時の翼

@serai

時の翼

 1998年9月15日。


この日に僕は、学校からの帰りに交通量の多い国道沿いの歩道を歩いてた。


なんて事はない毎日の通学路だ。


僕の名は、摩耶弘文。


毎日この国道に沿って通学している高校二年だ。


今まで平凡な人生、平凡な生活を送って来た。


だが僕の人生は、この日を境に狂い始めだしたのだ。



 



けたたましい騒音をまき散らし何台もの車やバイクが行き交う国道。



日本中で交通量の多い道路ベスト10に必ず入っていると言って良いほど交通



の激しい所だ。



僕がふと、その国道の向こう側を見ると見た事がある人がこちらを向いて大きく手を振っていた。



よく見ればそれは、僕の妹だった。



四歳年下の妹。僕の家族は、僕と妹の一美、母だけの三人家族だ。



父は、僕が幼い頃母と離婚していた。



僕と妹は、ずっと母に育てられて父の顔など見たことも無かった。



そして、その父の写真さえ一枚も残って無かったのだ。



だから自分の父の存在を感じた事など無かった。



妹の一美が国道の向こう側で僕を見つけてたのだろうが、妹はめったな事で兄である僕に手を振るなんて事はしない。よほどの用事があるのだろうか。



僕が国道の横断歩道の手前に立ち、妹がこちら側へ渡ろうと信号が青に変わるのを待っている。



そして、数分が経過してようやく信号灯の色が赤から青へと切り替わった。



妹は、即座にそれを確認すると僕の方へと走り出した。



そして、妹が横断歩道の半ばまで来たとき僕の視野の端の方からモノスゴイスピードで迫ってくる一台の車を僕の目は、捉えていた。



「おっおい!!! 一美!!!」



僕は、思わず声を出していた。



その声が妹に届いていたかどうかは、ワカラナイ。



しかし、妹の身体は迫ってくる車の前に飛び出していた。



僕の周りだけが時間の流れを見失った様に全ての動きがスローモーションなる。



そして、ユックリと呑み込まれる様に一美の身体が迫って来た黒い車に吸付いていく。



何かがひしゃげる音。



何かが潰れる音。



何かが壊れる音。



空を飛ぶ一美の身体。



その僕の記憶は、この時を境にプッツリと途切れてしまった。



 



