【命題】黒髪ヒロインは鉄板である

 青い空。その中にある眩しい太陽が、こちらに穏やかな日向を贈ってくる。しかしそれが素直な暖かさとなることはなく、一度北風が吹くと、すぐさま冷気が暖気を拭い取ってしまう。

 そんななかを歩く自分。平日の朝。俺の身分は学生であるから、この歩みの行く先は当然、学校となる。ちなみに月曜日。


「おーい!つきみやー!」


 聞き慣れた声が、いくらか距離の開いた背後から聞こえてきた。振り返る必要もなく、その声が誰のものなのか簡単に察せる。普段から何かと俺につるんでくる、気の良い友人たちだ。

 歩調を少し緩めてやる。すると、足音はだんだん大きくなっていって、


「よう!月宮!!」

「ああ、おはよ」


 そう言い、ソイツは俺の横で歩き始める。

 似たような流れで、さらに二、三人が合流した。全員、なるべく道路の右側に位置を寄せつつ、けれども声が聞こえる間隔で固まる。ぎゃあぎゃあと、賑やかな話し声が今日も生まれ始めた。よくもまあ、こんな朝っぱらからうるさくできるものだ。


「若干テンション低い?月宮」

「ああ、まあ、多少な」

「彼女とケンカでもしたのか?」

「まさか。ただ単に寝不足なだけだよ。それに、」


 笑いながらそう言ったということは、もちろん冗談のつもりなのだろう。だがまあ、冗談ならばそれはそれとして、こう言葉を返すべきだと思い、


「俺、彼女いないし」

「!?」


 空気がざわついた。


「は?え?何その反応…?」


 思わぬ反応に困惑する。見れば前で、突然奴らがスクラムを組み話し始めて、


「え…?アイツ本気で言ってんのか?」

「いやいや、小粋なジョークだろ。全然面白くないけど」

「でも顔がマジでありますよ?」

「やはり幼馴染補正か…このリアルエロゲ主人公め……!」

「というか聞いてみれば良いんじゃね?」

「そんなの誰が聞くんだよ」

「お前が聞けよ」

「それは嫌」

「んじゃあこうしよう」


 なにやら話がまとまったようで、スクラムの中から1人が出て手を上げる。


「月宮」

「なんだ?」

「女の子の髪型は、黒髪ロングと金髪ツインテどっちが好み?」


 なんだその質問は?


「黒髪ロングかな」

「…」


 ソイツはスクラムに戻り、


「ま、まあ。まだ分からんよ」

「今のところは、単なる黒髪ロング好きだな」


 今度は違う1人がスクラムから出て手を上げる。


「つきみや」

「なに」

「好きな女の子のタイプは?クールで凛々しい?それともゆるふわ優しい?」


 なんだその質問は??


