05話
「海の次は川だよね、うーん……川かぁ」
「なんで紅羽先輩の真似をしているんですか?」
目的地に着くなりなにをしたのかを聞いてきてなるべく同じように過ごすということを繰り返している。
教室まではいけなかったが学校にもいったから休日なのに制服を着ている状態だ、この謎の行為はなんなのだろうか。
「肇くんには言ったよね? こそこそされていたことが悲しかったからだよ」
「はい、だけど同じように行動をする必要はないかと」
「だって悲しかったんだもん、だからちょっとでも真似をすることができれば落ち着くかなと思ったんだけど……」
「そうはならなかったんですね」
当たり前だ、そもそも真似をしているだけで全て同じように過ごせているわけではないし、仮に同じようにできたとしても意味はない。
悔しいから、悲しいからということでやっているのなら尚更だ。
「うん、だって意地になってしまっているだけだもん」
「はは、わかっているなら変えるのは簡単ですね」
「もう帰ろう!」
「はい」
彼女の家にいくのかと思ったが俺の家にいくことになった。
ここは向こうと違ってなにか遊べる物があるというわけでもないのに先輩達二人は気に入ってくれていてよく来てくれる。
「だはぁ」
「そこ、紅羽先輩の大好きな場所でもあるので落ち着くのかもしれませんね」
「いや、ただ肇くんのお家が落ち着くだけだよ」
「な、なんか最近は紅羽先輩に厳しくないですか?」
そういうのは求めていないのだが……まああれか、そんなにすぐに意地を張るのをやめられるなら苦労はしていないということか。
まあ、個人的には休めているように見えるから満足できている、自由にゆっくりしてくれればいい。
「逆だよ、肇くんが紅羽ちゃんに優しくしすぎなんだよ」
「一緒にいてくれる相手に対して普通のことをしているだけですよ」
「それならこのままマッサージをして?」
「触れてもいいならしますよ」
「うん、大丈夫だから」
全く詳しくないから痛くならない範囲で優しくやっていくことにした。
ふむ、彼女はうつ伏せで寝っ転がっているからなんか申し訳ない気分になってくるが彼女がもういいよと言うまでは頑張ろうと思う。
途中、飛んでいた飛行機や鳥のことを思い描いたりすることでなんとか時間をつぶし、彼女のもういいよを聞くことができた。
「気持ちよかった」
「それならよかったです」
「だから私もしてあげるね」
「あ、それはいいですよ、だってやってもらうようなことをしていませんから」
彼女の実力を疑っているわけではなく、いまも言ったように資格がないからだ、先輩にだったらいいかもしれないが――ってこういうところか、やっぱり先輩が言っているように違うのかもしれない。
「いいから転ぶっ、はいっ」
「あ、いや――あー」
うん、まだまだ意地になってしまっていることがわかる。
あと、優しすぎて無理やりやらせている感が強く出てきて申し訳ない気持ちになってきてしまった。
せっかく一緒にいて安心できる人と集まれているのにこんなのでいいのか、とは考えつつも一生懸命にやってくれているから動くこともできず……。
「ふぅ、気持ちよかったでしょ?」
「はい」
「それならよかった」
ま、これで暴走するようなこともなくなっただろう。
まだ昼頃だ、すぐに帰っても夕方頃までいても安心できる時間を過ごせることになる。
「あとは……お腹空いたからなにか食べにいこ!」
「え」
いつもなら作るか作ってと言ってくる彼女にしてはおかしかった。
いやまあ、今日は朝からおかしいがそこだけはいつもの彼女らしくいてくれていると思ったのだが……。
「うん? ああ、私だっていつもいつもご飯を作りたいというわけじゃないから」
「雨が降るかもしれませんね、外にいることが好きな紅羽先輩に家にいるように言っておかないと」
「いや大丈夫だから! それじゃあ帰ってきたばかりだけどレッツゴー!」
とにかく平和な感じがする定食が食べられる店に入ることになった。
