第22話「熱狂大陸と高校生の日常」

 翌週以降の海流かいるたちは、学校内は当然として、世界中から注目されるようになった。

 WDO(世界ダンジョン管理機構)主催の魔法講座での講師、ゆずチューブでのコラボや配信、雑誌やテレビの取材や、海外ドキュメンタリーメディアの密着取材など。

 目の回るような忙しさとはまさにこのことで、最初はいい気分で楽しんでいた海流も、さすがに一月ひとつきも持たずに疲労の色が濃く現れた。


「よう、学校来るなんて久しぶりじゃん、しんかい」


「しんかいってなんだよ、いつもどおり海流って呼んでくれよ」


「昨日の『熱狂大陸』も見たぜ」


「……たのむ、見てくれるのはありがたいけど、オレにその話はやめてくれ」


 クラスメイトにいじられながら、海流は自分の席に座る。

 前の方の席に座った玲菜れいなには、すでに人だかりができていた。

 さすがに芸能人である。にこやかに対応している彼女を見て尊敬はしたものの、自分には到底真似できないと思い知り、海流は机に突っ伏した。

 同時に頭の横へ、雑誌がドサッと積み上げられる。

 わずかばかり頭を持ち上げ雑誌を置いた友人を見ると、ちょっと意地悪そうな笑顔があった。


「……なんだよこれ?」


 海流の問いかけに、友人は雑誌の一つを開く。

 普段クラスメイトの誰もが読まないようなビジネス系の雑誌には、まるでろくろで壺でもねているかのようなポーズの海流が、例のマスク姿で熱心に何かを語っている写真が、大きく掲載されていた。


「部活の後輩たちがサインほしいってさ、しんかいの」


「オレの? 玲菜じゃなくて? お前男バスだったよな?」


「そうだよ。海流って結構男子に人気あるんだぜ」


「うれしかねぇよ」


「冗談。半分以上は女バスから頼まれたやつだよ」


「いやそれは嬉しいけど、サインなんかないぞ」


「いいじゃん、ひらがなで『しんかい』って書いてやれよ。将来サインが決まったら、初期のサインとして価値が出る可能性もあるしな」


 油性マジックを手渡しながら、友人は笑う。

 大げさにため息をついて見せた海流だったが、周囲が変わっていく中、いつもどおりに接してくれる友人たちはありがたかった。


「何冊あんだよこれ」


「20冊くらいかな」


「オレ、字書くの嫌いなんだよな、下手だし」


「じゃあ丸の中に『し』だけでもいいんじゃね?」


「いいのかよ」


「そんなんどうだっていいだろ。海流が直接書いたってことが重要なんだよ」


「……お前って時々すげぇ頭よさげなこというよな」


「海流よりは成績いいからな」


「なんだよ! たいして変わんねぇだろ!」


「5教科合計で15点、海流より上だったろ、忘れたのかよ」


「あー、そういや前にカップ焼きそばおごらされたわ……」


 最近話題のゆずチューバー「しんかい」としてではなく、普通一般の高校一年生進玄しんげん 海流かいるとしての会話に安らぎを感じながら、雑誌に〇しと書き込んでゆく。

 25冊ほどもあった雑誌にサインし終わるのと同時に、担任が教室に現れ、ホームルームが始まった。


「お、今日は新居田あらいだも進玄も出席してるな。よしよし」


 その日は久しぶりに、海流、玲菜、虹愛にあの三人とも仕事の予定はない。

 しんかいまとめチャンネルの方もすでに予約投稿は済ませてあるということで、一学年上の虹愛も学生生活を満喫していた。

 そんな平和な昼休み。


『1年A組信玄海流しんげんかいる、同じく新居田玲菜あらいだれいな、2年B組獅子原虹愛ししはらにあ、以上3名は至急職員室に来なさい』


 いつかも聞いたことのある校内放送が流れる。

 三人が職員室奥の会議室に集まると、そこには予想通り『エージェントA006』が手をひらひらと振って座っていた。


「いやぁ、お昼休みにごめんね」


「いいですけど、なんですか? 別に問題起こしたりしてないはずですけど」


「うん、用件は二つあってね……いい話とわるい話、どっちから聞きたい?」


「そういうのいいですから」


「なんだよー、しんかいくんツレないねぇ」


 エージェントA006は笑っているのに笑っていない顔で、内ポケットから書類を二枚、取り出した。


「はいこれ、にゃんぴちゃんの冒険者資格復活の書類」


 一枚を虹愛に渡し、反応を見る。

 玲菜と虹愛が「わっ」と笑顔になるのをニヤニヤと眺めた後、もう一枚を海流に手渡した。


「こっちはね、招集令状」


「招集……WDOから直接の?」


「そう。チーム『GYU-TAN!』には、本日これより、チーム『侍ism』の救援ミッションのため渋谷2号ダンジョン最下層へのアタックを行ってもらうね」


 ミッションとは、WDO(世界ダンジョン管理機構)が冒険者への特権と利益の供与の代わりに依頼することのできる仕事だ。

 断ることもできるが、その場合、冒険者資格は速やかに停止される。

 実質、命令であった。


「なんだと……? 今最下層って言ったか?」


「うん、まぁ続きは車の中で話そうか」


 エージェントは立ち上がり、会議室を出る。

 海流たち三人は、黙って後をついていくほかに選択肢はなかった。

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