ミッション6 白い闇の中で

2068年2月10日


 極秘任務であったドクター・マクドナルド追跡行以降、「銀の剣」では一ヶ月余り平穏な日々が続いていた。


 私はドクター・マクドナルドの死の真相を、シュナウファー司令にだけ報告書にして提出した。司令は何も言ってこなかった。


 ダルジャン大尉の造反については無事では済まなかった。「銀十字軍」極東管区は元諜報科長を含め立て続けに二人も造反者を出したのだ。残りの諜報科員は全員が転属させられ、人事が全面刷新されたという。マリア・ポニアトフスキー少佐に聞いた話だが。


 待機任務中には様々な訓練プログラムが組まれ、実行された。コンバットシューティング、狙撃、ケンジュツ、富士演習場を使ってのサバイバル訓練、心理戦訓練など。心理戦の担当教官には、私が選ばれた。マリアが司令に推薦したらしい。


 ちなみに、マリアとミリアムの怪我は軽く、翌日には出勤していた。


 この一ヶ月あまり、私の一番の心配の種はミラルカのことだった。

 あの作戦以来、めっきり口数が減り、顔色は蒼白く、憂鬱な表情を始終浮かべていた。最初は私のことを避けているのかとも思ったのだが、出雲鏡子とかマリアとか今まで仲の良かった隊員のいずれに対しても同じ態度だということだった。


「医者に診てもらったら・・・」

 そう言いたかったが、本人が医者で、この「銀の剣」の軍医長なのだ。精神科は専門でないにしろ、心当たりがあるならとっくに担当医に相談しているはずだ。


 鬱状態―私の知識の範囲では、ミラルカの症状はそのように思えた。


 私はその日の昼食をいつも通り食堂で摂った。トレイを持って空いている席を探し、ミラルカが一人ぽつんと座っているのを見つけた。

彼女が一人で食事しているところを見たことはあまりない。普段は仲の良い隊員達(もちろん私がその筆頭だが)と、にぎやかに談笑しながら食事をしていたものだ。


 ところが今は他の隊員も、最近のミラルカの様子を知って意図的に避けているのだろう。


 私は彼女の向かいの席の前に立ち、ミラルカに座ってもいいか尋ねた。ミラルカはうつむき加減で無言のまま軽く頷いてみせた。


 ミラルカは食器を動かす手を止めたまま、頬杖を付いて、私の方を見ようともしなかった。ランチは半分も口を付けていなかった。健啖を持って知られるミラルカにはあるまじきことだった。


「どうしたの、ミラルカ、最近元気がないけど、失恋でもしたの?」

「・・・別に。」

 私のジョークはまったく通用しなかった。


 いったいいつから、と考えて、私ははっきり思いだした。一ヶ月前、ドクター・マクドナルドの死に立ち会ったときからだ。あの時、ドクター・マクドナルドの告白にミラルカはじっと耳を傾けていた。あの時から、ミラルカの様子は変わった―いや、その前に、マクドナルドの所在を探そうとしていた時、ミラルカは、「あたしの勘を信じて」と、異様に真面目な顔で言った。あの時から、彼女はそれまでの彼女と変わってしまった・・・なぜだろう?


「ねえ、ミラルカ、あなた、一ヶ月前、ドクター・マクドナルドの居場所を一人で見つけたわね。あれはどういう確証があってやったの?」

「え、確証?別にただの勘よ。そう言ったでしょ。」

「ミラルカ、あなた、あの時、ドクター・マクドナルドに会ってから変よ。自分でそう思わない?」

「それは、多分、昔のことを思い出してしまったから・・・」


 ドクター・マクドナルドは軍医大学時代のミラルカの教官だったと言っていた。そのころのことだろうか。


「昔って、いつ頃の話?」

「そおね・・・四十年くらい前かしら。」

 私は呆れて言った。

「四十年前じゃあ、あなたまだ生まれていないじゃない!」

「ああ、そうね・・・」


 ミラルカはぼんやりと答えた。ジョークで言っているようには見えなかった。確かにミラルカはどこかおかしい・・・しかし、四十年前と言えば第三次大戦の年だ。それが少し心にひっかかった。


 私は司令にミラルカの様子がおかしいこと、それがドクター・マクドナルド追跡行から始まっていることを報告して判断を仰いだ。


「ドクター・ジーベンベルクのことは何人かに報告を受けている。軍医次長のマオリ軍医大尉が診察したが、診断結果は軽い鬱状態で、抗うつ剤を投薬しているが、勤務に支障はないそうだ。」

 それでシュナウファー司令の通信は途切れた。


2068年2月14日


 異変は唐突に訪れた。


 21時過ぎ、パトロールに出ていたサイモンセン大尉の第二分隊とクレイマー少佐の第三分隊が前後してヴァンパイアに遭遇した。両隊はそれぞれ交戦に入ったと連絡してきた。


 さらに、21時30分頃、八王子でヴァンパイアの襲撃事件が発生、待機中だった第四分隊と、中隊本部―マクシモア中佐、ミリアム・マーガレット中尉、チン少尉、ウィリアム少尉の乗った中隊指揮車―が、アウルに乗って出撃していった。


 ところが、22時ちょうど、シャングリラD.T.を含む首都圏全域の無線通信が一切不通に陥った。この時刻、本部に待機していた戦闘分隊はなかった。準待機中だった我々第一分隊が召集された。幸い、門限が近く、外出していた者はいなかったので、全員が集合した。


