第9話 やさしい言葉





 翌朝、朝から賑やかな店内の端のテーブルで昨日の『小人の大皿亭』でケイシーがオススメしていたスープを食べてから共に冒険者ギルドに向かう事になった。


『あの、エル。その、き、今日は何するの?』

『えっと、冒険者ギルドに行ってから魔物討伐に向かおうと思っているよ』

『へ、へー。そうなんだ。冒険者ギルドにねぇ…』

『うん。まだウルフ系の魔物とは戦った事が無いからウルフ系の魔物の情報があればいいな、って思ってる』

『ふーん。そっかーそうなんだー。ウルフ系の討伐かぁ。ひ、1人じゃあ大変なんじゃないかなぁ……』


 そう言っているケイシーは長い前髪の間からチラチラと私を見ている。


『・・・ケイシー。一緒に冒険者ギルドに行く?』

『!い、いいの!?うんうん!行く!行くよ!』


 と、ケイシーの露骨な着いて行きたいアピールに負けて。


 やっぱり昨日のパーティー追放の話が効いている。『ずっと一緒にいた大切なパーティーに裏切られた』それは、少なからず私と被っている。そう思ってしまった。


 ただ、ルンルンで冒険者ギルドに向かうケイシーを見て思う。


 …初心者の私に着いて行きたいと思うなんて、何か企んでいるんじゃないのかと考えてしまうのは警戒しすぎだろうか。


「冒険者ギルド!誰かと来るの、何時ぶりだろう……」


 何も警戒する人は第3王子の追って以外にも冒険者になりたての初心者を狙った詐欺師とかがいるし…なんて考えていると、冒険者ギルドに着いた瞬間、テンションを上げたケイシーだったが、それと同時に色々思い出したのかダメージを受けて暗くなってしまった。


「私は誰かと来る事が初めてだから、嬉しいなー」

「そ、そうなの?本当に?」

「本当だよ」

「本当の本当に?」


 考え事は一旦棚に上げて棒読みの言葉に食いついてきたケイシーに『本当?』と訊かれてそれに答えてを繰り返し、冒険者ギルドに入った。


 朝から騒がしく、どの魔物を倒しに行くかやすでに酒を飲んでいる冒険者たちがいる冒険者ギルド内を歩き、受付カウンターに向かう。


「冒険者ギルドへようこそ!どのようなご用件ですか?」

「えっと、ルフメーヌの森の魔物の目撃情報をください」

「はい、かしこまりました。では……」


 魔物の目撃情報は冒険者が帰って来た時に聞いた情報を照らし合わせているらしく、毎日情報が更新されていく。簡単な情報だと50ゼタほどで、もっと詳しい情報だと100、500、と上がっていく。

 これ自体は冒険者登録をした時、受付の女性に『情報収集を怠ると、それだけ危険が高まりますよ』との言葉と一緒に教えてもらっていた。


 昨日はふーん、くらいだったのでお金が寂しい事もあり、情報は得ずに森に行った。そして強いゴブリンに遭遇して考えが変わった。毎回毎回、あんな目にあったら身が持たないので、今回からは情報収集してから行こうと思った。


 そう思ったのはケイシーに会ったお陰だが、あの時の状況を思い出すと感謝しにくい。こっそり感謝して接すれば大丈夫か。


 情報を一通り聞き、依頼書を見て冒険者ギルドを出る。




 通りに行き、私は乾燥野菜とチーズ、ケイシーは矢を買い、お腹が空いた私達は領主の館の前にある広場の中央に剣を地面に刺し凛々しく立つ銅像。その周りにある見るからにちゃんとしているお店。…の近くにある屋台でお昼を買った。


「こ、ここでちょっと休憩しようか」

「うん。そうしよっか」


 ケイシーにオススメされた食べ物を持って、良さげな場所に腰かける。


 ここから見える広場で大人達が話している。少し離れたところで子供が遊び、老人がその様子を見て目を細め笑顔になっている。


「このベーコンチーズサンド美味しい。しょっぱくないし、挟んであるレタキャとマトマでさっぱりして食べやすい」

「そう、で、でしょ。とっても美味しいよね。アーリンジュースも、美味しいよ」

「本当だ!アーリンを沢山使っているのかな?味が濃いね」

「う、うん。形が悪くて売れ残った物を安く買って作っているって、聞いたよ」


 どちらも安い値段で買えたのに、美味しくてビックリする。お値段以上の屋台なんて見つけるの大変そうなのに、よく知っているなぁ、と大口でかぶりついているのに口にはソースも何もついていないケイシーを見る。

