08話
「これをどうぞ」
一応、紬先輩にも渡す物を買っておいたが渡すときはこなさそうだ。
三ヶ月ぐらい経過したときにまだ持っていたら先輩に渡してしまうことにすると決め、とりあえず切り替えた。
「私からはこれね」
「ありがとうございます、後で開けさせてもらいます」
本人がいるところで確認をするべきだがなんとなく恥ずかしいからこれも後回しだ。
しかし……何故こうもそわそわしているのか、トイレにならさっきいっていたから理由がわからない。
美味しいご飯を食べたいということならもう食べられるから慌てる意味はないし……。
「あ、間違えたわ、ちょっと待っていなさい」
「あ、はい」
廊下に消えて、なんなら音的に家からも出ていく先輩、父もいないから早い段階で帰るのはやめてもらいたかった。
「はい」
「じゃ、じゃーん」
随分とでかいプレゼントを……って、なんだこれ。
一緒に過ごせないと言っていたのはなんだったのか、それと帰る気満々な感じの先輩はなんなのか。
理由を聞いてみると「これはマジなんだけどお腹が痛くなったから帰るわ」と教えてくれたが……。
「え? 紅羽先輩に協力してもらった……?」
「う、うん、こう……肇くんの方から一生懸命になってもらいたかったんだけど……」
「俺が紅羽先輩と仲良くしていただけで困ったと、流石にそのままにできなくて今日来たということですよね?」
「うん……あ、元々クリスマスに合わせて動くつもりだったんだよ」
そりゃ……近くにいてくれるのが先輩だけだったらそうなって当然だ。
俺にとって友達は彼女と先輩の二人だけ、はぁ、何故今回も余計なことをしてしまったのか……。
「なにやっているんですか……」
「い、いや、私の方が慌てていたからねっ?」
「とりあえず紅羽先輩を止めてくださ――あの人もなんなんだ……」
顔を見せない云々はどこにいったのかと今度はスマホで聞いてみたら『一緒に過ごしたでしょ』と返ってきた微妙な状態になった。
もう途中まで走ってしまったみたいだから諦めて変なことをやらかしてくれた彼女とのそれをなんとかすることにした。
「え、あの男の先輩といたのも紅羽先輩が言い出したことなんですか?」
「うん、一緒に過ごしていればなんとかなるって、『肇が慌ててやって来るわ』って言ってくれたから……」
「変なことに巻き込まれた男の先輩が可哀想です」
もし仮になんらかの気持ちがあった場合に申し訳ない気持ちになる。
関係ないようであるから気になるのだ、今度、学校が始まったら謝りにいこう。
「あ、そのことなら大丈夫、好きなお菓子を買って食べてもらうことで喜んでもらえたから」
「菓子で動くって……」
「物凄くいい笑みを浮かべていたから適当というわけじゃないと思うよ?」
内がどうであれ、思い切り不満をぶつけるわけにもいかないから俺だって同じようにするだろう。
「はぁ、普通にいてくれた方が俺的にはよかったです」
「うっ、こ、こういうときに上手くできないのが私なんだよ」
「昔からそうですけど、そういうところが物凄くもったいないですよ」
それなりに高レベルの容姿で、それに負けないぐらいの性格で、一緒にいてくれるだけでこちらも明るくなれるぐらいなのにたまにやらかす。
人間だからミスをしないなんてことはありえないが彼女の場合は自分から動いたときに必ずこうなるから、うん、動きたいなら全部吐いてからそうするべきだと思う。
「そ、それでなんだけどさ……やっぱり私がいない間、特になにもなかった……のかな?」
「なにもありませんでしたね」
「あの、その、私といられなくて寂しいとか……」
「紅羽先輩がやたらと優しかったので特には……」
こちらの首を変な方向に向けようとする以外は本当に優しかった。
普通にクリスマスまでやれたのは先輩のおかげだと思う、いなかったら……どうだったのかはわからないな。
そこまで依存しているわけではないから案外、一人でもこれも学生らしいなどと吐いていたのだろうか?