 私を初め、本部に残っていた幹部が召集され、会議が行われた。


「ポニアトフスキー少佐、状況を説明したまえ。」

 シュナウファー司令がいつものように開口一番言った。


「はい。本日21時14分、戦闘第二分隊が荒川区でヴァンパイア約15体に遭遇、戦闘に入ったと報告がありました。その後の連絡はありません。

 続いて21時25分、戦闘第三分隊が品川区でヴァンパイア約20体と遭遇、戦闘に入ったと報告がありました。やはりその後の連絡はありません。

 さらに21時36分、八王子市でヴァンパイア約30体が市民を襲っているのを警察官が目撃、『銀十字軍』極東管区に『銀の剣』の出動を要請、待機中だった第四分隊と中隊本部が21時44分、アウルで現場に向かいましたが、22時ちょうど、連絡を絶ちました。

 22時とは、東京一帯で無線通信が途絶した時刻です。

 さらに22時13分、江東区でヴァンパイア約15体が住民を襲撃中との情報が、有線で寄せられています。」


 引き続いてパク主席参謀が発言した。

「諸君も承知の通り、現在首都圏一帯はほとんどすべての無線通信が断絶しており、復旧の見込みは今のところない。

 原因は強力なジャミング―電波妨害だと思われる。現在連邦陸海空三軍が捜索しているが、発信位置は特定できていない。

 現在予測されている状況は、ジャミング装置は複数―少なくとも3基以上、航空機に搭載されて超低空で東京上空を周回飛行していると思われる。」


 腕を組んで目をつぶり、うつむいて報告を聞いていたシュナウファー司令がおもむろに顔を上げ、口を開いた。

「さて、諸君、この状況をどう思うかね。」


 私は挙手し、発言を求めた。

 「司令、東京全域の広帯域電波妨害は、我々を含め、軍・警察の情報を攪乱することにあると思われます。ヴァンパイアがこれほど同時にかつ多数目撃されたのは類を見ません。

 ジャミングを行っているのもヴァンパイア、あるいはその支援組織でしょう。

 我々は、有線回線を有効に使い、ヴァンパイアの被害を最小限に食い止めるよう、努力するべきでしょう。」


 シュナウファー司令は腕を組んだままいつもの冷たい目で我々を見返していた。

「それで、具体的にどうする?」


 私はためらわずに答えた。

「我が第一分隊を江東区の現場に急行させて下さい。あるいはこの後、他にもヴァンパイア事件が有線で報告されるかも知れません。しかし、先に進発している三個分隊も、無線が使えないことがわかれば、有線により本部との連絡を取ることを試みるでしょう。連絡が付いた時点で、その分隊を適切な部署へと移動させるのです。」


「私も水無瀬少佐の意見に賛成する。ヴァンパイアの戦力が無限にあるはずはない。しらみつぶしにしていけば、やがて撤退するだろう。ジャミング装置、あるいはそれを運搬しているものも、明日の朝までには発見され、捕獲ないし破壊されるはずだ。」

 パク参謀が珍しく私に賛成した。マクシモア中佐がここにいたら、なんと言っただろう、と私はふと思った。


「それでは、第一分隊はアウルで江東区に出動、随時有線で連絡を行うこと。」

 司令が告げた。


「了解。」

 私がそう言って敬礼したその時、

「だめよ、リョウコ、外に出てはいけないわ!」

 鋭い口調で叫んだのは、他ならぬミラルカだった。


 私をじっと見つめるミラルカの目はいつものサファイアのように澄んだものとは異なっていた。強いて形容するなら、磨き上げられたトルコ石の青色だった。美しいことには変わりないが、不可思議な色を湛えていた。


 私はその目にハッとした。天城山中八丁池で、ドクター・マクドナルドを探していたとき、

「あたしの勘を信じて。」

 と、言ったときのミラルカの目と同じだったからだ。


「ジーベンベルク軍医長、第一分隊の出動を制止する理由は何か?」

 シュナウファー司令がミラルカに問うた。


「奴らが来ます、たくさん、防ぎきれないほどに・・・」

 ミラルカは抑揚のない口調で言った。


「『奴ら』とは、何か。ヴァンパイアのことかね?」

 司令は無表情を保ったままミラルカに再び問うた。ミラルカは小さく頷くと、その場に前のめりに倒れ伏した。


「医療班、ドクターを医療室へ!」

 マリアがすかさず叫んだ。


「司令、軍医長は最近精神が不安定だった、司令もご存じでしょう?発作の寸前のうわごとだったのでは?」

 パク主任参謀が司令に問いかけた。だが、今度は私の意見は彼とは違っていた。


「相手がドクター・ジーベンベルク以外の者だったなら、私も君の意見に賛成しただろう・・・しかし・・・」

 シュナウファー司令は言葉を切り、椅子の背もたれにもたれて大きく深呼吸をしてからスイッチを押した。隊内の警報スイッチだ。


「全隊に警戒警報、外部からの敵の侵入に備えよ!出動している部隊は連絡がつき次第呼び戻せ!」


 司令はいつになく厳しい口調で隊内放送のマイクで命令を発した。司令はなぜかは知らないが、ミラルカの言葉を全面的に信じている。私もこの件に関しては司令に賛成だった。


「・・・了解。」

 この会議室ではいささかバラバラの敬礼が司令の命令に答えて送られた。司令の命令に疑問を持つ者も少なくはあるまい。根拠は最近どこかおかしいことで有名なミラルカ・ジーベンベルク軍医長の言葉なのだ。


