第08話「地下2階に行ってみよう」

 チャンネル登録者は順調すぎるほど順調に増え、3回目のダンジョン配信で1万人を突破した。

 2回目の配信で、これから毎週土曜日にダンジョン配信を行うことは発表済みである。

 二人の衣装はマイナーチェンジが行われ、ダンジョン外でも着ることができるよう、実物も作られた。

 玲菜れいなのほうは地上波の仕事も増え、そちらからチャンネルへのユーザ流入も起きている。

 なにもかもが順調だった。

 ……しかし。


“さっさと2階へ降りろ! へたれしんかい”

“れいぽむがんばれ~” 100円

“昨日『侍ism』の配信見たけど、あっちはもう渋谷2号ダンジョンの12階まで行ってたぞ”

“玲菜ちゃんも慣れてきたみたいだし行こうぜ”

“れいぽむがんばれ~” 100円


 チャットに出てきた『侍ism(サムライズム)』というのは、日本のダンジョン配信界隈では知らない者もいないようなプロ冒険者チームだ。

 世界ランク一桁のバケモノと同列に語られても困るのだが、それでも海流には単純な戦闘力だけなら誰にも――勇者以外には――負けない自信はあった。


「まぁたしかに。もうゴブリンの数もかなり減ってきたしな」


「そうよ、あたしもゴブリン探してウロウロするだけなのはもう飽きたわ」


竹刀しないfrom勇者の剣with強化魔法だとオーバーキルだしなぁ」


「ぷっ、なによそれ」


「レイナの剣の名前」


「センスっ! バッカみたい」


 最初は『芸能人』のネコをかぶっていた玲菜も、すぐに化けの皮がはがれ、今では素のしゃべり方になっている。

 芸能活動の一環であるゆずチューブ、本来なら許されない行動だ。

 一応事務所のほうからチェックは入ったのだが、どうも剣をふるった後にテンションが上がると、元に戻ってしまうようだ。

 しかしそれですら今は『素のれいぽむが見れる』という理由で、良いほうに解釈されている。

 結局うやむやのままOKということになっていた。


「2階へのワープポートは見つけてあるんだ。でもソロでドローンやライティング操作しながら戦えるか不安でさ」


「だから! あたしがいるでしょ! 信じなさいよカイ……しんかい!」


“そうだそうだ!”

“しんかいはれいぽむの言うこと聞いてればいいんだよ!”

“れいぽむがんばれ~” 100円


 玲菜を擁護するチャットがあふれる。

 ちょっとムッとした表情をマスクに隠したまま、海流はワープポート目指して歩き始めた。


「……じゃ、行くか」


「そうこなくっちゃね!」


 もうここ新宿1号ダンジョンの1階には、ほとんどモンスターは居なくなっていた。

 海流が週2~3回のペースで地道に狩り続けた成果である。

 ダンジョンへの入り口と同じような緑ともオレンジともつかない光のスリットの前に到着した海流は、マスクに隠された真剣な顔を玲菜に向けた。

 配信画面が、玲菜が参加するようになってから作った『準備中』の水着グラビア写真に切り替わり、音声も波の音だけが流れる。


「いいか、レイナ」


「なによ、改まって」


「ここから先はモンスターを掃討してないエリアだ、なるべく単独の敵を探すが、単体だけを相手にするってわけにもいかない」


「わかってるってば、こう見えても勇者よ」


「前世での戦闘の記憶が残ってるならいいが、剣道の技だけで戦おうとするなよ」


 前世での誕生から勇者と刺し違えての死まで、すべての記憶を持っている海流と違い、玲菜はついこの間一部の記憶を思い出したばかりだ。

 剣道で一対一の戦いを経験しているのと、前世から引き継いだ身体能力で楽に戦えているとはいえ、集団戦になればどうなるかわからない。

 海流の魔法によるサポートも、間に合うという保証はないのだ。


「もしかして、心配してくれてる?」


 映像も音声もオフラインなのを確認して、玲菜は海流のマスクを外す。

 不安げな顔が現れ、二人は一瞬だけ見つめあった。

 海流が目をそらす。


「……当たり前だろ」


 ふてくされたようなその物言いに、玲菜はほんの少し、笑った。

 マスクの内側に軽く唇で触れ、チュッと音を鳴らす。

 顔を上げた海流にマスクを戻すと、竹刀をぶんぶんと勢いよく素振りして、「よぉぉっし!」と気合を入れた。


「大丈夫! 行こう! リスナーさん待ってるよ!」


「……あぁ。行くか」


 マスクの裏で顔を赤らめながら、海流もうなずく。

 配信画面をライブ映像に戻し、「お待たせしましたっ!」と元気よく唱和して、二人はチャット欄のカウントダウンに合わせ、地下2階へ続く光球に触れた。

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