第15話「相談」

 予約していた店には、レストランではなく『イタリアン・バル』と書いてあった。

 違いはわからないが、なんとなくお酒を飲むような店なのだろうと、玲菜れいなはちょっと身構える。

 海流かいるは気にしたそぶりも見せず、だいぶ年上の店員に案内され、個室に入った。

 ちょっとしゃれた盛り付けではあったが、思ったより普通の料理が並ぶ。

 店員が引き戸を閉め立ち去ると、玲菜はやっと肩の力を抜き、照れたように笑った。


「う~、緊張した~」


「店員呼び出すボタンがある程度の店だぞ。あんま緊張すんなよ、オレにも伝染うつるだろ」


「だって『バル』とか書いてあるんだもん。お酒飲むお店だったらまずいじゃん」


「ランチ営業してるんだし、コースも決めて予約しただろ」


「まぁそうだけどさ」


「とにかく食おうぜ。牛丼9杯分の価値があるか確かめてやる」


「なによそれ」


 海流の言葉に、またちょっと笑う。

 おいしい料理に会話も弾み、二人は楽しい時間を過ごした。

 やがてデザートが運ばれ、また店員が去ってゆく。

 満腹ではなかったが、満足いく料理の余韻と笑いすぎて痛くなった頬に、一瞬、会話が途切れた。


「……あのさ」


 玲菜がケーキをつつきながら口を開く。

 海流はソースのかかった小さなケーキを一口で食べ終えると、コーヒーを飲みながらうなずいた。


「あたし、思い出したんだ。にゃんぴ先輩の――獣王レオノラのこと」


「お、そうなのか? よかったじゃん」


「――よくないよ」


 視線はケーキに向いたままで、表情はあまりよく見えない。

 それでも海流は、レオノラの最後が勇者に討ち取られたのだということを思い出し、コーヒーを一口飲んだ。


「あたし、にゃんぴ先輩にどんな顔で接したらいいんだろう。前世の仇だよ」


「気にしなくていいと思うけどな」


「気にするよ! にゃんぴ先輩は前世の記憶があまりないって言ってたけど、思い出したら……」


「おちつけ。どうってことねぇよ」


「なんでそんなことわかるのよ!」


「オレが気にならないからだよ」


 玲菜は、まだ自分の最後が魔王との相討ち――玲菜の言葉を借りれば、お互いがお互いの仇――であることは思い出していない。

 それでも、前世の記憶をすべて持っている海流には、遺恨などみじんも残っていなかった。

 魔王として、勇者として、お互いに譲れない思想の違いから対立もした。

 しかしそれは現世とは何の関係もないのだ。

 思想も立場も今は違う。

 言ってしまえば、海流にとって前世の記憶は、単なるリアルな物語のような感覚だった。


「勇者アルトリウスは人間の、獣王レオノラは獣人の、魔王ヴァレリアスは魔族の、種族としての発展を夢見て戦ったんだ。誰が正しいとか悪いとかはない」


「戦った理由とかどうでもいいよ。問題は、あたしが前世でにゃんぴ先輩を殺したってこと」


 ケーキにフォークを突き刺す。

 クランベリーのソースが、白いチーズケーキにじんわりとにじんだ。


「そうか? どうでもいいって言ったら、それもどうでもいい。レオノラを殺したのは玲菜じゃないし、殺されたのはにゃんぴじゃない。ただその記憶を……をオレたちが知ってるってだけのことだ」


「なんのためによ……そんな記憶、持っていたくなかった」


 海流の言葉を聞いて、玲菜はフォークを落とし、両手で顔をふさぐ。

 なんのために過去の記憶を持っているのか、もっと言えば、なんのために彼女たちはこの世界に転生したのか、海流には一つ確信があった。


「ある勇者と魔王の話を教えてやる」


 コーヒーのカップをテーブルに置き、両手の指を組む。

 空気が変わったのに気づき、玲菜も顔を上げた。


「生き物が住める場所が極端に小さい世界で、人間はどんどん領土を広げていた。魔王は迫害された魔族のために、人間と戦うことを決意した。今度は人間が魔族に追い立てられ、少しずつ領土を減らしていった」


 そこに現れたのが勇者だった。

 人間の領土を回復するため、王族の中で唯一異能ギフトを授かって生まれた王女が勇者となった。

 魔王と勇者を筆頭に、魔族と人間の戦いは熾烈を極め、お互いに何万という命が失われた。

 結果として、戦争で失われた命のおかげで、生き物が暮らせる土地は十分に分け合えるくらいになった。

 しかし、だからと言って戦は終わるものではない。

 お互いが戦争を終えるための理由を求め、魔王と勇者は理由のために命を落とした。


「その時に勇者と魔王はお互いに望んだのさ、ここで命を落とした生き物たちが、魔王と勇者が奪った命が、争いのない世界に生まれ変わってほしいってな」


「それが……あたしたち?」


「だと思う。だけど、全員がこの世界の住人として転生できたわけじゃなかった」


「……それって」


「転生に失敗した魂が、ダンジョンとモンスターだ。だからオレは、ダンジョンのモンスターを一掃しようと思ってる。次こそちゃんと転生できるようにな」


 海流は冷めかけたコーヒーを持ち上げ、一気に飲み干した。


「わかるだろ、この世界に生まれ変われたオレたちは、楽しく幸せに生きればいいんだ。……幸せにならなきゃいけないのさ」


 話は終わった。

 それでもすぐに納得できるようなことではない。

 玲菜は一生懸命気持ちに整理をつけようと頭を悩ませ、海流は何も言わずそれを待つ。

 やがて顔を上げた玲菜は、笑顔を向ける。

 その目には、涙が浮かんでいた。

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