第12話「身バレとエージェント」

 学校につくと、今日は玲菜れいなだけでなく海流かいるも同級生に囲まれることになった。

 一昨日の生放送中、玲菜は『しんかい』のことを何度も『カイル』と呼んでしまっていたのだ。

 一般のリスナーには意味不明でも、クラスメイトからしてみれば、点が線でつながったようなものだった。


「ゆずチューバーの『しんかい』って海流、お前なのか?!」


 言い方は違えど、だいたいまとめるとそんな質問ばかりだ。

 海流がマスクをかぶっているのは、単純に前世の魔王の姿を再現した結果である。

 元々クラスメイトに自慢できるなら正体を明かすことはやぶさかではないのだ。

 しかし、海流が口を開く前に、玲菜が大声で否定した。

 ダンジョン内では結構海流と仲良くしているところが配信されてしまっている。

 玲菜としては、それが何となく気恥ずかしく、思わず否定してしまっただけというのが正直なところだった。

 しかし海流は、事務所的になにかNGなことでもあるのかと気をまわす。

 結局なんとかはぐらかしたが、それでも、納得しているのは半数にも満たなかった。


『1年A組信玄海流しんげんかいる、同じく新居田玲菜あらいだれいな、2年B組獅子原虹愛ししはらにあ、以上3名は至急職員室に来なさい』


 騒ぎが治まりもしないうちに、校内放送が呼び出しを行った。

 海流と玲菜は顔を見合わせる。

 虹愛が同じ学校の先輩だということに初めて気づいたのだ。

 結局のところ「やっぱりしんかいの正体は海流じゃんか」という言葉を背に、二人は職員室へと向かった。


「あ、来た来た」


 職員室の前で、虹愛が手を振っている。

 海流と玲菜はちょっと足を速めて駆け寄り、職員室のドアの前で合流した。


「にゃんぴって同じ学校だったんだな」


「あれ? 言うてませんでした?」


「こら海流、虹愛先輩でしょ」


「ええですよ、クラスでもにゃんぴって呼ばれてますし」


「玲菜は知ってたのか?」


「……ううん、ごめん知らなかった」


「にゃんぴは知ってましたよ。れいぽむ有名ですし」


 そんな会話をしていると、職員室のドアがガラッと開いた。

 生活指導の先生が三人を見下ろしている。

 別に取って食われるというわけではないのだが、なんとなく体が動き、海流は二人を背中に隠すように前に出た。


「お前ら何をしたんだ? WDO(世界ダンジョン管理機構)の調査員って方がいらっしゃってるぞ」


 職員室の中を通って、奥の会議室へと向かう。

 中では二十歳そこそこくらいの黒スーツの男が、お茶を前に行儀よく座っていた。

 相手をしていた校長先生が立ち上がる。

 海流たちが男の正面に座ると、先生たちは部屋から出た。


「こんにちは。ぼくはWDOの調査員だ。すまないが名前は伏せさせてもらうよ」


「あ、ども」


 代表して海流が名刺をもらう。

 名刺には『エージェントA006』という名前が刷ってあった。

 腰を浮かせかけた玲菜と虹愛を手で座るようにとうながし、男は話を続ける。


「単刀直入に言うね。進玄海流くん、キミの使っているアレ、いったいなんだい?」


「アレ?」


「配信で『魔法』って言ってるやつさ」


「いや、魔法ですよ」


 男は「ふぅん」と左右の玲菜と虹愛をうかがう。

 表情からウソは言っていないと判断したのだろう、ポケットの中から小さなナイフを取り出し、海流の前に置いた。


「やって見せてよ」


「いや、できませんよ、ダンジョンの中じゃないと」


「ほんと?」


「ウソついてどうすんですか」


「そっかぁ、残念」


 ナイフを流れるような動作でポケットに片づけ、男は立ち上がる。

 海流もつられて立ち上がった。


「そんなに警戒しないでよ。何もしないよ」


「いや、そういうわけじゃ……」


「ま、キミたち『冒険者』は、WDOからいろいろ特権を享受してるってのは忘れないでね」


「特権、ですか」


「そ、ダンジョン関連施設を無料で使えたり、18歳未満でもダンジョン配信で収益を得ることができたりね」


 ゆずチューブでは、本来なら事務所にでも所属していない限り、18歳未満は収益を得られない。

 冒険者資格を停止された虹愛が『しんかいまとめ』を提案したのも、そのためだった。


「前世の記憶もあるんだろ? 海流くん」


「まぁ少しは。でもそんなの珍しくないですよね」


「まぁ少しならね。でも魔法の記憶はあっても実際に使える人間は珍しいよ」


「……あんま気にしてなかった」


「だからまぁ、キミは特別ってことさ。今後も『魔法』について聞きに来ることもあるだろうけど、その時はよろしくね」


 男は「じゃ、今日はこれで。配信がんばってね」と、帰ってゆく。

 結局一言も話を振られなかった玲菜と虹愛は、ただ顔を見合わせた。

 海流は、男の背中に不安を感じる。

 それは、魔王としての直感だった。

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