06話

「肇くん助けてっ」

「いいですよ? 部屋にいきます?」


 頷いたから部屋にいくように言って少し待っていると「紬は!?」と怖い顔をした先輩が現れたから止める。

 とりあえず飲み物を渡してみると意外と暴れることもなく受け取って飲んでくれた、それから「ま、ここにいるならそれでいいわ」と言ってソファに座った。

 追いかけていた理由と逃げていた理由もあっさりと吐いてくれた、俺からすればなんてことはない、ただ後で食べるために取っておいた甘い大好物を食べられてしまったというだけの話だった。


「追っておいてあれだけど正直、食べられたことはどうでもいいのよ、お母さんだってあの子のためを考えて出したんだからね」

「はい」

「でも、なんかやけに慌てるものだからこう……追いたくなってしまったのよ」

「紅羽先輩は猫かなにかですか?」

「はは、前世はなにかを追っていたのかもしれないわね」


 肉食獣の目をしているところが容易に想像することができる。

 でも、少し種類は違うがそんな先輩が一日も経過しない内に諦めてしまったぐらいだから面白い話だ。


「そういえばあんた……冬なのに随分と薄着ね、ここは暖房だって効いていないのに寒くないの?」

「外とは違いますからね、あ、寒いなら点けますよ? 父に遠慮をしないで使えと言われていますので」


 嘘をついた、本当は先程、盛大に飲み物を零して服やズボンなんかを濡らしてしまったからだ。

 また長袖なんかを出せば洗濯をするときに嵩張る、かといってなにも着ないというのも無理だから半袖と短パンを引っ張り出してきた、冬が終わる前にまた着ることになるなんて思っていなかったがな……。


「んーそれならあんたのために使用させてもらおうかしら」

「はは、優しいですね」

「別に、ただ単純にそういう風にして私が暖まりたいというだけよ」

「それならこれを」


 これは滅茶苦茶安価で売っていたマフラーだ、流石に半袖半ズボン状態のときに使用したら頭がおかしい奴として見られてしまうからできなかった。

 なにより、先輩達のために買っておいたというところからもきている、受け取る前に俺が利用したとあっては嫌だろう。


「マフラー? え、あんたってこういうの一切使用しないわよね?」

「外にいることが好きな紅羽先輩のために買っておいたんです、紬先輩の分もあります」

「え、別にそこまで外にいることが好きなわけじゃないけど……」

「嫌じゃないなら巻きます」

「えぇ」


 巻こうとしたところで「待って」と止められてしまったため結局、エアコンに頼ることになった。

 紬先輩が下りてきて当たり前のように先輩の横に座ったのも影響している、一瞬だけなら名女優にも負けないぐらいの演技ができるということがわかって微妙……ではないがなんとも言えない気分になった。


「んー首が気になるなー」

「はい、これをどうぞ」

「巻いて?」

「はい、ならじっとしていてください」


 んー色を逆にするべきだったかと出てきたところでもう遅い。

 でも、やっぱり彼女が黄色で先輩が赤色だろう、何故逆にしてしまったのか……。


「おお……ぉお……ちょ、ちょっと暑いかもしれない……」

「やたらと長いわねこれ、二人で巻いて丁度いいぐらい、あ……」

「勘違いしないでくださいね、仮に求めていたとしても紬先輩と紅羽先輩が二人で巻けるように、ですからね?」


 そもそもセール品だからなこれ、いやそんな物をプレゼントするなよという話ではあるか。

 ただ、俺からすれば安くていい、というところにしかほとんど意識がいっていなかった、最悪使われなくてもいつも世話になっている分、なにかをするということが大事だったのだ。