 しかし、司令が解散の命令を下すより先に、新たな異常事態が発生した。

 我々のいる司令室は機密性が高いため、聞き取れなかったが、別の棟にいた隊員達はその時爆発音を聞いたようだ。


「当基地の、外部との通信回線が全て、ほぼ同時に切断されました!爆破されたものと思われます。当基地は外部とのリアルタイムでの通信手段をすべて失いました。」

 マリアが肩を震わせながら報告した。


「屋上の赤外線センサーが反応を検知。基地を包囲する形で全方位より熱源反応接近、総数、七十・・・八十・・・いえ、百以上、なおも増加中!」

 次席オペレーターの古賀浩美がおびえた声で叫んだ。


「どうやら始まったようだな・・・装備科長、ヘリを武装して飛ばせるか?」

 司令の質問に職人肌の装備課長、エルンスト・ショット中佐は答えた。

「現在外は濃霧です。低空飛行は著しく危険です。」

「よろしい。では、ヘリを地上滑走させて、対地攻撃させることは可能か?」

「それは可能だと思います。」

「各車両の武装は整っているか。」

「全車両いつでも出撃できます。」

「よろしい。私も指揮車で出撃する。」


「司令、ご自分で出撃されるのですか、この基地には今、百体以上のヴァンパイアが迫っているのですぞ!」

 パク参謀があわてて司令を制止した。

「無線が使えない以上、実戦指揮はレーザー通信かスピーカーによるしかない。君は私の代理としてこの場で指揮を執りたまえ。もっとも回線が回復しない限り、やることはあまりないと思うが。」

 シュナウファー司令の言葉にはかなりの皮肉が混ざっているように聞こえた。


 私は急いで士官室に行ったがすでにそこに第一分隊の隊員達の姿はなかった。ロッカールームを覗くと、果たして隊員達があわただしく戦闘装備に着替えていた。アテナはもう着替え終わって退室しようとしていた。


「士官室で待機しています。」

 そう言ったアテナに私は声をかけた。

「その必要はないわ。廊下で待っていて。男子隊員にもそう言って。」


 時間は寸刻を争う状態だ。私が一番着替えが遅れている。私は着替えを急ぎながらも気を落ち着け、装備を確認しながら身につけていった。


 私は内線電話を取り、シュナウファー司令を呼び出した。

「司令、第一分隊出撃します。指示を願います。」

「基地の南東方面の敵を阻止せよ。後は現場指揮官の判断に任せる。」

「了解、南東方面を守備します。」

 基地の南東方面はもっとも多数の敵が確認されており、敵の主攻軸と思われる。基地に残った唯一の実戦地上部隊の我々が赴くのは当然のことだった。


 廊下に出ると、すでに全員が揃っていた。


「隊内放送で聞いたとおり、我が基地は多数のヴァンパイアに包囲されています。我々の任務は増援が到着するまでこの基地を守り抜くことです。各員の健闘を期待します。」


 私は続けた。


「交信は、有視界距離ではレーザー通信を用います。必要に応じてスピーカーを使って構いませんが、敵に傍受されると危険な内容は避けるように、念のため。

 それから、隊を二分して連携して行動します。私を指揮官に、ジェニファー、鏡子、カーライル、デクレール、高千穂、以上をA班、アテナを指揮官に、ワン、ベルナルド、トンブ、ナオミ、ランクエル、以上をB班と称します。アンダーソンはトータスで両班を支援。では、全員出撃します。」


「了解!」


 全員が悲壮な面もちで敬礼した。今夜の戦いが「銀の剣」にとって最大の危機であること、明日の朝を生きて迎えられるかどうかわからないことを皆がわかっているのだろう。


 ここで現在基地内にある「銀の剣」の戦力をまとめてみよう。実戦兵器としては、まずヘリコプター中隊の汎用ヘリ・ブラックシャーク4機、スカウトヘリ・ハウンドドッグ4機(各予備機1機ずつを含む)、装甲車は第一分隊のトータス1台と予備1台、シュナウファー司令の専用指揮車LATCV-3ウェアウルフ1台。準同型の小型装甲車LATV-3・2台、非装甲の軽車両、LTV-1・8台。

 機動兵器として戦力になりそうなのはこの程度のものだ。

 一方、戦闘員は、私の戦闘第一分隊十三名とヘリコプター中隊十六名(出撃中のアウル搭乗員二名欠)だけが実戦経験のある兵士で、残りは支援要員が穴埋めすることになるだろう。彼らの負担を少しでも減らすためにも、我々が体を張って敵の攻撃の矢面に立たねばなるまい。

 外に出ると、まわりは深い霧に覆われてきていた。我が隊のヘリはすべて夜間航法能力を持つが、これほど深い霧では低空飛行で戦闘行動はできまい。装備科長が言ったとおりだ。

 装備科に行ってトータスに乗り込む時、横を見ると、ガレージ内では武装可能な車両に次々に武器・弾薬を補給すると、支援要員が乗り込んで出動していった。その顔はむしろ活気に満ちているように見えた。普段戦闘など訓練でしか知らず、実戦経験のない彼らは、ヴァンパイアと直接戦えることに期待と興奮を覚えているのかも知れない。


