作者・横谷 タクミ 読売新聞社賞:『落し物』の感想

落し物

作者 横谷 タクミ

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883802937


 ガンで死んだ父が友人の高田に憑依し、成仏するためにやりたいことを一緒にする祐だったが、実は生前に親らしいことをしてあげられなかった父と相談していたことであり、祐の誕生日に父が残した「生まれてくれて、愛させてくれて、お父さんの息子になってくれて、どうもありがとう。愛しています。これからもずうっと、見守っているからね」の言葉に涙し、強く生きていく話。


 三点リーダー云々は気にしない。

 実にいい話である。


 主人公は男子高校生の祐。一人称、俺で書かれた文体。

 自分語りの実況中継で綴られている。主人公が体験している描写が実にうまい。


 絡め取り話法とメロドラマに似た中心軌道に沿って開かれている。

 父親と母親、高田は女性神話の中心軌道に沿って書かれている。


 誕生日一週間前、祐の父親はガンで亡くなる。その日の朝、父の言葉「どんなに辛くとも学校には行くんだぞ」を思い出して登校する。帰宅後、母はお寺へ出かけ、家に一人で過ごしていると、友人の高田からメッセージがスマホに届き、父だと名乗る。父にもわからにが、高田に憑依しているらしい。

 通夜を終えた翌日の葬儀の後、連絡が入り夜の公園に出かける。父が憑依している高田から、「生前やりたかったことを片っ端からやっていこうと思う」と考えを聞かされる。

 次の夜、二人は川で夜釣りをして一匹、魚を釣る。さらに翌日は、星を見に行くことになる。小学生の頃に家族三人で長野の方に旅行に行った時以来だと思い出す。

「お父さんさ、消えちゃうんだ」と話しだす高田に、「駄目な息子だったと思うけど、ここまで育ててくれて、愛してくれて、本当にありがとう。僕は、僕は絶対、これから何があったとしても、父さんの息子だから。父さんの息子だから。それを誇りに、生きていくから」と主人公は言葉をかける。

 立ち上がった高田のトートバックから、無数のセリフが書かれたコピー用紙がこぼれ出る。高田は生前の主人公の父から、一週間だけでいいから息子の面倒を見てくれないかと頼まれ、二人で話し合って計画したと説明する。

 受け入れられず駆け出した主人公は、転んで腕を追ってしまう。

 翌日の十八歳の誕生日を病院で過ごした主人公は、母に父の墓参りがしたいと申し出る。墓へ行くと、高田が来ていて、誕生日を一緒に祝ってほしいと母親が声をかける。

 気まずい中で食事をした後、母がDVDを見せる。父が生前、主人公のために残していたものだった。

「高田くん、いつも祐とおじさんと遊んでくれて、ありがとね。もしかしたら、おじさんのせいで君たちにひどい迷惑がかかってしまったかもしれない。そうなる可能性があっても、祐とおじさんのためにこんな嫌な役をやらせてしまって、本当に、感謝してもしきれません。ごめんなさい。どうもありがとう」

「祐、お父さんはあなたにとって、ちゃんとしたお父さんになれたでしょうか。お誕生日を祝うことすら、まともにできなかった父を、どうか許してください。生まれてくれて、愛させてくれて、お父さんの息子になってくれて、どうもありがとう。愛しています。これからもずうっと、見守っているからね」と語り、三人は涙する。

 一年後、卒業を迎えた主人公と高田は、東京と九州、それぞ絵の大学へと旅立っていく。主人公のスーツから落ちた写真には、高田と、家族三人の笑顔が写っていた。


 本作は、三幕八場で構成されている。

 一幕一場のはじまりでは、父がガンでなくなる。

 二場の主人公の目的は、友人の高田に憑依した父から、「生前やりたかったことを片っ端からやっていこうと思う」と考えを聞かされ、父のために一緒にやりたいことをしていく。

 二幕三場の最初の課題で、夜釣りをする。四場の重い課題で、星を見に行くことになる。五場の状況の再整備では、小学校のときに三人で一緒に長野の方に旅行に行った時以来だと思い出す。六場の最大の課題では、星を一緒に見ながら父が消えることを打ち明けられ、「父さんの息子だから。それを誇りに、生きていくから」と答える。

 三幕七場の最大のクライマックス、どんでん返しで、実は生前お父親から頼まれていたことを知り、ショックを受けて駆け出しては転んで怪我をしてしまう。誕生日に高田を招いた母は、父が残したDVDを一緒に見て、高田と息子への感謝が語られ、三人は泣く。

