【一章】片思わない始まり④
「みなさん、はじめまして。上原桜子といいます。こちらに編入する前はフランスの学校に通っていました。新しい環境に慣れないこともあると思いますが、皆さんとの学園生活で一緒に素敵な思い出をつくっていけたらと思っています。どうぞよろしくお願いします。」
帰国子女だったのか。
それは知らないわけだよ。
丁寧な物腰で挨拶を終えた彼女。
頭を上げて笑顔を向けてくる。
クラスのみんなの意識は彼女に目を奪われていた。
僕の自己紹介なんてもう頭にすら残っていないのかも知れない。
彼女がすべて掻っ攫ってしまったから。
助かったような、少し悲しいような。
「はい!上原さん。自己紹介ありがとうね!上原さんの席は後ろの平くんの隣ね」
「はい」
えっ?隣?
そういえば隣の席が空いてるってのはそういうことだったのか。
うっかりして隣の席にカバンやら荷物を置いてしまっていたので、バレないようにすぐ片付けた。
「おはようございます。平さん、先ほどぶりですね」
「う、うん。よろしくね。上原さん」
彼女は微笑みを浮かべ。
指定された席に座る。
すると、彼女は手招きしてきた。
何かと耳を近づける。
「さっきの自己紹介、面白かったです。私もポ○モンのピ○ピ好きですよ。可愛いですよね」
近い!きれい!まつ毛長!いい匂い!同じものが好きってそれはもしや!
…おっと落ち着け。僕。
『方思わない』のモットー。
『余裕のある男であれ』だ。
平静を保つんだ。
「ありがとう。上原さんがきて、みんな僕の紹介は頭に残ってなさそうだけどね」
「そうでしょうか?私はあの途中にあった回文を訛り言葉で濁して笑いを誘うのはなかなかに面白い試みだと思いますよ」
え!僕の自己紹介をあの一瞬で理解したというのか!?
解説しよう。
ポ○モンの件はさておき。
あの時訛った喋りをしたのは回文という。
いわゆる上から読んでましたから読んでも同じに読み方になるという。文のこと。
このように読んだ。
『クラスのみんなには、この怪我で迷惑かけるけ、かくわい、めでがけのこ、とがぁ、多くなるかもしれませんがぁ。』
と。
この文の、
『この怪我で迷惑かけるけ、かくわい、めでがけのこ』
というところを下から読むと。
『このけがでめ、いわくか、けるけか惑迷で我怪のこ』
これを日本語だけに直すと。
『このけがでめ、いわくか、けるけかくわいめでがけのこ』
となる。
そう!あの自己紹介は自分の名前と、回文を織り交ぜて、二重の韻を踏むというわかる人がほぼいることはないだろうと思いついた、ただの自己満紹介だったのだ!
それを彼女は見抜き、評価してくれるとは。かなりのツワモノとみた!
ますます、彼女に『片思わない』ようにしなくては。
「僕の自己紹介をわかってくれる人がいるなんて。今日まであっためてきてよかった」
「でもあの回文かなり強引でしたね。無理やりというか、こじつけ?のような、意味は全くわかりませんでしたが」
グサッと心の傷を抉られる。
それは気にしてたんだよぉ。
「うっ!まあその…。そう!あの回文を使ったのは一体どれだけの人が理解できるのか試そうとした僕なりの謎かけみたいなものなんだ」
「さすが、私立の大高校。そういう知的なやりとりをされてるんですね」
なんか納得してくれたみたいだ。
セーフ。
「そ、そう。…だから上原さん。君には見込みありとみた。この私立校の競争に見事打ち勝ってくれたまえ」
「はい。ありがとうございます」
くそぉう。なんとかそれっぽく誤魔化したけど、このままでは僕は変人扱いだ。
あとで挽回するとしよう。
先生のホームルームもいつのまにか終わり。
僕らはその日の授業に励むのだった。
時間は経過して、昼休みの時間。
昼食はこの怪我でいつものスポットに行けないので、仕方なく自分の席で食べる。
そうそう。隣の席の上原さんはこの数時間の間でクラスの人気者として名を広げていた。
今彼女は購買へ行ったらしい。女子の取り巻きに囲まれて楽しそうにしていた。
帰国子女でみんな目新しいから興味があるのだろう。
わからなくはないけど、みんなグイグイいくよなぁ。まあ、僕の『方思わない計画』の支障にならないようにしてくれるなら別にいいんだけど。
「よう!コウヘー。自己紹介なんかよくわかんなかったけど、面白かったぜ。ユズハなんて腹抱えてだぞ」
どうやらコイツには通じないものだったようだ。まあ気にしてないけど。
でも、ユズハがウケてたのは意外だ。あとでいじってやろう。
「にしても珍しいな教室でメシなんてよぉ!一緒に食おうぜ」
「昼くらい一人で食わせてくれてもいいだろう」
「そういうなって。ほい。机少しあけてあけて」
ユウスケは自分の椅子を持ってきては、席の陣取りを強行してきた。
「相変わらず、強引だな。いいのか、他の女子と一緒に食べたりしなくてさ」
「いいのいいの、今日はコウヘーと本年度初めてのランチなんだからさ!」
「うわ、なにそれひくわ。いろいろ大袈裟すぎだろう。頼むからランチの時間は騒がないように首輪をつけてステイしててくれ」
「オレは躾のなってないペットじゃないんだがな…、まあ一緒に食う以外にも伝えておくことがあってな」
「ん?伝えておくこと?」
なにやら、重要な話ようだ。
もしかしたら『Xさん』の情報である可能性が?
