作者・鳥引一夫 読売新聞社賞:『草生える』の感想

草生える

作者 鳥引一夫

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886608617


 SFっぽいホラー。

 ネットのコメントの語尾にWをつけて笑いを表すことから転じて、おかしな状況を「草生える」と表現することに着目してホラーっぽい作品にまとめ上げたところは、目の付け所がいいし、面白い。

 

 主人公は、おそらく大学生の男性。一人称、おれで書かれた文体。自分語りの実況中継で綴られている。

 ホラーは怖いミステリーであり、ラストは主人公の生と死、どちらかが描かれる。本作は生きているけど、犯罪を犯したということで後者かしらん。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 大学で植物の研究をしている芹沼は、大学の時に知り合った主人公の部屋に、笑うと生えるオニゲシと酷似した特徴を持ったケシ科の多年生植物のハカマオニゲシを密かに実験栽培していた。

 録画していたお笑いの賞レースを、中古のテレビで安酒を飲みながらふと笑った瞬間、床にくさがはえ、波紋のごとく広がる。抜くと十円ハゲのように穴があき、笑うとまたはえて塞がる。

 芹沼が部屋に訪れると、「お前、植物の研究してんだろ。なんとかしてくれ」と頼む主人公。「俺は別にこんな不思議な研究はしてねぇよ。まあ、天然の絨毯ってことでいんじゃねぇの? はははっ!」彼が笑っても草が生えたため、この部屋で笑うことで生えることが確認される。

 草はオニゲシ。園芸用で、高くはないが元手ゼロ円ならボロ儲けだと芹沼に言われ、彼の大学のつてで売って山分けすることを約束。二人して落語、漫才からバラエティまでありったけのビデオをレンタルし、笑ってオニゲシを成長させた。

 苗にしたオニゲシは芹沼に渡し、出荷される。六畳一間のど真ん中で永遠に流れ続けるテレビに笑い続けた。

 オニゲシ栽培も次第に軌道にのり、安心して生活できる程度の金が入るようになった頃、新品のテレビを購入し、漫才ライブを再生していると、芹沼からメールが届く。

「――バカンスなう」

 隣に見知らぬ美女を置いて、サングラスかけて水着姿の芹沼が海外の浜辺で横になっているものだった。どこから海外に行ける金が生まれたのだと笑っていると、続いて「――お元気で」とのメール。また笑ってぼーとし、吐く。吐瀉物のかかったスマホをスクロールすると、メールの最後にウィキペディアのリンクが貼り付けられていた。

 タップしてリンクを飛んだところで、チャイムが鳴る。部屋に入ってきた警察を見て、笑いが止まらない。

 警察が机の上に置かれたスマホ画面を覗くと、「ハカマオニゲシ:オニゲシと酷似した特徴を持ったケシ科の多年生植物。麻薬取締法によって原則栽培は禁止されている」と表示されていた。


 冒頭から、床から草が生える不思議な現象に遭遇するところに、読者を注目させる強い引きを感じる。

「ついさっきまでは録画してあったお笑いの賞レースを中古のテレビで安酒をちびちび飲みながら見ていたはずだった」なんい、ちょっと笑ったら、草が生えだし、一気に広がる。

 主人公でなくとも、「なにが起きてんだ、これ」といいたくなる。


 抜いて、笑ったらまた生える。

「ふふふふ、なんじゃこりゃ」と草が生えて笑っているけれども、草のせいではないかと推測する。

 この不思議な、オニゲシと酷似した特徴を持ったケシ科の多年生植物のハカマオニゲシは通常のハカマオニゲシではない。

 笑うと発育するように、遺伝子操作されて人工的に作り出されたものだろう。

 ハカマオニゲシは鮮やかな深紅の花の色が咲く。

 本作では花については出てこない。

 傷つけた未熟果から分泌する白色~淡紅色の乳液が浸出するするが、しばらくすると粘り状になるのでへらでかき集め乾燥したものが生アヘンであり、日本では麻薬取締法とあへん法により一般の栽培が禁止されている。

 草だけでは、利益に繋がらないのではと考える。

 あるいは、笑うことで増殖するよう人工的に改良されたハカマオニゲシは、草からアヘンを作り出すことができるのかもしれない。

 だから後半、面白いことがなくても笑っている。

 床に生えている草のフレッシュな香りの状態でも、アヘンと同じ効果があるのだろう。


 また、芹沢も部屋に入ってきて、

「俺は別にこんな不思議な研究はしてねぇよ。まあ、天然の絨毯ってことでいんじゃねぇの? はははっ!」

 と笑っている。

 おかしくて笑ったのもあるかもしれない。

 でも、芹沢自身も、草の香りで笑ってしまったのだろう。


「おれたちは落語、漫才からバラエティまでありったけのビデオをレンタルし、オニゲシを成長させた。苗にしたオニゲシは芹沼に渡し、出荷される」

 きっと、出荷されて部屋に草がなくなると、主人公は笑わなくなるので、バラエティーネタを用意しないといけない。

 草が生えている状態だと、もっと楽に笑えるはず。

「脳が溶けそうになるほどテレビを見た。しばらくするとすぐにネタ切れを起こしたが、同じネタでもなんども笑えたし、なんなら回を重ねるごとに笑いは大きくなっていった」

 あきらかに、面白くて笑っているのではなく、草の香りを吸って笑い、その笑いで草は増殖してのループ状態になっていったのだろう。

 その裏付けとして、「しばしば笑いすぎて吐くこともあった。オニゲシが電球を覆い、終始暗いおれの部屋はオニゲシの草の匂いと酸っぱい匂いで満たされていった」と書かれていて、中毒症状になっている。

 笑いすぎると腹がよじれる、と慣用句もあるけれど、だからといって、笑いすぎて吐くことはない。


 この辺りの、本当のことを隠しながら、それでも異常なことが起きているのを見せる描き方は上手い。

 

 芹沢は、海外逃亡をしたのだろう。

 出荷し、金を手に入れていたのも彼。

 山分けといいながら取り分は、芹沢のほうが多かったのだろう。

 情報が漏れたと察知して、逃げたのだ。

 主人公の家に警察が踏み込んでいる。

 ひょっとすると、芹沢は主人公の名前を使って出荷もしていたかもしれない。


 主人公は、ずっと家にいる。

 もし就職しているのなら、家にいないだろうし、「おれは朝方に出勤しているサラリーマンを窓から眺め、酒を飲むのが毎日の楽しみになった」とは書かないかもしれない。

 出席する講義が少なくなった、三年生とか四年生、もしくは単位を落として留年している人かもしれない。


 芹沢は、どうして主人公の部屋に草をはやしたのだろう。

 自分が作った、笑いによって増える草を増やすために適した環境だったから。と考えると、主人公はお笑い好きであり、芹沢にとってはちょうどよかったのだろう。


 ネットスラングの「草生える」から、本当に笑いで草が生えるという発想を生かしたお話へと昇華させたところが良かったのだと考える。

 読売新聞社としては、大麻やけしの栽培や麻薬の密売は犯罪であることを、面白おかしく一般の人や若い人にも伝えるのに最適な作品だとする考えが、どこかにはあったのではと邪推する。

 それにしても、主人公に悪いのだけれども、面白かった。

  

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