「うわーん! 全部裏目に出ているよー!」
「最初からわかりきっていたことですよねそれ」
後悔先に立たずか。
「ぐは……」
「あ、ちょ……危ないですよ」
倒れないように止めると虚ろな目で「……私は馬鹿です、あと、肇くんが求めている紅羽ちゃんを連れてきます……」と、これもお決まりのパターンだから違和感はないが本当にもったいなかった。
「いや、本人に一緒に過ごすつもりがないならいいですよ、紬先輩も自由に行動してください」
「肇くんと過ごすよ!」
「はい、それならなにかを食べにいきましょうか」
「いや、いまから私が作っちゃうよ! 外に買ってきた食材があるんだよ!」
それなら少しだけでも手伝わせてもらおう。
台所まで運ぶことはできるし、戦力外通告を受けた俺でもサラダを用意することはできる。
今回は彼女も受け入れてくれたから唐突にこうなったこと以外で気になることはできなかった、ちなみにご飯を食べる前に買っておいたプレゼントを渡しておいた。
「た、食べすぎたぁ」
「だからそういうところですよ、上手くコントロールしないと駄目です」
……正直、本来普通の二人なら食べきれない量があったから助かった形になる。
あの細い体にどうやって入れているのか、食べすぎたと言っている割にはトイレに駆け込もうとはしていないうえにまだ余裕を感じるぐらいだ。
「で、でもさ、自分で言うのもあれだけど美味しそうなご飯が目の前にあったらやっぱりいっぱい食べたいよ」
「でも、食べすぎたらいい思い出ではなくなってしまいますからね」
「うっ」
「ただ、作ってくれたご飯の方は凄く美味しかったですけどね」
「ぜ、絶妙なタイミングっ、経験値が高いぜ……」
使った食器なんかを片付けてその後は……どうするのだろうか。
仮に先輩と過ごしていた場合でも泊まることはなかっただろうから彼女の場合もそうなるかもしれない、となると、寒い外に出なければならないからきちんと暖かい格好をしなければならない。
とはいえ、露骨にやってもそれはそれで微妙だ、帰るにしても泊まるにしても話の流れで自然にやらなければならない。
「あー動きたくないなー」
「それなら家まで運びましょうか?」
自然……のようなそうではないような、一歩間違えれば帰ってほしいようにも聞こえるからどちらかと言えば悪い方が勝つか。
「寒いとわかっている外に出たくないなー」
「それなら泊まります?」
急に体を起こして「きょ、今日はクリスマスなんだよ!?」と慌てる彼女、その点に関してはこうして過ごしている時点で意味はないから簡単にスルーすることができる。
大体、彼女は絶対にそんなことを期待していない、だったら家まで運ぶと言ったときに「お願いね」となっているからだ。
「はあ、それでどっちにしますか?」
「え、なんか冷たい……」
「俺はどっちでもいいですよ、泊まってくれるならもっと話せるのでいいですね」
「だからそれ! ずるいよ」
「特に狙っているわけでは、どっちでも一緒に過ごせたことには変わらないので俺からすればいい一日と言えるんですよ」
本当は優しくしてくれた先輩にもいてもらいたかったが仕方がない。
「さ、流石に着替えるための服は持ってきていないよ?」
「なら送ります、今日は楽しかったで――どうしました?」
「い、いまはまだ十九時半にもなっていないよねっ? だから服を取ってくればなんとかなるよねっ?」
なにかを食べる前に先輩が帰ってしまったからこの時間でも――いやでも、よく色々と作ってくれたのにこの時間に終わったな。
それだけ効率的ということか、もし彼女が家族の一人だったら何回戦力外通告を食らっていたのか……。
「それなら俺が紬先輩の家にいきましょうか?」
「うぇ!? と、泊まるってこと? ……クリスマスの夜に私のお部屋で二人きり……」
「あ、その場合はあそこを借ります」
「それは駄目だよっ、そんなことをされるぐらいならお部屋で寝て!」
「紬先輩が大丈夫なら寝ますよ」
なんて、こう言っておけば「や、やっぱりお部屋は不味いからね」と自分の方から変えてくれる。
断れば断るほど意地を張ってしまう確率が高まるから上手くやるのだ、俺は実際にこれで乗り越えてきた。
「わ、わかった、私だって適当にこうして戻ってきたわけじゃないからね」
「え、あの――」
「大丈夫、そもそも私は――あー! い、いくなら早くいこ?」
