第07話「魔王の憂鬱」

 初コラボのダンジョン配信の翌日。

 教室は玲菜れいなの話題でもちきりだった。

 彼女の周囲にはほかのクラスからも生徒が詰め寄せ、輪を作っている。

 楽しそうに話の中心にいる玲菜とはうって変わって、いつも通り教室の端に座っている海流かいるは、面白くなさそうに教室の外を見ていた。


「どうしたよ海流、お前新居田あらいだと付き合ってるんじゃないのかよ」


「付き合ってないって」


「いいのか? 仕事とはいえ、若い男と二人っきりでダンジョン配信なんかさせて」


「だから関係ないって」


「見たか? 新居田の衣装。あれグラビアよりエロかったぜ」


 しつこいクラスメイトに辟易し、海流は返事をやめる。

 それでも話は止まらず、海流は聞き流しながらちらりと玲菜へ目を向けた。

 確かにエロかった。

 配信に乗った衣装以前の本来の勇者の鎧を思い出し、急に座り心地の悪くなった椅子の上でもぞもぞ動く。

 最初は契約に入っていなかった衣装について難色を示した事務所側も、直後からの盛り上がりと問い合わせに、すぐ手のひらを返した。

 スパチャも十数万円に上り、手数料を引かれても十万円ほどが懐に入る。配信の再生数はすでに過去最高になっている。

 海流に不機嫌になる要素など何もないはずだったのだが、それでも気分は晴れなかった。

 始業の鐘が鳴る。

 教室に現れた先生の「よーしおまえら席につけー」というやる気のない言葉に、生徒たちはクモの子を散らすように去ってゆく。

 結局その日は丸一日、授業が終わるたびに同じ光景を見ることになった。


 ◇ ◇ ◇


「ねぇねぇ、こんどいつコラボする?」


 マネージャーに紙コップのコーヒーを渡された会議室の席で、隣に座った玲菜はにこにこ笑っている。

 海流は黙って甘いコーヒーを一口飲んだ。


「その話はまた後で。しんかいさん、昨日はコラボありがとうございました」


「いえ、こちらこそ。でもいいんですか? スパチャとかぜんぶオレがもらっちゃって」


「本来ならそちらのチャンネルで宣伝していただくので、こちらがお支払するんですよ。今回はゲスト出演じゃなく、あくまでも『コラボ』ですからね」


「あ、そういうもんですか」


「ええ、以前お渡しした契約書にも記載があります。ご一読お願いしますね」


 本来なら、とマネージャーは言ったが、そもそも自分のチャンネルを持たない玲菜がコラボということ自体がおかしいのだ。

 そのことに海流は気づいていない。

 今回のゆずチューブ出演は、いざとなったら切り捨てられる実験場という意味合いが強かったのだ。

 だが上手く行った以上、それをわざわざ公言する必要もなかった。


「それでですね、先ほどの新居田の話のつづきになるんですが」


「つづき?」


「はい、もししんかいさんさえよろしければ、定期的にコラボを実施していただきたいんです。こちらとしましては、できれば継続的に、週一くらいで配信していただけるとありがたいです」


 願ってもない申し出だった。

 ゆずチューバーとして生計を立てようなどと思っていたわけではないが、これからもゆずチューブを続けていくなら受けない理由はない。

 それでも、学校で感じた不機嫌の元のようなものが、また海流の胃を重くした。


「それでですね、今後のコラボについては弊社規定の料金をお支払いしたいのですが、その場合しんかいさんには個人事業主として開業届を出していただきたいんです。税処理上のお手伝いは弊社の管理会計士が無料で行いますので」


「え、ちょっと待ってください。なんか話が大きくなってませんか?」


「弊社の試算ですと、サラリーマンの年収ほどになるかと思われますので」


「……既定の料金っていくらなんです?」


「そうですね、基本は一回の出演につき、チャンネル登録者数×3円からになります」


 現在のしんかいチャンネルの登録者数は、昨日一日で跳ね上がって5千人強。

 月に4回配信すると月給6万円。やる気のないアルバイト程度だが、マネージャーが言うには、これから登録者数はどんどん増えるだろうとのことだった。


「うそー! あたしより稼いじゃうんじゃない? 人気ゆずチューバーじゃん」


「とりあえず1年間の契約でお願いしたいんです。ぜひご一考お願いします」


 一応未成年ということで親御さんにも相談してから決めてくださいと送り出される。

 親に無断で冒険者登録し、ゆずチューブ配信をしていたのがバレ、しこたま怒られることにはなった海流だったが、結局最後には事務所の申し出を受けることになる。


 ある意味、これが伝説の始まりだった。

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