「なら紬と私で使って、あんたと私か紬で使えばいいじゃない」

「あ、歩くときに苦しくなりそう」


 お笑い軍団になりたくないからやるとしても二人でやってくれればよかった。


「じゃあ順番? 私は別に肇と使うことになっても嫌じゃないけどね」

「私もそうだよ?」

「なら解決ね、とにかくこれ、ありがとう」「ありがとう」

「ありがとうございます」


 申し訳ないから安価だったことをちゃんと言っておく、普段ならそんなことないよと言ってもらえるように口にしているように見えるからやめているが……。


「あんたね、なんでも言えばいいというわけじゃないのよ?」

「そうですか」

「仮に安い物でも自分のために買ってもらえたら嬉しいからね」

「そうよ」


 それでも申し訳ない気持ちになったらこれからも言うつもりでいる。

 とにかく自分からいちいち出さずに自然と渡せたからこの件はいい状態で終わらせることができた。

 二人の関係がまた微妙な状態になっているというわけでもないし、俺が求めている理想のままになってくれているから満足だった。




「肇く――だ、大丈夫?」

「は、はい」


 これならまだ後ろから突撃されて倒れた方がマシだった。

 どうにも転ぶところを見られるようになっているようだ、なにが悲しいってこの歳で不安定だということだ。

 体を起こして彼女の方に体を向けるとやたらと不安そうな顔をしていたから大丈夫だとぶつける、階段から落っこちたとかではないから怪我なんかはない、ないのだが精神の方はダメージを受けている状態だった。


「どこかにいけー」

「はは、それはなんですか?」


 天然……抜けているところがある? なんと言えばいいのかわからない。

 ただ、目の前で急に変な動きをされたらこういう反応になってもおかしくはないと思う、おかしい動きなのに顔だけはやたらと真剣だからそのギャップに余計にやられるのだ。


「だって痛かったでしょ? だから痛いのはどこかにいってほしいなーって」

「ありがとうございます、いまのでだいぶよくなりました」

「そっかっ、んーだけど神社とかそういう場所にいっておく?」

「それはやめておきます、これは単純に運動不足で弱っているだけなので」


 ああいう場所にいくのは本当に最終的にどうしようもなくなったらでいい、なんとなくいいイメージが持てないからだ。

 なにかがあっても、逆になにもなくても気になるものだ、というか、すぐに頼るような場所ではないと思う。


「はい、足を押さえておいてあげるね」

「あ、腹筋をしろってことですか? それならやってみます」


 珍しく俺の家ではなく自分の家に上げようとしたのはそういうことか。

 せっかくならと頑張っている最中に目の前にいるから彼女を見てみたら何故かぎゅっと目を閉じていて気になった、が、いちいち言わずに四十回ぐらいやってから体の動きを止める。


「ありがとうございました、紬先輩もやりますか?」

「う、うん、それなら足を押さえておいてもらおうかな」


 逆でも同じだ、今回も目をぎゅっと閉じている。

 映画館でも飲食店でもこれぐらいの距離感でいたのに気にしているのか、正面と横からでは違うということなのか?


「紬先輩」

「……うん」

「いやあの、マジな雰囲気を出されるとどうしようもなくなるんですけど……」


 筋トレとまでは言えないトレーニングのことだって言い出したのは俺ではないし、部屋にいこうと言ったのも俺ではない。

 なのにこちらがやらかしてしまったような感じにされると困ってしまう、まあ、こういうことを考える時点であれなのかもしれないが。

 そもそも本人が言い出したタイミングで止めておけよということか。


「だ、だって近いから……」

「紬先輩の部屋だからですか?」

「外にいるときとは違うよ」

「気にしないでください、それに部屋には何回も入らせてもらっているんですから」


 ああ、違うところを向かれてしまった。

 進んで嫌なことをしたい人間ではないから足を押さえるのもやめて距離を作る、更に扉前を陣取って廊下の方に体を向ければすぐに落ち着いてくれるだろう。


「大丈夫だよ?」

「ちょ、流石に扉と俺の前に座ろうとするのは無理がありますよ」

「……だって流石に過剰すぎるから、こっちのことを考えてやってくれているのはわかるけど顔が見えないのは寂しいよ」


 それならと少し後ろに移動したら結局前に座った。

 先程よりは近くないがそれでも教室で会話をするときよりは近いそれ、だが、今回は気にならないようでまたやたらと真剣な顔で見てきている。


「さっきは少し気になったけどやっぱり肇くんの顔を見ながら話せる方がいいな」

「普通ですよ?」


 ここで黙るということは俺が普通だと考えているだけで実際はそれ以下なのか……? イケメンだったらいまのこの瞬間にそれこそ「そんなことないよっ」と唾を飛ばす勢いで言われているはずだから……うん、悲しくなった。