「わ、わかりました」
少しだけ追加で掃除をしてから鍵をしっかり閉めて移動を始めた。
その最中、ずっと黙っていた彼女だったが流石に家に着いたら話し始めてくれたから助かった。
少し後悔したのは風呂に入ってこなかったことで、何故か洗面所に彼女がいる状態で入ることになってしまったという……。
「それじゃあお風呂に入ってくるね」
「はい」
「あ、ベッドで寝ていてもいいよ?」
「いえ、ここに座って待っています」
「本とか読んでいいからね、それじゃあ、いってきます」
やたらと真剣な顔をしていたなぁ。
歯磨きなんかも済ましたからもう寝ることができる状態だ、つまり奇麗な状態だから寝転ばせてもらった。
天井を適当に見て、なんとなくベッドの方に意識を向けると昔と変わっていなくて笑いそうになった。
「漫画も増えている」
仲良くしていても部屋に入らせてもらうことは少なかったからそれでも色々と変化しているところはあるがな。
「ただいま~」
「ぐぇ」
扉を開けてから踏み出す一歩が大きすぎて足の着地点は俺の腹となった。
これは俺が悪い、ただ、踏まれて喜ぶような趣味がないとわかってよかった。
「あ、ごめん」
「い、いや大丈夫です」
「ふぅ、ちょいちょい、肇くんも横に座って?」
「はい」
うんまあ、別に緊張とかはしないからベッドに座ることになっても慌てる必要なんかはない。
ここは贅沢にもエアコンがあって稼働している状態だからなのか少し薄着な彼女ではあるが際どいわけではないからその点でも問題はなかった。
「足を借りてもいいですか?」
「はい」
「それじゃあお邪魔します、おお、下から肇くんを見ることってないから新鮮だよ」
「二重顎になっていませんか?」
運動不足はやはり目立つ、この前の転びそうになったのだってなにも眠たかったから、だけではない。
そりゃそうだ、大して動いてもいないのにご飯だけ動いていたときと同じ量を食べていたら影響は強く受けることはわかりきっていることだ。
「シュッとしているから大丈夫だよ、うん、意外と髭も生えていないね」
「その都度剃っているだけです」
「ジョリジョリしていないよ?」
「あの……」
やはり先程のあれは演技だったのか、気にしていたらこんなに近くで、そして相手にベタベタ触れることなどできないはずだ。
「そっか、肇くん的には男の子なんだから逆の方がいいよね? ……紅羽ちゃんにしてもらったって聞いてからこっちもやろうとしていたの忘れていたし……うん、だから私がするよ」
「あー」
「いいからいいから、はい、どうぞ」
「お邪魔します」
今回は大人しく自然な方向を見ていると「どうかな?」と聞かれたから柔らかいとは答えずに頭が痛くないという言い方をした。
誤解をしてほしくないし、彼女に慌ててほしくないから多分これでいい。
「いい子いい子……って、私の手を掴んでどうしたの?」
「俺の理想は紬先輩が紅羽先輩と仲良くしたうえで他の気になる男子のところにいくことでした」
「うぇ、じゃ、じゃあいまのこれは……」
「でも、そんなのは結局選ばれなかったときの言い訳でしかなかったんです、二人が消えたときに仕方がないと言い聞かせるためでしかなかったんです」
そりゃ友達には誰だっていてもらいたいわな、来てくれているなら優先してもらいたいとも考える。
過去にこういう話し合いをする必要はなかったかもしれないが今回は言う必要がある気がしたから口にしている、慌ててほしくないと言っても逃げてばかりもいられないのだ。
「な、なら本当は違うの?」
「なるべく言わないようにしてきましたけど一緒にいてほしいです、この点に関しては紅羽先輩にも同じですけど紬先輩がどうしてもと言うならちゃんと差を作ります」
「それって……」
「あっちもこっちもってやるのはよくないですからね、あ、紬先輩の中になにかがあればですけど」
このタイミングで戻ってきたということは……という考えが強くある。
いまのも保険をかけていてださいが本当にあるなら彼女にとっても悪くない話だろう。
「……く、紅羽ちゃんに厳しくなる肇くんも嫌だな、いやもう本当にこの前と言っていることが違って申し訳ないけど……うん」
「紬先輩が許容できるのならいつも通りにやらせてもらいますよ」
その方が助かる、自然にやれる。
「だったらそれがいい、え、だってそのうえで肇くんを貰えるんだよね……?」