気がつけば僕は、「手術中」と書かれた赤く点灯した表示灯の下で長椅子のすみに



腰掛けていた。



「何が……くそぉ!!」



僕は、無意識にそう叫んで勢いよく立ち上がった。



パタパタとスリッパで廊下を走る音が遠巻きに僕の耳に聞こえてくる。



汗で崩れた髪形、走りつづけたために乱れた服装。



どれをとっても必死に走ってきたのだとわかる格好の女性が僕の前にやってきた。



「弘文!! 一美、一美は!? 」



その女性が僕に向かってそう叫ぶ。



彼女は、一美の母であり僕の母でもある人だ。



母は、見た目は若く見えるがもう40代である。



未だに30代前半に見える母が時々怖いと思う事さえある。



母は、取り乱した様子で何度も僕に一美の事を問い詰めたが僕は何も言えずにただ



黙っている事しか出来なかった。



しばらく静かな時間が流れ、実際の時間感覚を忘れるほどの時間が僕と母を通り抜けていた。



ふと「手術中」の表示灯のランプが消えた。



手術室の扉が開かれて、一美の担当医がユックリとした足取りで中から出てきた。



むろん、母は直ぐにその担当医に詰め寄った。



その事に担当医は、頭を下げてすまなそうな顔を見せた。



「残念ながら……」



担当医は、静かにそう言うとそそくさと僕と母の元を去って行った。



母は、しばらく放心状態で僕の身体にしがみついた。



そして、堤防が崩れ去るかのように激しく泣き出したのだ。



そんな母と僕の後ろを数人の看護婦と手術助手が手術室から出てきて通りすぎて行く。



最後に魂の抜けた一美の身体を乗せたキャリアーが運ばれていった。



母は、その間ずっと泣き続けた。





 妹の死がどれほどものだったのか。



少なくとも僕と母の心に大きな穴を開けた。



友達や親戚がいない母だったので一美の葬式は、淋しいものとなった。



葬式には、一美の学校の校長と担任、そして数人の女生徒が葬式に顔を見せたぐらいで、ほとんど僕と母だけだった。



妹の死は、母を悲しみと言う呪縛にかけてしまった。



葬式が済んだ後でも母は、その悲しみを背負いつづけた。



その為に生気を失ってしまった母を見る事に僕は、耐える事などできなかった。



何度見ても目をそらしたくなる母の衰弱した顔。



僕は、そんな母の顔を毎日見たくは無い。だから、母を元気つけて励ます事を考えた。



それは、母にとって唯一の家族である僕の役目だと思ったからだ。



そして、妹の死から49日たち一月たち半年たちじょじょではあるが母が以前の姿に戻っていく事を感じていた。



 



妹の一美が死んで一年後…………。



僕は、高校3年になり大学受験のために忙しく勉強の毎日だった。



今日は、妹の命日だと言う事だけで僕は、高校の授業など受ける気になれなかった。



僕は、気分が乗らないとたまに学校を抜け出したりする。



そして、よく県立図書館に行っては、好きな本を読みあさる。



今日もそんな事で午前中だと言うのに図書館に足を運んでいたのだ。



大きくて広い本棚を僕は、眺めて面白そうな本、僕の興味をそそるような本を探していた。



そして、ふっと目に止まった本を手に取って僕は、表紙の題目を読んでみた。



「THE TIME WING?……時の翼? 」



自分でも安易な直訳だと思いながらも「時の翼」と声なって出た。



その本は、分厚くそして何故か異様に重い。



とりあえず、表紙をめくってみるとちゃんと日本語で書かれた本であった。



印刷されたのは、かなり古い様で少し黄色くページが変色していた。



この本に少し興味が沸いたので書かれた内容を読むこともなくそれを脇に抱えて受付へ持って行った。



「あの……この本借りて行きます」


僕は、受付の女性にそう言って図書カードを手渡した。



「あら? この本……ふーん、貴方が借りるの? この本がどんな本なのか理解している? 」

 


