ミッション7 塔の倒壊

2068年3月8日


 私はその日、非番だった。いつも通り7時に目を覚まし、今日は何をしようかと考えた。


 先週、ミラルカと一緒の日に非番の時があった。


 私たちは、都心―現在の都心、臨海地区である―に遊びに出かけてショッピングを愉しんだ。


 私がモノトーンの服ばかり選ぶのを見て、ミラルカは、


「リョウコって本当に黒い服が好きね。」

 ミラルカが呆れたように言った。


「あたし士官学校時代から『黒のクイーン』ってあだ名だったのよ。」

「クイーン・・・女王ってどういう意味?」


「それはね、私がずっと・・・」


 その時電話のチャイムが鳴って回想はかき消された。


(また呼び出しか、休暇はまたお流れね・・・)と、私は思いながら電話を取った。


「はい、第一分隊、水無瀬です。」


「僕だ・・・カルロスだ。リョウコかい?」


「カ、カルロス・・・」

 私は思わず絶句した。その声は確かに・・・


「リック、本当にリックなの?」

「そうだ、僕だ。リカルド・カルロスだ。」


「リック、あなた、生きていたの・・・」

「なんだい、人を亡霊みたいに言うんだな。」


「だって、ケープタウンの『銀の月』で行方不明になったと聞いたときから、一年以上も音沙汰なしだったのよ。私、軍関係のデータベースを必死で探したんだから。生きていたなら、メールくらいくれても良かったじゃない・・・」


「済まない。いくらでも謝る。けれど僕はこの一年、所在を明かせない任務についていたんだ。それよりも・・・」


「それよりも、何?」

「・・・リョウコが僕のことを忘れていないか心配だった。」


 私はいつしか涙声になっていた。

「馬鹿ね、私はあなたのことを一生忘れないわ。たとえあなたがどこに行っても。最後にあったとき約束したでしょう?」


「そうだったね。僕も君のことを忘れたことはなかったよ。」

「ねえ、リック、あなた今どこにいるの?」


「ああ、シャングリラに勤めている。」

「近いうちに逢えない?あなたの顔が早く見たいわ。そうでないと安心しきれないわ。」


「ムービーを送ることもできなくはないんだが、規則で禁止されててね。今回連絡を取るのもやっと司令官の許可を貰ったんだ。」


「言い訳はいいから、ねえ、いつ逢える。」

「うん、急で悪いんだけど、今日、空いてないかい?」


「今日?私今日ちょうど非番なのよ!」

「ラッキーだね!。僕も非番なんだ。じゃあ、どこで逢おうか?」


「シャングリラにいるなら臨海地区の方がいいかしら・・・」

「そうだね・・・浦安のスピルバーグ・ワールドなんてどうだい、いや、君はそういう月並みなところ嫌いだったね。」


「そんなことないわ、学生時代はそんなところ、行きたくても行く機会がなかなかなかったし、訓練や勉強に付いていくのがやっとでデートする余裕もなかったものね。」

「10時に入り口でいいかい?」


「いいわ。ちょっと遅れても帰らないでね。」

「ははは、閉園時間まで待ってるよ。」


 それで電話は切れた。


 1年間行方不明だったリックと再会できる!


 私の胸は期待に高鳴っていたが、心のどこかで名状しがたい違和感があった。あの声は本当にカルロスのものだったのか?いや、多少の変調をされていたとしても彼の声は聞き誤りようもないはずだったのだが・・・


 私はお気に入りの白いブラウス、黒いカシミアのセーター、黒のセミタイトスカートの上にこれまた黒のコートを着ると、装備科でまたLTVー1を借りて浦安に向かった。


 旧千葉県側の湾岸地域は「銀の盾」の担当地域なので、任務で来たことはなかった。子供の頃にも来た記憶はない。


 10時5分まえ、駐車場にLTV-1を止めて入り口に行くと、白いアランセーターを着た背の高い男が手を振っていた。


 トール・ダーク・アンド・ハンサムを絵に描いたような美男子、リカルド・カルロスに見紛いようもなかった。


「久しぶり、リック。相変わらず早いのね。」

「リョウコ、君もね。『黒のクイーン』は健在のようだね。」

 カルロスは私のファッションを見ていった。


「ああ、これ、久しぶりにあなたに逢うから、昔のままで、と思って・・・」

「ふふ、変わらないな、君は。」

 カルロスは微笑した。


「あなたもね・・・」

 私は答えたが、心のどこかで不審を訴える声が聞こえた。


(本当にそうか?目の前にいるカルロスは本当に昔と同じカルロスなのか?)


 私は根拠のない疑念を振り払い、カルロスと園内に入った。

 

ファストフードで昼食をすませた後、私たちはスタンドアローンで動作する(電池が少なくなると自分で充電に行くそうだ)実物大恐竜ロボットが歩いているゾーンに入った。


 樹を掻き分けて大きな肉食恐竜が現れた。


「あれは・・・ティラノサウルス?」

 私はカルロスに訊いた。


「いや、アロサウルスだよ。ここはジュラ紀の設定だからね。」

 カルロスは即座に答えた。


「相変わらず博識ね。私なんて、学生時代は軍人になること以外、ほとんど興味がなかったわ。」


「僕だって優秀な軍人になるのが一番の目標だったさ。」

「でも、あなたは士官学校、陸軍大学、特殊戦学校とずっと主席。ナンバーワンだったじゃない。いつもかなわないなって思っていたわ。」


「君だって、ずっと僕の次の次席だったじゃないか。いつ抜かれるか、試験の度に冷や冷やしてたんだぜ。」


「・・・結局一度も勝てなかったわ。『ゼア・イズ・ノー・セカンド』よ。」


「誰にも負けたくない、そう思ってたのは確かさ。でも君にだけは絶対負けたくないと思っていた・・・」

「どうして?」


「だって、好きな女の子に負けるなんて情けないじゃないか。」

「リック・・・」

 私の頬は紅潮しただろう。


 園内を散策するうちに日が暮れた。カルロスは展望台に私を誘った。ここからはシャングリラD.T.の夜景がよく見えるのだ。


 展望台で私はカルロスに尋ねた。


「逢ったら最初に言おうと思っていたことを忘れていたわ。リック、あなたこの一年どうしていたの?ケープタウンの『銀の月』から消えて以来、音沙汰無しだったじゃないの。私、手段を尽くして探したけれど、見つけられなかったのよ。」


