第18話「侍ism(サムライズム)」

 緊急ライブ配信の翌日、海流かいるたちは、虹愛にあのPCで侍ismの配信を見ていた。

 渋谷2号ダンジョン、地下13階である。

 侍ismの正面には、獅子の頭、ヤギの胴、蛇の尾を持ち大鷲の翼をはためかせた怪物、キメラが唸り声をあげていた。

 昨日突然現れ、海流たちに宣戦布告した竜輝りゅうきは、米警察が正式採用している防弾・防刃装備を着用した姿で、呪文を詠唱した。


てつく氷帝ひょうていの指より放たれし樹氷じゅひょう残滓ざんしよ! かの城より飛来し、我がつるぎとなれ!」


 約2秒ほどの間があった。

 空気がこおりつき、渋谷ダンジョン特有の規則正しい石壁に薄い氷の膜が張る。

 そこからもう1秒。

 太さ5センチ、長さ20センチほどの氷の針が数本、もこもこと壁から生えて飛び、キメラの身体に突き刺さる。

 突然の痛みにキメラが飛びのいたすきを狙って、侍ismの面々は斧やハンマーで一斉に攻撃した。


“りゅうきさんすごい!” 100円

“なんですか今の? 初めて見ました”

“これが昨日言ってた魔法ですね!” 1,000円

“これはしんかいのパクリwww”

“かっこいいです!”


 時折混じるしんかいチャンネルの登録者とは、根本こんぽんから言葉づかいの違うチャット欄が盛り上がる。

 キメラが頭をつぶされて倒れると、皆ハイタッチをして勝利を喜び合った。


 パタン、とノートPCが閉じられる。

 難しい顔をした虹愛が海流たちに向けて顔を上げた。


「どうです? これやっぱり魔法ですか?」


「魔法だな。レベルは低いけど」


「レベル?」


 玲菜れいなが首をかしげる。

 海流は腰を下ろし、冷めかけのコーヒーを一口飲んだ。


向こうの世界エリュシオンではレベルって言葉では言ってなかったけどな。魔法には使いやすさと威力に段階があってさ。今のは精霊界に存在する自然現象の一部を魔力でつないで現界げんかいさせる魔法だ。下から2~3番目くらいの、マジックキャスターなら結構誰でも使えるやつ」


「確かに、呪文詠唱から攻撃開始まで、けっこう時間かかってましたねぇ」


「じゃあいつも海流が使ってる魔法はどうなのよ」


 玲菜に聞かれ、海流はちょっと得意げな顔で笑った。


「オレの雷系魔法は最上級だぜ。なにしろ魔王オレ自身が雷の王だからさ。炎系は精霊王と直接契約してる上から2番目のレベルで、それ以外の系統はあまり得意じゃない。それでもまぁ、あいつよりは上位レベルの魔法を使えるぜ」


「……海流って魔法のこと話させると、ちょっとキモいよね」


「レオノラの記憶では、エリュシオンでの魔王さんも魔法の話になるとちょっと早口になってましたねぇ」


「なんだよ! いいだろ! 魔法かっこいいじゃんか!」


 事務所の会議室に、海流の叫びがこだまする。

 しかし、男子特有のその感覚は、女子二人には理解してもらえなかった。


「まぁそれは置いといてですねぇ」


「簡単に置くなよ!」


「侍ismさんから公式にコラボのオファーが来てます。れいぽむの事務所さんからもOKもらってます。『れいぽむ争奪シン・マジックキャスター決定戦!』やりますか?! やりませんか?! どっちなんだい!」


 虹愛は、力こぶのかけらすら見当たらない腕を曲げて見せる。

 玲菜も声に合わせて、反対側から腕を見せた。

 こちらはそこそこ筋肉がある。

 それはそれとして、海流はぶぜんとした顔でコーヒーをまた一口飲んだ。


「やるよ。侍ismとのコラボなんてやり得だし、魔法で負ける気はしないしな。でもさ」


「なんです?」


「プロダクションZUN-DAとしてはOKなのかよ、もし万が一オレが負けたら、しんかいちゃんねるから侍ismにコラボ先変更しなきゃならねぇんだぞ」


「バッカじゃないの? そんなの事務所が受けないわけないじゃない。あたしの実力がダンジョンでやっていけるってのは証明されてるわけだし、どうせなら登録者数800万人超えの人気チャンネルでやった方がいいし、向こうから申し込んでくれて万々歳よ」


 まったくその通りだった。

 ぐうの音も出ず、海流は紙コップをくわえて黙り込む。

 玲菜はそんな海流の肩に手をのせ、かがんで顔を覗き込んだ。


「事務所はね。でもあたしは結構今の配信気に入ってるんだ」


「にゃんぴも、しんかいチャンネルにれいぽむが出なくなったら困りますよ」


「だから、ね。カイルのカッコイイ魔法でサクッと勝負に勝って、チャンネル登録者ごっそりいただいちゃいなさいよ!」


「そうですよ! がっぽりウハウハですよ!」


 二人に励まされ、海流はやる気を見せる。

 こうして早くもその週末、侍ismとしんかいチャンネルのコラボ配信が行われることになった。

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