【一章】片思わない始まり⑤

「で?相談って」


僕は改めて聞く。

相談内容の詳細を。


「だから言ってるでしょ。三年の真部(まなべ)先輩が好きだから、付き合うために手を貸してよ」


「しらん。僕そもそも先輩と接点ないはずだけど」


僕はそんな先輩について知らない。

そう。知っていても知らないと白を切る。


「何言ってるの?先輩とは、去年の体育祭で仲良くなってたじゃん。しらばっくれても意味ないからね」


うっ、なんでそんなこと覚えてるんだよ。

そもそも、真部先輩とは三年の中で高校一のイケメンと言われてる人だ。

真部優一(まなべゆういち)。

学力も総合一位。陸上部のエース。いわゆる文武両道を体現しつつ、女子からの人気も高い。モブとは縁遠い存在。


実は体育祭のときにちょっとしたことで、力を貸すことがあり。

それ以来、なぜか向こうから絡まれることが増えた。

ただそれだけの関係。

イケメンであるだけで罪だというのに、それ以上何を得ようというのか?


ていうか、真部先輩は彼女持ちだったような?


「なあ、久坂。先輩って彼女いたはずなんだけど…」


「知ってる。でも好きになったんだから仕方ないでしょ…、何度も言わせないでよ」


髪を人差し指で巻きながら、もじもじとしている。恥ずかしいなら言うなよな。

こっちまで緊張するじゃないか。


しかしだ。この子、茨の道へ自ら進むことはやめないつもりのようだ。

なんという決意!それは褒めるべきことだろう。


僕も似たようなことをしていたからわかる!

持たざるものは眩き輝くものに憧れてしまうものなんだ。


「いいだろう。十中八九失敗するとわかっているけど。僕もやれることがあるかもしれない。ほどほどに手伝おう」


「何言ってるの?成功するか諦めるか、以外はないよ。これ、強制だから」


「えっ、じゃあ面倒だし。いいや。とりあえず応援はしておくから」


僕はそそくさと帰る準備をする。


「ほんとうにそんなこと言っていいのかな?」


唐突な挑発と余裕のある態度が僕を静止させる。


「なん、だと?」


いったい何が言いたいんだろう?

彼女の意味深なセリフに身構える。


「これよ」


彼女はスマホを取り出し、画面を見せてきた。

そこに映っているのは音声メモ。


一体なにかを聞こうとした瞬間だった。

彼女が画面を操作し、音声が再生された。


『…、僕と、僕と付き合ってくだぁさーい!

…、ちがうな。…、こうか。

僕たち、付き合わない…、かい?

…エレガントすぎるかな。ならば、

ちょっと付き合ってみない?僕とさ。

うーん、軽すぎるだろうか…なら…、』


「すとぉーーーっぷ!!!!!」


図書室の中では出してはならない声量で、

必死に叫びそれ以上の継続を阻止する。


「これは、あなたの告白練習している音声だよ。どう、意味はわかるよね?」


「ひ、卑怯だぞ!公開処刑した挙句、弱みに漬け込むなんて…どんだけ必死なんだよ!」


「う、うるさい!とにかく、ばら撒かれたくなかったら従うこと!お願いじゃないよ、強制だよ」


なんてやつだ。

この音声の出所は美術室。

僕は美術部に所属していて、一応部員活動に精を出している。

この日は部活も休みだったので、誰もいないことを確認した上で練習していたのに。


まさか、盗聴されていたとは。

僕としたことが…。

…盗聴?


「おい、久坂。ひとついいか?」


「なーに?もしかして、懇願かな?まさか!土下座でもするの?!そんなことしても消さないよ」


煽ってきているようだが、僕はそんなことでは動じない。


「いや、違う。なんて言うかさ。僕、その日しか美術室で練習してないんだよねぇ」


「それがなにか?言っておくけど、告白練習をしてるところなんて他にもあるんだけど」


「ほぉう、たとえば?」


「たとえば、一年の秋ごろに音楽室で演奏の練習とかいう理由をつけて、告白練習や告白場所に使ってたり、冬のときなんて実験室でストーブ焚きながら一人でこそこそ告白文章を羅列してたり、ばっちり撮影してるんだから」


