【一章】方思わないデート②

相変わらず中身の濃い授業を終え。

放課後になった今、

美術部の部室前で一呼吸している。


はぁ、サボりたい。

早く帰って上原さんとのデートプランを綿密に練りたい。


とまぁ、こんな感じで僕は内心。

部活に力を入れる気になれなかった。


それだけではない。

僕はこれまで怪我を理由に部活をほぼ休んでいたのだ。

正直部員たちの顔を見るのも憚られる。


踏み出そうとすると足がすくむ。

いけない!しっかりしろ、僕!

これではいざという時、

『方思わない作戦』にも支障が出る可能性があるじゃないか。


これはある意味試練のようなものだ!

踏み込めばきっと新たな世界へ僕は・・・。


「ねぇ、幸平なにしてるの?入らないの?」


後ろから僕の覚悟を挫くようなことをいうので誰かと振り返ると、

同学年で部員仲間の元気っ娘。

久坂凛子がいた。


「凛子、突然声をかけるなよ。危うく通報するところだったぞ」


「何ボケたこといってるの。部員なんだからいるのは当たり前じゃない。…でも、よかった部活に来れるようになったんだ」


ほっと胸を撫で下ろし、安心したような顔で嬉しそうに笑っている。


そんな顔もするんだな、と少し照れ臭くはなったが僕は気持ちを切り替えて。

『方思わない作戦』にシフトする。


「凛子には、心配かけたみたいだな。気にしてくれてありがとう」


照れながら、さりげなく感謝を伝える。

(演技)


「なっ、なにさ、急に。そんなことはいいから部室入ろ!」


ほら!ほら!と彼女の掛け声に押されて、

部室にやむなく入ることに。


しかし、そこには誰もいなかった。

閑散とした部屋の静かさだけがあった。


「あれ?誰もいない…」


「うん。部長は家の事情で休み。美紀(みき)と新藤(しんどう)くんは、バイト。後輩ちゃん達は今日は休み。だから、二人で部活だよ」


・・・なんだ、みんな休みだったのか。

さっきまでの覚悟と決意を返してほしい。


「じゃあ僕も用事を思い出したから、帰ることにするよ。それじゃあまた…」


「ちょっと待った!部活しにきたんでしょ?ならしようよ部活!」


帰宅しようとした僕は、制服を思いっきり掴んで待ったをかける凛子によって制止する。


「誰もいない部活なら、家で描いてるのと変わらないだろ?なら家に帰してくれ」


「なんなの?ホームシックなの?お母さんが恋しいの?せっかく部室が空いてるんだから利用しない手は無いでしょ!」


「そんなこといって、また僕のことを盗撮する気だろう?そんなプライバシーのカケラもない部室に居られるか」


「そ、そんなわけないじゃない…、なんにも部室には細工してないって」


慌てて取り繕う凛子の視線が泳いだ先を見逃さなかった僕は部屋に展示してある『ゴッホのひまわり』(レプリカ)を調べる。

そこには額縁に仕掛けられたカメラとマイクが埋まっていた。


「…これはなーに?」


僕は証拠品を容疑者に突きつけた。


「さぁ、何かしらね?私はカメラとマイクを額縁に埋めた人に心当たりはないよ」


「…僕、額縁に埋めたなんて一言も言ってないんだが」


あっさり自分で白状した凛子を置いていくように、部室を去ろうとした。


「ごめんって!さっきのは、ほんの冗談だから!ドッキリでも仕掛けて新入生に部活を楽しんでもらおうってことで、

幸平を見せしめにしたかっただけなの」


「普通に最低だな。必死で謝ったとしても部員のみんないないんだから、活動しても仕方ないだろ」


「仕方なくないから!というか、幸平はもうコンクールで出す作品はできてるの?怪我もあったし未完でしょ?それこそ今やるべき活動だと思うけど」


どうしても部活をしたいらしい凛子がなんとかして引き留めようとしてくる。

しかし、それは甘い。


「コンクールの作品なんて始業式前にとっくに完成してるよ。そういう凛子は終わってるのか?応募期限は来週だったはずだけど」


そう。すでに作品は美術部が応募すると分かった時点で完成させ応募まで済ませてある。これも、『方思わない作戦』をスムーズに達成するためだ。


凛子は、顔を歪めて目線を逸らしている。

まだ終わっていないらしい。


「人のこという前に自分のことをなんとかしろよ。…どこまで終わってないんだ?

