三十九枚目『空想の王』

 どういう原理か、『ヘラクレス』に出てくるハデスの様に、ゲルダが髪色を緑から赤に変えて怒りを爆発させた瞬間。それに呼応するように天候が晴天から曇天に変わり、天を衝く雷鳴が轟き始める。


「アハハ、どうやらゲルちゃん怒っちゃったみたいですわねぇ〜」

「みたいっていうか絶対そうじゃない?! 怒った竜の君ロァ・ドゥ・ドラゴン張りに雷ゴロゴロ言わせてんだけど!?」

「消し炭にしてやる……消し炭にしてやる……!!」

「なんか消し炭にするって言ってんだけど!?!?」


 文字通りの天変地異にチアカが慌てふためいていると、それまでチアカを盾に後ろで煽り散らかしていたミチカが前に踊り出し──樹木で形成した巨腕で落雷を防ぐ。


「ほ、ほんとに落とした……!?」

「ほぉ……態々わざわざ己の方から首を差し出しに来るとは殊勝な事だ……ンが、しかし! それで降る罰が軽くなると思ったら、大間違いだッ!!」

「へぇ〜、冗談通じないくせに冗談上手いじゃん。あっ……だからか。通りで楽に防げたと思ったら、口が軽いから雷も軽くなってたんだね」


 どっちがとツッコミたくなるような口の軽さでミチカはゲルダに挑発的な台詞を吐きつつ、チラリと後ろに控えていたキミエに目配せをし、キミエもそれに気付くと、ため息を吐いて頷き、落雷で消し炭になりかけ、軽い放心状態となっていたチアカの肩に触れる。


「さっ、私達は離れましょうチアカ様。ここは危険ですので」

「えっ、い、いいの? 助太刀しなくて……」

「いいんですいいんです。あの目はこれからお楽しみだから邪魔するなって目なので、余計なことをしようものなら本気でブチギレて、私達までゲルちゃんと一緒にぶっ飛ばされちゃいますわよ」


 口元を手で隠し、オホホとお淑やかに笑ってキミエは言うが、地球の引力や重力を振り切る速度スピードで突進する事の出来るミチカの本気にぶっ飛ばされるなど、身を持って速度を実感しているチアカにとっても避けたい事態だった為、渋々ではあるが頷き、キミエの言う通りその場から後退する。

 周囲に居た無関係の人々も、二人の剣呑な雰囲気を察し──と言うより、頭上で雷が現在進行形でおどろおどろしい雷鳴が轟いていた事もあり、自然と二人から距離を置き、巻き添えを喰らわぬようにと、チアカ達に倣って避難を始めていた。

 避難する人々の中には学生とはいえ、ミチカやゲルダのような蟲狩むしかりの能力に目覚め、戦う手段を持ち合わせるものも何人か居るには居たが、一目二人を見ただけで自分たちが束になっても敵わないと判断し、か弱き市民のガワを被り、我関せずと逃げ去っていく。

 それだけ、並の蟲狩むしかりとこの二人の間には、絶対に超えることの出来ない、圧倒的実力差の壁があるのだった。


「さて、それじゃあ邪魔者が居なくなった所で……ゴングはどうする?」

「フゥンッ! ぅ我々は蟲狩むしかりだぞ? 当ッ然ッ!!」


 怒りによって天候を変える程の能力の影響を見せてはいるが、蟲狩むしかりが全力で能力を行使する為には誰であれ、例外なく、を唱えなくてはならない。

 ゲルダは台詞を言い切ると、失った酸素を取り戻すかのように、口を通じて肺や胃に空気を取り込み始める。


「『ブルー──」


 そして、今までで最も大きな声量でゲルダが叫ぼうとした──瞬間。


「──むぐぉおッ!?」


 ゲルダの鳩尾にミチカの強烈な一撃が撃ち込まれる。

 打つ、のではなく、撃つ。

 艦砲射撃のような一発に、ゲルダは叫ぶ為に用いられるはずだった空気が押し出され、肉体は宙へと打ち上げられる。人体のどうしようもない急所の一つである鳩尾をそんな威力で叩き込まれれば、この一撃のみで決着を着けるには十分だろう。


「シッ──!!」


 しかしミチカはそんなゲルダに容赦なく、残っていた左腕を発射し、再び鳩尾を狙った追撃を叩き込む。


「かはっ──!!」


 最初の一撃によってミチカの身長分は中学に浮き上がっていたゲルダは、その二撃目によって胃液のようなものを吐き出しながら、高さを維持して地面と平行に吹っ飛んでいった。


「ノブナガ家家訓『先手必勝は文字通りの勝ちパターン』……もう開花ブルーム詠唱はチアカを守る時とっくに済ませてるよ。それに試合じゃあないんだからゴングなんてあるわけないじゃん。相変わらず想像力も常識も無い、銀河級の馬鹿だなぁ、ゲルっちは」


 想像力は兎も角、『常識』の有無に関しては「どの口が」と指摘出来る人間がこの場に居ないことが口惜しくはあるものの、これにてゲルダ対ミチカの勝負はミチカの勝利という結果を残し呆気なく終了──にはなるまいと、ミチカはその想像力でもって予想する。


「──『響けブルーム』!! 『火龍果ドラゴンフルーツ』ッ!!!!」


 遠くの方でゲルダが開花を宣言する声と、雷の落ちる音が響いたかと思えば、直後追い掛けるようにして、ドシン、ドシン、ドシンと言う巨大怪獣が歩くような音が迫ってきていた。


「……ん、いいね。そう来なくっちゃ」


 段々と音が近づいてくると、散々な嵐が訪れるが如く、鈍々と街を破壊しながら、開花によって姿を変えたゲルダが戻ってくる。


「ゴォオオアアアアァァッ!!!!」


 叫んだそれは、パッと見れば大蛇の如き姿をしているが、背中には紅色をした抜き身の刃物のような鱗がびっしりと生え、同じく刃物のような爪が生えた四足を忙しなく駆動させ、頭には渦巻き状に天を向いて生える翡翠色の二本角が突き出している。

 最早、そこに人の面影など無く、そこには太古のそのまた太古、空想上でこそあれ、害蟲がいちゅうよりも先にこの世を跳梁跋扈した存在──龍が、ミチカを目指して突き進んでいたのだった。

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