「うんうん。その撮影ってどうやってしてるんだい?」


「どうやってって、空いてる隙間からカメラで撮ったり、来るとわかってれば隠し撮りをしてるよ」


「それって、僕許可出したっけ?」


「何言ってるの?資料としての撮影ならいいよっていうから、手当たり次第に撮影してるだけだよぉ?」


「それ美術室の中だけに限るって、言わなかった?」


「そうだっけ、ごめんなさい。覚えてないなぁ」


「今までにどんだけ撮ったんだ?」


「ええっと、多分500ちょいかな」


「いや撮りすぎだろぉう!まさかとは思うけど盗撮魔かストーカーだったのか!?いくらなんでも限度があるだろぉ!」


「何言ってるのよ!平くんをみたらとにかく撮影しているだけであって決して他意はないよ!」


「大アリだろ!大体その音声だって、元を辿れば動画から、音声だけ抜き取ったものだろ!?」


ギクッ

どうやら図星のようだ。 


「やっぱりな。さあその音声を消すんだ」


「イヤだ!これは私がデッサンで使うための資料なんだから渡すわけないでしょ!」


「使用範囲にも限度があるだろうよ!ずっとプライベートを撮影されてたと思うと、さすがに引くぞ」


「そんなわけないでしょ。ひ、必要かなって思ったこと以外、さ、撮影なんて、し、しないよ?」


久坂の目線が怪しい。

僕は全力で目移りしていた方へ片足のみで駆けた。


「まって!それはだめ!!!てか、怪我してるのに速すぎない?」


僕は本の山に隠れている撮影ビデオを見つけた。


「これ、どういうこと?」


クロ確100%の証拠品を抑え、

容疑者に問い詰める。


「な、なにかな?わたしじゃないよ。お、落とし物かもね。私、落とし物入れに置いてきてあげる。…だから渡して…」


「落とし物、か。じゃあついさっきまでの撮影データは不可抗力で写ってるだろうし。全部リセットしておかな…」


「ま、まって!お願いだから!それは返して!その中にはまだたくさんの資料が…」


縋りついて懇願してきた。

みっともないと思わないだろうか?


「だったらその音声。

全部、今、消して。あとバックアップもあるだろうから。今後復元しないために、今ここで宣誓してもらうか」


「宣誓?」


「今L○NEで送ったから、それを読み上げるんだ」


「う…、」


「どうした?もう一度送りなおした方がいいなら何度でも送るけど」


「い、言えばいいんでしょ!んんっ!

『私、久坂凛子は平幸平様に多大なるご迷惑おかけしてしまいました。心より謝罪いたします。つきましては、このようなことが二度と起きないよう。再発防止のためにこの音声を残します。私、久坂凛子は資料集めとはいえ、無断で人のプライバシーに踏み込み平様に大きな傷を負わせました。本当に申し訳ありませんでした。今後はそのようなことがないように再発防止のためこの音声を私への戒めの罰とし、健全な学校生活を送ることを誓います』」


僕は彼女の宣誓を録音し、チェック。

きちんと彼女の端末からデータが消えたことを確認した。


「うん。いいんじゃないかな。噛まずに全部いえたね。すごいな」


「何関心してるのよ!あーあ、弱みもなくなっちゃったし、どうしよぉ」


「何言ってるんだ。先輩との恋路は手伝うよ」


「え?そうなの」


「久坂のさっきまでのことは、ちょっとよくわからないけど。恋の方は、本当みたいだしな。恋する乙女に手を貸すのはやぶさかではないよ」


「平くん、ちょっと気持ち悪い」


僕もサラッと言ってて、恥ずかしいんだから深掘るなよ。


「るっさい、やるのかやらないのか?」


「やるよ。だから力を貸して」


「あぁ、任せておけ」


こうして、僕は久坂の恋愛を手助けすることになった。

いったいどうなるか不安だけど、

というか間違いなくダメだろうけど。

熱心でひたむきな姿はみていて悪い気にはならない。最大限力になってあげよう。


「ねぇ。平くん」


「なんだい?久坂」


「今からコウヘーって呼ぶから、私を凛子って呼んで」


もじもじしながら、謎の呼称変更の提案を申し出てきた。


「唐突だな。どうしたんだよ急に」


「いいじゃん。もう一年もいるんだし。

いつまでも苗字のままっていうのもなんか違うしさ」


確かに、いつまでも苗字のだけの呼び方というのも距離があるか。


「まあ、同じ部活だしな。わかった、そうするよ、ええっと、凛子」


「…!」


久坂がぴくっと驚いている。


「どうしたんだよ、固まって」


「な、なんでもないよ。…そうそう!私この後用事あったんだった!もう帰るね。明日からよろしく!またねコウヘー」


ドタバタして彼女は図書室から去っていった。

なんだったんだろう。

なんか、終始振り回されていた気がする。




久坂凛子は図書室を閉めて、一息つき。

下駄箱のあるロッカーへ向かう。


『ふぅ。なんとか言えた。これで、口実ができたかな。先輩には悪いけど、私は私のためにやらないといけないんだ』


私は胸元にあるペンダントを取り出す。


『必ず私が一番になるから、待っててね、コウヘー』


私は嬉しさを滲ませて。帰りは鼻歌混じりで帰った。




その頃。


いや待て。

今まで通りに話していたけど、よく考えてみたらこれは久坂と、違った。

凛子との、秘密の共有というやつじゃないか!


そうか。実は凛子が『方思わない作戦』のターゲットになっていたということか。


よし!凛子も『方思わない』ように、心がけておこう!


それにしても、凛子も『Xさん』ではないようだった。

いったい誰なんだろうか?

謎は深まるばかり。


まあそう簡単に見つかるわけないか。

千人は超えている女子生徒の中から、

一人を見つけようってのだから簡単じゃない。


しかし!諦めるわけにはいかない!

これからの『方思わない作戦』の一人に入ってる以上は!

それにお礼もしていないじゃないか!


まだ初日だ。焦らず行こう。

けれどなにか、いい方法はないだろうか?


僕は図書室の掲示板にたまたま目を移した。

そこには、学校専用のアプリができたとの周知だった。


そういえばそんな書類とかあったな。 

これからは学校支給の電子端末による授業に切り替えるとか。紙でのやりとりは減らすとかなんとか。


アプリにはプライベートや学校の悩み相談室とかいろいろあるみたいだ。


学生内の掲示板フォームから、生徒に周知することもできるのか。なるほど。


………。

こ、これだーーー!!!


僕はさっそく。自分の端末にアプリをインストールし、書き込みを行う。


これでよし!

あとは明日が来るのを待つだけ。


待っててくれよ、『Xさん』!

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