【一章】方思わないデート③
「さっすが、幸平!あとは塗りだけだよ」
美術部の部屋で二人きり。
僕は凛子の作品制作に協力していた。
(ほぼ強制的に)
「なんで僕が凛子の作品を清書してるんだよ。本当にいいご身分だな」
どうにかして、作品の清書まで終わらせた。
というか、僕がなぜか下書きから清書まで全て仕上げてしまう。
これでは凛子のゴーストライター…いや、ゴーストアーティストでも呼ぶべきか。
描くのは好きだけど、他の作品を自分が描いているのはあまりいい気持ちがしなかった。
芸術とは、自分のインスピレーションとでもいうのかひらめきと呼ぶのかは定かではないけれど。
自分で描くことに意味があるのではと思っている。
自分の作品を他人に任せるのは邪道もいいところだろう。
以前、AIによる芸術作品が他人の作品をパクったものだ、合成したものだと。
著作権を巡って争っていたが、描き手の気持ちを考えれば分からなくない。
今はまさにそんな心境。
とまあそれはいいとして。
これではあまりにも不公平だろう。
そんなことを色々と思っていると、
「よし!さすがに塗りは自分でやるから。今日は終わり!帰ろ!」
自分は指示しただけで仕事をしたと思っているようだ。
社会人になってこういう上司だったら絶対イヤだな。
「幸平には、たくさん頑張ってくれたことだし。カフェいこ!この後時間あるでしょ?」
唐突で強引な誘い。
正直、いろいろ疲れたから帰りたい。
僕は断ろうとした。
が、・・・待てよ。これは『方思わない作戦』を実行する絶好のシチュエーションじゃないか?
放課後に部活帰りの男女が、二人きりでカフェによるなんてまるでデートではないか!
だが、落ち着け僕。これはただの労い。
安易に一人で舞い上がってるのは、
『片思い』をしているチェリーボーイのやること。
僕は違う。この機会を逆手にとり、逆にドキドキさせてやろう。
「そうだな。散々振り回されたし、カフェで一息つくのも悪くないか。いいよ、行こうか」
こうして、僕と凛子は学園近くにあるカフェに立ち寄ることにした。
歩いて数分。『スイートカフェテラス』というレンガの外壁が印象的な店に入ることに。店内で談笑している女子たちが鏡越しで見えるほどの大きな窓、ドアは木造の落ち着いたブラウン色、それとなぜか屋根に煙突がついていた。
と、こんな具合に一目見ただけで洒落たお店であると外観だけで判別がつく。
正直、この手の店には入る機会はほぼなかった。あるとするなら、小さい頃にお袋に連れてこられたことがあるくらい。
顔には出さないように注意してはいるが、
内心はドキドキして集中できない。
カフェでの立ち回り方は心得ているけど、
果たしてここでそれが通じるかといえば怪しい。
今ならまだ引き返せる…。
ダメだ!しっかりしろ僕!
