第17話「マジック・キャスター」

 ハーピー。

 上半身は不潔な老婆、下半身は脂ぎった鳥。

 かぎ爪と牙に毒はないが、傷つけられると破傷風などの病原菌に感染することがある厄介なモンスターだ。

 海流かいるの記憶が正しければダンジョンには生息しないはずだが、やはりエリュシオンと地球では常識も異なるのだろう。

 緊急ライブ配信中の新宿一号ダンジョン地下2階で、海流と玲菜れいなはハーピーのに遭遇していた。


「ちぇやぁぁぁぁぁ!!」


 気合。

 ダンジョンのゴツゴツとして歩きにくい床で思いっきり踏み切り、玲菜は3メートルも先の群れの中心へと突っ込んだ。

 勇者の剣が正面の2匹を貫き、不浄な血液が飛び散る。

 しかしその血は海流の魔法障壁により玲菜の眼球よりわずか1ミリ離れた空中ではじけた。

 瞬きもせず、そのまま体を沈みこませ、今度はほぼ垂直の跳躍。

 ひねりを加え、ぐるりと二周した剣の周りで、ハーピーが死骸となって吹き飛んだ。

 血によって描かれた円の中心に、玲菜が土煙を上げながら着地する。

 一気に半数がただの肉塊になったのを見たハーピーは、人の声にも聞こえる鳴き声を上げて、撤退を始めた。


――ジッ。


 ジッポライターをつけるような音。

 照明から少し離れた場所で、五芒星の形に炎が走った。

 5匹の炎の蛇が、暗闇をうねる。

 蛇は玲菜の頭上を飛び超え、逃げるハーピーを次々に焼き落とした。

 暗闇から現れたのは、海流の金属のマスク。

 空中で利き手をくるりと回し、こぶしを握ると、すべてのハーピーを焼き尽くした炎の蛇は、小さな煙を残して消えてなくなった。


「やったね、カイ……しんかい」


「ケガはないか?」


「だいじょうぶだよ、バカにしないでくれる?」


“れいぽむ最つよ!”

“画質めっちゃいいな!”

“しんかいの魔法(CG)も派手になったな!”

“ダンジョンPro MAX買えば、この合成できるってこと?”


「だから合成じゃねぇ! モザイクとかはやってくれるけど、魔法はオレにしか使えねぇってば」


“(自称)世界唯一の魔術師マジックキャスターしんかい”

“れいぽむかわいい!” 500円


「誰にしか魔法が使えないって?」


 海流が普段通りチャット欄と盛り上がっていると、玲菜の向こうから声がかかった。

 一瞬身構えた海流だったが、モンスター検知レーダーに反応はないのを確認して腕を下ろす。

 海流と玲菜の視線の先、通路の角からゆっくりと姿を現したのは、海流よりも頭一つ分は背の高い、長髪の男だった。


「誰だ、あんた」


 海流が睨みつける。

 相手の男の顔はニヤニヤと笑っていたが、向けられる意識にはわずかな敵意が感じられた。

 男は顔にかかった髪を耳にかける。

 そのナルシスティックな動きに、海流は敵意以上の嫌悪感を感じた。


“おお! 侍ism(サムライズム)のりゅうきだ!”

“今日コラボなの?!”


 チャット欄がザワつく。

 男は玲菜の前まで進むと、懐から一本のバラの花を取り出し、片膝をついた。


新居田あらいだ 玲菜れいなさん。ぼくは侍ismのマジックキャスター、揮池きいけ 竜輝りゅうきと申します」


“マジックキャスター……だと?!”

“りゅうきって配信で魔法使ってたっけ?”

“侍ismの配信で魔法なんて見たことないぞ”


 チャットの見えていない竜輝は、まっすぐにバラを玲菜に捧げ、首を垂れる。

 ちらりと海流の方を見た玲菜だったが、まんざらでもない顔でバラを受け取った。

 竜輝は立ち上がると、真っ白な歯を輝かせ、笑顔を見せる。

 そのまま視線を海流へ向けると、スッと笑顔は消えた。


「しんかいくん、玲菜さんは……いや、あえて言おう、れいぽむはキミと釣り合わない。身を引き給え」


「なんなんだよいきなりあんたは」


「先ほど名乗ったぞ? キミは人の名前も覚えられないのかね?」


「そういうことじゃねぇ」


「まぁキミもただ身を引けと言われても納得できないだろう」


「いや何もいってねぇんですけど」


「よかろう! ならば戦争だ! れいぽむをかけて、どちらが真のマジックキャスターかを競い合おうではないか!」


 自分に酔いしれた竜輝の言葉は止まらない。

 しかも、これは視聴数が稼げると判断した虹愛にあにより、画面にはリアルタイムで『次回! 侍ismコラボ! れいぽむ争奪シン・マジックキャスター決定戦!』というキャプションが入る。


“コラボ予告!”

“凝ってるな!”

“れいぽむかわいいからね、しかたないね” 500円

“いやいや、(自称)世界唯一のマジックキャスターしんかいには勝てんだろ”

“世界ランク8位だぞ? 侍ismには勝てんやろ”


 虹愛の目論見通り、チャット欄は盛り上がる。

 ヘッドセットに『ということで、次回につづけてください』と通信が入り、海流と玲菜は頭を抱えた。

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