2018年
ショートストーリー部門
作者・名取 雨霧 大賞:『少女は鍵を三度失くした』の感想
少女は鍵を三度失くした
作者 名取 雨霧
https://kakuyomu.jp/works/1177354054886566930
世界ではじめて精神癌に罹った壮平は再び成美と再会し付き合うも、今度は彼女が精神癌となり手術で忘れてしまう。そんな二人が一年後、再会を果たす物語。
読みやすく、書き方が上手い。
これからは二人で、楽しい思い出をたくさん作って行ってほしい。
主人公、壮平。一人称、僕で書かれた文体。
自分語りの実況中継で綴られている。
女性神話の中心軌道に沿って書かれている。
小学一年生の時、公園で自転車の鍵をなくした成美と壮平は出会う。二人は色々な体験をして仲良くなるも、世界初の精神癌にかかってしまう。小学六年の夏に手術をし、記憶を失くしてしまう。
中学の時、公園で自転車の鍵をなくした成美と出会い、その日二人はカギが見つからずに自転車を担いで帰る。
中学と高校が別々な二人は、二人のちょうど中間の地域で催される祭りに行くことを約束牛、二人は祭りを周り、壮平は成美に告白して付き合うことになる。
二年後の夏、成美が世界で二番目の精神癌に罹る。「過去の記憶が変異して、苦しい思い出に作り変えられる病気にかかっちゃったそうです。どうしよう」と、おどけた養生で話す成美に対し、取り乱していたのは壮平だった。病室をトビアして、白衣を着た人間に片っ端から聞きまわり、長身のどこか懐かしい雰囲気がするメガネ男の医師から話を聞き、「彼女の手術は八月三十一日、それまで成海ちゃんの心のケアを君に頼みたい」もちろんそうするつもりと答え、夏休みは毎日病院に通い続けることにした。
彼女が好きそうな食べ物やゲーム、本などを取り出し、検査の時まで休憩室で時間を潰す日々を過ごして八月三十日を迎える。
成美が外に出たいとも言い出し、許可を取って外に出る。中学の時に初めて出会った公園、一時間離れた場所にある祭りで告白したことなどを振り返りながら「壮平のことは、全部忘れちゃうと思う」と成美は告げて、世界で最初に精神癌に罹って忘れてしまったのは壮平、自分だと教えられる。
小学一年生のときに出会っていた幼馴染だったこと、忘れてしまった記憶を話される。なぜ幼馴染なのを隠したのか尋ねると、「過去を理由にして、私との記憶がない壮平に、関係を強要したくなかったから」
二人は抱き合い、「思い出をくれてありがとね。わたし、ぜったいに忘れない」今までで一番大きな花火が打ち上がる中、平成最後の夏に幕が降ろされてていく。
一年後、あの公園で自転車の鍵をなくした彼女に壮平は出会うのだった。
全体的には、現在→過去→未来の形で書かれている。
また、恋愛ものだけれども、変則的であるため、出会い→深め合い→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の流れの「出会い」「深め合い」部分が回想で書かれている。
三幕八場の構成にも当てはまる。
一幕一場の状況説明では、成美に頼まれていた本を持ってくるのを忘れた壮平は怒られてしまう。
二場の主人公の目的をもつでは、夏休みに入った日、成美が精神癌に罹り、八月三十一日に手術を受けることで記憶消去することが決まる。メガネ男の担当医から説明を聞い、成美の心のケアを頼まれる。
二幕四場の最初の課題では、主人公は一カ月病院に通い続け、彼女はいつも嬉しそうに手招きして丸椅子に座らせ、検査の愚痴やあのメガネ男先生とした話を伝え終わると、彼女が好きそうな食べ物やゲーム、本などを取り出し、検査の時まで休憩室で時間を潰す日課を過ごす。焦る主人公とは違い、成美は病院での日々を楽しんでいるようだった。
五場の重い課題では、手術の前日の八月三十日。昼食の後、成海が外出したいと言いだしたので申請して出かける。向かった先は、二人が出会った公園だった。成美が自転車の鍵をなくしていたところに壮平が出会ったのだ。
ブランコに立ちこぎしながら「何年も前なのに意外と覚えてるもんだね!」という成美に、「何年も、って言っても五年前だよ」と答える壮平。二人の間に沈黙が流れる。