「極秘任務に就いていたんだ。いや今も就いているんだが。今は『銀十字軍団』麾下の『銀の影』(Silver Shadows)という部隊にいる。」


「うそ、『銀十字軍団』に『銀の影』なんて部隊はないわ。」

「公表されていないんだ。秘密部隊なのさ。だから軍のデータベースでも高いレベルのプロテクトがかけられている。」


「そうだったの・・・」

「君もこのことは秘密にしてくれよ。」


「ええ、約束するわ。」

「三ヶ月前から、『銀の剣』の分隊長をしているそうだね。念願の『銀十字軍団』の部隊に入った感想はどうだい?」


「三ヶ月で色々な経験をしたわ。そしてヴァンパイアも人間と変わらないってわかったわ。それと同時にヴァンパイアと人間は決して相容れない存在であることも・・・」


 私はこの三ヶ月に経験した事件の生々しい記憶を回想して言った。


「ヴァンパイアは人間の影だと思う。影を追いかけてもいつまでも追いつけないんじゃないかな。自分が影にならない限り・・・」

 カルロスは暗示めいたせりふを口にした。


 カルロスと再会してから数時間一緒にいて、なお拭えない違和感がまたうずいた。

(このカルロスは本当にあのカルロスなのか?)


「ごらん、クリスタルタワーがきれいだろう。」

 カルロスは窓の外を指して言った。


 クリスタルタワー。正式名称、地球連邦最高評議会ビル。高さ666メートル、地上170階。現在世界最高の建築物である。現在の世界を統治する地球連邦の最高意志決定機関の所在地である。


「思わず魅入られそうな美しさね。『バベルの塔』なんて言う人もいるけど・・・」


「リョウコ・・・」

 カルロスが私を抱き寄せ、顔を近づけてきた。あたりに人影はない。


 私はカルロスの肩に体を委ね、目を閉じ・・・られなかった。目を閉じかけた瞬間、カルロスの瞳の奥に、妖しい光を見て取ったからだ。


 私はカルロスを突き飛ばして後ろに跳びすさり、コートの下から隠し持っていた拳銃を抜いた。


「何をするんだ、リョウコ?」

 カルロスは両手を広げ、何がなんだかわからないと言う表情で私に迫ってくる。


「近づくと撃つわよ!」


「どうしたんだい、僕が誰かわかっているのかい?」


「リカルド・カルロス。あなた、ヴァンパイアね。」

 私は断定した。


「まさか・・・僕は対ヴァンパイア特殊戦部隊『銀の影』の隊員だって言っただろう?どうして僕がヴァンパイアのはずが・・・」


「あなたの今の身分なんてどうでも良いの。これは私の勘よ。今のあなたは私の恋人じゃない。私に口づけしてウイルスを感染させようとした。そう直感したの。特殊戦学校でも直感を大事にしろって教わったわね。それが生死を分けると。」


 私がそう言い放つと、カルロスの表情が変わった。本性を現したと言うべきか。

 唇の端をつり上げて禍々しい笑みを浮かべて答えた。


「よく見破ったな。さすがは『黒のクイーン』だけのことはあるな。いやしかし、気が付かないふりをして身を任せた方が賢明な選択だったと思うがね。」


「たとえフィフティフィフティのリスクがなくたって、誰ががヴァンパイアなんかに!」

 私はカルロスの胸に銃の照準を合わせたまま言った。


「リスクの心配はもうない。誰もがヴァンパイアになれる。ヴァンパイアはより進化した新人類として世界を支配する。」


「どういう意味?・・・まさか・・・」


「まだ遅くはないぞ。『黒のクイーン』、世界の女王になりたくはないか?」


「私がヴァンパイアの女王となって、そしてあなたが王となって世界を支配するって言うの?誇大妄想も極まれりね!」


「いや、俺ならできるさ・・・すぐに本当かどうかわかる。」


「なら、私がその妄想を終わらせてあげるわ。」

 私は銃の照準をカルロスの頭に合わせた。


 今日は非常時の護身用なので、カートリッジが9ミリパラベラムの銃しか持っていなかった。

 心臓では即死させるには威力が足りないかも知れないと思ったのだ。


「リョウコ、僕を撃てるのかい?」

 カルロスが尋ねた。顔つきはいつものカルロスに戻っていた。


「撃てるわ。あなたがヴァンパイアならば。」


「リョウコ、こっちにおいで。僕たちの仲間になれば、また一緒にいられるんだよ。今日、君に逢ったのは、僕の恋人だった君にもう一度一緒に来て欲しかったからなんだ。」


「私は・・・私はあなたと一緒にはいけないわ。私の使命はあなた達を逐うことだから・・・」


 私は苦渋に満ちた思いで吐き出した。正直に言うが私が彼の言葉に少しでも心惹かれなかったとは言えない。


「そうか。じゃあ、さよならだ。君が信じようと信じまいと構わないが、僕は君を今でも愛しているよ・・・」

 そう言うとカルロスは後ろを向き、階段を駆け下りていった。


 私はその場に固まったまま、動けなかった。指は拳銃のグリップに張り付いて離れなかった。


 間もなく、カルロスと入れ替わりに別のカップルが登ってきた。女性は私が銃を構えているのを見て悲鳴を上げた。私はそこで初めて我に返り、拳銃をホルスターにしまった。


 自宅に帰った私は留守番電話が着信しているのに気が付いた。うかつにも私は今日、携帯無線を持って行くのを忘れていたので連絡が取れなかったようだ。再生してみると、マリアからだった。


「『銀の剣』司令部、ポニアトフスキーです。水無瀬少佐、ご帰宅なさったら、グローバルネットのワールドニュースを観てから司令部に出頭して下さい。」


 録音時刻は16時36分だった。


 私は言われたとおり、壁の大スクリーンにワールドニュースを映した。


『今日十五時、連邦大統領ジョージ・A・トラウトは、最高評議員総会で演説し、ヴァンパイアウイルス罹患者達との講和を提唱しました。最高評議員総会はこれを全面的に支持する決議をおこないました。これを受けて、今夕より早速、連邦軍全軍にヴァンパイアとの停戦命令が発せられる予定です。』


(そんな馬鹿な、連邦大統領や評議会がそんな決議をするわけがないわ・・・いえ、まさかカルロスが『すぐにわかる』と言っていたのがこのことなの?)


