枯れた世界に栄華あれ

星のお米のおたんこなす

?枚目『あの日と同じ』

 僕は硬い樹皮に背を預け、雨降る空を忌々いまいまに見上げていた。

 右腕が痛む。金貨二十枚七万円はした高級スーツが破れている。、左腕もくした。親から無料で貰ったものなので何とも思わないが、雨水が染みて痛むのは実に不快だった。

 天候はいつだって僕の敵だった。


「ギギッ……ギッ……!!」

「ああ、敵と言えば……貴方達もそうですよね」


 僕はもたれ掛かるのを止めて、目の前の敵に意識を集中させる。

害蟲がいちゅう』が二匹、居た。巨大化したバッタそのものと言った姿の怪物が、傷付き、弱った僕で腹を満たそうと、左右から挟むようにして迫ってきていた。


「タダ働きはごめんなんですけどね……」


 刹那、左翼側に立っていたバッタの姿がふっと消える。跳んだのだ。発達した後脚を活かした跳躍力は弾丸の速度に匹敵する。だが僕には、テニスラケットでスマッシュを打つ時のような余裕があった。


「『▇▇戦斧▇▇▇▇▇・アックス』」


 右肩を押し出すようにして体を左へ捻ると、僕の右手にはいつの間にか、淡く半透明をした黄色の手斧が握られており、狙いが外れてすれ違ったバッタは、先程まで僕が背もたれに使っていた樹皮に顔をぶつけると、そのままロングロールのサンドイッチブレッドのように横真っ二つに断たれ、べちゃりと地面に落下する。


「アッ……ギッ……?」


 残った片翼のバッタは、目の前で仲間の身に起きた事が理解出来ず、折角の広い視野を持つ大きな複眼が、全て地面で無惨な姿となった相棒へと向けられていた。


「一日中そうやってるつもりか?」


 僕がそう挑発すると、バッタは顔を一瞬こちらに向け、直後、目の前から姿を消す。しかしそれでは先程死んだバッタの二の舞になってしまうだけと学習したのか、直線的な攻撃から、僕の周りにあった障害物を利用した変則的な攻撃に作戦を変更する。

 自然と、僕は目を背けていた周囲に視線をやってしまう。燃え尽き、崩れた家々に、逆さまにひっくり返って動かなくなった飛空挺が目に入る。

 大人が子供に『こうなってはならない』と戒めと共に伝えられる人類の黒歴史が、いっぺんに詰め込まれ、視界の隅から隅まで広がっている。


「…………『▇▇穿槍▇▇▇▇▇・ジャベリン』」


 ぽつりと僕が呟くと、背後からみにくい断末魔と、黒い飛沫しぶきが飛び散る。

 振り返ると予想通り、バッタは地面から突き出た幾数本いくすうほんもの槍によってその身体を貫かれ、絶命していた。


「……普通、左から来ません? 僕、腕無いんですよ?」


 左から来た所で結果は同じだが、それでも愚直過ぎると、僕は死体に向かってダメ出しをする。気分はちっとも良くならなかった。


「…………」


 僕はふと、自分が背もたれに使っていた部分の樹皮に目をやり、そこからずーっと上へ上へと見上げていく。

 雲を突き抜け、てっぺんが見えない。

 否、きっと雲があろうと無かろうと、てっぺんなんてこの位置からは見えやしないだろう。幹も太すぎて、間近で見ると樹木と言うより、木製のそり立つ巨大な壁と言った印象だった。


「…………」


 僕は持っていた手斧を巨大樹に向かって投げ付けると、そのまま背を向け、反対方向へと歩く。

 雨のせいでぬかるんで歩きにくいと思ったが、舗装されている道なのだからぬかるむも何も無いと、頭の中の冷静な僕が即座に否定する。ぬかるんでいるのはきっと、僕の心持ちの方だ。

 気付くと僕は、船着き場に到着していた。ここは、街の端に位置する場所だった。世界の端と言っても過言では無い。その証拠に、そこから先には何も無く、縁に立って底を覗くと、分厚い雲海だけが何かを覆い隠すように広がっていた。

 コロンブスの時代に生きていた人々や、千年前にも何故か居たという地球平面説を信じる陰謀論者が喜びそうな光景だな、と呑気に思った。

 思って、雨がすっかり止んでいる事にやっと気付いた。

 見上げると、満天の星空が広がっていた。一つ一つが砂金の様に輝き、揺れて、今にも降ってきそうだった。耳を澄ませば、キーンと鳴る音すら聞こえてきそうだった。


「ん?」


 似たような事を、前にも思った気がする。何時だったかこの様な夜空を見たのでは無かったか。思い出そうとしても、脳の奥底に記憶がつっかえて気持ちが悪い。だが、今際の際の心残りという程でも無かった。

 僕は宙に体を投げ出す。頭から落ちる方が痛くなさそうだと思ったので、頭を下に向けて急降下していく。落下しながら、大切な人達と過ごした、暖かな記憶が脳内に流れてくる。走馬灯というのは生きる為のヒントを得ようとする為に起きるらしいが、苦痛を紛らわすくらいにしか役には──


「──あっ!」


 思い出した。何故今の今まで忘れていたのだろうと、自身の薄情さに恥を覚えてしまう。

 そうだったそうだった。

 彼女に出会った時も僕は──

 こんな星空の下に居たのだった。

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