受付の女性が少し不思議そうにその本と僕の顔を覗きこんだ。



その受付嬢は、若く20歳ぐらいに見える。



そして、興味があるように顔に笑みを浮かべ僕の返答をまっていた。



「え?……ただ、なんとなく面白そうだなって思っただけで……」



「う〜ん、まっ良いか……貸出し期間は、1週間ね」


そう言って彼女は、僕の図書カードに判をつく。



その本を持って行こうとすると彼女が僕を呼び止めた。



「ねぇ、私もうすぐここのアルバイト終わりの時間だから少し待っていて欲しいの」


「え?」



「話があるのよ。その本について……」



彼女は、一方的にそう言うとニッコリと僕に笑みを向けた。




 僕は、図書館の入口で待っていた。



そんなに長く待っていたわけではなく。



ほんの五分ほどだ。



図書館の中から走ってくる女性。



僕は、彼女を待っていた。突然、話があるからと僕を引き止めた彼女を待っていたのだ。



彼女が僕に話があると言った事に僕は、少し戸惑を感じた。



誰だってそんな事を突然言われては、戸惑うと思うが僕が借りた本の事もあって話ぐらいならっと思った。



「ごめんごめん! 待った?」



「いいよ。これぐらい」


「そっ、それじゃ行こう!」



彼女がそう言ってなれなれしく僕の腕を掴む。



図書館の受付嬢。彼女の名前は、岩波鏡花と言った。



彼女は、大学生で専攻は考古学だそうである。



アルバイトに図書館の受付をやっているらしい。



彼女は、別に話しをするわけでもなく僕を町中へ連れ出して買い物の付き合いをさせられた。



そして、彼女が本題に入ったのは、かなり日が暮れた時だった。



僕が借りた本について話があるからと落ち着ける場所にと近場の喫茶店に岩波鏡花は、僕を連れて来た。



静かなそれでいてアンティークな内装がまわりを落ち着かせているそんな喫茶店である。



僕と彼女は、外が見えるガラス張りの隣の席でお互い向き合っていた。



「実は、……」



っと唐突に岩波鏡花が話しを切り出した。



「実は、その本の作者……私のお祖父さんなの!!」



「えっ?」



僕は、ちょっと驚いた。いや、少しだ。



「私のお祖父さんって、ちょっと名の知れた考古学者だったのよ。でもその本は、ちょっといわくつきでね」


岩波鏡花が真剣な瞳で身を乗り出す様に僕に言った。



「そんなヤバイ本なのか?」



「いい? これから話す事は、本当だけど信じられない話。誰も信じてくれなかった」


岩波鏡花は、少し悲しそうな表情で僕の顔をみつめる。



「でも本当なのよ」


「……」



「貴方、その本読む時は、気をつけて! 現実を見失っちゃ駄目よ!」



岩波鏡花は、すぅと僕の顔の前に人差し指を立てニコリと微笑んだ。



彼女が言うには、この「時の翼」と言う本は、生きているのだと言うのだ。



現実を見失った人の時間を食べて生きているのだと。



その本に書かれている事は、非現実的であり読んだ者の心を現実世界から引き離してしまうとか。



そして、現実を見失った人はこの本に時間を食べられてこの世界から消えてしまうと言うのだ。



しかし、この本を読んだ彼女は、消えなかった。



彼女は、その理由として現実世界に強い思いを残していたからだと言った。



彼女の話は、とても信じられるものじゃない。



かなり非現実的だと思う。



こんな話を誰が信じるのか。



そう僕が思って頭を悩ましていると彼女が再び口を開いた。



「ってね。嘘だったりして」


岩波鏡花が笑みを浮かべる。



「え?」



「嘘だから……今まで言った事全て!」



「ええぇー!?」



僕は、またまた驚いた。



今度は、とてつもなく驚いた。



だぶん嘘かなって思っていたけど。こうあっさりと嘘を言われて僕には、戸惑いさえあった。



「嘘って? じゃ、どうして僕に話があるって言ったんだ? 」



「……今日は、淋しかったの……だから……誰かに話を聞いて欲しかったのかな」


岩波鏡花は、そう言って「わからない」って言っている様に首をかしげた。



「でも、私が貴方を誘ったのは、その本を借りた人だったからよ」


「え?」



彼女は、突然椅子から立ちあがった。



「それじゃね。楽しかったわ」


岩波鏡花は、僕の前から立ち去ろうとする。



突然だったので、彼女を呼び止めようと僕も立ち上がった。



「あっ……待ってよ!」



「待てないわ。だって、待つ理由ないもの」


「……」



僕が彼女の言葉に何も言えないで苦虫を噛締めていると岩波鏡花は、フッとまた笑みをもらした。



「また逢えるでしょ? 図書館でね」


「あっそうだね」


また逢えるのだと岩波鏡花は、言った。



しかし僕は、今もう少し話しをしたかった。



なにか、会話も中途半端に終わったようで気持ちが落ち着かない。