 私は時計を見た。20時39分。


 もう停戦命令は発令されたのか?不安を胸に私は司令部に向かった。

 

 ドアの前に立って名乗るとマリアがすぐにドアを開けてくれた。


「シュナウファー司令、携帯無線を忘れたため、遅くなって申し訳ありません。」

 あわてて敬礼し、遅参をわびたが、司令は無表情な顔で見返しているだけだった。


「ニュースを観たかね?」

「・・・はい」


「本日18時をもって、連邦全軍にヴァンパイアとの停戦命令が発せられた。」


「司令、私見を述べてよろしいでしょうか。」

 私は言ってみた。司令はあっさりOKした。


「言ってみたまえ。」

「今回の大統領の提案と評議会の議決は、ヴァンパイアの謀略だと考えます。」


「その根拠は?」

「私は今日、リカルド・カルロスという連邦陸軍士官と逢いました。彼は、私の士官学校から特殊戦学校までの同期生だったのですが、今はシャングリラの『銀の影』という部隊にいると言いました。」


「『銀の影』の司令、カルロス大佐かね。」

「カルロスが大佐?司令?」


「知らなかったのかね・・・無理もないが。機密事項だからな。そのカルロス大佐がどうした?」


「彼は私にウイルスを感染させようと試み、私は彼がヴァンパイアであると気付いて拒むと、私に『世界の女王になりたくないか?』と誘いました。彼は本気で世界の支配者になるつもりでいるのです。」


「なるほど。実は、今回の停戦命令がヴァンパイアの謀略であることは、『銀十字軍』総司令部でも意見の一致を見ている。

 『銀十字軍』司令官は今回の命令を無視し、シャングリラを制圧してそれを証明しようとしている。

 我々『銀の剣』と東東京の『銀の盾』に加え、他の州からも増援をこの東京に集めて明日夜までに作戦を発動するつもりだ・・・」

 シュナウファー司令は一旦言葉を切って咳払いした。


「・・・もちろん、これは命令違反だ。有り体に言えばクーデターだ。ヴァンパイアの仕業であることが証明されなければ我々は反逆者の汚名を被ることになる。それでも私はこの作戦に参加するつもりだ。君には君の分隊にこのことを通達して欲しい。無論強制はしない。」

「私は司令の命令に従います。」


「これは命令ではない。依頼だ・・・それより、君のおかげで今回の事件の首謀者が、『銀の影』のカルロス大佐らしいことがわかった。司令官がヴァンパイアだとすると、部隊も敵に回るだろう。最大の強敵だな。

 もともと『銀の影』は存在が秘密にされていたが、連邦首都をヴァンパイアから守るために、優秀な隊員ばかりが集められた、『銀十字軍団』の中でも最精鋭部隊なのだ。」

「隊員もヴァンパイアだったら、さらに強敵でしょうね。」

「それは難しいのではないか。組織の中で気が付かれずにヴァンパイアを増やしていくのは困難だし、成功しても戦力は半減する。」


「半減しないかも知れません。」

「何?」

 司令が珍しく驚いた表情を見せた。


「リック・・・カルロスが言ったのです。『リスクはもうない』と。私はそれが、ドクター・マクドナルドの作った血清を彼らが手に入れていることを意味するのではないかと思うのです。」


「ドクター・マクドナルドのデータは抹消されたと聞いたが・・・それが事実だとすると、大統領や評議員を密かにヴァンパイアに変えられたことも納得できるな・・・有益な情報をありがとう、水無瀬少佐。下がって良い。」

 司令から礼を言われたことは今まで記憶になかった。


 私は士官室に行って、私同様、準待機から呼び出されたらしい第一分隊の面々に会った。


 私は司令に説明されたことを話し、作戦に不参加の意思を表明するものは退出するように、と告げた。


 間もなく、最前列にいた副官のアテナがきびすを返し、部屋を出ていこうとした。


 全員がざわついた。アテナを欠くことは大きな戦力のマイナスなのだ。


 ドアの前でアテナは振り返って言った。


「あの、トイレに行って来ます。」

 爆笑が部屋中にこだました。それまで室内に張りつめていた緊張感も和らいだようだった。


 結局、第一分隊は全員参加の意思を表明した。


 その日夜半から東京周辺に、日本周辺の州に駐屯する『銀十字軍団』配下の独立戦隊が次々に飛来した。


 我々「銀の剣」のいる朝霞にはシンガポールから「銀の槍」(Silver Lances)、「銀の盾」の木,更津にはシドニーから「銀の弓」(Silver Bows)、横田には上海の「銀の兜」(Silver Helms)とシンガポールの「銀の鎧」(Silver Mails)、

入間には香港から「銀の杖」(Silver Sticks)。


 これらに我々「銀の剣」と「銀の盾」を加えた計7個戦隊でシャングリラ侵攻作戦は実施される。


 その夜、私は明日に備えて熟睡したかったが、カルロスの記憶はあまりに生々しく、寝付けなかった。


 2068年3月9日


 午前10時、作戦会議が横須賀の「銀十字軍」極東管区司令部で開催された。各戦隊からは分隊長以上の指揮官が全員出席している。


 最初に背の高い、白髪白髭のかくしゃくとした老人が発言した。「銀十字軍」最高司令官、ニコラス・W・ニールセン大将だ。


「ここに集まってくれた諸君、さらにここにはいないその部下達、反逆者の汚名を着ることになることも辞せず、この作戦に参加の意思を表明してくれたことを感謝する。

 私はこれだけは言っておきたい。この作戦は、外面的に見ればクーデターであり、シビリアン・コントロールの原則を冒すものである。

 しかし、実際はそれは違う。現在連邦政府はヴァンパイアに乗っ取られている。連邦法ではヴァンパイアの人権は認められてはいない。従って、ヴァンパイアの命令に従う義務は我々にはないのだ。

 逆に、今こそが、我々『銀十字軍』の理念を実施に移すべき時である。すなわち、『ヴァンパイアの脅威から、人類を守るべし』と。」

 会議室内から拍手がわき起こった。


 定年間近の老将軍は椅子に深く腰を下ろした。

 