 八場の結末は、一年後、卒業を迎えた主人公と高田。主人公のスーツから一枚の写真が落ちる。高田と三人の笑顔が写っていた。


 死んだ父が友人高田に憑依したホラーファンタジーかと思わせて、実は父と相談して演じていたという現代ドラマ。

 このどんでん返しは素敵である。

 しかも、さらに母が取り出したDVDには父の思いが語られており、三人の号泣とともに読者も涙を誘われる。

 

 父をなくした身としては、高田に憑依して、成仏するためにやりたいことをする場面から、じわじわと涙腺を緩めさせていく構成は見事である。

 

「どんなに辛くとも学校には行くんだぞと昔から父が口癖のように言っていたのを、今まで何もしてこなかったくせに、今まで何もしてこなかったからこそ、今更の親孝行のつもりというか、意地になって登校する気でいるのだ」と、主人公は思い出して登校する。

 高校の授業料は高い。親は子供のために働いているのだから。

 無駄にしてほしくないだろうし、主人公も心の何処かでは理解したのだと思う。


 描写がいい。

「一瞬呼吸が止まった気がした。胸がセメントで固められたかのように凍りついた」

 主人公が味わっている気持ちが共感できる。

 他にもいろいろある。

 夜道を、自転車に乗って行くところの「無人の坂を猛スピードで下っていく。顔面に吹き付ける風に息が苦しい。ずんずんと近づいていく坂の麓の交差点に、少しの恐怖を感じながらブレーキをかけていく」とか「信号で一応止まると、じんわりと体が火照ってきているのを感じた。胸いっぱいに空気を吸い込むと、冷気が鼻腔を駆け巡り、そのまま脳を包み込んで頭の芯から冷えていく気がした」の感じが実に良い。

 転んだときの「アスファルトのかけらに引っかかり、バランスを崩す。慌てて着いた右手に、嫌な衝撃が走る。それがなんなのか理解する暇もなく、無様に僕の体は転がり落ちていく。道路にぶつかるたび体が少し宙に浮かぶ。数メートルほど転がりながら、少しずつ僕の体は止まってくれた。体がうまく動かない。動かす気も無くなっていった」の描写もいい。

 主人公が体験している描写の上手さから感情移入できるし、読者は追体験できる。


 アルバムの空白の寂しさを、DVDをみていたとき、高田がもってきた写真で「おめでとう」という文字が表示され「この写真、高田くんにもらったのよ」と母に説明される所が良い。

 きっと、高田がもってきた写真には、主人公の祐だけでなく、父も母も写っているに違いない。


 高田は実にいい子である。

 こんな子は、なかなかいない。

 最後のオチもいい。

 オチとは、どんな物語だったのかを現すもの。

 主人公の家族と高田との、愛の物語だったのだ。

 実に素晴らしい。


 ただ、一つ気になることがある。

 なぜ主人公の父親を、だれも助けないのかしらん。

 高田も母親も父を手伝っているので、父のやりたい助けはしている。でも、この方法が、本当に父を助けることになっているのだろうか。

 仕事一辺倒の父親を前に、なんとなくテレビを見て不安になった母が検査させたところ、二週間ほど前に末期ガンであると診断、もう手遅れの状態で発見される。

「医者なら直せよ」というくだらないドラマに出てきそうな言葉は、いうことを聞かない体に妨げられて出てこなかっただけであって、主人公の体の中にある。でも、あるだけで、主人公は思いや行動にも移していない。

 余命二週間をいわれた父親も、肉体的救済は不可能だから、精神的救済を選択。それが一人息子である主人公の祐が、自分がいなくなった後でも寂しくないよう少しでも思えるものを残そうと、高田にお願いをし、十八歳の誕生日を迎えるまでの一週間だけ、息子の面倒をしてほしいとお願いする。

 高田が協力するのは、友人・祐の父親の願いだったから。

 その際、祐の恥ずかしい出来事、たとえば「祐の初恋は、近所のお姉さんの恵ちゃんだ。彼女が結婚した時は本当にいじけてしまって大変だった」など、数々の話題を出しては、どんなセリフにするにするのかなども原稿起こししていく。

 高田もまた、自分が持っているアルバムからも写真を提供することを承諾し、主人公のために動き出していく。

 この辺が、すごくモヤモヤする。

 主人公の父親は末期がんで余命が残りわずか。

 肉知的救済ではなく、精神的救済を選択。

 いくつになっても子供が心配なのが親なので、理解はできる。

 でもだからこそ残りの余命、本当に父親が求めていた、息子や母親、家族と過ごす団らんの時間をもっと大事に過ごしてもよかったのでは?


