第09話「モンスタートレイン」

 地下2階。

 見た目は地下1階と変わり映えのしない鍾乳洞のようなダンジョンだったが、重苦しい空気感は明らかに違っていた。

 ただ、海流かいるのモンスター検知レーダーでは、近くにモンスターはいないと表示されている。

 ほっと息を吐き、海流は竹刀を中段に構えて警戒している玲菜れいなに、OKのサインを送った。


“画面越しにもわかる。ヤバそう”

“㊗2階到達!” 1,500円

“れいぽむ気を付けて”

“しんかい、ちゃんとれいぽむを守れよ”


「じゃ、2階に下りたし、気を付けて進みま……なんか来たぁぁ!」


「え?」


 突然、海流が金属バットを構え、周囲に魔法の矢マジックミサイルを数十発準備する。

 ドローンは天井ギリギリまで上昇し、海流と玲菜を俯瞰ふかんする位置をとった。

 視線の先、通路の曲がり角から冒険者が全速力で姿を現す。

 遠心力で壁にぶつかりながらもスピードを落とさず、その冒険者は海流たちのほうへと駆け寄った。


「あぁぁぁぁぁ! たぁすけてぇぇぇぇぇ!」


 ぼろぼろのパーカーとデニム。

 もともとダメージジーンズだったのか、攻撃を受けてそうなったのかもわからないそんな服装で、右手に持ったバールを振り回しながら、その男は叫ぶ。

 男を追いかけて曲がり角から現れたのは、大量のアンデッド。

 海流のモンスター検知レーダーに湧き出すように表示された光点の数を信用するなら、50体ほどのゾンビやグール、スケルトンの集団だった。


“うわヤベぇ!”

“モンスタートレインじゃん!”


「え! キモっ!」


「おいそこの! 早くここから1階に逃げろ!」


 海流の声に気づいた男は満面の笑みで横を走り抜け、光球に吸い込まれていった。


「よし、レイナ、オレたちも逃げるぞ」


 大量のアンデッドの集団。

 背後には1階へのワープポート。

 戦う理由は何もない。

 光球に触れようとした玲菜の視界の隅に、チャットの文字が見えた。


“あ、こいつダンジョン配信者の犬太けんただ”

“知ってる顔だと思った!”

“でも犬太っていつも2人組で配信してなかったか?”


 玲菜の手が止まる。

 彼女を守ろうとアンデッドへ向かって金属バットを構えていた海流が、イライラと振り返った。


「なにしてんだ! 早く行け!」


「ダメだよ! 逃げ切ってない人がまだいる!」


“かいる?”

“犬太の配信チェックしたら、もう一人にも同じくらいアンデッドが行ってるっぽい”

“二手に分かれて逃げたみたいだな”

“もしかしてカイルってしんかいの本名?”

“チーン……にゃんぴ可愛かったのに、南無ぅ”

“ヤバいな、にゃんぴ※ぬかも”


 ゆずチューブの不適切チャット監視機能が働いて「※」になってはいたが、海流にも玲菜にも、その文字が何を示しているのかすぐに分かった。


――死。


 その一文字が重くのしかかる。

 マジックミサイルを全弾発射し、とりあえずの時間を稼いだ海流は、それでも首を横に振った。


「今はオレたちが生き残る方が先決だ! WDOの研修で習ったろ、二次災害を引き起こす可能性がある場合は――」


「――見捨てるなんてムリだよ。だって、あたし勇者だもん」


 笑顔だった。

 困ったように眉尻を下げ、それでも玲菜は――勇者レイナ・アルトリウスは笑顔を見せた。

 前世、魔王の城で、対峙した勇者が同じ笑顔を仲間たちに向けたのを、海流は――魔王カイル・ヴァレリアスは見ていた。

 勇者の剣の力により、自分の命と引き換えに魔王を倒す。

 そんな結末を知ってなお、迷わずに足を踏み出した勇者の姿を。

 心臓を刺し貫かれ、恋に落ちたあの瞬間を海流は思い出した。


「あぁっ! クソっ! しかたねぇなっ!」


 ガリガリと頭をかき、ふっと鋭く息を吐く。

 ありったけの魔力を総動員し、呪文を詠唱すると、玲菜の身体は幾重もの防御魔法で包み込まれた。

 竹刀from勇者の剣with強化魔法も炎を噴き上げんばかりに脈動する。


「ありがとカイル! やっぱ最強だね!」


「あたりまえだ! ただし、やるからには絶対に成功させるぞ!」


「うん。まかせて」


「行くぞっ!」


 地面を蹴り、アンデッドの集団へと突っ込む。

 玲菜は剣の一振りで左右のスケルトンを両断し、海流はこぶしを前方へ握るだけでゾンビを圧殺した。

 戦闘以外に意識を裂くことができない海流のコントロールを逃れて、ドローンはモザイクもなくその姿をリアルタイムで配信する。


“うおお! すげぇ!”

“しんかいつええ!”

“モザイクなしだああああ!”

“れいぽむかっこいい!” 5,000円


 狂乱の戦闘生配信。

 のちに『しんかい無双』と呼ばれる伝説の配信は、まだ始まったばかりだった。

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