この定食屋ならこれという料理があるため、特に悩むこともなく決めて彼女を待つ。
ただ一つ気になるのは本来、椅子と椅子の距離があるはずなのにぴったりくっついていることだ。
こういうところで緊張してしまうタイプというわけでもないのに変だ、ぎこちない感じもしないから尚更だ。
「肇くん?」
「あ、決まりましたか? えっと……わかりました」
いつも相手に意識を向けている俺が今回は意識を向けずに注文を済ませた。
待っている間もお喋りをすることだけに集中して、運ばれてきても緩い雰囲気からは絶対に変えなかった。
「美味しかったぁ」
「ですね、たまにはいいですね」
外に出てしまえば謎の距離感に悩むこともなくなる。
うん、ただまあたまには外食も悪くない、金を払うだけの価値がある。
「私の作ったご飯と飲食店のご飯、どっちがいい?」
「どっちもいいですね、ただ、少し汚い話ですがお金を使わなくていい分、紬先輩のご飯の方が数段上です」
「そうなんだ、お姉さん悲しいよ……」
これは俺が悪い、だって考え方が汚いからだ。
なので言い訳をしたりせずに、あと、謝ったりもしなかった。
「おはようございまーす」
「……前みたいには驚いたりはしませんけど、朝に唐突にいくのが紬先輩のお気に入りの行為なんですか?」
「うん、だって肇くんの寝顔が見られるんだもん」
「寝顔……大したものじゃありませんよ」
趣味はないが逆だったらわかるのだが……しかも目を閉じた瞬間を見ればそれは寝顔を見たのと同じだろう。
つまり朝からするにはもったいないと言いたくなることだった、というか、見たいなら別に昼とかに頼んでくれれば寝るからちゃんと言ってもらいたかった、少なくとも急襲されるよりはよっぽどいい。
「一時間前ぐらいからいたんだけど『腹減った』って言っていたよ?」
「いまぞわっとしました」
「冬だからね、風邪を引いたのかもしれないね」
ということで腹が減っていることにして部屋から逃げることにした。
残念ながら既に遅かったみたいで父はいなかったがご飯は作ってくれてあったから食べさせてもらう、するとすぐに元気になったのはいいのだが……。
「これは紬先輩が作ってくれた物ですね」
「えーすごーい、よくわかったね?」
「味噌汁に入っている人参なんかが可愛く切られていたのでわかりましたよ」
父は丁寧ではあるが可愛く切ったりはしないからわかる、あとは小さいことも影響していた。
「あー油断していたなぁ、今度肇くんのお父さんにも同じように切ってもらおう」
「い、いや、変に弁当なんかを可愛く作り出しても付いていけなくなるのでやめてください」
「でも、昔はキャラ物のお弁当とかを作っていたって言っていたよ?」
「それは事実ですよ、俺、何回か頼みましたから」
先輩達と関わり始めてからはやめたが。
また最初の話に戻るがすっ転んで情けないところを見せてからからかわれないようにするために色々と変えたのだ、そう決めたことで父にも動いてもらうことになって迷惑をかけてしまったから申し訳ないと思っている。
「美味しかったです」
「うー」
「洗い物をしてきますね」
彼女がおかしくなるのはいまに始まったことではないから気にしないでやりたいことをしていく。
ついでに掃除できるところもやっていい気分になった、残るはソファの上にあるバグった物だけだ、なんてな。
「ぐへっ」
「今度はどうしたんですか」
あ、上に乗ったとか変なところに触れたとかそういうわけではないから誤解をしないでほしい、ただ少し手を引っ張っただけだ。
「うーん……だって私のときは素を出していない感じがして気になるんだよ」
「俺がですよね? 別にそんなことはないと思いますけど」
「はっきり言ってこない、求めてこないのはそういうことなんじゃないの……?」
「はっきり言いますし、紬先輩にだって求めますけどね」
彼女作のご飯が食べたいとか、一緒に◯◯にいきたいとか、これまでだって何度もしてほしいことをぶつけてきていたのに忘れてしまったのだろうか?