「そうそう、コウヘー宛の学校書類とクラス委員の仕事」
なんだよ。そんなことか。
ん?はい?委員の仕事?
「なんで僕がクラス委員なんて。聞いてないぞ」
「それはそうだ。入学式初日に決まったことだからな。満場一致で決まったぞ」
絶対やりたくないから余ったな。
「おいおいまさか、「一人寂しくクラス委員をやってください。あとはよろしくじゃあね」ていう丸投げスタイルか?それは薄情がすぎるだろう。まったく仕事をふるにしても雑やしないか」
「別に一人でやるわけじゃないぞ。花咲(はなさき)がクラス委員長。コウヘーが副委員、ついさっき書記は上原さんに決まった」
上原さんも、クラス委員か。
これは願ってもないチャンス!
いい仕事をしてくれたじゃないか。
珍しく僕は目の前にいる男に心からの礼を念で送った。
「てか、花咲ってだれ?」
そう。知らない人の名前だ。
無理もない。
「そうだよな。初めて顔合わすんだっけ。おーい。花咲〜。ちょっときてくれ」
まさかとは思うがコイツ、クラス全員の名前と顔がもう一致してるとかいわないよな?
そんでクラスの連絡先みんな持ってるんじゃないだろうな?
この幼馴染のコミュ力と行動力に驚きを隠せない。
すると花咲と言われてこちらに歩み寄ってきたのは、メガネをかけていかにもな雰囲気を醸し出している、委員長その人だった。
「初めまして、花咲です。平くん相談もなく勝手に決めてしまってごめんなさい」
出会いそうそうの謝罪。
真面目そうな人だなあ。
固い感じだけど、悪い子ではなさそう。
「いやいや、頭上げてよ花咲さん。
その、別に嫌だってわけじゃない。説明が欲しかったなって思ってるんだけだよ」
なんとか頭を上げてもらうために言葉を尽くす。
「本当にいいの?委員の仕事、それなりに多い方だけど」
「もう決まったことなんでしょ。なら仕方ないさ。それに花咲さんが委員長なら安心して委員の仕事もできそうだし、むしろ安心したよ」
僕は真面目な彼女をみたときの素直な感想を伝える。
「そう。そう言ってくれるならこのまま任せるわね。改めてよろしくお願いします。平くん」
「こちらこそよろしく。花咲さん」
僕らは握手を交わした。
花咲さんが本当に頼りになりそうなのは事実だから委員会の仕事もなんとなりそうだ。
ただサボるのは難しいかもしれない。
「あれ?平さん何をされてるんですか?」
どうやら、上原さんが戻ってきたみたいだ。購買で買ってきた昼食の袋をぶら下げている。
教室で食べることにしたんだね。
「上原さん。クラス委員の花咲です。平くんとは、クラス委員の件でお話ししていました。上原さんも書記として活動していただきますから改めてよろしくお願いします」
僕の代わりに真面目委員長の花咲さんが解説してくれた。圧倒的感謝!