「ヴァンパイアが南東のフェンスを突破!高圧線は切断された模様。」

 隊内放送でマリアの声が流れた。


 ついに始まった。予想通り南東角からだ。

「アンダーソン、急いで、南東よ!」

「了解!」


 アンダーソンは危険な場面になればなるほど陽気になる男だ。別に珍しいタイプでもない。我が隊ではデクレール准尉などもそういうタイプだ。


 基地の外壁から500メートル。すでにアウルの赤外線センサーは赤外線ライトの助けを借りてヴァンパイアの姿を捉えていた。その数はモニターに映っているだけで39体。まだ増えそうだ。


「アンダーソン、我々が戦闘に入る前に、少しでも敵をすり減らしておいて。本隊が戦闘に入れば、確実に近接戦闘に陥るから。近接戦闘になったら、麻痺弾に切り替えて。

 弾薬はありったけ使いなさい。無くなったら、装備科に戻って補給して貰いなさい。装備科が制圧されていなければ、だけど。」

「了解!」


 アンダーソンは口を歪めて笑った。目の前に迫った戦いに陶酔感を感じているらしい。


「撃て!」

 私は命じた。

「了解!」


 アンダーソンの返事とともに、室内にも発射音が響き、40ミリグレネードランチャーと12.7ミリ重機関銃が発射された。


 500メートル先でヴァンパイアが数体なぎ倒される。が、その大部分はよろめきながらも再び立ち上がってくる。頭か心臓を完全に破壊しない限り、ヴァンパイアを即死させることは不可能なのだ。


 我々は下車し、トータスの左右に分かれて戦闘態勢を取った。トータスの車体を遮蔽物として利用するつもりだった。トータスの右、南側にアテナの率いるB班、左、東側が私の率いるA班だ。


「射撃開始、よく狙いなさい!」

 ジェニファーと鏡子を除く班員が射撃を開始した。


 ジェニファーは今日は九ミリパラベラム弾使用のサブマシンガンSMG-1 を持っているが、まだ射程が足りない。

鏡子はいつもの通り、ビブラソードしか持っていない。


カーライル、デクレールと私はカービンで三連射(スリーショットバースト)で射撃した。


 高千穂は.338ラプアマグナムカートリッジを使用する大威力の狙撃銃、SR-5で狙撃している。このカートリッジのセミジャケットホローポイント弾は、ヴァンパイアでも頭か胸に直撃すれば即死させられる。


 我々が射撃開始して間もなく、アテナのB班も射撃を開始した。


 霧はますます深さを増し、肉眼では50メートル以下にまで濃くなっていた。トータスの赤外線ライトの照射の反射光をヘルメット内蔵の赤外線暗視装置で捉えることで、ようやく500メートルまでの視認距離を得ることができた。

 トータスの40ミリグレネード、12.7ミリ重機関銃、AR-4Cカービンの5.56ミリライフル弾、LMG-3軽機関銃の7.62ミリ弾、SR-5狙撃ライフルの.388ラプアマグナム弾、様々な銃声がこだまする。


 敵の先頭が200メートルに近づくまでに私は戦術コンピュータの画像解析プログラムで、敵の損害を計算した。戦闘不能、つまり立ち上がれなくなった者、16体。戦闘可能な者、46体。最初の観測と数が合わないのは、視界外から新たに現れたからだ。


 これまでの我が隊の損害はデクレール准尉が脇腹に軽傷を負っただけだ。


 敵は数の割には銃を撃ってこない。敵は数を頼んでいるだけで、装備、練度はさほどでもないように思えた。しかし、数は力だ、敵は倒しても倒しても後から湧いてくる。


 私はトータスのレーザー送受信機を介して司令を呼び出してみた。


「こちら第一分隊、水無瀬です。」

「ウェアウルフ1、シュナウファーだ。そちらの状況はどうか?」

「16体を処理、残り46体・・・いいえ、51体を確認。我が方の損害、軽傷1名。」

「了解。間もなくヘリ中隊を回す。できるだけ敵を引きつけてくれ。」

「了解。そちらの戦況はいかがですか?」

「36体中12体を処理・・・損害は軽傷4名重傷2名、死亡1名だ。」


「!・・・」


 死亡と聞いて私は声を失った。軍人ならば戦争で死ぬのはやむを得ぬかも知れないが、私は軍人になって初めて、同じ隊の仲間を戦闘で失った。少しでも・・・少しでも味方の損害を減らすことしか我々にできることはない。それには、一体でも多く敵を倒すことだ。


 「第一分隊へ、こちらブラックシャーク1、マクガイア、基地南東方面のヴァンパイアを小隊の稼働全機で掃討する。赤外線ライトを集めてくれ。」


 本部とトータスを中継してレーザー通信が入った。


 汎用ヘリ・ブラックシャークは文字通り、輸送、ヘリボーン、対地支援など装備によって様々な用途に使われる。


今日はおそらく機銃とロケットランチャーを装備しているのだろう。戦闘に集中していて忘れていたが、そういえば、霧のためまったく見えなかったが、ヘリのエンジン音はさっきからひっきりなしに基地周辺と思われる場所から響いていた。地上戦力の手薄な他の地域を支援していたのだろう。