 …食べるのうまいな。


「へぇ、そうなんだ。ケイシーは色々な情報を知っていて凄いね」

「そ、そんな事はないよ!ただちょっと、必要だと思ったから覚えているだけだし……わたしなんか大したことないよ」

「そんな事は……」


 思った事を言ったのだが、ケイシーは自分を卑下して俯いてサンドイッチを食べる。

 卑下の言葉を言い慣れている姿に、それが当然でみんなそう思っていると思い込んでしまっているケイシーに、どんな言葉を掛ければ自信を取り戻してくれるのだろうか。辛い思い出を忘れてしまえるくらい笑顔になってくれるのか。


「…そんな事ない。ケイシーは凄いよ。私よりも知識があって何でも知ってる。剣持ちのゴブリンの時も助けられたし、感謝してるよ。ありがとう」


 私が話し出すと、俯いていたケイシーは顔を上げて私を見た。


 考えても魔法のように全てを解決する言葉は思い付かなかった。

 でもその代わりに、ケイシーを真っ直ぐ見つめて、本心からそう思っていると伝わるようになんの変哲もない言葉を伝える。


「・・・う、う"ん"!ごぢらごそあ"りがどう!」


 目を見開いて、口を真一文字にしたケイシーはお礼の言葉を言うと同時にボロボロと泣いて私に抱き付いた。突進と言える衝撃がきた私は後ろに倒れそうになるが持ちこたえてケイシーを抱きしめ返す。


「うん。どう、いたしまして?」


 喜んで、くれたみたいで良かった。本当に、だから鼻水を私の外套で拭かないで。お願いだから。

 ギューっと抱き締めるケイシーに言うわけにもいかず、私の外套はケイシーとの仲を深められた事への生贄となった。


「ズズっ、ご、ごめんね。もう大丈夫だから。あとその、外套新しいの買うから」

「うん…」


 一通り泣いて、遊んでいた子供が飲み物を飲んで休んだ頃にやっと落ち着いたケイシーに謝られながら、新しい外套を買った。


「ふ、古着にしても安かったね!」

「うん。汚れたり破れたりしてないキレイな外套なのにラッキーだったね」


 昨日ゴブリンに追い掛けられた時に外套が破けていたらしいケイシーと一緒に買った外套は最近大量に売られたという茶色の外套だ。


「今日の依頼が終わったら俺、恋人とラフィシルト産のワインを飲みながらディナーするんだ!」

「じゃあ、気合い入れて頑張らないとな!」

「羨ましい奴だ…!」


 古着屋の近くで話をしていた冒険者も茶色の外套だし、空前の茶色外套ブームのようだ。冒険者の会話に耳を傾けてしまったが、『○○が終わったら××するんだ!』って言葉を言うと不幸が起きるって言われていたと思うけど大丈夫だろうか。


