作者・野口ソー 読売新聞社賞:『雨と無知』の感想

雨と無知

作者 野口ソー

https://kakuyomu.jp/works/1177354054884165444


 赤尾二子を救うべく夏の構内連続放火事件を起こして彼女に解決させたあと、会長の勧誘から二人してミステリ研究会に所属となる。大学二回生の十二月二十五日、お忍びサイン会情報を入手し、わざと盗み聞きさせた会長から彼女が喫茶店に来ることを事前に把握。彼女の告白に折れて家に招くこととなり、相合い傘で店を出る話。

 

 恋愛要素のあるミステリー作品。

 十二月二十五日の喫茶店を舞台に、夏に起きた事件や主人公のこれからの予定を探りながら、恋愛も絡んでくる展開が、複雑にみえるものの、うまくまとめている。


 主人公は大学二回生の『青鬼』先輩と呼ばれている。一人称、俺で書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。現在過去未来の順に書かれている。

 

 それぞれの人物の思いを知りながら結ばれない状況にもどかしさを感じることで共感するタイプと女性神話とメロドラマに似た中心軌道に沿って書かれている。

 大学二回生の夏 主人公は自身の点が取れそうになかったテストを焼失させて延期させる目的も兼ねて、高校で問題を起こしたという噂が広まり周りから避けられていた赤尾二子を救うべく、彼女の過去に関する書類を焼くために教授や学生の持つプリントが燃やす小規模で危険な事件を数件起こす。その際、わざと解決の手がかりを残しては彼女に推理を促し、警察が動き出す直前で赤尾二子が一人で、主人公の仕業と暴いたことが大学全体に広まり、学内限定の名探偵となった。

 避けられていた自分を救うために事件を起こした主人公の先輩は、彼女にとって大切な『青鬼』であり、好きだと告白されるようになる。また、事件後に「君達は見所があるよ」とミステリ研究会の会長の意味不明な勧誘で二人は研究会に入ることとなり、友達にはなりたくない変わり者たちばかりの仲間ができた。

 数カ月後の冬、クリスマスの朝。怪鳥から電話があり推理作家の秘密のサイン会があるので、本を貸してもらえればサインを貰ってきてあげるといわれる。サインが欲しいわけではなかったが、貰ってくれるのなら断る理由もない。いつも暇を潰す喫茶店で待ち合わせることにする。晴れてはいたが、傘も一応持って行った。

 会長に本を渡すと、赤尾に聞かれたから渋々、今日はバイトが休みで休日に暇を潰す喫茶店の場所を教えたので彼女が来るから帰ってはいけないといわれる。『停滞は、一時の安心感と、長い悲しみを生む』という金言をそえて。

 何がしたいのか会長に尋ねると、「何かがしたいんだ。そうしないと、人間も停滞する。僕は、悲しい物語は嫌いだからね。ハッピーエンドを期待しているよ」といい、雨が降りそうだから傘を借りていく、帰りたければ雨が降る前に帰りたまえと捨て台詞を残して去っていった。

 雨が降る中、喫茶店でコーヒーを飲みながら読書をしていると赤尾が現れる。研究会に顔を出してくださいと言われるも、バイトが忙しいと返事。互いに今後の予定を秘密だといい、ついていって良いですかと聞かれる。傘もないからしばららくコーヒーでも楽しむと答える。マスターとは愚痴を言い合えるほど仲良くなるほど、喫茶店には来ているという。

 最近のミステリ研では、会長の気まぐれで、ミスリードとレッド・へリングの研究をしていると教えられる。

 お腹が空いたという彼女。なにか注文しますかと聞かれて奢らないぞと返事。ケチですねといった彼女がタオンだのは本日限定の巨大パフェ。会長の話を盗み聞きし、近くの本屋でミステリ作家がお忍びでサイン会をしている話をする赤尾。その本屋が先輩の行き先ではないかと聞かれ、行列に並ぶのは嫌いと答える。

 赤尾に友人から電話が入り、先輩の家に行くことになったと友人の誘いを断り、主人公を見ながらお願いを聞いているか推理する赤尾。断られるのが真相と告げ、友達は大切位するべきだといえば、友達のいない先輩は何を大切にするのかと問われて閉口すると、「私を、大切にしてはくれませんか、『青鬼』先輩」と何度目かの告白を受ける。