実際よく考えてみても彼女は、何が言いたかったのか。そして、僕も何を彼女に伝えたかったのか。



この時には、わからなかった。




 岩波鏡花は、僕にとっては不思議な女性だった。



何が不思議だって言えば彼女が時々見せる悲しそうな笑みだ。



僕には、その彼女の笑みがとても悲しそうに見えた。



あの後、彼女とは直ぐにわかれた。



そして、僕が自分の家に着いたのは夜の9時をまわっていた。



僕の家は、一軒家でそれも小さなこじんまりとした家である。



母親一人で一軒家なんてって思うかも知れないけど、母が離婚した僕の父は結構金持ちだったようで



慰謝料をたんまりと貰ってやったと母は自慢していたのを覚えている。その金で家を買ったのだと母



は僕に言っていた。



僕が家の玄関扉に手をかけた時には、周りは暗く静まりかえっていた。



「ん?」



この時僕は、おかしいと感じた。



もう、夜の9時をまわっているのに母が帰ってきていないわけがないのだ。



だから、家の中から光が漏れていないと言う事はおかしいのだ。



「母さん!?」



僕は、玄関扉を開いて中へ踏み込むとそう叫んだ。



玄関扉には、鍵が掛かっていなかった。



なのに母の返事は無く。



そして、僕は靴を脱ぎ家の中へ用心深く入って行った。



「母さん!?」



僕は、もう一度叫んでみる。



やはり母の返事は、無かった。



少し耳をすましてみると何か水が流れる音が聞こえてきた。



「水の音? 風呂場か?」



僕は、そう思って風呂場へと足を運んでみた。



半開きになっている脱衣所の扉、中は暗く電気も点いていない。



僕は、脱衣所の明りを点けるために扉の近くのスイッチを入れた。



「え?なんだ!?」



僕は、少し驚いた。



脱衣所がかなり散かっていたからだ。



そして、僕は視線を風呂場へ向けた。



溢れきったユニットバスの水。



今だに蛇口からユニットバスの中へ流れてる水。



バスの中の水は赤く染まっている。



それは血の赤だった。



母がユニットバスにもたれる様に倒れていた。



そして、母の右手はバスの中へ、左手には剃刀が握られている。



それを見て僕の心は、凍りついた。



脇に抱えたはずの「時の翼」の本が床に落ちて大きな音を鳴らした。



僕の視線は、釘づけで動かせない。



「うそだろ?冗談なんだろ? 嘘だって言ってくれよ。母さん」


僕は、力なくそう言った。




僕は、母はもうふっきれていたと思っていた。



一美の死を乗り越えたと思っていた。



しかし、そうでは無かった。



一美の命日に母は、思い出してしまったのだろうか。



母の日常と言う積み木が一美の死と言う心の揺らぎに崩れてしまったのか。



でも、自殺なんて……。



母の命は、奇跡的に助かった。



僕の発見が早かったためだと医者が言っていた。



僕は、病院の人に無理を言ってまだ意識の戻らない母の側で学校にも行かず三日三晩過ごした。



ただ、母の意識が早く戻る事を願って。



そして、四日目の夕方頃だった。



あの男がやって来た。



僕と母の前にあの男がやって来たのだ。



背の高いガッチリとした体格、きっちりとスーツを着こなし顔は、40代に見える。



その男が右手に見舞用の花束を握って僕と母の居る病室の扉を開いた。



その男は、おもむろに僕の前まで来るとじっと僕の顔を見据えた。



「君が弘文君だね?私は、君の父親なんだ!」



その男が初めて口を開いた言葉がそれであった。



その言葉を聞いて僕は、何かどす黒い感情が湧き上がってきた。



「父親? 一美の葬式にも来なかったあんたが母が入院したからって見舞に来ただと?なぜ今更、父親と言うんだ!?」



じょじょに激しくなって行く自分の感情を押さえながら僕は、そう僕の父となのる人物に言った。



そして、僕と父との間に流れる静かな沈黙と渦巻く不確かな感情。



「君は、私の息子だが。一美は、……私の娘ではない」


その男が静かにそう言って僕を見据えた。



その男のその言葉に僕は、とりとめなく噴出してくる感情を押さえきれなかった。



思わず父であるはずのその男に僕は、掴みかかっていた。



「なっ……なんだと!?何て言った!!?」



彼の胸のシャツをしわくちゃになるまで力強く掴んだ僕の両手。



しだいに黒く染まっていく自分の心を感じて僕は、震えが止まらなかった。



彼を掴んでいた両手まで震えだした。



感情を押し殺して僕は、両手を彼の服から離した。



そして、僕は彼を突き飛ばすと部屋を飛び出した。



廊下を走って病院を抜け出してもう闇に染まりつつある空の下を僕は、駆け抜けていった。



何処でも良い僕の心が落着ける場所を探した。



 