 次に「銀十字軍団」参謀長、ヘンリー・ニノミヤ中将が作戦計画の説明に入った。


 モニタースクリーンにシャングリラ特別区周辺の地図が映った。


「ご存じだろうが、シャングリラ特別区は東京湾状に浮かぶ水上都市だ。陸との連絡路は、有明、浦安、習志野、千葉からの道路と、アクアラインからのインターチェンジの5本だ。この各進入路に一個戦隊ずつを配置する。

 有明には『銀の槍、』、浦安に『銀の兜、』、習志野に『銀の鎧』、千葉に『銀の弓』、アクアラインに「銀の杖」。以上が地上侵攻部隊だ。」


 我々「銀の剣」と「銀の盾」の名前がないことを少しいぶかりながら私は参謀長の説明を聞いていた。


「ひとつ、はっきりさせておかねばならないが、この作戦の目的は敵戦力の殲滅ではない。連邦大統領と評議員がヴァンパイア病に罹患しているか、あるいはヴァンパイアに脅迫されて先の決議をしたかのいずれかを証明することだ。

 そのための障害になるものは武力をもって排除する。大統領と評議員が平常人で、なおかつ自分の意志で決議をしたことが明らかになれば、我々は軍法会議の席に着くことになろう。」


「大統領と評議員のヴァンパイア判別はどこでどうやって行うのですか?」

 「銀の弓」の司令、アイゼンライク大佐が質問した。


「先日軍医大学で開発された、ウイルスチェッカーを各戦隊五百検体分持たせる。現場でものの五分で判別できる。

 ところでヴァンパイアの戦力についてだが、昨夜『銀の剣』のシュナウファー大佐から報告があり、ヴァンパイアは軍医大学東京病院硫黄島分院で密かに開発された感染者を発作を起こさずに全てヴァンパイアにする血清を入手している疑いがあるとの情報を得た。

 調査したところ、その製造法は末梢されたと思われていたが、コンピュータにバックアップが残っており、2月27日、同院より姿を消したウイルス病研究室助手ヤン・チンロンによって盗み出されたと推測されている。問題は、ヴァンパイアが血清をどれだけ製造できたかだが・・・ドクター・ジーベンベルク。」


 突然ミラルカが指名された。


「はい、昨晩、参謀長閣下の依頼を受け、概算ではありますが、計算してみました。考慮したパラメーターは、製造に要する時間、原料であるヴァンパイアの血の供給量、シャングリラの製造施設のキャパシティ、製造に携われる技術と知識を持った人員の数などです。

 結果はかなり不確かですが、500分から1000人分、それを上回る可能性は少ないということです。これは製造がシャングリラに限定された場合の話ですが、現在のところ、それ以外の場所で秘密裏に製造するのは困難と考えます。」


「500人と言ったらせいぜい評議員の人数分じゃないか。」

 「銀の盾」の日下大佐がつぶやくように言った。


 参謀長が言葉を継いだ。


「そうだ。ところで、シャングリラに駐屯する連邦陸軍の兵力だが、正規兵力としては、極東第一軍団第一師団4700名と、非公開だが『銀の影』974名とがいる。

 ヴァンパイアゲリラと非合法ルートの武器もかなりの数が流れ込んでいるようだ。しかし、ヴァンパイアゲリラはこの際は大した戦力にはならないと考える。情報によれば、事件の首謀者は『銀の影』司令のリカルド・カルロス大佐と推定される。

 よって、ドクター・ジーベンベルクの多めに見積もった場合の試算、1000人分を割り当てる場合考えられるのは、大統領と評議員に約500人分を割り当て、『銀の影』の指揮官と戦闘員、第一師団の指揮官に残りの500人分を割り当てている、というのが私の推測だ。

 つまり、第一師団の一般兵士に回すゆとりは彼らにないはずなのだ。諸君の部隊がゲートに迫れば第一師団は指揮官の命令に従い実力行使に出ることもあり得る。しかし、おそらく彼らの大多数はヴァンパイアではない。彼らには可能な限り、交戦は避け、投降を呼びかけてくれ。」


 参謀長は息をつき、傍らの水差しから水を飲んだ。


 シュナウファー司令が挙手して質問した。

「よろしいですか。日本州駐留の他の連邦軍部隊が我々の妨害に出て来るという可能性はないのですか?」

「それはおそらく心配ない。統合幕僚総監部は、大統領命令を受けて我々に停戦を命じたが、ヴァンパイアが本気で講和するとは信じていない。連邦軍同士が相打つことは、彼らも望んではいないはずだ。」


「あの、我々『銀の盾』と『銀の剣』の侵攻ルートがまだ指示されていませんが・・・」

 日下大佐が言った。


 参謀長は水を飲み干すと息をつき、話を再開した。

「まあ、待ちたまえ。君たちはこの作戦で一番重要な地点を受け持つことになるのだ・・・話を続けよう、改めて確認することは、作戦目標は大統領と評議員のウイルス汚染の有無を確認することだ。従って、目標地点は連邦総評議会ビル、おそらくはその総会議場―今日も総会は開かれる予定だ。敵戦力の主力である『銀の影』はおそらく評議会ビルとその周辺に戦力を配置するだろう。

 そこで、残る二個戦隊の侵攻ルートだが、まず、『銀の盾』は海中から特殊潜行艇で評議会ビルの地下から侵入する。」

 

 「銀の盾」の日下司令が挙手し、発言した。

「『銀の影』も潜行艇はもっているはずです。阻止される可能性が高いと思いますが。」


 参謀長が答えた。

「『銀の弓』の潜行艇隊を増援に付ける。」


「了解。」

 「銀の弓」のアイゼンライク司令が答えた。


 参謀長が再び口を開いた。

「最後に、『銀の剣』は評議会ビルに空挺降下してもらう。」


「空挺降下?666メートルの屋上に?」

 私は思わず声に出していた。


 参謀長は顔色ひとつ変えず、説明を続けた。

「『銀の剣』戦闘中隊には『イカロス』を使ってもらう。」


「イカロス・・・」

 後ろの席のクレイマー少佐がつぶやくのが聞こえた。


「説明は以上だ。後は各戦隊ごとに作戦の詳細を検討すること。作戦は本日15時、シャングリラ特別区に各戦隊が近接した時点をもって開始する。では解散。」


 13時、我々は朝霞基地に帰り、出撃準備をしていた。格納庫の空きスペースには、「銀の槍」のアウル、ブラックシャーク、ハウンドドッグ、ウェアウルフ、トータスなどが置かれ、整備員が忙しく立ち働いている。


