアでは、地域によって「スピラーレ」と呼ばれている。
日本ではカール、またはカールマカロニなどと呼ばれる場合もある。
ギャンブラーの誤謬とは、ある事象の発生頻度が特定の期間中に高かった場合、その後の試行における発生確率が低くなる(あるいは逆に、ある事象の発生頻度が低かった場合、発生確率が高くなる)と信じてしまうこと。
例えば、コインを投げで「裏→裏→裏→裏」と来たから、そろそろ表が来そうだと考えることを指す。
確率はあくまでも二分の一。
「次こそ裏が出るのでは」と考えるのは誤っている。ギャンブルの際、人がよく陥る誤りだから、このような名が付いた。
主人公は、意外と賢い。
アートの一つ、ボディペイントとしてSNSで自ら公開していくところが良かった。
受け身だと、後手に回って収拾に追われ、やがて疲弊してしまう。
政府に目をつけられて自由を奪われるならば、自ら打って出るのは良い選択であり、奇襲として実に賢い。
SNSがない時代だったら、パフォーマーとして世に打って出て、マスコミに取り上げられるやり方を取ったかもしれない。
手軽に自ら発信できる今の時代だからこそ、短期間で有名になることができたのだろう。
雑誌のインタビューのやり取りも、また面白い。
姉は事実を言っているのに、インタビュアーや記事を読む世間は、キャラを作り込んだ設定を語って演じているのだろうと、勝手に思い込んでいく。
このギャップも良かったし、芸能人の中にはそういう人もいたので、このあたりのやり取りから現実味を感じる。
主人公はとにかく冷静。
かといって、ネガティブだから冷静な訳では無い。
陰気な性格ながら、姉の豹変にはおどろいていた。
うまく表現ができなかっただけである。
どう表現しようか悩んでいるうちに、感情が落ち着いて冷静となり、理性が働いた考えを言葉にする。
そういうところはうまく描かれているし、「私は日焼け止めクリームのCMは取りはぐれたなと思った」とするところも、主人公の性格をよく書けている。
政府のおじさんが、同じ話をしに十四回も訪れているところに、流石はお役所仕事だと感服する。
大人しくなったと見せかけて、ファッションショーで自身の身を晒す行動に出る姉もまたすごい。
勝手に全裸になったら、契約違反にならないのかしらん。
公序良俗違反で罰せられるのではと考えるも、事件にすると政府が極秘で勧めていた研究が明るみになりかねないので、罰せられることはないかもしれない。
主人公はシャワーを浴びて痒くなって皮をめくるも、姉みたいに緑色になっていない。つまり、光合成の研究実験は姉にされて、妹である主人公には施されていないのだろう。
「けけけと笑いたくなる」とある。
姉が「けけけ」と笑うのは、隠し事や企みがある場合だった。
姉の生き方を間近で見ては学びつつ、でも自分は姉ではないから、姉の生き方を真似ることはできない。
それは他の人に対しても同じ。
似ているからといって、相手は相手であり自分は自分の生き方しかできないことを、姉から学べた。
主人公はどう生きていくだろう。
姉のマネをしてボディペイントすることもできるかもしれないが、おそらく表に出ていくようなことはしないだろう。
姉のマネージャーを経験したことで、誰かを支える裏方の仕事を選んでいくかもしれない。
読後、タイトルを読みながら、私は私だといえる生き方をしている人こそ本当の美しさを持てる、と訴えているのではと思えた。
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