 きっと、父親は楽しかっただろう。

 息子の友人と、息子のことで振り返り、思い出してはいなくなったときに行う台本原稿の作成。母親にはいくつかの指定場所の画像を集めてもらったり、祐へ残す言葉をベストな撮影が取れるまで、リテイクを何度も行い、編集したのかもしれない。

 仮に、編集もすべて父親が行ったのなら、それでも母親にはきちんと事情を説明はしてあるだろう。だからこそ、誕生日に息子に見せることができたのだ。

 ひょっとしたら今までで一番、息子である祐とのつながりを、父親は感じられたかもしれない。

 寝たきりのがん患者が週に一度、教会に出向いて祈りをする瞬間に神様と繋がれる感覚を得られることで、生きていると唯一実感できた、という話を思い出す。

 余命宣告された父親も、この二週間はそうだったに違いない。 

 後に残る息子のため、高田に後を託し、母親にはDVDを手渡す。

 でも、主人公だけがノケモノである。

 本当に、このDVDを見て、主人公は心から泣けただろうか。

 余命宣告されてから自分のためにいろいろと準備して、楽しかっただろうね。高田も母さんも自分の誕生日のために父と協力してよかったね。でも俺はちっとも楽しくなかった、と思った主人公は、その後は表面的に笑顔を取り繕い、高田と友達の付き合いを区切りにして東京の大学へ向かっていく、と読めなくもない。

 

 読者が単純に、作り話に登場してきたキャラクターの話として読むだけなら、本作はお話の体は保たれているので、穿った読み方をする必要はない。

 でも、登場するキャラクターはこの作中世界にとっては住人、いわば創作世界の人間なのだ。

 そんな世界に生きる、彼らの人間味が希薄なのは、なぜなのだろう。


 主人公の父親は、「お前に何もしてやれなかったって、なんの思い出もあげられなかったって。ただ狂ったように仕事ばかりで、いつの間にか死にそうになってて、本当に、バカみたいで、どうにかしてやりたかったって。一緒に何かしたかったって」といっている。

 本気でそういう想いがあるのなら、余命二週間をいわれた後、どうして息子である主人公と話をしなかったのか、不思議でならない。

 おそらく原因は、「どんなに辛くとも学校には行くんだぞと昔から父が口癖のように言っていた」にあると思う。

 もし父親が息子に「話したい」と思って息子との時間を作ってしまえば、これまで厳格に守らせてきた約束は、一時の例外をもって覆される前例として主人公に残る。

 ひょっとすると、これから長く続く主人公の先の人生に、何かしら良くない影響を及ぼしかねない。たとえば、どんな約束も守らなければならない、だけれども例外は存在する。例外があれば、どんな約束も守らなくてもいいわけである。

 結果、自分にとって都合のいい考え方をする生き方をしていく。少なくとも、そんな生き方を父親は望んではいなかった。

 だから父親は、どうしても息子に会うわけにはいかない。会わず、代わりに友人の高田と過ごし、後を託すのだろう。

 その点、母とは気兼ねなく会えたはず。

 ひょっとすると、父親の気持ちを聞いてくれたかもしれない。

 そう考えると、DVD制作にはきっと、母親の協力があったに違いない。そもそも、誕生日に高田を招き寄せたのは母である。つまり、DVDの内容を、母は知っていた証だ。

 すべては、十八歳を迎える息子のために動いていき、父親を救うものも現れず、救われもしなかった。


 なぜこうなるのか。

 とってつけたように母親も登場するけれども、活躍するのは三人の男性である。 

 父親と高田、主人公も入れて三人は男性キャラであり、父性の象徴であって、イメージは切断。こうと決めたら、目標に向かって邁進していく。つまり、父性同士は結ばれないのだ。

 いわゆる父性的な作品だからだ。

 もし、父親を救うのなら、それぞれが素押しずつ相手の知らない行動をしている状態にすると、意外性が最後に出てくる気がする。

 注目すべきは、母である。

 母親は女性、まさに母性であり、イメージは包含。

 彼女にしかできない行動をさせればいい。

 余命二週間が宣告されたあと主人公に「お父さんに伝えたいことがあるなら、手紙を書きなさい。次行くとき渡してあげるから」と、主人公に伝えるシーンがあればいい。

 DVDの終わりがけに、父は母から手紙を渡される。

 それを見て、主人公は焦る。なぜなら、書いた内容は罵詈雑言。もっと一緒に遊んでほしかった、旅行につれていってほしかったなどなど。

 眼の前にして驚きつつも父は、そうだよなと涙する。でも手紙の最後の方にあった、家族三人でいった「長野旅行が一番たのしかった」と感謝の言葉を読んで、しみじみと思い出しては原稿のセリフではなく、素の言葉で父は昔話を語って聞かせ、「ごめんな。生まれてきてくれてありがとう。祐は、父さんと母さんの、最高の息子だ」と泣き笑いの顔を最後に映してDVDが終わる。

 気持ちを伝えあわせないと、救われない。これくらいすれば、ほんのちょっとは父親を救えるかもしれない。

 

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