「じゃあもっと求めてよ」
「それなら紅羽先輩と仲良くしてほしいです、二人が楽しそうにしているところを見るのが好きなのでいまのままだと物足りないんですよ」
「……最近の肇くんの中には紅羽ちゃんのことばっかりしかないよね」
「単純に来てくれる回数でいまは偏っているだけですよ」
「うわーん! 肇くんの馬鹿ー!」
いやこれはなんと言われてもそうだから無理だ、来てくれた相手を優先するのは普通だ。
出ていってしまったがこちらがどうするのかを見ている可能性もあるため、いつでも戻ってこられるように鍵を開けたままいたら何故か先輩がやって来た。
内容は「紬を傷つけるんじゃないわよ」というもの、ただ、こちらが勝手にやっているだけだとしても先輩絡みのことでもあるから強気に出られることでもなかった。
「でも、私にはあんた、厳しいんだから紬の勘違いじゃない?」
「俺は来てくれた相手を優先するだけですよ」
「つまり優柔不断なあんたのせいでもあるし、あんたに助けられている私のせいでもあるってことよね?」
「俺のせいとか紅羽先輩のせいとかじゃなくて、紬先輩も来てくれたら解決する話なんですけどね」
まあ、来てくれたら相手をさせてもらうということは相手に動いてもらう前提でもあるからそういうところに不満を抱いてもなにもおかしくはない。
それがいま爆発したということなら、少なくとも俺からすればずっと内に抑え込まれているよりはよかった。
「で、紬にだけ優しくしているあんたというやつを見せつけられるわけ?」
「別にそんなことはしませんよ」
「私達って面倒くさいわね」
人間なんて必ずどこかしらはそんなものだから気にする必要はない。
今月が終わるまでになんとかできればそれでよかった。
「今回は長引きそうね、肇のところにいくって言った瞬間に『ならやめておく』と言ってきたぐらいよ」
「紅羽先輩に対して普通ならそれでいいですよ」
「普通ね、紬が肇ともいるのが私にとって普通だから残念ながらそれには当てはまらないわね」
もしその気があればこの前みたいに来るだろうからそのときまで待てばいい。
「だから仲直りしなさいよ」
「昨日も言いましたけど、紅羽先輩を優先した結果なのでただ俺が謝ればいいというわけじゃないですよね?」
「私がそんなことないわよと言っても信じてもらえないわよね」
「はい、だから本人が動くまで待つしかないんです」
これまでのあの人から考えれば意外とあっさり来るかもしれないし、今回こそ本気で距離を置くかもしれない。
先輩のことを考えるなら前者の方がいいが、あの人のことを考えれば後者の方がいい可能性もある、良くも悪くも小中学生と違って成長して余計なことですぐに衝突してしまうぐらいならそうだ。
だからこの話題が出てもすぐにここに戻ってきてしまうだけだ、話し合うならあの人と話し合うべきだ。
「紬が動くの、下手をしたら卒業した後かもしれないわよ?」
「なので紅羽先輩には普通でいてくれているということが俺には大きいんです」
「はぁ、つまり今回は私が動かなければならない番というわけね、自信はないけど私に任せなさい」
「え、いらないです、紅羽先輩が本当にそうしたい場合のみに動いてください」
俺の理想は直接本人達にぶつけているように二人が仲良くできていることだ、まあ……そこにではなくてもときどき参加して一緒にいられればなんて考えもなくはないがメインはあくまでそこだ。
その俺にとっての前提が崩れなければただ通過しただけの意識も向けられない人間になったっていい。
「で、出たわね、私に対してはズバズバ言うやつ」
「実際のところですからね、隠してどうするんですか」
「あのさ、あんたがその調子で紬になにかを求めてやったらあっさりなんとかなるんじゃないの?」
「この前だってご飯を作ってもらったりしましたし、いま紬先輩にしてほしいこととかはないですね」
一緒に外食にもいった、求めてはいなかったがマッサージもしてもらった。
自分と一緒にいてもらいたいと頼むのは普通に考えてありえないことだ、だからこれも結局最初に戻ってしまうだけだ。
「あんたそういうところよ……」
「昨日も言いましたけど、紅羽先輩と仲良くしてほしいとぶつけたら怒られますしね」
「延々ループじゃない……」