「第一分隊、水無瀬、了解・・・アンダーソン、聞こえたわね?」

「了解。」


 トータスが赤外線ライトを前方のヴァンパイアが集まっている場所に集中させた。


 間もなくヘリの爆音が急に大きくなり、背後から霧を突き破って黒い姿を現したブラックシャーク3機が地上滑走して接近し、我々の背後100メートルから、ロケットランチャーの火煽を花火のように振りまき、三銃身の20ミリ機関砲を連射した。一瞬後、200メートル先のヴァンパイアが密集している場所で、立て続けに激しい爆発が起こった。


 爆発が収まった後、私は再びコンピュータでヴァンパイアの数を集計した。立っている者、23体。今のブラックシャークの攻撃で20体以上倒した計算になる。


「ブラックシャーク1、弾薬補給のため装備科に戻る。健闘を祈る。」

「ありがとう、マクガイア少佐。」


 敵は確実に減っている。大丈夫だ、戦える。私は自分に言い聞かせた。


 しかし、もう一度バイザーのHUDを見た私は愕然とした。


 ヴァンパイアまでの距離150メートル。ヴァンパイアの総数36体。またさらに十数体のヴァンパイアが霧の彼方から現れたのだ。


 私の目の錯覚か、コンピュータの計数誤差か?私は信じられなくなり、トータスの向かい側にいるアテナにレーザー通信で聞いた。


「こちら水無瀬、アテナ、南東方面のヴァンパイアの状況は?」

「はい、総数40,距離100メートル。このままだと間もなく白兵戦に入ります。私は後退したいと思いますが。」


「そうね、でも一度に引いてはだめだわ。時間を稼がなくちゃ。待っていれば、きっと外に出ている分隊が戻ってくるはず・・・

 では、アテナ、あなたのB班は200メートル西に後退しなさい。その間、私のA班とトータスが援護します。」

 考えた末、私はアテナに命じた。


 私はA班に、B班に追いすがる敵に集中射撃を加えるように命じた。トータスのアンダーソンにもそちらの方向の敵を撃つように命じた。しかし、その分我々の正面の敵は我々の方へ猛然と向かってくる。


 私は先刻から戦闘参加したくてじりじりしながら待っていた、ジェニファーと出雲鏡子に出撃を許可した。命令は全面に迫っている敵を阻止すること、ただし深追いせずに離脱すること。


 我先に飛び出していった二人は、敵の先頭集団と白兵戦を展開した。二人の動きは並のヴァンパイアをはるかに凌ぎ、三分間で合わせて十体を始末した。


「アテナ、我々も後退するわ、援護をお願い。」

「了か・・・」


 近くで爆音が響いた後、通信が途切れた。


見てはいなかったが、トータスの方だったような気が・・・気が付くとトータスの赤外線ライトが消えている。グレネードランチャーも機関銃も止まっている。


「アンダーソン、応答しなさい、アンダーソン!」

 私はトータスに駆け寄りながら叫んだ。


車体前面に回ると、前面装甲に穴が穿たれていた。成形炸薬弾頭の貫通孔だ・・・対戦車ミサイルか?もともとトータスは軽合金性で、その装甲はせいぜい重機関銃の直撃を防ぐほどでしかない。しかし、まさかヴァンパイアが対戦車ミサイルを持っているとは思わなかった。だが、ヴァンパイアが武器密売組織と関係を持っていることは以前から知られていた。ヴァンパイアがいずれもっと強力な武器を持つことは当然予測できたことだった。


 思わずトータスの前面に回ったら、当然のことながら敵の弾が飛んできた。私はあわてて地面に伏せ、這いながらトータスの側面の陰に隠れた。


 その時トータスの上面ハッチが開いてアンダーソンがひょっこり顔を出した。


「飛び降りなさい!撃たれるわよ!」

 私が叫ぶとアンダーソンはあわててつまずき、トータスから転げ落ちた。


「どうなったの?」

 私は地面に座り込んだアンダーソンに聞いた。

「それが、どうなったのかわからないうちに、対戦車ミサイルを食らったらしくて・・・」

「被害状況は?動かせない?」

「だめです。コントロールシステムがやられてて・・・」

「マニュアルでもだめ?」

「今の連邦軍の戦闘車両は、製造コスト節約のためにフルマニュアルなんて付いてないんですよ。」

 アンダーソンは天を仰いで言った。


「わかったわ。問題はこのトータスは銃弾の盾にしか役に立たなくなっていて、私たちは何とかして早くここから脱出しないとヴァンパイアに包囲されるってことね。」

「隊長、それは違います。まだこのトータスには使い道が残っています。」

 そういいながら、アンダーソンは後部に回ってハッチを開けた。


「トータスはまだ、武器庫としてなら使えますよ。」

 トータスの兵員搭乗席の上の壁には、各種の武器や弾薬が収納されていた。私はいつも前の車長席に座るので、うっかり忘れていた。トータスから予備の弾薬を補給するような長期戦も経験したことはなかったのだ。


