【命題】その感情は、理屈を超越する
力の入らない身体で横たわるそこは、あらゆる破壊をかき集めたみたいな惨状だ。瓦礫と鉄骨が荊棘のように組み合わさって、ちょっぴり過激なジャングルジムと化している。
「…あ」
崩壊が、バスのフレームを軋ませる音を鳴らした。爆発音が、どこかでまた一つ鳴った。
終わりが近いのだろう。ふと、そう思った。
「はは…こんなことに、なるなんて、な……」
人生何が起きるか分からない、とはよく言ったものだ。いつもの帰宅途中に、突然事故に遭うなんて。
「かはッ!?…はぁ…はぁ…」
血に塗れた全身、朧げな意識、霞む視界。吐き気で何かを吐き出すと、鮮やかな赤色が溢れてきた。まさしく、体力ゲージミリ残しってかんじ
こんな酷い目に遭うなんて…やはり、朝のニュース番組の星座占い最下位が祟ったか。ちなみに、ラッキーアイテムはメモ帳とペンだった。遺書を書け、という意味だったのだろうか。
「………はは」
案外気楽だな、と我ながら思う。気楽ついでに、私は、遠ざかる背中を見つめてみた。
今にも倒れそうな、確定と安定を欠いた足取り。見えているのは背中だけだけれども、その表情は、容易に想像できる。
嗚咽を漏らして、涙で頬を汚して、傷だらけの体を、それでも精一杯に動かし続ける。
満身創痍。みっともなさをこねくり回したような、そんな有様。
「…だけど、もう少し…。もう少し、そのままでいてちょうだいね……?」
私はもう死ぬ寸前で、あなたも、歩くことがやっとなくらいの有様で。
だから私は、何とかあなただけでも、行ってくれることを願った。ゆーくんだけでも、生きて、と。
ああもう…本当に疲れた。こちとら死にかけで喋る気力も無いっていうのに、ゆーくんったら聞く耳を持たない。“そんなの嫌だ”とか。“お前と一緒に居たい”とか。”お前と離れたくない“とか。
……………。
「えへへ……」
うん。あれは悪くなかった。とても悪くない。かなり悪くなかった。
次は別のシチュエーションでお願いしたいものだ。
「…次、か……」
きっと、それはもう来ないだろう。それは、少しだけ、寂しいかな。
だが、人生の最後に幸せな記憶があったのは良いことだ。それだけで私は、この終わりを、良いものだと胸を張って言える。
でもまあ、幾らか懸念はあった。ゆーくんの頑なさは、私が一番良く知っているつもり。だから、まあ。たしかに私は、ゆーくんに、逃げてと言ったけれども、
でも、絶対にあの人は戻ってくる。私の為に、戻ってきてしまう。
「…ふふ」
思わず笑みが漏れた。彼の優しさにも、それを信じ切ることのできる自分にも。
諦めようとして、それでも諦められなくて。私を、1人にさせないように。この炎の地獄に帰ってくる。
そう、確信できた。だって、
「…私は、そんなあなたの優しさに、恋をしたのですから」
あぁ。普段からこれくらい素直になれればなぁ、とも思う。本当の私は、とっても臆病で、とっても狡くて、何より恥ずかしがり屋。
だからあの時、ゆーくんが、私に想いを告げてくれたあの時。返事を先延ばしにしようとして、
いやだって考えてみてほしい。普段何気なく関係し合っているなかで、きっとそれがこれからも続いていくのだろうと思わされる穏やかさで、急にあの告白は刺激が強すぎる。
しかもあれだ。告白の台詞なんて、
『春陽。お前が好きだ』
ちょ、ちょっと!ゆーくん!?真っ直ぐすぎ!眩しい眩しい!!
やっぱりゆーくんそういうところある。そういう時に限って、ひどく表情が穏やかなのも、だ。ストレートど真ん中なその言動で、いったい何人の女の子をその気にさせてきたことか…
でも。
でもね、ゆーくん。
これだけは言えること。あなたは、私に“好き”だと言ってくれたけど、
「ほんとは、私の方が、ずっと先に、好きになっていたんだよ…?」
だから、
「…!!」
もはや死に体。まるで空洞にでもなったかのような両腕を、それでも動けと力を込める。手に持つそれは、炎の輝きをその身に写すもの。鋭い切先を持つもの。幸い、ちょうど良いガラスの破片が転がっていた。
あとはそれで、私自身を終わらせるだけ。
「……はぁ…はぁ…」
私が生きている限り、あなたは私といることを諦められない。だから私は、ここで自らの命を絶つのだ。彼が、戻ってきてしまう前に。
間違いでも良い。気の迷いの所為にしても良い。私を見捨てる選択を、より選びやすくする。ゆーくんなら、きっとこの意味に気づくはず。た、たぶん。
あなたはこう言うでしょう。『お前と一緒に居たい』と。
だけど私もこう言うのです。『あなただけは、生きてほしい』と。
二つの想いは境界線。けれども残念。男の子は、女の子のお願いを聞くものよ?優先ルールで私の勝ち。文句や苦情は受け付けませんから。
「なんて………ごめんね、ゆーくん……」
あなたはきっと、このことをずっと後悔する。ここで生き残ったことを、罪として一生背負い続けてしまう。
それでも、私はあなたに生きてほしい。
あなたの優しさは、きっとこれからも、多くの人を幸せにしていくだろう。私は、それが続かないことを良しとしない。誰かの幸福のために、自らの不利益を惜しまないあなた。それはまるで、他人の喜びが、自分の喜びでもあるかのようで。
そんなことを言えば、あなたはきっと、苦笑しながら否定するだろうけど。しかし、私という存在が、あなたの善性を証明してしまう。
だって、今まであなたと一緒にいて、私は、どうしようもなく幸せだったのだから。
「はは…」
だからこれが、最良で最悪の選択。終わらせて、だけど終わらせないため。辛くて、苦しいだろう。でも、あなたならきっと、乗り越えていける。
「………ふぅ」
赤い光。燃える炎。手に持つそれが、淡く輝いて、
「…………さようなら、ゆーくん。とっても、とっても、誰よりも愛しいあなた」
熱持つ体に、冷たい感触が鋭く張り付く。
全てが終わる、その瞬間。
ほう、とため息が漏れるのは、終わる悲しみからではなく。
「あぁ…私も……」
あの日。ゆーくんが、とっても嬉しいことを言ってくれた日。ああ、本当に、
「好きだよって、言えたらよかったのにな…」
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