【一章】片思わない始まり⑨
彼女は複雑な表情で近づいてきた。
そう。上原さんこそ。
正体「Xさん』だったのだ。
「幸平さん…、ごめんなさい。怒ってますよね」
上原さんは目を合わせずに俯いている。
「違うよ。助けようとしてくれたことにお礼を言いたかったんだ。本当にありがとう」
僕は深々と頭を下げる。
「いいえ、結局は助けることもできなかったのですからお礼なんてされても困ります…」
「そんなことはないさ。あの日君が通報してくれなかったら今頃どうなっていたかわからない。本当にありがとう」
「…そ、それでもやっぱり私は。お礼なんてされるようなこと」
「僕がしたいからしたんだよ。だからこれでおしまい。さぁ、早く帰ろうか」
「待ってください。そもそも、なんでこんな回りくどいことをしたのですか?」
「…というと?」
「さっきの七不思議の件です。きちんと暗号になってたではないですか。
…これを作ったの幸平さんですよね?」
学園七不思議その正体について。
「そうだよ。僕が全校生徒に向けて送ったのさ。わかる人にだけわかるようにね」
「あんなの暗号。ほとんどの生徒はわからないですよ。私も見逃す所でした」
どうやら苦戦したようだ。
「それでも、君はこの『音楽室』へやってきたじゃないか。だから結果オーライ」
「ですが、まるで最初から私が来るのをわかっていたようではないですか」
嵌められたとでも思ったのだろうか?
それは申し訳ないな。
「確信は五分五分だったけど、上原さんだったらと賭けてみたんだ。そうそう、
…あの後、『テントウ』は見てくれたかな?」
「いいえ、ただこのメモだけは持っています」
折り畳まれた一枚の紙を出した。
「すごいよ、それだけでわかるなんて。上原さんは、探偵の才能があるよ」
彼女が持っている紙は僕がさりげなく残したダイイングメッセージみたいなもの。
「美術室に『絵』を戻してる途中に『絵』の額縁に挟まっているのに気づきました。幸平さんに渡されるまではなかったので幸平さんが黒幕であると確信しました」
「黒幕って人聞きが悪いよ。でもあながち間違ってはいないから否定のしようがない」
「…『テントウ』に何を書いたのですか?」
「見てみなよ」
僕は彼女に『テントウ』を見るように促す。
「こ、これは…」
『テントウ』に、
僕が書き込んだのは以下の文章だ。
『学園七不思議を投稿した者です。
これはあくまで伝承ですから、真に受けないようにしてください。
以下の文章に該当する人はメッセージに従ってください。
それでは、お騒がしてすみませんでした。
【本文】
じ ぶんがのぞむ
こ いのねがいに
もく らきか
げき せつをめぐるてんしのし
しゃ がまいおりたるふく
いん がのぞみかなえる。
がっ きはななつのばしょへつながれ
しつ ぼみをさかせる
で あろう。 中略〜。
ま え。さすればねがいはかなえられ、
つ きがみえたるところでむすばれるだろう。
事 分が望む、
故 いの願いに
目 らきか
撃 せつを廻る天使の使
者 が舞い降りたる。福
音 が望み奏でた
楽 器は7つの場所へ繋がれ
室 ぼみを咲かせる
で あろう。中略〜。
待 え。さすれば願いは叶えられ、
つ きがみえたる所で結ばれるであろう。
』
「『事故目撃者音楽室で待つ』…、ですか」
「そう。縦読みの文章なんて安直だけど、気がつく人はすぐにわかるでしょ?」
「これならほとんどの人がわかりますね。私の渡されたメモはこれより少し捻ってあるものでしたけど。同じ答えになりました」
「さて、…このふざけたミステリー劇は終わり。僕はね、上原さんにお礼するのと。
もう一つ伝えたいことがあるんだ」
僕はゆっくりと彼女に近づく。
「な、なんですか?伝えることって…?」
夕方だからか彼女の顔が真っ赤に染って戸惑っているように見える。
「僕、上原さんに興味があるんだ。
だからもっと君のことが知りたい!」
「えっ!そ、それって。どうゆう意味ですか?」
赤らんだ顔がより濃くなった気がした。
「どうゆう意味だろうね?当てられたら答えてもいいよ」
僕はいたずらっ子のように惚けて見せる。
「え、そ、それは…えっと、その」
どうやら、口には出しづらいことのようだ。
「さぁて!帰ろうか。明日も登校だし。いこう!上原さん!」
僕はピアノに置いたカバンを取りに戻り、音楽室を後にする。
「まっ、待ってください!幸平さん!」
上原さんも、僕を追いかけてこの場を後にした。
音楽室には、静寂と夕焼けの明かりが照らされて二人の時間を残し、ただ時計だけが刻々と進み続けるのだった。
あの音楽室。
かなり絶好の良い雰囲気で悪くなかったな。
きっと『片思い』をしていたら、あの場で告白の一つでもしていたことだろう。
しかし、今まで幾度となく玉砕してきた。
僕は同じ過ちを繰り返さないし、
失敗の経験でわかったことは何度もしてたまるか。
やることは決まっている。
今年こそはなんとしても正式な彼女を作り。
人生を薔薇色に染めてやるのさ!
さぁ、これから僕の『片思わない』、
新たなスタートの幕が上がるのだった。
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