「隊長、ご無事ですか?」

 高千穂中尉が近づいてきて心配そうにいった。私が何も告げずに勝手にトータスに近づいていったので、A班の先任士官である彼が指示を請いに来たのだろう。

「ちょうど良かったわ。A班を集めて。」

「了解。」


 トータスの左後方まで下がっていたA班の残りのメンバー、ジェニファー、鏡子、カーライル、デクレールが間もなく集まってきた。


「デクレール准尉と高千穂中尉はオートグレネーダーに武器を交換して前方の敵に麻痺弾を散布射撃して。」

「了解。」

 二人は早速トータスからオートグレネーダーとベルト式弾薬を持てるだけ持ち出した。


「あの、俺は何を使えばいいですか?」

 アンダーソンが不満そうに言った。

「あ、ごめん、あなた何が使えるんだっけ?」

「いやだなぁ、隊長、俺に使えない武器なんてありませんよ!」

「じゃあ、軽機関銃で支援射撃をして。」

「は、はい・・・」

 軽機関銃は名前と異なり、手持ちで扱うには取り回しに相当な体力がいる。大男のランクエル准尉は楽々と取り回しているが。


「アテナ、聞こえる?」

 私はレーザー通信でアテナを呼んだ。

「感度良好です。現在トータスの後方約二百メートルにいます。」

「われわれはトータスの後部ハッチ前にいます。あなた達はその場で支援射撃を続けて。」

「了解。」


「カーライル少尉、プラスチック爆薬は持っているわね。」

「ええ、持っています。」

「それを全部トータスに仕掛けて欲しいの。」

「全部ですか・・・発火装置はどうします?」

「有線の方が確実ね。」

「わかりました。」


 次に私は前衛のジェニファー、鏡子に目を向けた。

「あなた達は、敵がトータスに接近してきたら迎撃して。敵に包囲されないように、連携して行動するように。」

「了解。」


 霧はさらに深くなってきていた。トータスが擱座して以後、大出力の赤外線ライトが使えなくなり、赤外線暗視装置でも、ヘルメットのヘッドランプを補助光に使っても視界は200メートルが限界となっていた。ヴァンパイアは常人より暗視力に優れるが、赤外線は感知できない。圧倒的な大兵力で押し寄せてくるヴァンパイアに対して、我々に多少なりとも利があるとすれば、多少は遠目が効くと言うことだけだった。


 もうひとつトータスが使えなくなって困ったことは、レーザー通信を中継していた大出力のレーザー発信器が使えなくなったことだった。レーザー通信も直接通信で300メートルくらいが限度だ。従って、本部や他の部署の状況は、まったくわかっていないのだ。伝令を出そうかとも思ったが、13人しかいない隊員を一人でも減らすのはあまりに惜しかった。

(せめて1個分隊でも増援が来れば・・・)

 私は思わず心の中で念じていた。


私はトータスの左右を覗いてヴァンパイアの戦力をカウントした。左右の視界、200メートル以内で総数82体。もはや、これまでが限界だ。


 私は分隊全員に後退を命じた。

「本部まで後退、体勢を立て直します!」


 私とカーライル少尉は殿を務めた。ぎりぎりまでトータスにヴァンパイアを接近させ、敵の損害をできるだけ多くするためだ。


「カーライル、200メートルで点火して!」

 私は必死に走りながらコードリールを引っ張りながら走るカーライル少尉に叫んだ。。


「了解・・・ぐふっ!」

 銃声とともにカーライル少尉は突然くぐもった声を出して倒れた。背中から血を流している。


(だめかも知れない・・・)

 私は直感した。


「て、点火・・・装置・・・を・・・」

 カーライル少尉はかすれた声で言った。


 私は近くに落ちているコードの先に点火装置を見つけた。私はそれを拾ってカーライルに握らせた。


「押しなさい。」

「了・・・解・・・」


 背後から、閃光と爆発音、爆風がやって来た。ヴァンパイアにどれだけの損害を与えたかはわからない。私はカーライルを背負い、走り出した。


 通信手段は失われたが、コンパスだけは作動していた。私は本部の前庭にたどり着いて一息ついた。追ってくるヴァンパイアの姿は見あたらなかった。アテナたちは本部に戻っているのか、司令達は無事なのか?何より、カーライル少尉を医療班に引き渡さなければ。


 霧はますます深く、暗視装置でも視界は百メートル以下に落ちた。


 私は本部の方向に人影を認めた。私はすかざずカービンを構えて警告した。


「十秒以内に地面に伏せて手を頭の後ろに組みなさい!」

「あたしよ、リョウコ。」

 私のよく聞き知った声が答えた。


「ミラルカ!」

「リョウコ、無事だった?」

「ミラルカ、あなた、どうしてこんなところにいるの?体は大丈夫なの?」


 私はミラルカに近づき、バイザーを跳ね上げて肉眼でミラルカの姿を見た。ミラルカはまだ夢見るような表情のままだ。


「外で、負傷者が出ているみたいだから何とかしなくちゃと思って・・・」

「確かにあなたの勘は当たっているわ・・・私の分隊のカーライル少尉よ。胸を撃たれたの。助かるかしら?」


 ミラルカはかがみ込んでカーライル少尉を診察した。

「気の毒だけど、手遅れね。」

 ミラルカは感情に乏しい声で診断を下した。

「・・・そう。仕方ないわね。」


 予想はついていたが、部下を失ったことは正直言っ

て堪えた。私が無理な命令をしていなければ・・・いや今更言っても仕方ない。


「リョウコ、それより、気を付けて、後ろ・・・」

 ミラルカに言われてバイザーを下ろし振り向くと、視界内には5体のヴァンパイアが迫っていた。


 私はカービンを構えて先頭のヴァンパイアに狙いを付けた。その距離50メートル。

 ヴァンパイアは全力疾走で距離を詰めてくる。私は先頭のやつの胸を狙ってフルオートで射撃し、撃ち倒した。すかさず、2体目に狙いを定めて撃った。2体目も倒れる。その直後、私は右太股に拳銃弾を受けた。