「よし、じゃあ次の場所行こっか」
ブランコを降りた彼女に涙を見る。
六場の状況の再整備では、公園を出て一時間歩いて訪れたのは屋台がならぶ夏祭り会場。学校の違う二人は、中間に位置する地域の夏祭りに行くことを約束し、振り回されるように屋台をめぐり、二年前では壮平が告白したことを振り返る。
七場の最後の課題とどんでん返しでは、全部忘れてしまうと話す成美。世界で最初に精神癌になったのは壮平であり、十一年前にあの公園で本当に鍵をなくして二人は出会っていたことを彼女から聞く。記憶がない壮平に関係を強要したくないため、幼馴染であることを伏せていたのだ。
大きな花火が開く中、壮平は成美と抱き合う。
「思い出をくれてありがとね。わたし、ぜったいに忘れない」
平成最後の夏は幕を閉じた。
八場のエピローグでは、あの公園で自転車の鍵を失くした彼女と壮平が出会ったのが一年後だった。
書き出しが上手い。
これからどんな話をするのかを読み手にほのめかせるる、恋人同士の二人の関係をエピソードで描いて伝えている。
メガネ男の医者に懐かしさを感じている。
おそらく、自分が精神癌になったときの担当医だろう。
けど、サラッとしすぎていて違和感を抱くほどもない。
それほど、主人公は自分のことを忘れていると描いているのだ。
だから成美がのちに語った自身の話は、信じられなかったはず。
それでも聞いて、信じることができたのは、自分を小さい頃からみてきた幼馴染で恋人の成美だったから。
前半の積み上げができているから、後半の説得力が生きてくる。
成美は、世界で二人目の精神癌の患者らしい。
このように表現されたとき、読者は一番目は主人公だときづくべきなのだろう。少なくとも、なぜ二人目と書くのか。一人目は誰だろうと思い巡らせたにちがいない。
精神癌が今ひとつわからない。
「過去の記憶が変異して、苦しい思い出に作り変えられる病気にかかっちゃった」
治すには、「悪性の記憶を取り除く手術」を行うこと。
人の記憶は録画記録ではないので、絶えず変化する。思い出が美化されるように、実際の記憶を改ざんして作り替え、思い込む。
つまり、記憶が美化されるのではなく、悪化するのが精神癌という病気なのだろう。
記憶は記録ではないので、カウンセリングを受けて、別な見方へともっていく方法や忘れる手段もある。
でも、外科的切除を医者は選択している。
ひょっとすると、放置すればすべての記憶が悪化し、発狂して自殺してしまう病気かもしれない。
内包されていた部位の切除をすれば、記憶は失われるのは必然だ。
それにしても成美は、公園で自転車の鍵をよく落とす。
一度目は偶然であり、二度目は故意。
三度目は偶然なのだろうけれども、二度あることは三度あるというので、忘れていない可能性もあるのではと邪推したくなる。
手術後、主人公とは疎遠になってしまい、いい加減そっちから声をかけてきなさいよとしびれを切らして鍵を落としたのでは、と考えたくなる。
病名はともかく、発想は悪くない。
記憶喪失になる過程に工夫が見られるとはいえ、記憶をなくす安直さはいただけない。
いつも一緒にいたわたしの幼馴染は、この国で二例目の奇病、ものをおぼえていられず忘れてしまい、寝たきりの植物状態となり、医者はさじを投げた。わたしは事故に遭ってなにもかも忘れた。
その後、一度だけ再会するも、まわりは知っているのに当の本人たちだけはなにもわからなかった。
あれほど滑稽で残酷な再会はない。
そんなわたしが、本作を読む。
世の中は残酷で救いなんて一切ない。せめて物語だけでも夢を見させようとする作者の思いが本作にはあるのかしらん、とへりくだった結果、体調を悪くして寝込んでしまった。
カクヨム甲子園は、この手の作品が本当に多い。
病気や記憶喪失、死を扱わない作品を読みたいと思った。
読後、タイトルをもう一度読む。
三度目の正直という。これから二人で、楽しい記憶をたくさん作っていってほしい。切に願う。
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