 夏の構内連続放火事件の犯人は主人公であり、赤男を名探偵に仕立て、彼女の過去に関する書類を焼失させ、自信を悪者とした。その結果、主人公に友達はなく、「君たちは見どころがある」と会長の勧誘を受けて二人はミステリ研究会に入り、変わり者たちばかりの仲間ができた。「お前を恋人にしたら、友達を作れなくなるだろう」と答え、今日のところは諦めてくれるも相合い傘くらいやってくれますよねと、傘を持ってきている証拠を三つ披露する。傘を返してもらうためにここにいる可能性を聞いて、するどいと思う。

 彼女を褒め、傘を持ってきたことを白状するも、幼児はすでに終了していたと告げたタイミングで、会長が来店。サイン本と傘を受け取る。「ミステリでは定番のミスリードという奴だな」と呟くと、赤尾に睨まれる。事前に会長から赤尾が喫茶店に来ることを知らされ、「停滞は、一時の安心感と、長い悲しみを生む。何のことかは考えろ」「何かがしたいんだ。そうしないと、人間も停滞する。僕は、悲しい物語は嫌いだからね。ハッピーエンドを期待しているよ」と言われていた。

 彼女に暇かと訪ね、家に来るかと声をかけると「行きます!」の返事。「嬉しいです。けれど、少し長すぎますよ」とボヤかれる。パフェの代金を払うよういいながら、二人で店を出る。一緒の傘に入れながら、プレゼントくらいは買ってやろうと思うのだった。


 三幕八場の構成で書かれている。

 一幕一場のはじまりは、大学二回生の冬、十二月二十五日。喫茶店で雨に降られた赤尾と出会う。どこかへ行く予定なのか聞くと秘密と答えたので、自分も秘密だと答える。ついていってもいいですかと彼女に来あれ、傘もないししばらくコーヒーを楽しんでおくとミステリ小説を読みながら答えると向かいの席に彼女が座る。

 二場の主人公の目的では、彼女から、最近のミステリ研究会は会長の気まぐれでミスリードとレッド・へリングの研究をしていると教えられる。本意ではないものの主人公がミステリ研究会に入ったのはミステリマニアと呼ぶほど、推理小説を嗜んでいるからだが、彼女は数カ月前の夏に起きた構内連続放火事件を解決し、名探偵という事実を認識して所属している。

 二幕三場の最初の課題では、お腹が空いたと今日限定の巨大パフェを注文する彼女。喫茶店によく来るのか聞かれ、マスターと愚痴を言い合えるほど仲良くなったし、相席の知らない人と一時間は語り合えると答える。

 四場の重い課題では、会長は苦手は先輩の話を盗み聞いたとして、近くの本屋でミステリ作家がお忍びでサイン会をしている話を聞いたといい、主人公の行き先は本屋だと思ったけど違うのかと聞かれる。並ぶのが嫌いと答えるとき、彼女に友人から今夜の誘いの電話がかかるも、先輩の家に行くことになったと答え、物欲しげにニヤニヤに見つめ、「私を、大切にしてはくれませんか、『青鬼』先輩」と何度目かの告白を聞かされる。

 五場の状況の再整備、転換点では、夏の構内連続放火事件の犯人は自分であり、高校で問題を起こした噂のせいで避けられていた彼女を救うため、点が取れそうになかったテストを焼失させて延期させる目的もかねながら、彼女の過去に関する書類を焼いて自分が悪者であり、彼女に事件の解決をさせて時の人にさせた。そんな主人公を好きになった彼女から今日も告白を受けては、今日も屁理屈で諦めてもらうをくり返す。

 六場の最大の課題では、相合い傘くらいしてくれますよねと、傘を持ってきた証拠を三つ提示される。傘を持ってきたことは認めるも、少し違うと反論。

 三幕七場の最後の課題、どんでん返しでは、そこへ会長が登場、サイン本と借りていた傘を返して去っていく。店に来る前に会長から連絡を聞いて事情を知っていた主人公。事前にお忍びサイン会の情報を入手し、わざと彼女に盗み聞きさせる会長の手腕に感心し、赤尾は睨まれる。

 八場のエピローグでは、状況を把握して恥ずかしがる彼女に、自分の家に来るかと声をかける。行きますと目を輝かせる彼女は、嬉しいけど少しながすぎますと文句を言う。パフェの代金は自分で払えと行って店を出て、プレゼントくらい買ってやろうと相合い傘で歩き出す。