 3体目はサブマシンガンを構えて迫って来る。私は痛みを堪えて体の向きを変え、片膝を付いて3体目にカービンを撃ち込んだ。弾倉が空になるまで撃ち込んだ後、3体目は倒れた。

 4体目は拳銃を構えて向かってきた。私の左の上腕部に被弾した。距離はわずか数メートルしかない。私は.45ACPオートマチックを抜き、胸に全弾撃ち込んだ。ヴァンパイアは胸から血を溢れさせて崩れ落ちた。あと一1体。


 しかし、最後の1体は私ではなく、ミラルカに向かっていた。ミラルカはおそらく武器を持っていない。


 ヴァンパイアはナイフを抜いてミラルカに襲いかかった。ミラルカは精神失調が続いているのか逃げようともしない。ヴァンパイアのナイフはミラルカの左前腕分をえぐった。白衣から血がにじむのが見える。さらに、バンパイアはミラルカの右腕に噛み付いた!


 噛まれた、ミラルカがヴァンパイアに!ウイルスが感染するかも知れない!


 私はショックに気が動転していた。だが、その直後に起こった出来事はそれ以上にショッキングだった。


 右腕にかみついたまま離れないヴァンパイアの胸をミラルカは膝で蹴り上げた。ヴァンパイアに深く咬まれていた右腕の白衣とブラウスの袖が引きちぎられて、白く滑らかな肌があらわになった。ヴァンパイアは10メートルも弾き飛ばされて、仰向けに落下した。ごふっという音とともに喀血し、それきり動かなくなった。


「ミラルカ、怪我を・・・早く治療しなければ・・・」

 ミラルカの白い腕にはヴァンパイアの残した噛み痕から血が滲んでいた。

 ミラルカがヴァンパイアウイルスに感染するかも知れない・・・そんなことが!


「心配いらないわ。」

 ミラルカは抑揚のない声で答えると、白衣の裾をまくり上げて、両腕に滲んだ血を拭き取った。信じられないことに血を拭った後のミラルカの滑らかな白い肌にはひとつの傷跡も残っていなかった!


そんな馬鹿な?ヴァンパイアの噛み傷は、袖を引きちぎるまで離れなかったほど深かったはずだ。いや、膝蹴りの一撃でヴァンパイアを即死させるなど、ワン中尉でもできるかどうか。小柄な少女のミラルカにそれほどの怪力があろうとは・・・まさか、まさかミラルカは・・・


「ミラルカ、あなた、まさかヴァンパイアなの?」

 私の声は震えていた。ミラルカは私を振り返り、こくりと小さくうなずいた。


「そんな・・まさかそんなことが・・・」

 私は無意識のうちに銃をミラルカに向けていた。


「待ちたまえ、水無瀬少佐、このミラルカは君たちの言っているヴァンパイアとは違う。」

 突然近くでしわがれた低い声が聞こえた。私は思わず周囲を見回した。しかし、ここに立っているのはミラルカと私だけ、倒れているのはヴァンパイア5体とカーライル少尉の遺体だけだった。


「私だ。ジーベンベルクだ。」

 話しているのはミラルカ自身だと私は気付いた。しかし、その口調も声音もいつものミラルカとも最近のミラルカとも違う。老人のそれを思わせた。


老人・・・私はひらめいた。ミラルカの口でしゃべっているのは、ミラルカの人格ではない。だとすれば・・・


「あなたは、ひょっとして、メルキオール・ジーベンベルク博士ではありませんか?」

 私はミラルカに話しかけた。ミラルカは小さく頷いた。


「その通り。ミラルカの口を借りてしゃべっている私はメルキオール・ジーベンベルクの意識だ。」

 なぜ、すでに故人である博士が孫であるミラルカの口を借りてしゃべっているのだろう?憑霊現象というものか?


「もちろん、私の肉体はすでにこの世を去っている。今話している私はミラルカの潜在意識に受け継がれた私の記憶が形成している擬似的人格だ。」


 私のとまどいを見透かせるようにメルキオール・ジーベンベルク博士は語った。


「我々一族は、人類の亜種として太古の昔から存在してきた。我々には肉体の不死身性とともに、先祖の記憶を代々受け継ぐ能力を持つが故に深い叡智を蓄えて来た。

我々は人間には畏敬の念を持って扱われたが、長い年月伝承されるうちにそれは変化して伝説の吸血鬼ヴァンパイアとなったのだ。

 しかし、我々は伝説のヴァンパイアとは違う。『真祖』あるいは『元祖』のヴァンパイアと呼ばれ伝えられるのが我々だ。ただ、我々の血が不死身性を人間に伝えることは古くから知られていた。人間からあがめられ、貴族としての待遇を受けていた我々の先祖は優れた医者でもあったが、不治の病や大けがをした人間を助けるために、血を分け与えたこともあった。それが吸血鬼の伝説につながったのだろう。」


「その『真祖』のヴァンパイアはどのくらい現存するのですか?」

 私は聞いてみた。ミラルカの様な存在が世界にどれくらいいるというだろう。


「極めて少ないな。『真祖』の繁殖力は極めて低い。時とともに人間と混血していったものも多い。純血の『真祖』の一族は私が直接知っているのは私の一族だけだ。現在生きている『真祖』は私が知る限り、このミラルカだけだ。」


