第14話「フリーの日」
まだゆずチューブのメインチャンネルが復活していないその週の土日は、久々に配信のない休日となった。
昼ごろに目を覚ました
しかし、デイリーミッションをこなしただけでコントローラーを放り出し、ゲームの電源を切った。
スマホを取り出し、ゆずチューブのおすすめ欄を指先で飛ばしてゆく。
ふと目に留まったのは『しんかい公式まとめ』のショート動画。
今にもスカートがめくれそうな
「にゃんぴ、あからさまな釣り動画じゃないかこれ」
自分の部屋の中なのに、一応キョロキョロと周囲に誰もいないことを確認する。
ショート動画を再生したとたん、スマホが『ぽきぽき』と
「うわ、おっと」
あわててゆずチューブアプリを閉じ、RAINを開く。
画面には『玲菜』の欄に赤いマークが出ていて、タップすると『海流ヒマなんでしょ? ちょっと付き合いなさいよ』という文字が表示されていた。
そういえば、アドレス交換してたなと時計を見る。
もうすぐ11時30分。シャワーを浴びてもお昼前には家を出られるだろう。
そんなことを考えながら、返信しようと文字を入力し始めた。
しかし、そのわずかな間に『ちょっと! 既読無視?!』だの怒った犬のスタンプだのが次々と送られてきた。
『落ち着け! 昼前には家を出る!』
『あ、そう。じゃあ事務所で待ってるね』
サムズアップした犬のスタンプが表示され、海流は大きくため息をつく。
しかし、玲菜の顔を思い出すと自然と笑顔がこみ上げ、シャワーを浴びに向かうのだった。
◇ ◇ ◇
地下鉄を降りて5分で、いつもの『プロダクションZUN-DA』のあるビルにたどり着いた。
ビルの前、ひさしの下に隠れるように、キャップをかぶり、サングラスとマスクで顔を隠した玲菜がしゃがみこんでいる。
事務所の中で待っているものと思い込んでいた海流は、あわてて駆け寄った。
「わりぃ。外で待ってると思わなかった」
「え? どうしてあたしだと分かったの?」
「どうしてって……玲菜以外の何に見えるってんだよ」
「ウソ? めっちゃ変装して来たのに!」
このいかにもお忍びの芸能人という姿が『変装』だというのなら、変装のレベルもだいぶ下がったものだ。
しかし、そんなところもまたかわいい。
海流はニヤニヤを押し殺した顔で、玲菜がサングラスとマスクを外すのを眺めながら、「で?」と話をつづけた。
「付き合えって、どこに行くんだ?」
「え、うん。別にどこでもいいんだけど……静かにお話しできるところがいいな」
「話しするだけなら、いつもの会議室でいいだろ」
「だって事務所閉まってるんだもん」
「……じゃ、ハラも減ったし、駅前のアーケードで飯でも食うか」
「ファミレスとか無理よ。あたし芸能人だし、男と二人で食事なんかしてたら写真週刊誌に載っちゃう」
「いいよ、どっか個室のレストランでも予約しようぜ。たまにはおごるよ」
花壇に腰掛け、スマホを取り出して、今から予約できる店を探し始める。
ちょっと驚いた顔をした玲菜だったが、嬉しそうに微笑んで、肩越しに海流のスマホをのぞき込んだ。
「なによ、羽振りいいじゃない、人気ゆずチューバーのしんかいさん」
「そうでもないけどな。でもスパチャが振り込まれたからさ、あれだいたいお前のおかげだし――」
頬をさらりとなでる玲菜の髪。
華やかな香りに、海流は頭がくらくらするような感覚を味わった。
なるべく視線だけ動かすようにして、玲菜の顔を見る。
一瞬目が合うと、あわててスマホに視線を戻した。
「――あ、こ、このへんでどうだ?」
「うん、いいんじゃない?」
「あ、でも14時からしか席空いてないな」
「いいよ! それまで買い物つきあって」
「買わねぇぞ?」
「なによ、失礼ね。たかったりしないってば」
玲菜は座っている海流に手を差し出し、立ち上がらせる。
にぎった手を放さないまま、二人は駅へと向かった。
駅前のアーケード、ウインドウショッピングや、ゲーセンのクレーンゲームに、玲菜は普段以上にはしゃいでいるように見えた。
海流はあちらこちらと連れまわされ、レストランについたのは、予約した時間ぎりぎりになっていた。
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