「なので動かなくていいですよ、紅羽先輩は自分のしたいことをしてください」
今回の件は今日で終わりだ。
意味もなく寄り道をしていると「寒いのが苦手なくせによくやるわよね」と先輩がコーヒーを飲みつつぶつけてきた。
謎に外にいることが好きなのは俺だったのか~などと意味もないことを内で呟いていると「あ、紬だ」と吐かれたそれに意識を持っていかれて恥ずかしくなった。
これでは気にしているのに強がって気にしていないふりをしているようにしか見えない、断じて違うが勘違いされてしまうようなレベルだ。
「あ、こっちに気がついたうえに来るみたいね」
「それじゃあ俺はこれで――」
どんな速度だよ、横にいた先輩が止めてくるのならわかるが紬先輩に止められるとは……。
「紅羽ちゃん、ここは寒いからこの子のお家にいこうよ」
今回は先輩の家か彼女の家の方がよかった。
まあ、先輩がいてくれている時点で二人きりになってしまうということはないものの、家だと逃げ帰るということができないからだった。
「わかったわ、肇、いくわよ」
「あの、別に掴まなくても逃げたりはしませんよ?」
「いま帰ろうとしたくせによく言うわ」
結局三上家に移動、変に遠慮をするところではないから堂々とソファに座っていた。
貰った飲み物を飲んで先程から俺の前で腕を組んで黙っている彼女が動き出すのを待つ。
「く、紅羽ちゃん」
「え? そこで名前を呼ばれても困るけど」
俺も困るからどちらでもいいから前に進めてもらいたい。
「だって今回の件って私がとにかく面倒くさかっただけだから……なんて言えばいいのかわからなくなっちゃったんだよ。さっきは外だったから肇くんを止められただけだし……」
「仲直りがしたいでいいでしょ、肇といたいとでも言っておけば肇はすぐに受け入れてくれるわよ」
「は、肇くんと――な、なに?」
「とりあえず座ってください、現在家主の紬先輩だけが立っているなんておかしいじゃないですか」
堂々と座っていないで今度は俺が立っていることにした。
こうして二人を見下ろしていると……特になにも出てこない、いつもの状態であったとしてもただ目の前に二人がいるというだけでしかない。
「どうしても言葉が出てこないなら抱きつきでもしたらいいんじゃないの?」
待て待て、そういう進め方をされても困るぞ……。
前に進めてほしいと願っておいて面倒くさいとは認めるが、接触はできる限りしないでいたかった。
「面倒くさいからもう遊ぼうとしているよね?」
「あんたが自分で言っていたんじゃない」
「う……」
「仮に抱きついても肇の中のなにかが刺激されるだけよ」
「こ、興奮して襲われちゃったらどうしよう……?」
なーにを言っているのか、ツッコむ人間が誰もいないとカオスになってしまうということがよくわかった。
普段なら先輩が言葉で止めてくれるからいいが今回の件は相当面倒くさいのか適当だった。
かといって俺が変に出しゃばってもそれはそれで変な状態にさせてしまう、とはいえ、なにも言わなければそれはそれでという難しさがある。
「そうしたら嫌ならぶっ飛ばせばいいわよ」
「肇くんがその気になったらどうなるんだろう……?」
「え? うーん……肇っていつもは優柔不断だからその変化に嬉しくなるんじゃない?」
いや、興奮して己のコントロールすらできていない人間に襲われようとしているのにその考えはおかしい。
「よし、いまから肇くんには――」
「とりあえず落ち着いてください、はい、飲み物でも飲んだ方がいいですよ」
「え――がぶぇ!?」
「紅羽先輩も」
「私は――ぶへぇ!?」
あ……都合が悪いことには気が付かなかったことにして床に座った。
廊下の方に体を向ければもう安心、誰もなにも変なことはできない。
「い、いま、実際に襲われたようなものよね……?」
「嬉しいどころか苦しかったよ……?」
「肇を変な状態にしたら駄目ね」「肇くんならいつも通りの方がいいよ」
解決したところ体の向きを戻すとゴミ虫を見るような目で見られて悲しくなった。
そこには冷たさしかない、M男というわけでもないから結局逃げることになったのだった。
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