 私はその時ようやく思い出した。ミラルカという名前は女吸血鬼カーミラのアナグラムだったのだ。


「1ヶ月くらい前からミラルカはおかしくなりました。それはどうしてでしょう?」


「ドクター・マクドナルド追跡行の時からだな。ミラルカはあの時私の記憶の断片を思い出してしまったのだ。」


「ミラルカは、四十年くらい前のことと言いました。」

「それは私の犯した過ちだ。第三次大戦後、放射能汚染と核の冬のために人類は絶滅の危機に瀕していた。私はそれをくい止めるために、先祖がしたのと同じことをしようとした・・・」


「まさか、それは・・・」

「そう、ヴァンパイアウイルスだ。私自身の遺伝子をウイルスに組み込んで実験志願者に感染させた。しかし、私の予想に反して罹患者は性格を一変させ、正常人を襲おうとするようになった。私はウイルスを抹消しようとしたが、すでにウイルス罹患者は行方を消していた・・・その後のことは君もよく知っているだろう。」


 私はメルク・ジーベンベルク博士が明かしたヴァンパイアウイルス誕生の事実に衝撃を受けた。「ヴァンパイアウイルス」とは文字通り、「真祖」のヴァンパイアの血を受けて生まれたものだったとは。


「私はそろそろ眠りに就く。ミラルカの顕在意識が覚醒するまでこの子は一時意識を失うが、心配はない。目覚めかけていた私の記憶の一部も眠りに就くだろう。もう一度目覚めたときのミラルカは君が知っているとおりのミラルカに戻っていることだろう。」


「もう行ってしまわれるのですか?ミラルカに直接話してやれないのですか?」

「それはできない。だが、我々は悠久の太古の祖先からこの子の両親に至るまで、我々の血を継ぐ者達は皆、いつもこの子とともにある。」

「ドクター・ジーベンベルク、せめてミラルカに伝言を・・・」

「ありがとう。水無瀬少佐。それでは、私の犯した罪をお前が贖ってくれと・・・」


 ミラルカの体は突然崩折れかけ私は彼女を抱き止めた。ふと周囲に意識を向けると、基地の南東方面―我々が闘っていた場所から激しい爆発音、銃撃音が響いてきているのに気付いた。もっと前からしていたのかも知れないが、ミラルカの祖父、メルク・ジーベンベルク博士の話に気を取られていたのだ。


 我々の分隊はとっくに撤退した。と、言うことは他の分隊が帰還して戦闘参加していると言うことだ!私はとりあえずミラルカを抱いて本部に戻った。医療室にミラルカを送ると、医療室では多数の負傷者が手当を受けていた。私も応急手当を受けた。ミラルカは気を失っているだけだから放っておいて大丈夫だろう。


 司令室に入るとパク参謀と数人のオペレーターが残っていた。

「司令に連絡は取れる?」

 と聞くと、古賀浩美中尉が、

「はい、今すぐ。」

 と言って、回線をつないでくれた。


「シュナウファーだ。何をしていた?」

「部下とドクター・ジーベンベルクの救助に手間取っていました。状況を教えて下さい。」

「君の分隊はヘレーネ大尉の指揮で北西方面で闘っている。北東のヘリポートには第四分隊と戦闘中隊本部がアウルに乗ったまま強行着陸して周囲の敵を排除している。南東方面には第二分隊と第三分隊が来援してヴァンパイアを包囲している。全戦線で我々は優位に立っている。北東と北西の敵は撤退を始めたと報告が入っている。」


「では、私は第一分隊の指揮に戻ります。」

「待ちたまえ、君は負傷していると連絡が入っている。本部で待機したまえ。」

「・・・了解。」


 戦闘は徐々に下火になった。私は医療棟でミラルカに付き添っていた。


 2月15日4時44分、戦闘は終了した。さらに5時25分、無線通信も回復した。連邦空軍は所属不明の電子戦機五機を撃墜したと報告した。


 正確な情報がわかると、昨夜の戦闘が「銀の剣」開隊以来最大の激戦だったことがわかった。

来襲したヴァンパイア延べ237体。うち204体を処理、16体を捕獲。我が方の損害は、負傷42名、戦死15名。


我が分隊では、軽傷が私を含め6名、重傷4名、カーライル少尉とワン中尉が戦死と、ほとんどの隊員が損害を負った。カーライルはトータス爆破の直前ライフル弾を背中に受けて死亡、ワン中尉はB班が撤退するとき、殿を務めてヴァンパイアに包囲されて戦死したらしい。


 6時過ぎ、病室にサイモンセン大尉が入ってきた。


「血のクリスマスの次は血のヴァレンタインになってしまったな。」

 ヴァンパイアの血を浴びたらしい戦闘服でサイモンセン大尉は言った。


「次は血のイースターかしらね。」

 私は、まぜっかえした。


 その時、ミラルカが目を覚ました。


「死んだのね、たくさん。私は何も役に立てなかったわ。」

 ミラルカの目の色は透明なサファイアのブルーに戻っていた。その目から涙が溢れた。


「ミラルカ、伝言があるわ。あなたのお祖父様から。」

「え?」

「お祖父様の罪をあなたが贖ってくれと。」

「・・・はい、わかっています。」

 ミラルカは微笑み、小さくうなずいた。


「彼らの血を贖うことはおそらく、血を継ぐ者にしかできないのだから。」

 私はつぶやくように言った。

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