「…でも見つからないな」

「ああ…それっぽい奴はいるんだが」


 3人コソコソと1段トーンを落として会話をし始めたが、私が風下にいるからか普通に聞こえる。内緒話ならもっと隠れてした方がいいのではないのか。


「おう、殿下の命だ。早く見つけたいぜ」


 だが、1人が言った言葉に固まる。


 周りから音が無くなったかのように感じて、一歩また一歩と少しずつ冒険者の男たち───いや、冒険者のフリをした男たちから距離をとる。


「…?ど、どうかしたの?」


 突然動きがおかしくなったエルにケイシーは首を傾げる。

 何かおかしな事はなかったはずだ。でも、エルはなんだか普通の子とは雰囲気が違う。エルには分かる何かがあったのか。


「ごめん・・・!」

「ええ!?」


 不思議そうに私を見ているケイシーにまともな説明すらせずに、角を曲がって男たちが見えなくなったのを確認した私は走っていった。



 ◇◇◇



「ハァ、ハァ、街の外にまで行けば、大丈夫だよね?」


 殿下という言葉を聞き、走ってその場から離れた私は昨日と同じ街の外の森に入って街が見えなくなったところで立ち止まった。


「…兎に角、この街から一刻も早く離れて、逃げないと・・・」

「エル!」


 ルフメーヌから離れ、どこに行けばいいのかと考えていた私の耳に、ケイシーの声が聞こえた。


「ケイシー?」

「ま、待って…ッ!みぎゃあ!!」

「…大丈夫?立てる?」


 私を追ってきたらしいケイシーは、私を視界に納めるや否や木の根っこに足を引っかけて転ぶ。


「うん、大丈夫。突然、おいて行かれるよりは、全然大丈夫だから」

「…ごめん」

「ごめんじゃないよ!どうしてなのか言ってよ!わたしが悪かったのなら、正直に言ってほしいの!…また突然、いらないって言われたくないの!」


 手を差し伸べた私の手を取らずに自力で立ち上がったケイシーは、土だらけの顔を涙で濡らして訴える。


「…大丈夫だよ。ケイシーの所為じゃないから、私の問題だから」

「エルの問題ってなに?わたしじゃ力不足だと思うけど、頑張って考えるよ!だから教えて、エルは何を抱えているの?」

「それは…」


 必死に話すケイシーの顔が見れなくなって、私は下を向いた。なんて言えばいいのか、言ったらケイシーを巻き込んでしまうんじゃないのか、そんな考えがグルグルと頭を駆け巡る。


「ケイシーには関係ないでしょ」


 考えて、どうすればいいのかわからなくなって、そうして放った一言はケイシーを突き放すような、酷い言葉だった。


「…ッ!エル……うん。そうだね。そうだよね、確かにわたしはエルの問題には何の関係もない、昨日今日知り合ったばかりの人間だ」

「ケイシーあの、その」


 傷つけてしまった。寄り添おうとしてくれたケイシーをその心を傷つけた。そう思うと涙が溢れてきて、謝らないと、と顔を上げた私の目に映ったのは優しく微笑み、暖かな瞳を向けたケイシーだった。


「でもね、でもねエル。わたしは知っているよ。エルが見ず知らずのわたしを助けてくれた事を、一緒に楽しく食事をした事を。…何を抱えていて、苦しんでいるのか、それは知らないけど、今から知ればいい。わたしはわたしの為に戦ってくれたエルの助けになりたい」


 唇を噛みながら、腫れ物を触るように取られた手を包み込んでケイシーは迷わずに言う。


「…面白くない話だよ」

「全然大丈夫!」

「聞かなきゃ良かったって思うかも」

「そんな事ないよ!それならわたしにだって話さなきゃいけない事があるし…」

「…それならたぶん昨日聞いたよ。パーティーを追放された話でしょ?」

「えっ?そうなの?いつ、いつ話したの?」

「覚えてないの?昨日の酒場でお酒を沢山飲んで話し始めたよ。何回も」

「え、ええぇ!そんなぁ、覚悟を決めたのにぃ!」


 フワリと軽くなった今の気分は、きっと気のせいじゃないと思う。ケイシーに出会えて良かったと嬉しくなった。


「じゃ、じゃあ、もう1回!もう1回聞いて!」

「どうして?」

「だって、せっかく話す覚悟を決めたんだし?この機会に思っていたことを全てぶちまけたいの!」

「ぶちまけるって、ふふっ、ふふふ、あはは!」

「ひっ、酷い!人が一生懸命乗り越えようとしている時に!」

「だって…!ぶちまけるなんて、ふふっ、そんな言葉、あははっ」

「も、もう!ふふ、怒っちゃうよ!わたし、ふふっ」


 ケイシーの言葉にどうしてなのか笑いが止まらなくなり、その上ケイシーもつられて笑いだした。さっきまで泣いていた酷い顔で、互いに笑い合う。


 少しだけ、この冒険者の友人を信じようと思った。


「ケイシー怒れてないじゃん…!ふふっ」

「ふふふ!エルの所為でしょー!」


 ちなみに笑いすぎて疲れてしまったので、お互いの事を話す前に一旦休んだ。




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