「こちらこそ、よろしくお願いします。花咲委員長」
上原さんの曇りなき笑顔が花咲さんに降り注いだ。
「は、花咲委員長…。う、うん。もちろんよ!一緒にクラスを盛り上げましょう!」
「はい!もちろんです!一緒に頑張りましょう!」
こりゃ、花咲さん。委員長呼びで感動していらっしゃるみたい。上原さんの笑顔にも圧倒されたようだな。
さて、僕はこの場にはお邪魔かもしれない。
トイレにでも行こうかな。
「平くんにも頼んでよかったわ。木下くんが推薦するだけあって頼れそうね。それじゃあ平くん、放課後に委員の打ち合わせあるからよろしくね」
花咲委員長は、用事があるとのことで教室を後にした。
…えっ!ちょっと。推薦?どゆこと?
事態が読めない僕は。ただただ彼女の後ろを見るほかなかった。
いつのまにかユウスケがいなくなっていた。
アイツあとで覚えておけよ。
というか放課後は『手紙の主』と会わなくてはならないんだ!
どうするか、あれだけ期待されてるのに初日からサボったなんて言われたら目も当てられないじゃないか。
僕は自分の席で頭を抱える。
「平さん、平気ですか?どこが痛いのですか?」
こんな時でも上原さんは、優しくしてくれる。なんて気の利く人なんだろう。
きっと転生した女神とかに違いない。
「じつは放課後はどうしても外せない用があって、委員の仕事を欠席したいんたけど…」
「委員長にあれだけのことを言われて、いうに言えないと」
「さすが上原さん。理解が早くて助かる」
「それじゃあ、私が代わりに平さんの分も聞いてきますよ」
「えっ!いいの?」
「はい!困ったことがあればいつでも相談してくださいといいましたからね」
「ありがとう!上原さん、この埋め合わせは必ずするから」
「いえいえ、そんな!私は困ってる友だちを助けたいだけなんです」
「それじゃ、僕の気が済まないんだ。必ずお礼はさせてもらうよ」
なんとか僕は食い下がる。
「そうですか。わかりました、楽しみにしておきますね」
上原さんは少し嬉しそうに見えた。
よし!これで『方思わない計画』を実行するときの口実が手に入ったぞ!
あとは、時が来るのを待つだけ。
さてと、障害もなくなったことだし。
あとは、放課後を待つのみだな。
僕は入念の脳内シュミレート(誇大妄想)で昼休みを使い切った。
それから時間が経過して放課後になり、
僕は図書室の前に立っていた。
『手紙の主』、
一体どんな人なのだろうか?
『Xさん』という可能性もある。
僕は緊張と不安を抱きながらも、
図書室の扉を開く。
斜陽が図書館をオレンジの灯りで照らしている。
伸びる影は少し不気味だ。
静寂に満ちたこの空間を僕は杖と足音を鳴らして進む。
図書室には、誰もいないみたいだ。
少しはやく来すぎただろうか?
しかし、呼び出した人よりも早く到着してしまったのは相手に少し申し訳ないかななんて思う。
僕は図書室にある大テーブルの隅の椅子に腰掛ける。
そういえば図書室なんていつぶりだろうか。
僕が感慨に浸っていると。
ガラガラガラ。
図書室の扉が開く。
コツコツコツコツ。
足音が近づいてくる。
さあ、誰だ。『手紙の主』、君の正体は?
僕は少し身構えながら、手元にあった本を開き、なにごともないかのように振る舞う。
大人の余裕というやつだ。
「平くん、だよね?」
呼ばれた先に顔を向ける
それは見知った顔だった。
「もしかして、呼び出したのは君か?久坂(くさか)」
「そうだよ、平くん。今日大事な話があって呼んだの。というか怪我平気?」
「あぁ、怪我は見て通りこんなになった」
彼女は、同じ部活動に所属している久坂凛子(くさかりんこ)。同学年。
ポニテでまとめられた茶髪は斜陽と相まってキラキラと輝いている。
いつも元気さが取り柄の彼女だったが、
この真剣さ。
よっぽどのことなんだろう。
大事な話。手紙を送ってまでも大事な話。
脳内シュミレートの中でやってきた分岐シナリオの中ではこの場面は予習済み、察しがついている。
「ほう。言ってみて」
「私ね、好きなの」
そうか。これは告白イベントだったのか。
まさか彼女が僕に思いを寄せていたとはな。
これで僕も彼女持ちとして…。
「先輩のことが」
そうか先輩が…。
ん?先輩?
「だからその。相談に乗ってほしいの」
どうやら、僕は告白相手ではなく、
告白相手の相談者として選ばれたみたいだ。
なんて、紛らわしいやつだ。
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