「何回も言いますけど紬先輩が求めているなら、ですけどね」
「……求めていなかったら今日慌てて参加したりしないよ」
「はは、そうですか」
彼女が消えたから先輩と~などの考えはなかったがまさかこうなるとは。
彼女達がしてくれたことに比べれば大したことはできていないものの、それでも動けたことは複数回あるからそこで引っかかることも……多分ない。
というか、無駄な保険を重ねがけしなくいいことを考えれば本当にありがたいことだった、あとは昔の夢が叶った点についても……な。
「もう恥ずかしい!」
「ぶぇ――」
「もうこのままなにも喋らせないからね!」
うん、だからこうして圧死しそうになってもよかった。
昔、付き合いたかった異性の胸の中で死ぬというのもまた一つのいい人生と言えるのではないだろうか? いやまあ八割ぐらいは冗談ではあるが。
「それでも鬼というわけじゃないからね、一回だけ発言を許可します」
「首が折られなくてよかったです」
「はい可愛くない! 罰としてずっとこのま……ま」
「変なことで争っても仕方がないので優しくいきましょう」
俺から何回もやるというのは現実的ではないとわかった。
関係が変わってからも彼女が積極的にやれなければなにもなさすぎてあっという間に終わってしまいそうだ。
でも、終わってほしくない、だからたまにはこうして頑張らなければならない。
「……あのさ、紅羽ちゃんから告白をされたりしなかった?」
「はい、やたらと優しかったですがなかったです」
「……隠しているだけなのかな」
「いやそれはないかと、なにかがあれば紅羽先輩なら言いますよ」
気になるとかなんとかで先輩を召喚しようとして先輩も来ようとしてしまったから迎えにいくことにした。
ちょっとやることがあるらしいため一人で出たのだが、無駄に外で先輩が待っていて微妙な気分になった。
「早かったわね」
「帰らないでくださいよ」
「でも、あそこで帰らないと紬が勇気を出せなかったでしょ? あ、おめでとう」
「ありがとうございます」
あの約束のためにも最後まで過ごしてからの方がよかったがな。
「私も本当は……」
「えっと」
「ははは! 肇のことを男の子として見られないなんてことはないけどないわよ! だって私は紬の気持ちを昔から知っていたんだからね」
「あれ、最近のことじゃなかったんですか?」
ならこれまではずっと抑え込んでいたと? 何故そんな無駄なことをしてしまったのか、俺のどっちとも的な考えが強くなったのはそういうところからきているというのに。
「え、違うに決まっているでしょ、あの子なんてあんたが転んだのを見たときから気になっていたのよ?」
「いやそれは心配だったからじゃ……」
「あんたはまたそれね、なんでもかんでも心配だから来ているという考えはやめなさいよ」
「やっぱり一ミリもありませんでした?」
これは少し前までの雰囲気が悪くなかったからどうしても気になっていたことだ。
二人きりなら紬先輩がいるところとは違ってはっきりしてくれることが多いから期待していた。
「んーあの子がこのタイミングで戻ってこなかったら付き合ってみても面白かったかもしれないわね」
「そうなっていたら俺も紅羽先輩に甘えていたと思います」
と思いますではなくて甘えていたからそうだ。
「はは、これからは変えるんでしょ?」
「許可が出たのであんまり変わりませんよ、なのでこれからもお願いします」
「ま、頼まれたら仕方がない、とりあえず寒いからさっさといくわよ」
「はは、はい」
家には紬先輩の母が入れてくれた。
部屋に移動してみると何故か勉強机の下に隠れている彼女がいたが……。
「あんたなにしてんの?」
「……後から言うのはずるいけど紅羽ちゃんからわがままを言って取っちゃったから」
「気にしなくていいのよ」
聞いた俺が言うのはあれなものの、あまりこういうことを出されても無駄に振られる可能性が高まるから勘弁してもらいたいところだ。
「うぅ……」
「え、なに泣いているのよ、肇、ちょっと抱きしめてあげて」
「わかりました」
効果はないかもしれないがこういうときに動けないなら俺がいる意味なんかない。
落ち着いてもらえるまで、彼女にもう大丈夫だと言ってもらえるまで続けるつもりでいた。
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