僕は誰も居ない公園のブランコに腰をかけていた。



周りの暗闇がもう夜だと言う事を感じさせてくれる。



僕は、頭をかかえてじっと自分の中から噴出してくる暗闇に耐えていた。



身体がこぎざみに震える。



あの男のおかげで思い出したくない事を思い出してしまいそうになる。



そうだ。母は、何故自殺をしようとしたのか。



その答えは、わかったていた。



自分にとってその答えは、耐え難い事であるから。



記憶の角へ押し込んでいた。



母は、いつも一美を見ていた。



母の視点は、一美にしか向けられていなかった。



母の心は、一美と共にあったのだ。



あの一美に向ける母の優しい目は、僕に向けられた事がなかった。



「母は、僕を……」


その言葉を最後まで言うのを躊躇った。



その言葉を最後まで言ってしまえば僕の心が壊れそうになる。



ふと何かの気配に僕は、ゆっくりと顔を上げた。



「……」



「こんな所で……」


そこには、一人の女性がたっていた。



その女性は、じっと僕を見ている。



「君は、……」


その女性は、そうあの図書館の受付嬢、岩波鏡花だった。



ただ、その寂しそうな目を向けられて僕は、自分の心がじょじょに平静を取り戻していくの



を感じていた。



あの澄んだ悲しい瞳が僕の心を癒してくれる。



その時そんな気がしたのだ。




暗闇。



闇が町を覆い尽くして、その闇から逃れるように人は明りを点け始める。



誰も寄りつくこのない暗闇に染まった公園の中で僕と岩波鏡花は存在していた。



岩波鏡花が僕のとなりのブランコに座り僕の話しに耳を傾けていた。



ペラペラと僕は、母の自殺未遂や病院での出来事をいつのまにか彼女に話していた。



何故、彼女にあの出来事を話しているのか。彼女には、関係がないことであるはずなのに。



僕は、弱虫だ。



僕が一通り話しを終えると、岩波鏡花が顔を上げて僕の方へ顔を向けた。



「そう、そんな事があったの」


「…………」


僕は、うつむいた。



「今は、辛いかもしれない。でも、そのうち良い事もあるわ」


「……」


「だってそうでしょ?人生なんてそんなものよ」


「……」


「辛い事だけじゃつまらい。楽しい事だけでもつまない。両方あって事こそ人生だもの。



辛い事があったら、次は楽しい事があるんだって。気持ちを切り替えないと辛いだけでしょ?」



そう、問いかけるように言うと岩波鏡花は、僕のいまだに振るえが止まらない右手を



そっと両手で優しく握りしめた。



「大丈夫。大丈夫よ。きっと貴方は、愛されているわ」


さもそれが当然であるように言う岩波鏡花の姿を見て僕の心は、癒されていた。



そして、岩波鏡花がふと自分の時計を見る。



「ああ、もうこんな時間!」



岩波鏡花が驚いた様子でそう叫んだ。



時計の針がもう直ぐ11時を刺そうとしていたからだ。



「ねえ、送ってくれるでしょ!?」



岩波鏡花がそう言ってブランコから立ちあがった。



そして、僕の前に立ち、右手を差し出した。



「女性の一人夜道は、恐いのよ」


「えっ?あっ、送るよ。もちろん」


僕は、彼女の手を掴みブランコから立ちあがった。



 