 悲しくなったから先程の彼女みたいに目を閉じていると両頬を掴まれて目を開ける。


「さっき転んだときに目も痛くなっちゃったの?」

「違います」


 真っ直ぐに言葉で刺されてしまった方が楽になるときもある。

 仲がいい相手だからこそ遠慮をしないでもらいたいものだ、まあ、先輩にだって偽ることも多かったみたいだから難しいかもしれないが途中から友達になった俺が相手なら普通にできるだろう。

 すぐにキレたりはしないし、事実なら言い訳なんかもせずに、いや、言い訳なんかもできずに受け入れるしかないのだから。


「それならよかった」

「これは気にならないんですか?」

「うん」


 ふわりとした彼女らしいいい笑みではあるが……。


「紬先輩はよくわからないところもありますね」

「肇くんもそうだよ、紅羽ちゃんにばっかりだと思ったらこっちにも普通に優しくしてくれるんだもん」

「当たり前ですよ」


 彼女だってそうだし、先輩だって同じだ、友達が相手なら片方にだけ厳しくて片方にだけ甘いなんてことも少ないだろう。

 友達が少ないならそうしているところを何度も見ることになるから多分、余計に酷く……はならないがそうなるだけだと思う。


「でも……ちょっと物足りないな、紅羽ちゃんにも優しくできる肇くんは好きだけど……ちょっとね」

「男子と仲良くしようとしたときに本当はなにかあったんですか? あれから変わりましたよね?」

「なにもなかったんだよ、ただ、だからこそかな」

「一緒にいられている時間の長さの違い、ですよね」

「うん」


 来てくれたら優先をする、友達には優しくすると決めている自分にとっては難しい要求だった。




「なるほどね、紬が動き始めたのね」

「難しいです」


 父に、よりは先輩に聞いてもらえた方がいい。

 いまこそズバッと突き刺さるような言葉を求めているからだ、こういうときだけは優しさを捨ててくれると願っている。


「え、だからその紬が来てくれたときに優しくしてあげればいいんじゃないの?」

「二人きりならいつもの優先というやつをできますけど、紅羽先輩もいるときにやったら嫌な奴じゃないですか」

「別にいいけどね、あ、ただ、ちゃんと相手をしてもらうけど」

「俺が嫌ですよ」


 そもそも変えるってどんな風に変えればいいのかというところから進まない。

 変に褒めたりしたらそれこそ不自然だ、また、なにかを買って渡そうとするのも違うはずだ。


「そう言われてもねぇ、それこそあんたの理想としている私達が仲良くしているところというやつが見られなくなるのよ? あんたが少し抑え込むだけで全部解決よ」

「紅羽先輩は寂しくないんですか?」


 仕方がないとはわかっていてもここで寂しくないと言われてしまったら寂しい、優しさを捨ててほしいとか考えていても強くはないから所詮はこんなものだ。

 相手が動いてくれるなら俺はこれまで通りの俺をやっているだけでいいのに……。


「んーないこともないけど、別に二十四時間あんた達といられなくなるわけじゃないし」

「なんかこう……年上として上手い案を……」

「私が動いたらそれこそ酷いことになるでしょ、今度こそ卒業後になるかもしれないのよ?」

「聞いてくれてありがとうございました」


 いま一緒にいても紬先輩からすれば物足りないし、俺からすればどうしていいのかがわからない状態で、だから少し距離を置くのが一番ではないかという答えが出てきた。

 まあ、今回も自分を守るために動く自分が出てきたというだけだ、でも、俺がこうすることで少なくとも少しは不満を抱く回数なんかも減るわけだからなにも俺のためだけになるわけではない……と思いたい。