 

 奇妙な出来事が起き、推測がいくつも提示され、答えが明かされるところに本作の良さがある。

 読み手を誘う書き出しがいい。

 いつも雨が大切なもの見えなくするとはどういうことなのかという大きな謎と、主人公に起こる様々な出来事の小さな謎が、最後うまく絡み合いながら解答を提示させていく作りが上手い。

 二行目に「大学二回生の、冬の話」といつの話なのかを明示してから、喫茶店で読書中の主人公が後輩に声をかけられる場面より物語がはじまっていく。

 一行目や二行目がなくとも、赤尾の会話から物語をはじめることもできたはず。

 だけれども、人物紹介や状況説明をして事件の始まりを告げるプロローグの前に、何かを予感させるファーストシーンである一文「雨は、いつも大切なものを見えなくする」をもってくるべき。ミステリーならばなおのこと。

 ミステリーに限らず、ミステリ要素のある作品を書く場合は、大きな謎と小さな謎の二つを用意し、謎を追いかけながら二つが絡み合っていく展開を描いていくと、読み手に謎解きのワクワク感を抱かせることができる。

 

 本作には、人物描写があまり描かれていない。雨に濡れて入ってきた赤尾の紙が濡れていて、タオルで拭いたり、薄く化粧された口元など、顔の表情など部分的に描かれることはある。

 また店内、数人の客がいて、窓の向こうにはざあざあと雨が降り、雨音が店内のBGMを邪魔しているなど、部分を描いていて、全体を描かれていないのも特徴。

 謎解きの読み物を楽しむために、最低限の情報に絞り込んだ書き方がなされている。

 それでも、読み手が想像できる範囲内の具体的な場面が描かれ、とくに主人公の心の声や態度、表情などが描かれているからこそ、読み手も感情移入できる。


 ミステリーのちょっとした蘊蓄、レッド・へリングについても書かれている。

「レッド・へリング。直訳の場合、『赤いニシン』を表すが、ミステリを中心とした小説用語と見ると、まったく意味が異なる。端的に言うならば、『大事な描写から読者の注意をそらす技法』である。ミステリでは、伏線があからさまにならないように使われる。作家の実力が顕著に表れる部分とも言える」

 知らない読者に対して親切だし、主人公がミステリマニアというほど推理小説を嗜んでいるのが伺える書き方がさりげなくされているところもいい。また伏線にもなっている。

 読者は蘊蓄を読みたいわけではないけれども、ちょっとした知らないことに触れるころができるのも読む楽しみの一つ。こういうところからも、作者が読み手を楽しませようとしているのを感じられる。


 情報の出し方が上手いと思う。

 会話が進んでいくうちに、彼女が構内連続放火事件を解決した名探偵だと明かされると、主人公が喫茶店によく来る話から彼女が主人公に好意を抱いていており、告白する流れとなったとき明かされる、連続放火事件の犯人。

 主人公は自分のためといいつつ、高校で問題を起こした噂が元でハブられている彼女を救うために行動したと語られるだけでなく、変人会長に誘われて二人はミステリ研究会に所属することになったこともわかる。

 彼女は事件を経て主人公に恩義を感じ、好意を抱いて告白してきた。どうして自分では駄目なのかと問いかけて「お前を恋人にしたら、友達を作れなくなるだろう」とはぐらかす。

 用のところは諦めるといいつつ、相合い傘はしてくれてもいいでしょうと傘を持ってきた証拠を推理し、認めさせる。

 しかし、幼児はすでに終了していることを告げ、変人会長が現れる展開となっている。

 という具合に、なにかしら小さな謎が一つ明かされる度に、あらたな情報が開示される展開だ。たとえるなら、関係性が壊れると同時に本音が現れる少女漫画のように。

 ある意味、ドミノ倒しのような展開のおかげで、グイグイと物語を先へと読ませていく書き方は素晴らしい。


 実は変人会長の策略から、二人が喫茶店で向き合う状況になっているのだから、一番すごいのは会長なのは間違いない。

 まさに会長はキューピッドである。

 ひょっとすると、主人公が赤尾のために連続放火事件を起こしては彼女に謎解きさせて名探偵にしたことも、会長は見抜いていたのではと邪推する。

 だからこそ、ミステリ研究会に所属させたのだろう。

 どのように主人公が謎解きの情報を小出しにし、彼女にわかるようにさせたのかはわからないけれども、気づいて謎を解いて自演を解決させた赤尾も、もともと洞察力や推理力を十分に持ち合わせていたにちがいない。