「ゆるふわ優しい」

「……」


 スクラムに戻る。


「お、おい。これって…」

「諦めるな!まだ諦めるな!!」


 またスクラムが手を上げる。


「月宮!」

「は、はい」

「お姉さん大学生キャラと、年下後輩キャラと、同級生幼馴染キャラ。誰が理想のヒロイン?」


 なんだその質問は???というか、もしかしてこれ“あなたの理想のエロゲ診断”みたいになってないだろうか。


「同級生キャラかな」

「………」


 スクラムが再び形成される。目の前の男どもが、道路の真ん中で。信じられるだろうか、これが俺の朝の風景だ。


「フルハウスかな?」

「いや、もはやロイヤルストレートフラッシュだろ」

「わざと言ってんじゃねえ?」

「ここまできたらもう決定みたいなもんだろ」

「でも、もし違うとしたら…?」


 スクラムが一斉にこちらに顔を向けた。


「「「「くそ、幼馴染補正か……!!」」」」


 などと言う。ワケが分からない。頭がおかしいのは分かっていたが、ここまでとは。


「みんな、朝から何やってるの?」


 すると突然、後ろから声がした。高く、よく響く声。その声は、ひどく聞き慣れたものだ。

 すると、その瞬間目の前のスクラムは元に戻った。


「おお、来瀨ちゃん!おはよう!」

「ふふ。木村くん、それにみんなも。おはよ」


 その人影は黒髪の持ち主。鴉の濡羽がごとき闇色を、腰に届くほどに伸ばし、時々吹くそよ風が、その艶やかさをさらりと舞わせる。

 声は明朗。ゆるふわ優しいというイメージが先に立つ。中身の性格もまた、同じく柔らかいものだろうという予感をさせる。まあ、違うけど。


 その少女は、最後に俺のほうを向き、


「ゆーくんも。おはようね」

「ああ、おはよう春陽」


 まあ、なんとも他人行儀な描写をしたものだが、要するにいつもの春陽サンだ。

 春陽とは幼いころからの付き合い。考えてみれば、こういう関係のことを、幼馴染というのかもしれない。なんだかんだで気楽な仲だ。


「というか、みんなでいったい何を話していたの?」

「いや、俺にも分からん」

「えぇ?ゆーくんも聞いていたんじゃないの?」

「だって、コイツら突然道路の真ん中で…」

「言うなぁ!つきみやぁ!!」


 元スクラム達は、こちらに背を向け、声を潜めて話し出す。


「…よく考えたら、道路の真ん中でスクラムとか超恥ずかしいな。しかも朝」

「やる前に気付けよ…!」

「それも始まりは月宮があんなこと言うから…」

「やはり全ての悪はアイツか…」


 全員振り向いて、


「「「「おのれ月宮…!」」」」


 その後も、ぎゃあぎゃあと喧しさが続く。

 これが俺の日常なのだった。


 * * *


 それは授業中のある日。


「なかなか進まないみたいだねー」


 授業中といってもそれは、週に一度ある長いホームルームの時間であり、今は学校行事の色々を決めたり決めなかったりする時間だ。

 真面目そうに話し合っているのが七割、関係ない雑談をしているのが二割、ぼーっとしているのが一割という感じだろうか。


「なんかおしゃべりしようよ」

「は?何をいきなり」

「暇なときにやることといえば一つ。無駄話と相場が決まっているんだよ」


 隣の席に座る春陽は、柄になくそんなことを言う。


「折角の優等生サマが、そんなことして良いのか?」

「真面目な人が、どんなときも真面目に過ごしているだなんて限らないよ。こういう、何の利益も得もない時間があるからこそ、普段の真面目さを維持できるっていうかー」

「…遠巻きに、俺との会話とかそういうのは何の意味も無いってディスられてね?」

「いやいや、そういうのが存在するからこそって話だよ。それに、」


 春陽は声を潜めて、


「そういう時間、私はとっても好きだよ?」

「………そ、そうか」


 言葉を受けて、頬が熱を帯びたような感覚を得る。焦って言葉も言い澱む。なにやら春陽はニヤニヤと笑っているようだが。


「そんなかんじで。なんか雑談しようよ」

「急に言われてもなぁ」

「なんか面白い話してよ」

「待て。なんだその鬼みたいな振りは」

「できるでしょ?」


 “できないの?” ではなく、


「なんでできること前提なんだよ」

「私はゆーくんに期待しているんだよ?」


 俺が無様を晒すことをだろうか。


「そんな面白い話なんて、いきなり言われてもなぁ…。春陽はなんかあるのか?」

「え、私?ふふっ」


 一度、ニコリと。笑うがそれは決して穏やかなものに見えない。


「あるよ?聞きたい?」


 俺は視線を黒板から春陽のほうへとチラリとずらす。すると気付いた。いつからそうだったのか、春陽は身をよじらせ、頬杖をつきながらこちらを見ていた。

 その双眸と視線が合う。


「…聞きたいです」


 そう俺が答えると、春陽はコホンと咳払いを前置きにして、愉快な口調で語りだした。


「昔…ていうか、今もだね。仲良くしていた男の子がいたのだけど」

「うん」

「私が中学生のとき、その子に、一緒に遊びに行こうって誘ったんだよ」

「え?」

「そしたらやけに気張りだしてさ。妙にテンション高いっていうか」

「ああ…」

「もちろん、誘ったのはその子だけじゃないよ?そしたら当日、待ち合わせ場所にみんなで集合したら、いきなりテンション下がりまくっている様子のその子がいてさあ。なんでだと思う?」