30分ぐらいだろうか。



岩波鏡花を送って、途中面白い本の話しとかをしながらゆっくり歩いた。



そして、ある交差点の前で岩波鏡花は、



「もう、この辺りでいいわ。送ってくれて、ありがとね!」



っと僕にそう言って笑みを浮かべた。



「僕の方こそ。ありがと!元気が出たよ」



僕も笑顔を彼女に向けた。



「またね」



そうお互いにお別れの挨拶を済ませると彼女は去って行った。



どうしてあの時、岩波鏡花が僕の前に現れたのかわらない。



偶然にしても珍しい事だ。



ただ、彼女の存在が僕にとって救いになったのは確かだとおもう。



あのまま闇の中で震えつづけてることを思うと彼女に出会えたことは、僕にとって幸運だった。



僕は、岩波鏡花と別れてから病院に戻る気がとても起きず。



いつの間にか自分の家に戻っていた。



玄関を開けて、明を点ける。



家の中は、散かったまま。



あの夜のまま、何も変わっていなかった。



ふと僕は、母が倒れていた風呂場に向かった。



今だに母の血がこびり付いた風呂場、タイル。



生々しいこうけいが飛びこんできた。



そして僕は、足元に何か硬い物を感じた。



それは、あの時驚いて落した「時の翼」の本だった。



まだ、一度も読んでいない本。



僕は、その本を拾い上げて表紙をめくってみた。



その場で座りこみ、僕は何かに取りつかれた様にその本のないように取りこまれていった。



そして、僕はその本に書かれてるないように驚き、悲しみ、憎しみ、絶望した。



翌朝。



僕は図書館に向かっていた。



もちろん、岩波鏡花に逢うためだ。



今度は、「時の翼」という本について。



その本に書かれたないようについて話しをするためだ。



僕は、この時焦りを感じていた。




 こんな事があって良いのか。



僕の心の中は、その言葉でいっぱいだった。



「時の翼」と言う本を始めて読んで最初に思ったことでもある。



しかし、信じられないことであるが本の内容が真実だと告げている。



信じたくはない。



だか信じるしかない内容なのだ。



この「時の翼」と言う本に書かれている内容は。



だから、何か知っているかもしれない岩波鏡花に逢って確かめたかった。



今まで起きた僕の周りの出来事が嘘偽りのない真実であると言うことを。



僕は、図書館に入るとすぐさま岩波鏡花のいる受付に向かった。



「ちょっと、話しがあるんだ!」



僕は、岩波鏡花の前でいきなりそう言った。



「何よ? そんな、真剣な顔して話なんて!」



岩波鏡花は、少し不思議そうな顔を僕に向けて言った。



「この図書館で借りた本、「時の翼」って本の事なんだ」


「え? そう。そうなんだ。読んだのね?」



僕の言葉に岩波鏡花は、少し笑みを漏らしたかに見えた。



岩波鏡花は、受付の席から立ち上がるとこっちに来なさいとばかりに



僕の目を見ると歩きだした。



小さな会議室。



この図書館に幾つかある会議室の一つである。



4、5人入ったらもう入れないほどの小さな会議室だった。



「ねえ、あなたがその「時の翼」の本を読んで真っ先に私の所へくる事はわかっていたわ」


「え?」



僕は、彼女の言葉に驚いた。



「あなたは、その本を読んでその本の内容に疑問も抱いた。違う?」



「そうだ!だから……」



「だから、私の所へ来た。その本に書かれる内容は、とても信じられない事。でも……」



「でも、信じるしかない内容だった!」



「そう、だから一度その本を読んだ事のある私の所に来たのでしょ?」



「君が以前言ってた事。君は、あの時嘘だって言ってた。でも、本当の事じゃないのか?」



僕の質問に彼女は、黙って目を閉じた。



そして、一呼吸おいて口を開く。



「それを信じるか信じないかは、あなたしだいよ。だた、その本を読んだ貴方は、一つの権利を得たわ」


そう言った彼女の視線に僕は、目を離せないでいた。



「……権利ってなんだ!?」



「貴方は、この現実を受け入れてしまうの?それともこの現実を否定するの?」



彼女は、何を言ってるのか。



この時、僕は彼女の言ってる事が理解できなかった。



ただ僕は、この現実、僕の周りで起きたさまざまな出来事に対して背を向けてきた。



だから、彼女に「この現実を受け入れてしまうの?」っと聞かれて動揺した。



「僕は、こんな現実嫌いだ。けど、この現実を否定したところでどうなるって言うんだ!?」



「貴方には、一つの権利があるって言ったでしょ?一度だけ……たった一度だけ……あなたは、時をさかのぼる事ができるの。「時の翼」と言う本の力でね」