 我々「銀の剣」も似たような光景だったが、一番違うのは、多数の整備員が「イカロス」の整備にかかりきりになっていることだった。イカロス―それは正式名称をHMIU-1(High speed Mobilized Infantry Unit-1)、高速機動歩兵ユニットと言う。大戦前から某国で計画が進められていた「機動歩兵構想」―歩兵にヘリコプター並の機動力を与える装備で、試作だけに終わっていたものを、連邦陸軍が引き継ぎ実用化した。

 ただし、単価が極めて高価なことと、操縦に熟練を要することからこれまでに実戦使用された例は数えるほどもない。

「銀十字軍団」麾下の独立戦隊の主力、戦闘中隊の隊員は全員が操縦訓練をパスしている。

 構造は、超小型ターボジェットエンジンと燃料タンクを内蔵したバックパックから四本の姿勢制御用スラスターが突き出ていて、これを背中に背負い、操縦は腰と両足の動きで行う。すなわち、小型有人ドローンに近い。

 全備重量80キログラム、ペイロードは最大200キログラム、最高速度時速100キロ以上、実用上昇限度1000メートル以上。


「訓練以外でこれで飛んだ人、誰かいる?」

 私は部下に尋ねてみた。


「はい。小官は一度あります。」

 答えたのは、前回の作戦で戦死したカーライル少尉の後任として赴任してきたエドワード・ホバート中尉だった。


「ホバート中尉、あなたはここに来る前、たしかケープタウンの『銀の月』にいたんだったわね。」

「はい、そうですが。それが何か?」


「リカルド・カルロスという士官が一緒じゃなかった?」

「はい。私の中隊長でした。若いけれど、優秀な指揮官でした。人格的にも尊敬できる人できたが、作戦中行方不明になりました。一年ほど前のことです。カルロス中佐をご存じなんですか。」


「同期生だったの。それだけよ。」

 私はぽつりと言った。


  同じく戦死した前衛班長、ワン中尉の後任にはベルリンの「銀の鏡」からアラブ系のアブド・アル・アズラッド少尉が着任している。外見はアラブの呪術師と言う感じの不気味な面相だが、案外陽気で人なつこい男だった。なお、前衛班長はジェニファーが中尉に昇進して務めることになった。


14時、我々「銀の剣」の戦闘中隊がイカロスを始めとする装備を整えているとき、銀の槍が出撃していった。


 今回はイカロスに同行は困難なトータスは2台ずつ、有明から侵攻する「銀の槍」と浦安の「銀の兜」に同行する。それらはアウル2機に搭載されて、「銀の槍」の後に続いて出撃していった。


 アンダーソンは相変わらず気楽に、

「クリスタルタワーで再会しましょう。」

 と、言ってアウルに乗り込んだ。


 14時20分、イカロスを装備中の私の前に、ミラルカが現れた。


「ミラルカも行くんですって?」

「ええ、今日は怪我人も一杯出そうだから。」


「私も生きて帰れるかどうか・・・」

「大丈夫、リョウコは必ず無事に戻るわ。私の勘がはずれたことないの、忘れたの?」


「そうか、そうだったわね・・・」

 私はぎこちなく微笑んだ。ミラルカは柔らかな微笑みを返した。


 14時30分、我々の出撃時刻が来た。


 スカウトヘリ小隊のハウンドドッグ3機が最初に発進した。続いて、汎用ヘリブラックシャークが出撃する。今回、ブラックシャークは1機が司令の指揮用、1機が戦闘中隊の指揮用、もう一機は医療班の救難用で、それぞれにシュナウファー司令、マクシモア中佐、ミラルカ・ジーベンベルク軍医長が乗り込んでいるはずだ。


 我々の装備は、前衛のアズラットがSMG-1サブマシンガンと.45ACPオートマチック、ジェニファーは.45ACP実包を使用するSMG-3サブマシンガンと.44マグナム・リボルバー、出雲鏡子はビブラソードのフルサイズとショートタイプの二刀流だ。


 遊撃班と私とアテナはいつも通りAR-4Cカービンと.45ACPオートマチックだが、カービンのグレネードランチャーは大部分はずしてある。


 我々の主な敵である「銀の影」は我々と同じ装備を有しており、ヘルメットとボディアーマーを装備した敵に対しては麻痺弾も効果が薄いと判断したためだ。


 代わりに通常のライフル弾と他の特殊装備の携行量を増やした。


 後衛のナオミはカービンと同じ5.56ミリ実包使用で軽機関銃としては軽量で取り回しの楽なLMG-3と.300レミントン狙撃銃SR-3を装備。


 高千穂は7.62ミリ実包のLMG-2とSR-5狙撃銃を装備。


 ランクエルは、7.62ミリ実包より強力なラプア・マグナム実包使用の軽機関銃、XLMG-4を装備する。

「銀十字軍」兵器局が送ってよこした試作品だが、取り回しが容易ではなく誰にでも使えるものではない。


 我々はアウル機内に取り付けられた椅子にシートベルトを着けて座り、出撃を待った。背中にはイカロスを背負っている。


 反対側には第二分隊がイカロスを付けて座っている。私はふと、意外なことに気付いた。


「サイモンセン大尉、副官のアントノフ大尉はどうされたのですか?」

 と、私は尋ねた。


「ああ、彼は重量規定違反で失格になったよ。『銀の槍』に同行してもらうことになった。」

 両分隊の隊員から笑い声が漏れた。


 アントノフ大尉は身長2メートル、体重120キロもある。前世紀のプロレスラー並だ。装備を身につけるとイカロスのペイロードぎりぎりになる。それで地上部隊に回されたらしい。