塗りくらい?」


「…全部。そもそも作品すら作ってない」


こればかりはどうしようもない。

僕は彼女の右肩へ右手を添えるように置き、


「応援はしてるから、最後の悪あがきで追い込めば力作ができるはずさ。健闘を祈る。それじゃ」


僕は凛子にエールだけ残して部室を去る。


「待って待って待って!お願い!力を貸してよ!幸平と一緒ならすぐにできると思うからお願い見捨てないで!」


廊下まで追いかけてきたと思ったら、泣きついて懇願してきた。

凛子に憐みの目で見つつ、追い打ちをかける。


「そもそも、僕の怪我の間とか部活してたんだろ?なんで作品の下書きすらできてないんだよ。時間はたくさんあっただろうに。というか部長達がわざわざ部室を貸切にしてくれてるのも凛子のためにしてくれてるかもしれないんだぞ。人の盗撮盗聴するくらいなら、

もう少し周りをみて感謝の一つでもして、作品完成のために取り組んでる姿勢や態度を示してみたらどうなんだ!?」


僕はこの際だからとありったけの言葉を凛子に浴びせた。

すると、ヒクッという声が聞こえたかと思うと、


「う、うぇーーーん!!!幸平が怒った〜!

私だって!一生懸命取り組もうとしてるもん!でも思いつかないんだからしょうがないじゃん!うぇーーーん!!!」


大声で泣き出してしまった。

これくらい言わないと反省もしないだろうと言い過ぎてしまったようだ。

しかし、反省しない相手には人として時には鬼になるときも必要だと僕は考えている。

これも凛子のため…、


「あー!あんなところで女の子を泣かせてる人がいるわよ!きっと酷いことをしたに違いないわ!」


「最低ね!あの男。一体どんな人なのかしら!」


「みて!あそこは美術部よ!美術部の男が、廊下で女子を痛ぶってるのよ!」


え!?なにごと?!なにごと?!?!?


突如現れた本学園の女生徒達に厳しい言葉を浴びせられる。


「なんてことなの!この神聖な学園で、しかも多数の人が通る公の廊下で、女の子に手を出そうだなんて!」


「誰か!先生呼んできて!いじめてるあの外道を制裁してもらうのよ!」


「きっと、私たちも目撃者として痛ぶられて酷い目に合わされるんだわ!この痴漢魔!」


おいおい!!!何言ってるんだあの変な三人組はなんで話を大きくしてトラブルにしようとしてるんだよ!

ていうか、僕は口論しただけで手は出してないって!


「待ってよ!僕は手は出してないし!むしろこっちが困ってるんだけど!話を聞いてくれないか!」


なんとか僕は彼女らに説得を試みる。


「あの男、自分はやってないと言い逃れする気よ!なんて小心者なのかしら!」


「やっぱりゲスよ!カスよ!あんなチキン男は即死刑よ!」


「なんてことなの!私たちまでこの後、嬲られて罵られて屈辱を受けるのね!私の心は好きにさせないから!」


もうだめだ。何この人たち、話し合いにすらならないし収集つかないだろ。

こりゃあっちの説得はほぼ不可能、ならば。


「凛子、頼むからあの意味不明な三人組の誤解を説いてくれ。なんか、話すどころじゃなくなってる」


原因を断つ!これ以外はどうにもならない!


「…じゃあ、作品手伝って…」


半べそかきながら、図々しいことを頼んできた。


「わ、わかったから。頼むからアレをなんとかしてくれ!」



こうして、僕の謎の誤解は凛子の説得により大騒ぎにならずに済んだのだった。

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