ここは戦場…、すでに戦いは始まっているのだ。
さぁ、覚悟を決めようではないか。
いざ、尋常に・・・。
「何ぼぉーっとしてるの?早く入ろうよ、ほら!」
僕の気も知らず、凛子に押されてカフェに入ることに。もう逃げることはできない。
やるしかないのだ。
カフェの内装は、女子の映えとか意識したような造りをしてるかと思ったが、落ち着いたシンプルな作りだった。
カウンターやテーブルは木目調のダークブラウンやホワイトのカラーで、全体的に北欧感溢れるデザインだ。
座る場所で雰囲気が変わるように設計されている所もポイント高い。
僕らが案内されたのは、ダークブラウンの二人用のテーブル。
店員さんたちは明るい雰囲気のある大学生くらいの人。彼女たちだけでお店を回しているみたい。丁寧に案内をしてくれた。
そして僕はメニューを開き、何を頼むか選んでるところだ。
「…ねぇ、何にするの?私はこの“生クリームたっぷりストロベリーミックスアイスデラックスパフェ”と“キャラメルシャンデリアシュワフルバニラのマキアート チョコソースのトッピング”にするよ!」
「…なんの呪文だよそれ?よく噛まずに言えるな、アナウンサーかよ」
やたらと長いメニューをスラスラと全くの淀みなく噛まずに読み上げたことに、
驚きと不本意ながら感心してしまった。
「ふっふーん!なんてたって中学は放送部ですから!私は滑舌の良さと、この通る声が自慢だもん」
「トラブルメーカーの騒々しい声の間違いだろう。けどいい声なのは間違いないから、認めるよ」
「貶してるのか褒めてるのかどっちなの?反応に困るんですけど」
「褒めてるさ。誰が聞いてもすぐにわかるし、どこにいても見つけられる声だよ」
「な、なんか変な感じ。でも褒めてくれてるなら嬉しいかな。ありがとう」
もじもじと髪の毛先をくるくると弄りながら少し恥ずかしそうに笑顔を向けてきた。
あれ?思ったよりも可愛い反応するな。
凛子も上原さんとは別ジャンルのヒロイン力っていうのがある気がしている。
1年間、部活仲間としての付き合いを通じて、
今更ながら気づいた。
たまに元気さのベクトルがおかしな方へ向かっていくこと以外は、『片思い』している男からすれば一緒にいて楽しい女子のトップ3には間違いなく入るだろう。
彼女にするなら、という順位づけをしたとしても文句のつけようはない。
僕ももちろん例外ではない。
正直なところ大アリだ。
しかし、凛子には男の気配らしいものはない。僕の目が節穴なだけの可能性もあるが、
おそらくフリーである可能性は概ね高い。
聞いてみる価値はあるだろう。
あくまで自然にだ。
「そろそろ注文しよう。ベル押して」
「任せてー!」
ポチッ ピンポーン
はーい!
店員さんの掛け声が店内に響きわたると、
手の空いている店員さんが注文をとりにきた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「はい。僕は“アイスカフェオレ”と“チョコレートケーキ”を一つ、凛子は?」
「私は、“生クリームたっぷりストロベリーミックスアイスデラックスパフェ”と“キャラメルシャンデリアシュワフルバニラのマキアート チョコソースのトッピング”、あと“フローズンシャリサワメロンのジェラート”と“ミルミルミルフィーユシフォンケーキ”をお願いします」
また、追加で頼んでるし。
これ店員さんわかるのか?
「かしこまりました!ご注文を繰り返します、
“アイスカフェオレ”をひとつ。
“チョコレートケーキ”をひとつ。
“生クリームたっぷりストロベリーミックスアイスデラックスパフェ”をひとつ。
“キャラメルシャンデリアシュワフルバニラのマキアート チョコソースのトッピング”をひとつ。
“フローズンシャリサワメロンのジェラート”をひとつ。
“ミルミルミルフィーユシフォンケーキ”をひとつですね。
以上でよろしいでしょうか?」
「はい!」
「お持ちいたします。しばらくお待ちくださいませ」
手際よく注文を取り、店の奥へ行ってしまった。
あの店員さんも凛子と同類の人か。
でもなんだろう。あっちの声の方が可愛さの中に透き通るような澄んだいい声だったんだよなぁ。
僕は店員さんが向かう先をしばらく見つめて余韻に浸っていた。
「何見てるの?もしかして、店員さんを狙ってるとか?やめておいた方がいいって、また断られてフラれるオチだよ」
そう。こういうところがなければ、文句はないのだが。
「余計なお世話だから!凛子とはまた別の種類のいい声だったなと思って。なにか声優とかやってるのかな…」
「じゃあ私と店員さんどっちがいい?」
「んー。ジャンルというか、場所によるというか。放送だったら凛子で。カフェならさっきの店員さんかな」
率直な意見を述べてみた。
「ふん!私だって接客できるし!さっきみたいなトーンでできるし!」
ドンっ!と机を叩き。自己主張してきた。
「わかったわかった、とりあえず今はやめておけって。…ほら、周りのこともあるし」
「まわり?」
さっき勢いよく叩いたことで、店内のお客と店員さんの注目を集めてしまった。
僕らは数分間。恥ずかしさと迷惑行為の反省のためしばらく俯いて、静かに過ごした。
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