「それで私が穴埋めすることになったわけだ。」


 アウルのハッチの方から声が響き、マクシモア中佐が、入ってきた。戦闘装備でイカロスも背負っている。


「中隊長、まさか陣頭指揮を・・・危険すぎます!」

 私が言うと、

「君たちだけをそうそう危険に晒してばかりもいられんだろう。」


 そう言うとサイモンセン大尉の隣りに座り、シートベルトを付けた。


 やがて機内にブザーが鳴って、アウルは離陸した。2機のアウルに乗る48名の戦闘中隊主力が、この作戦の成否の鍵を握る役目を担う。


 アウルは14時50分には作戦空域であるシャングリラ上空に到達し、時間合わせのために、シャングリラ上空を周回し始めた。


 私はHUDにGPSマップを映し、「銀十字軍」極東管区司令部から送られてくるデータを読んだ。


 予定通り、地上の5個戦隊はシャングリラの5つのゲート前に配置を完了している。海中の「銀の盾」だけは電波が届かないので所在は不明だ。


 なお、「銀の影」の傍受防止のため、「銀十字軍団」の無線のスクランブルコードは昨日から変更してある。


私はグローバルネットの評議会総会中継を聞いてみた。


 議題は昨日に引き続き、人類とヴァンパイアの講和について。


 ヴァンパイアと講和するとして、ヴァンパイアと共存するのか、彼らに領土を割譲して独立国を作らせるのか、などということが論じられていた。


 とんだ茶番だ。関東のヴァンパイアグループでさえ、統一されてはいないというのに、世界中にいくつのヴァンパイア組織が乱立しているというのか・・・いや、先月の「銀の剣」本部襲撃事件。


 二百体以上のヴァンパイアが襲来したあの事件は、関東全域のヴァンパイアを結集しなければ不可能だったはずだ―あれもカルロスの仕組んだことだったのか?カルロスはおそらく世界のヴァンパイア組織も統一しようとしている。


 15時ちょうど、「銀十字軍」総司令官ニールセン大将が、横須賀の作戦本部から命令を発した。


「全部隊、シャングリラに突入せよ!」


 その数秒後、スピーカーを通じて爆発音が複数響いてきた。


「何ごとか?」

 参謀長ニノミヤ中将が叫んだ。


「シャングリラのゲートが破壊されました。五カ所同時に。」

 作戦本部オペレーターの声が入ってくる。


「各部隊、損害は?」

「銀の兜、トータス二台が海中に落下、作戦行動は可能。」

「銀の槍、同じくトータス一台が落下。」


「・・・それだけか、よし、地上部隊は徒渉上陸して作戦を続行せよ。」

 ニノミヤ中将が告げた。


「銀十字軍」の装甲車両はいずれも水陸両用に設計されている。なお、シャングリラの基本構造は、フロート構造のブロックを多数敷き詰めた上に造られている。


 ただし、高層建築物は、氷山が大きいほど深く海中に没しているように、海面下に大きなフロートで支えられており、最大の建造物である、連邦総評議会ビル、クリスタルタワーの地下は海底に固定されている。


 ゲートの爆破とは、シャングリラへの地上部隊侵攻を防ぐために、ブロックを一個切り離したのだろう。水陸両用の各部隊の侵攻は依然可能だが、敵に時間稼ぎをされたことは間違いない。


 アウルが旋回半径を狭めてシャングリラ上空に入ったとき、クリスタルタワーの屋上付近で爆発が起こった。


「こちら『銀の鎧』スカウトヘリ小隊、評議会ビル屋上より、対空ミサイルの攻撃を受け、一機が撃墜されました。」


「『銀の鎧』司令部、引き続き屋上への攻撃を続行、敵を掃討せよ。」

「了解。」


「こちら「銀の剣」司令部、イカロス発進準備完了、発進の許可を請う。」

 シュナウファー司令が作戦本部に要請した。


「今、混成スカウトヘリ部隊が対地攻撃に向かっている。しばらくそのまま待機せよ。」


 間もなくヘリ部隊の報告が入った。混成スカウトヘリ部隊は、5個戦隊のスカウトヘリ計15機で編成された対地攻撃・偵察部隊だ。


「こちら混成スカウトヘリ部隊。『銀の影』のトータス4両を撃破。我が方の損失2機。」


「了解、スカウトヘリ部隊は『銀の剣』イカロス部隊の降下を支援せよ。」

「混成スカウトヘリ部隊、了解」


「『銀の剣』、イカロス部隊の出撃を許可する。」

 参謀長の声が響いた。


「『銀の剣』、了解、マクシモア中佐、出撃せよ。目標はわかっているな。評議会ビルだ。それ以外には目もくれるな!」

 シュナウファー司令が珍しく厳しい口調で命じた。


「戦闘中隊了解。各分隊発進せよ。」

「はい、第一分隊発進します。」


 機上整備員がアウル格納庫の左右ハッチを開いた。降下するのは分隊長の私が最初だ。


 私はシートベルトを解いて立ち上がり、イカロスのエンジンを始動した。


「第一分隊、水無瀬、行きます!」


 私はエンジンをアイドリングのまま地上1000メートルから身を躍らせた。スロットルを徐々に開き、姿勢を整えて下向きの推力を得、徐々に降下速度を落として残りの隊員が降下してくるのを待った。


 2機のアウルは一機に2個分隊が搭乗し、それが左右のハッチから同時に降下する。


 私は40個分隊計48機のイカロスが降下してくる様を見守った。マクシモア中佐が空中で命令を伝えてきた。


「第一分隊は東、第二分隊は北、第三分隊は南、第四分隊は西の壁際の地上に降下、敵の抵抗があれば排除しつつ、第一,第二分隊は裏出入口、第三,第四分隊は表出入口より突入をはかる。

 便宜上、第一、第二分隊をAグループ、第三、第四分隊をBグループと呼称する。雑魚には目をくれるな。敵の主力は『銀の影』の戦闘中隊だ。改めて確認しておくが、作戦目標は大統領および評議員を拘束し、ヴァンパイアかどうか確認することと、敵の首謀者カルロス大佐を拘束することだ。」


 我々はクリスタルタワーの屋上を過ぎ、壁面を降下し始めた。高度六百メートル。

 さらに中佐が細かい指示を下した。


「おそらく敵主力はビルの入り口付近で待ち伏せしている。スカウトヘリ部隊は『銀の影』の主力を確認していないからな。我々だけでは、兵力はほぼ五分と五分。だが敵には防御の利があり、練度の点では敵が若干勝るかもしれん。そして肉体的にはヴァンパイア化している敵に分があるだろう・・・」