「え?」



「さあ、どうするの?……運命……変える事できるのよ……」



岩波鏡花のあまりにも悲しいそうな瞳が僕の心を揺さぶった。




僕は、望んだわけじゃない。



でも、心の奥底でそう望んでいたかもしれない。



自分の周りで起きた現実を否定した所でどうなるものでもないと。



僕は、そう思っていた。たとえ、運命を変える事ができるとしても。



妹が死んでから、僕の周りで非日常的なものが日常的なものへと



代わっていった。



母の自殺未遂もそうだ。僕の父と名のる男の出現もそうだ。



そう、時の翼と言う本との出会いさえも。



そして、僕は今ここに居る。



岩波鏡花が僕に運命を受け入れてしまうのかって問いかけた時から、



僕の意識は、ここへ飛んでいたのかもしれない。



交通量の多い交差点、白い横断歩道、信号が変わるたびに車や人の



流れが止まったり、動き出したりと慌しい。



僕は、その交差点の横断歩道の手前に立ち、道路を隔てた向う側に



立っている妹の一美の姿を見ていた。



時は、すでに動き出している。



信号が赤から青へと変わり、一美は僕の方へ向かって走りだした。



そして、タイミングを計ったように現れる黒い車。



僕は、とっさに一美の方へ走った。



一美を突き飛ばして僕は、あの黒い車に呑み込まれた。



身体に強い衝撃があったのは、覚えている。



その後の事は、覚えていない。



気が付けば、アスファルトの上に仰向けになっていた。



身体の感覚は、無かった。



痛みさえも無い。



むろん、身体を動かす事は、出来なかった。



ただ、目だけが動かす事が出来る。



何時の間にか僕の周りには、人だかりが出来ていた。



皆は、さまざまな視線を僕に向けていた。



妹の一美が僕のすぐ横で泣いている。



僕は、人だかりの中に一人の女性の姿を見つけた。



右腕に「時の翼」の本を抱えた岩波鏡花が悲しそうな顔を僕に向けていた。



そして、静かに岩波鏡花は僕に向かって口を開く。



声は、聞こえない。



でも、彼女が何を言ったのかは、わかった。



確かにこう言ったのだ。



「あなたも私の前から消えて行くの?」



っと、そう言ったのだ。



とても悲しそうな顔でそう言ったのだ。



アスファルトに身体全身の血が吸われていくような感覚が次第に強くなって



いった。



それと同時に僕の意識も薄れてきた。



僕は、死ぬのだろうか。



ここまま、死んでしまうのだろうか。



これで、よかったのだろうか。



ほんとにこれでよかったのだろうか。



僕は、時が揺らいだのを感じた。


    


完結



エピローグ



私の名前は、摩耶一美。



私の兄が私の目の前で死んでから、ちょうど一年が経った。



今は、学校の授業を終えて真っ直ぐ家に帰る途中。



何時もなら友達と寄り道でもして、ゆっくり帰るのだけど。



今日は、兄の命日と言う事で母と一緒に兄の墓参りに行く約束をしていた。



私が大通りに出た所で地面にうずくまって何を探している20代ぐらいの女性が居た。



なんとなくほっておけなくて、私はその女性に思わず声をかけていた。



「あの! 何か落したんですか?」



「えっ? あっ……コンタクト落しちゃって」


その女性は、屈んだまま私の方へ顔を向けるとニッコリと笑みを見せた。



ふっと私の足元を見たら、何かが光った。



それを拾って見ると、コンタクトレンズだった。



彼女が探している物に間違いないだろう。



「在りました!これね!?」



私は、拾ったコンタクトを彼女の手に手渡した。



「わあ!ありがとう!」



彼女は、とても嬉しそうに私にお礼を言った。



そして、ニッコリと笑顔を浮かべたまま彼女は、私の手を握った。



「お礼がしたいわ!美味しいケーキと紅茶でも奢るわね!近くにいきつけの喫茶店があるの!」



「やったぁ!ラッキー!」



私は、突然やって来た小さな幸せに喜んでそう叫んだ。




喫茶店に入って始めてお互いに自己紹介をした。



彼女の名前は、岩波鏡花と言うらしい。



私より8歳も年上の大学生で専攻は、考古学とか。



この時は、大学生の知り合いが出来た程度にしか思っていなかった。



彼女との出会いがどれほど重要なものであるかわからなかった。



再び私の時が揺らぐ事になろとは……。



突然、岩波鏡花が私に質問をしてきた。



「ねえ、時の翼って本を知ってる?」



おわり。

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