 その片鱗は、傘を持って喫茶店へ来た証拠として三つあげているところにみられる。


 赤尾が主人公を好きになったのは、夏の一件で助けられたからなのだろうか。

 助けてもらえば恩義を感じるだろうし、自分に向けられていた周囲の冷たい目を払拭させ、肩代わりする如く主人公に友達がいない状況となったことに憂い、同情から好意となったのかはわからない。

 そもそも、主人公はなぜ連続放火事件を起こしたのか。

 自身のテストの点と延期するためだったのなら、主人公は自分が気に食わないことがあれば犯罪行為をする考えの持ち主ということになる。実に過激だ。

 自分のことよりも彼女を助けるためだと考えると、「大学二回生の夏、つまりは数か月前、俺は彼女と出会った」というのは疑わしくなる。

 見ず知らずの相手の情報の書かれた書類を燃やすためには書類の存在と、彼女の過去の悪さを事前に知っていなければならない。

 同じ高校の出身だったのでは、と考える。

 また、だいそれた行動を起こして彼女に向けられた冷遇を自身に向けさせることだけが放火の目的だったのか。下手すれば退学となる。あまりにリスクの高いことをやってのけるには、それなりの動機が必要だ。

 自分のテスト用紙を燃やしたところで、点数は別に記録されているはずなので焼失させても問題ない気がする。

 そう考えると、やはり彼女のための行動と捉えていいはず。

 つまり主人公は、彼女を以前から知っていて、好意をもっていたと考えられる。


 部活になかなか顔を出さないのは、事件の犯人と名探偵が仲良くしていたら、二人で共謀して事件を起こしたと噂され、彼女が酷い扱いをされてしまう懸念があるからだと考える。

 彼女からの告白を拒んでいるのも、そういう理由からだろう。

 

 限定パフェん代金を払っても良かったのではと考えるも、クリスマスプレゼントを贈りたいという気持ちがはじめからあったから、自分で払えといっていたのだろう。

 代金を払ってプレゼントとしてもいいかもしれないけれども、形が残るもののほうが彼女は喜ぶだろうし、彼女が欲しい物を買うだけでなく自分でも選びたい気持ちがあったから、パフェで散財したくなかったに違いない。


 それにしても会長が一番すごい。お忍びサイン会の情報を仕入れ、赤尾に話を盗み聞きさせ、さらに主人公にそれらの情報を伝えつつ、二人きりにさせる。

 つまり二人は、会長の手の内で踊らされていたようなもの。

 何も知らなかったのは赤尾なので、恥ずかしいとテーブルに突っ伏してしまうのは仕方ない。

 でも、家に誘われ相合い傘に入れてくれただけでなく、このあとプレゼントも貰えただろうから、彼女にとっては素敵なクリスマスになっただろう。

 

 彼女の名前は赤尾二子。アカオニの子から来ていると思われる。

 主人公は『青鬼』先輩と呼ばれている。

 泣いた赤鬼という童話に登場する青鬼を指すと思われる。

 あえて『 』で表現されているので、対にするためだと考える。

 実際、青鬼という名前ではないだろうし、青鬼を連想させる、たとえば「青木」といった名字でもないかもしれない。 


 読後、タイトルを見ながら「アメとムチ」を引用した、上手いタイトルだと感じた。「停滞は、一時の安心感と、長い悲しみを生む」という会長の金言が実によく効いている。

 停滞とは現状維持。

 現状維持は衰退なり、という言葉がある。

  世の中、社会やニーズ、住んでいる人や働く顔ぶれ、すべてが変わっていく中にあって、旧態依然となんら変わらず新しいことに取り組まないと、後れを取るばかりで衰退をしているのと同じということ。

 変わらないことは一見、良さそうにみえて、現状から目を背ける堕落した行為。だからこそ、変化に飛んだ喜びも生まず、悲しみしかない。

 なにかしたい、ハッピーエンドを期待して行動する会長は立派だし、告白を続けてきた赤尾も立派だし、夏に彼女を救おうとした行動も立派だし、大切なものと向き合って一緒に歩きだした主人公も立派である。

  

 

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