 中佐は一旦言葉を切った。高度250メートル。地上が見る見る迫ってくる。


「だが、敵を怖れるな。無駄死にせよとは言わんが、全力で敵に当たれ、少しでも敵の戦力をすり減らすんだ。いずれ必ず増援が来てくれる。またこれは時間との戦いでもある。大統領と評議員を取り逃がすか、口封じをされれば我々の負けだ。」


 高度100メートルで私は制動をかけ、ぴたりと着陸した。周囲に次々と我が分隊の隊員達が着陸した

「第一分隊、着陸完了。」

 私は報告した。


「第三分隊着陸完了。」


「第二分隊着陸完了。」


「第四分隊着陸完了。」


 続けて各分隊から報告があった。


「了解。戦闘中隊着陸完了。」

 最後にマクシモア中佐が司令部に報告した。


「シュナウファーだ。この期に及んで諸君に言うべき言葉は私には特にない。全力を尽くしたまえ。以上だ。」


 ブラックシャーク1に乗っている司令から通信が入った。シュナウファー司令ほど督励とか演説の似合わない指揮官を私は知らない。この言葉は司令なりの精一杯の激励であったのだろう。


「戦闘中隊了解・・・作戦司令部、ただいまより評議会ビルに突入します。スカウトヘリ部隊の援護を要請します。」

 マクシモア中佐が司令に答えてから、作戦司令部に直接航空支援を要請した。


「作戦司令部了解。スカウトヘリ部隊へ、評議会ビル周辺のヴァンパイアを掃討せよ。」

「スカウトヘリ部隊了解。」


「各分隊はイカロスのエンジンを停止してその場に下ろせ。各分隊ごと、集合したら、各出入口に向かえ。」

 マクシモア中佐が命じた。


「第一分隊了解。」

 私はすかさず答えた。他の分隊からも続けて了解のコールが入る。


 間もなくスカウトヘリの編隊が降下してきて、我々に接近してきていた武器を持った軍人ではない者達―ヴァンパイアゲリラだろう―に機銃掃射を加え始めた。


 イカロスを外して身軽になったかというと、そんなことはない。今回の任務ではトータスの支援が期待できないため、弾薬も通常より多く携行しているし、後衛班のように重装備を持っているものもいる。自分の足で走る苦労を改めて思い知らされた。


 やがて、我々は第二エントランスの東側に到達した。GPSマップで第二分隊も第二出入口の北側に到着していることがわかった。


「こちら第一分隊、水無瀬、第二出入口に接近。」

「第二分隊、こちらもです。」


「マクシモアだ。突入は同時に行う。Aグループの指揮は水無瀬少佐、君がとれ。Bグループの指揮は私がとる。少し待ちたまえ・・・突入開始!」


 中隊長の合図と同時に、我々は出入口に取り付いた。

「Aグループ突入します。遊撃班前へ!」


 我が分隊の遊撃班員、ベルナルド、ホバート、デクレール、トンブが前に出る。同時に第二分隊の遊撃班、四名も前に出る。


 間もなく至近距離での激烈な射撃戦が始まった。後衛班は軽機関銃の二脚架を下げ、伏せ撃ちで支援する。敵の最前列が崩れ、私は前衛に前進を命じた。


 熾烈な白兵戦は我が方の優位に進んだ。それでも、こちらの損害は少なくなかった。


 戦闘開始15分でAグループの軽傷4名、重傷3名、死亡3名。我が第一分隊はジェニファーが軽傷、デクレール重傷、トンブ曹長が戦死、「銀の剣」に赴任してきたばかりのアズラット少尉も死亡した。


 損害は少なくないが、我が方は押し気味だ。私は疑問に思い、マクシモア中佐に通信を入れてみた。


「中隊長、水無瀬です。Aグループは優位に戦闘を進めています。こちらの敵は我が方の半数、一個分隊相当のようです。しかし、それだけでなく、敵の行動が妙に他律的なのです。」


「私も同じ印象を感じている。奴らは死を怖れぬが、勇敢と言うよりロボットのように感情が感じられないのだ・・・ともかく、表は我々Bグループがくい止める。Aグループは速やかに裏口を突破して会議場の大統領と評議員を拘束してくれ。」


「Aグループ了解しました。」


 戦闘開始30分、第二エントランスの敵の抵抗は終息した。敵は投降を拒否して玉砕した。我が方の損害もさらに増えていた。軽傷7名、重傷5名、死亡6名。第一分隊の損害は、軽傷は出雲鏡子、ベルナルド、高千穂、アテナ、重傷はデクレール、ナオミ・シュナイダー、死亡はトンブ、アズラッド、ランクエル。


「こちら『銀の弓』」、アイゼンライクだ。ゲートを突破した。指示を請う。」


「作戦司令部了解。評議会ビル正面エントランスに三個分隊を、第二エントランスに一個分隊を急行させてくれ。」

ニノミヤ中将が司令を出した。これで勝ちは決まった・・・私はそう感じた。


「作戦司令部、こちら『銀の剣』Aグループ、第二出入口を突破、会議場に突入します!」

 私は無線に叫んだ。

「作戦司令部了解。ニールセンだ。くれぐれも大統領と評議員を殺してならないぞ。証人を失っては意味がないのだ。」


 司令長官からの直接通信に私は落ち着いて答えた。

「わかっています。司令長官閣下。」


 我々が議場に突入したとき、議場では会議の最中だった。彼らは一体、外で銃撃音が轟いているとき、何の反応も示さなかったというのか。


「トラウト地球連邦大統領、あなたを拘禁します。嫌疑はヴァンパイアウイルスに罹患していること。そこのカメラ、全世界に生中継しているんでしょう?中継を続けなさい。人類とヴァンパイアの講和が茶番に過ぎないことをここで証明します・・・アテナ、検査薬を。」