 ……………。


「たぶんソイツは、春陽からデートの誘いでも受けたのかと勘違いしたんじゃないか?」

「そうそう、そうなんだよ。後で聞いて笑っちゃってさあ。って、なんで分かったの?」

「そりゃあ、まあ…」


 俺は一呼吸の間を空けて、


「俺のことじゃねえか!!」

「ふふふ、そういえばそうだったね。昔のことだから忘れてた」


 コロコロと、たいへん楽しそうに笑みを零す。嘘をつくなと思い切り言ってやりたい。


「というか、全然面白くなかったぞ今の話!ただ他人の黒歴史暴露しただけじゃねえか!」

「ええ?面白くなかった?」

「顔面蒼白な気分ではある」


 面白い。顔面蒼白。ふむ、一番つまらないのは己であるかもな。


「んじゃあ、今度こそはゆーくんの番ね」

「えっ、ちょ…」

「大層面白い話をしてくれるんだろうなぁ~」

「勘弁してください春陽さま」


 情けなくそう言うと、呆れた視線で返ってきた。


「本当になんにも無いの?」

「無いな」

「いつも男の子同士でやんややんや盛り上がっているじゃない」

「いや、あれは…男同士だからできる話だよ。うん」

「…何話してるの?」


 あからさまに怪訝そうな顔をされた。


「まあ、その、なんていうか。どれも聞く人が聞けばくだらないと切り捨てるような話だよ。あのクラスの女の子は可愛いよな、とか」

「ああ、それなら女子も似たようなこと話したりするね。あの男子はカッコいい、とか。あとまあ、もうちょっと進んだ話とか」

「進んだ話って?」

「誰かが誰かを気にしていたり、それを打ち明けたり、応援したり、失敗したのを慰め合ったり。そういう、素敵なことだよ」

「恋バナってやつか?」


 俺が相槌として返した言葉には、無意識にも若干の侮蔑が込もってしまったのだろうか。春陽はそれを逃すことなく感じ取ったようで、


「ちょっと馬鹿にしてるでしょ」

「はは。ちょっとだけ」


 素直に認める。すると春陽は不機嫌そうに目を細めた。


「なーにが気に食わないのよ」

「気に食わないってほどじゃない。ただまあ、そういうのは所詮、漫画とか物語の真似事だろ?…少なくとも、彼女or彼氏が欲しいとか、口癖のように毎回言っている奴は大体そうだ」


 だから失敗する。勝手に悲しくなって、かと思えば、翌日また別の誰かを気にしていたりする。逞しいなとすら想う。

 真似事は、本物ではない。いつかは現実を知る。侮蔑はそのゆえか。


「…別に、真似事だっていいじゃない」


 春陽はそう言った。


「たとえ真似事でも、その人は自分の好きに夢中になれる。女の子は、そんな“好き”に負けないように自分を磨くの。それって素敵なことじゃない?」


 まあ、たしかにそうかもな、と。素直にそう思った。そこまで言葉を尽くされてしまうと、納得してしまう。


「…なんの話をしていたんだっけ」

「なんか面白い話してよっていう話題だったね」


 そういえばそうだ。雑談のつもりだったのにいつの間にか真面目なことを話していた気がする。恋バナ…ではないけど。まあそんなかんじ。


 ……恋バナ?ふむ。


 一つ、今更だが気になることが出来た。だが、聞くにしても今の話の流れのまま、自然なふうに聞かなければならない。

 これは極秘任務だ。俺の命運がかかっている。

 落ち着け俺。ここはスマートに。さりげなく、まるで何の興味もないかのように聞くのだ。


「お、お前はさ。付き合ってる奴とかいるのか…?」


 …自然なふうに聞けただろうか?春陽は眉をひそめ、疑うようにこちらを見つめる。するとなにやら合点がいったかのように頷いて、


「いるよ」

「マジで!?」

「って言ったらどう思う?」


 そう言って、春陽はいたずらっぽく笑った。


「……………」

「ふふ、焦った?」

「い、いや。別に」

「そーおー?」

「そ、そうだよ」


 そうだそうなのだ。一瞬、心臓が爆発しかけたが、俺の精神活動は至って普通に行われている。焦ってなどいない。たぶん。


「そっかそっか、なるほどぉ、ふふ。少し照れくさく感じちゃうのは、自惚れかな?」

「なんのことだよ」

「いいや?別にー?」


 春陽は、なにやら満足そうに笑みを浮かべる。


「まあ、さっきの質問の答えだけど、私はまだ、付き合っている人はいないよ」


 へえ。意外だ。安心、などとは思っていない。うん。全然。少しだけ。


「告白してくれたのも、今までに一人だけだね」

「はいはい、そうですか…」


 一瞬、頭を抱えそうになるのを、無関心を装って隠す。春陽は、意地悪そうにニヤニヤと笑みを浮かべるのみ。


 ふぅ、と大きく息をつく。俺の席は窓際だ。だからまあ、顔が熱くて堪らないのは、陽に照らされ続けていたからだろう。けどまあ、そうだとしても、騒がしい高鳴りは、他の所為にはできないか。