「待ちなさいよ」

「お、なにか出てきたんですか?」

「出ていないわ、ただ、極端な行動をするのも危険よ」

「とりあえず出るまで距離を置こうと思いまして、いまのまま一緒にいてもお互いに気持ちが悪い状態が続くだけじゃないですか」


 自力だけだとこれぐらいしか出てこないからやはり頼るしかない。

 この後、帰ったら父にも聞いてみるつもりでいる、同じような話になっても一人でごちゃごちゃ考えているよりはいいからなんでも言ってほしかった。


「だからそれが正に極端な行動じゃない」

「そうは言われても……そもそもいまの生き方以外の生き方はできませんよ? 俺に変化を求めてもいつもの俺が出てくるだけです」


 気に入らないならすっぱり捨ててしまうのが一番だ、相手に変わってもらうよりも自分が変わってしまう方が楽だろう。

 そのときは気になっても一ヶ月ぐらい時間が経過すればなんてことはなくなる、そのまま関係もなくなるかもしれないがお互いにどうしようもない時間が続くということもなくなるのだから悪いことばかりではない。


「でも、そのいつもの生き方をやっていた肇を見て気に入ったんでしょ? だから考えすぎなだけであんたはそのままでいいんじゃないの?」

「紅羽先輩と仲良くしつつ紬先輩とも仲良くできるということですか?」

「え、無理なの?」

「え、いいんですか?」


 結局、重く捉えすぎただけでそのままでも問題ないならこの一応考えた時間はなんだったのかと言いたくなるが……。


「えーと、あそこに紬がいるから聞きましょ」

「えぇ」

「はは、本当のところをちゃんと吐いておけばあの子だってちゃんとわかってくれるわよ」


 俺達が近づく前に気づかれたのか紬先輩の方が勝手にやって来た。

 もう帰っている途中だったから轢かれないように端に寄って言葉を発してくれるのを待っていると「もうこうなったら三人で付き合えばいいよ」と訳のわからないことを言い始めた紬先輩、先輩も呆れたような顔で彼女を見る。


「紅羽ちゃんも彼女なら優しくして当然だもんね」

「肇が嫌ってわけじゃないけどそういう形はごめんよ」


 俺もそうだ、仮に付き合うとしてもどちらか一人とだけだ。

 どちらに対しても中途半端な態度でいるのは嫌だ、顔を合わせる度に引っかかってしまうようなことを作りたくない。


「……なら肇くんを譲ってくれる?」

「私は友達として肇にいてもらえるように求めるけど、それを許せるならね」

「うぅ……わかった、わかったよ」


 何故他の男子と仲良くしようと動いてからこうなってしまったのか、俺からすればいい異性を見つけて二人が仲良くしつつもその異性のことを求め始めるというのが一番だったのに何故だ。

 結局、引っかかってしまうようなことがどんどんと増えていく、見ないようにして合わせることがいいことなのかがわからない。

 でも、延々と同じところを彷徨っているわけにもいかないのも実際のところだ。


「というわけで、これまで通り仲良くやっていきましょ」

「紅羽先輩、ありがとうございます」

「や、こんなことでお礼を言われても困るわよ、だって元通りになっただけじゃない」

「それでも――」

「いいからいいから、それより寒いから早く帰りましょ」


 体も冷えたから今日は帰ろう。

 部屋に移動するのが面倒くさくてソファに寝転んだ、そうしたら次に目を開けたときにはもう夜で真っ暗だった。

 それなり早く帰宅する父が今日はまだ帰宅していないということはすぐにわかった、スマホを一応確認してみるとなんか大変みたいでかなり遅くなるみたいだったからご飯を作って風呂に入ってから部屋に戻った。

 昼寝をしていても関係ないとばかりに朝まで寝て、必要なことを済ませてから外に出たら今日は一段と寒かった。


「あれ」


 紬先輩が男子と一緒に登校しているところを見てああと内で呟く。

 そういえば頑張っていたときに一人とだけは友達になれた的なことを言っていたからなにもおかしなことではない、が、気になったのはそこに先輩もいたから友達の友達といるという状態で気まずくはないのか、ということについてだ。

 俺だったら……離れるとまではいかなくても口数が減るどころか話を振られるまで黙っているだろうからあそこまで堂々といられる先輩がすごいと思えた。

 俺達がボケをかましても呆れた顔をしつつも冷静に対応できる時点で最初からそうだが、どんなに頑張っても先輩みたいにはなれないと最初から諦めるしかないことではあった。

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