 アテナが注射器と一体になったアンプルを渡してよこす。

 報道関係者達があわてて前に押し寄せてきた。


 大統領は、

「どういうことだ。こんな予定は聞いていない・・・」

 などと口走っていたが、腕をまくり上げても抵抗する気配を示さなかった。


 念のため隊員に体を押さえつけてもらっていたのだが、その必要はなかった。


「中継をご覧になっている全世界の連邦市民の皆さん、『銀十字軍団』の水無瀬遼子少佐です。このアンプルは、軍医大学の開発したヴァンパイアウイルス検査薬です。少量の血液を採取し、この薬と混ぜると、ウイルスに感染していれば、青く変わります。感染していなければ、色は変わりません。それでは・・・」


 私は大統領の右腕の静脈に注射器を刺し静脈血を採取してアンプルを振り混ぜた。やがて、液の色は青色に変わった。


 報道陣からどよめきの声が上がる。一方、評議員達は、ざわついているだけで、席を立つでもなく、他の隊員達から検査を受けるままに任せていた。


「ローレンツ議長、反応青!」

「チェルピンスキー国務長官、青、」


 他の隊員達は要職者から順に検査を行っていった。50人余りを終わって全員が反応は青、全員ヴァンパイアであることを示していた。


 やがて正面扉が開いて「銀の剣」第三・第四分隊と中隊長、「銀の弓」の3個分隊も入ってきた。さらに後ろからは「銀の弓」のもう1個分隊も駆けつけた。


「一体どういうことだ、カルロス大佐にこんな話は聞いていないぞ!」

 議員の誰かが叫んだ。彼らは自分で判断し、行動する能力が欠如しているらしい。


 私は「カルロス」の名前を聞いて、もうひとつの任務を思い出した。私はアテナに指揮を任せると、第二出入口から表に出た。


 考えてみれば、エレベーターでも構わなかったはずなのだが、イカロスを使ったのは、直感のなせる技だったかも知れない。


 私は自分のイカロスを背負い、エンジンを始動して、宙に舞い上がった。


 目指すのはクリスタルタワー最上階170階の特別展望台。そこにカルロスがいる。私の勘はほとんど確信を持って私に告げていた。


 500メートル、600メートル、私は制動をかけた。170階を通過するとき、窓の中から机に座った軍服の男が一瞬見えた。間違いない。カルロスだ。


 私はゆっくり降下し、170階に戻った。窓にプラスチック爆弾を張り付け、信管をねじ込んで導火線に点火した。


 一瞬後、大窓が粉砕され、私は部屋の中に飛び込んだ。


 部屋の中心にカルロスがいた。私はイカロスのエンジンを停止して体から外し、ヘルメットも脱ぎ捨てた。


 私はカルロスに歩み寄った。


「待っていたよ。リョウコ。」

 カルロスは当然のことのような顔で私を見返した。


「リック・・・私の来るのがわかっていたの?」

「・・・僕の願望だよ。殺されるなら君に殺されたかった。」


 私は毅然として彼に告げた。

「任務として言うわ。カルロス大佐。あなたを拘束します。抵抗はやめて投降しなさい。」


「残念だが、それはできない。僕はここで死ぬことに決めたんだ・・・」

 カルロスに自暴自棄な様子は見られなかった。はっきりとした意志が込められていた。


「私にはあなたは殺せないわ・・・それより聞きたいことがあるの。なぜ勝とうとしなかったの。あなたなら勝てる作戦だって立てられたんじゃなくて?」


「勝とうと思えば勝てたさ・・・君がついてきてくれればね。」


「世界の女王に?・・・見たわ。あの人間蟻たち。ドクター・マクドナルドの血清の副作用ね。私はああなるならむしろ50%のリスクを犯した方がましだと思うわ。」


「ああ、あれは誤算だった。君にもああなって欲しくはなかったよ」

「私は今のままのあなたでいいから生き続けて欲しいわ。いつか必ず治療薬ができる。メルキオール・ジーベンベルク博士の孫が必ず造ってくれるわ。」


「僕は自分から望んでヴァンパイアになったんだよ。今さら人間に戻ろうなんて虫が良すぎる・・・おっとそろそろ時間がない。実はこのクリスタルタワーの地下には核爆弾が仕掛けられていて、14分40秒後に爆発する。僕はここで人生に幕引きするつもりだが、君には生きて欲しい。」


「何ですって!」


 私は驚愕した、この下には「銀十字軍」7個戦隊、第1師団、大統領ら政府首脳、評議員などがいるのだ。私はヘルメットのマイクに叫んだ。


「作戦司令部、こちら『銀の剣』水無瀬少佐、評議会ビルの地下に核爆弾あり、14分15秒後に爆発との情報あり、直ちに全部隊の待避を要請します!」


「作戦司令部了解、作戦は中止、全部隊は速やかに撤退せよ!」

 ニールセン将軍が速やかに応じた。


 カルロスの言葉が事実なら、シャングリラは消滅する。爆弾の規模によっては世界最大の都市、東京も全て無人の野と化す。


 私はイカロスを始動させて、砕けたガラス窓の前に立つと、振り返り、椅子に座ったままのカルロスに言った。


「あなたの体重くらいなら、このイカロスのペイロードに収まるんだけれど、今さら応じてはくれないでしょうね。」


「済まない。リョウコ、僕は一人で行くよ。」


「さようなら、リック、『白のキング』・・・」


 言い終わるや私は窓の外に身を躍らせていた。


「『銀の剣』司令部へ第一分隊、水無瀬です。戦闘中隊の収容準備を願います。」

「了解、直ちにアウル二機を上空に待機させます。」

 マリアの声が答えた。


 下方からは、戦闘中隊の隊員達がイカロスで上昇してくるのが見えた。


 その時、轟音とともに、クリスタルタワーが崩れ落ちた!


 各所に爆薬を仕掛けておいて、周囲に影響を与えず垂直に崩落させたのだ。老朽化した建物の処理法を応用したものだ。


 それはクリスタルタワーをバベルの塔になぞらえた、カルロスの皮肉だったかも知れない。


 核爆弾は結局爆発しなかった。海中から地階に侵入した「銀の盾」は核爆弾を発見したが、それには信管も時限発火装置も付いていなかった。


 逃げ遅れて―というより逃げる意志を持たなかった―大統領始め政府首脳と評議員の大部分は「バベルの塔」の下敷きになり、遺体を掘り出すのには三ヶ月を要した。


 カルロスの遺体はついに発見されなかった。


 私は彼がどこかで生きていることを信じている。

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シャドーチェイサー @philomorph

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