七夕

こばなし

七夕

 子ども部屋おじさんの俺。何かになりたいと思いながらも、実家でのうのうと過ごしている。定職には就かず、職を転々としながら口だけでは「独立して自由に働いてやるんだ」とほざいている。


 こう言うとハイスペックかつ、それ故に上の役職と揉めるような、そんな人物像を想像するかもしれない。残念ながらその想像はハズレだ。「独立して自由に働いてやる」という俺の願望は、現状の勤め先ではどちらかと言うと逃げる理由として用いられる。


「俺は独立して自由に働くので、今のところはこき使われておこう」とか、


「独立してしまえばこんなことをする必要もなくなるので、今だけは黙って残業しよう」とか。


 それならばまだいい方で、

「独立したらこんな知識は使わないので、とりあえず分かったフリしとこ」

 などと考えて仕事に臨む時があり、その後のことは始末に負えない。


 こうやって改めて自分を分析してみると、笑えるほど惨めだ。常日頃想像している創作上の登場人物よりよっぽど滑稽で面白い。


 そんな俺には似ても似つかない姉が居る。


 俺が卑屈な笑みを浮かべれば、姉は愛らしさ100%の無敵の笑顔をふりまく。

 俺がどうでもいい隠し事をしているのに対し、姉には興味をそそられるミステリアスさがある。

 俺が周囲から白い目で見られるような凡ミスをかませば、姉はお茶目で他愛のない間違いをし、抜けている一面を見せる。

 そんな天才的なアイドル様のような姉には子どもがいる。ちなみに隠し子ではないし、一人っ子だ。


 七夕を前に、姉とその子ども(俺にとっては甥っ子)が実家に帰ってきた。旦那さんは出張で御一緒できないらしい。

 家の慣習として7月7日は七夕の飾り付けを行っている。既に玄関には笹が飾られていて、母も父も願い事を短冊に書いて取り付けている。『長男が現実を見てくれますように』と書かれた短冊は見ないことにした。


「七夕に何をお願いするの?」

 無邪気な甥っ子が俺を見上げて問いかけてくる。こういう時、返す言葉は決まっている。

「おじちゃん、叶えたい願いは自分で叶えるから。皆の願いが叶うようにお願いしとくよ」

 キメ顔で言い放った。きっと甥っ子も、これで俺のことをカッコイイと思ってくれるに違いない。

 しかし小学三年生の甥っ子の口から返ってきたのは予想外の言葉だった。

「僕はね、自分のお願いが何かを考えることが大事じゃないのかな、って思うの」

「……」

 思いもよらない反応にキョトンとする俺。甥っ子は更に続ける。

「ありきたりな願いを笹の葉に書くんじゃなくて、本当に自分がやりたいことは何か。それを考えることに七夕の意義があると思うんだよ」

「……」

 自分と向き合ってちゃんと考えろ。それをしないのは、逃げだよ。

 言葉の裏にそんな指摘が隠されていた気がした。

 甥の言葉に、さながら懐に忍ばせたナイフで刺されたかのような、そんな痛みを覚えた気がした。


***


「良い願いなんじゃない?」

 七夕当日、笹の葉の短冊を見た姉が言う。

「本当にそう思ってるのか?」

「私があなたを馬鹿にしたことはあっても、あなたの夢を馬鹿にしたことがあった?」

「俺そのものは馬鹿にしてるのかよ」

 いつもの調子で姉が言う。昔ながらの姉弟間のやりとりだ。

「作品ができたら息子に読ませてあげて。きっと喜ぶわ」

「どうかな。あれだけ賢けりゃ色々な間違いを指摘されそうだが」

「ふふ。正しいか正しくないかではなく、面白いか面白くないかの世界。でしょ?」

「……まあ、そうだな」

 がんばんなさい、と姉は俺の背を叩く。

 笹の葉には、『誰かを感動させられる作家になれますように』と書かれた短冊が、家族の願い事と一緒に揺れていた。


<了>

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七夕 こばなし @anima369

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