 だが、さっきから俺ばかりからかわれ続けているのは気に食わない。だから、


「まあ、何はともあれ意外だな。お前がそんなにモテないなんて」

「え?そ、そう?」

「ああ。だって、」


 意を決する。


「可愛いし」


 瞬間、春陽の顔が赤くなった。反撃のつもりで言った言葉のつもりだった。やっておいて何だが、俺も恥ずかしい。


「そ、そうかな?」

「あ、ああ。そうだよ」


 とはいっても、無論嘘ではない。ならば、今になって誤魔化すのは無粋だろう。


「えへへ……」


 それに春陽も喜んでいるようだし。


「「「……………」」」


 そのとき気付いた。なにやら周りが妙に静かだ。見れば、今まで各々で雑談していたはずの皆が、何も言わずこっちを見ていた。


「おい。授業中だろ。前向いといたほうが良いぞ」

「「「お前だよ!!」」」


 なんのことだろうか。


* * *


 とまあ、そんなかんじの毎日。どうやらここは、男女の友情など存在しない世界のようで、ちょくちょくこんなことを言われる。


「お前らもう付き合ってるだろ」


 そんなことをよく聞かれた。男女の友情は、それはもう恋仲といっても過言ではないのでは?

 でもそれは違う。なにしろ俺は、既に春陽にフラれているのだ。


 いつかの昔、俺が春陽に好きだと告白して、だけどそれは、実にあっさりと断られた。断られたというのに、不思議とこうして今も気兼ねなく話し合える関係のままだ。


 今はどう思っているか。


 もちろん、嫌いではない。しかし、恋愛的に好きと言うのはなかなかに憚られる。

 それが果たして、告白を断られたことの後ろめたさから来ているのか、それとも単に気恥ずかしいだけなのか。


 …いや、ごめん。嘘をついた。“恋愛的に好きと言うのはなかなかに憚られる“なんてカッコつけて言ってみたものの、正直そんなことも無い。多分、というか絶対、春陽のほうから告白されたらあっさりOK出すと思う。アレだ。やっぱ恥ずかしかったんだよ。


 今もその思いはそんなに変わらない。俺はアイツに惚れている。フラれたくせに、しつこいキモい往生際が悪いと言われてもいい。ごめんやっぱ無理だ。普通にヘコむ。


 でもそれが俺の素直な想いだ。自分の“好き”に夢中になれるというのは素晴らしいものだと、アイツの言葉を思い出しながら、その真を感じる。

 ああ、だいぶ思い出してきた。どれもかつて俺が経験してきた体験。…輝かしい、幸せの記憶たち。ああ、そうだ。楽しかった。幸福だった。


「……………?」


 でも、なんで?


 おかしくないか?俺は死んだのだ。死んだのだから、何か不幸でもあるほうがそれらしいといえるだろう。

 ティアードロップは、自殺の理由を探すために、この記憶を見せている。最初俺は、陰鬱とした記憶とばかり思っていた。けれども実際は、どれもみな幸福と呼べるものばかり。


 なぜ?どうして?


『それは、キミ自身が言っていたことじゃないか』


 声がした。


「!?」


 とっさに視界を振る。景色は流れ、輪郭は乱れ、ぐちゃぐちゃになった色の混ざり合いが、いつの間にか見覚えのある白の世界に変わった。


 そこにいたのは、白装束の少女。


「いやなに。この“情報”は、いつ明かしたものかと困っていたが、今ほど都合の良いタイミングも中々無いな。まったく、有難いものだ」


 情報?いったい何の?


「キミは、彼女との毎日を幸福と言ったね。んじゃあ、その幸福が、ある日突然消え去ったとしたら?」

「どういう、意味だ?」


 鼓動が早鐘をうつ。胸を押し潰すような不安が勢いを増していく。


「だからさ。キミは、自分が自殺した理由が知りたいのだろう?なのに、見る記憶はどれも楽しいものばかり。これじゃあちっとも分からないなあ、なんてね。幸せな記憶なんて、それこそが不幸の元凶といえるだろうに」

「おい…!だからどういう意味なんだ…」

「ではここで一つの“情報”を提示しよう」


 言い終わるか終わらないか、その刹那。言葉は言葉によって遮られる。


「キミのヒロイン。来瀨春陽だが、」

 


「すでに死亡している」

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