04話
「海を見にいきましょ」
「はい?」
「いいからいくわよ」
俺と同じぐらいかどうかはわからないが先輩だって寒いところが得意なわけでもないのに無理をする。
しかも紬先輩を誘わないし、こちらの腕を掴んで急いでいるように見えるぐらいだった。
仮に二人きりになれる場所を探しているのだとしても敢えて寒いところにいく必要なんかはない、どちらかの部屋で話せば十分他とは距離ができる。
「それにしても急にどうしたんです?」
「ただちょっと遠くまで歩きたくなっただけ」
「本当ですか?」
「嘘をついても仕方がないでしょ、いいから黙って足を動かして」
いや、それなりに距離があるからどうせなら話しながら歩きたいのだ。
それに話していようとこうして前に進めている時点で黙っている必要なんかはない、今日は距離云々を無視しても喋りたい気分だったからずっと喋っていた。
それでも怒られることはなかった、足を止めたタイミングでしかこっちに向いてくれなかったがそこは仕方がない。
「はぁ」
「やっぱりなにかあったんですね?」
「別になにもない、ただ近くまで来られたから安心しているだけ」
紬先輩にだけならともかく俺のときにも言えなくなってしまったら重症だ。
「あっ」
「なんですか?」
「スマホを忘れたわ……」
「いいじゃないですか、たまにはスマホなんか弄らずに過ごす時間があっても」
せっかくそれなりの距離を歩いてきているのだから色々と見ておかなければ損だ。
まあこれは一緒にいるときにスマホを弄られたくないという構ってほしさからきているわけだが、これは別に恥ずかしいことではない気がした。
誰だって一緒にいるなら、二人だけなら優先してもらいたいだろう。
「まあ、スマホ依存症というわけじゃないからいいんだけど……もし紬から連絡があったらすぐに反応してあげないと可哀想じゃない」
「それなら最初から紬先輩にも参加してもらったらよかったんじゃ?」
先輩が頼めば「いくよ!」とすぐに受け入れてくれたと思うが。
「それとこれとは別よ」
「そうですか」
本当のところを吐かせるというのを今日の最終目標ということにすればいい。
達成できるまでは帰らせない……のは無理だから達成できるようにちゃんと考えつつ動くのだ。
「っと、着いたわよ」
「新鮮な感じはしませんね、夏だろうと冬だろうと変わりません」
夏にもこんなことがあってここら辺りまで歩いてきたものの、ただ見ただけではそうなる。
「変わらないからいいんじゃない、すぐに変わってしまう場所なんてつまらないわ」
「そういうところは昔から変わっていませんけど正直、意外です、紅羽先輩なら常になんらかの変化を求めると思っていました」
「常になにかが変わるとか疲れるだけじゃない」
「でも、キャラ的に――」
また意外だと重ねようとしたら「しっ」と急に口を押さえられた。
なんだなんだと進めてくれるのを待っている内に「……なんだ、ただの猫だったのね」と手を離してくれた。
そもそも変なことをしていたわけでもないのにいちいち大袈裟すぎるのが問題だ、やはりいつもと同じではないとわかる。
「猫とか久しぶりに見ましたよ」
「いいことじゃない」
「そうですね、ま、とりあえずどこかに座りましょう」
「ここでいいわ、ちょっとぐらい汚れても構わないもの」
改めて移動をしなくていいなら楽でいい。
座って先輩の方に意識を向けてみると何故か距離を作られてしまっていた。
誘うくせにそういうことをするから少し時間が経過する度によくわからない状態になる、でも、はっきりしたいともいまは考えていないからそのままだ。
「うん、あんたと過ごすときっていっつもこんな感じよね」
「物足りないんですか?」
もしそうだとしてもこちらにできることはジュースを奢ることぐらいだ、あとは家まで送って早めに解散にすることか。
ただ、そうならないのが一番ではある、それはそうだろうという話ではあるが。
「は? なんでいちいち悪い方に考えるのよ」
「紬先輩がいるときよりもわかりやすく口数が減りますからね、紅羽先輩がお喋り好きだからなんとかなっているだけです」
「別に話すことが全てじゃないでしょ、会話がなくても気まずかったりしないけど?」
「それはこっちもそうですけど、どうせなら楽しそうにしていてもらいたいじゃないですか」
「だったらあんたが楽しませればいいでしょ」
黙っていたのはそういうことを期待してのことだったのか? だが、俺が上手くできないということを先輩はよくわかっているはずだ。
「そう難しいことを言わないでくださいよ、そんなことができるなら既に恋人なんかがいるはずです」
「恋人ねえ」
「そういえばまた再挑戦しないんですか?」
別に男に拘らなくてもいい、とりあえずは友達を増やすところから始めるべきだろう。
人と積極的に過ごしていれば多分、まあ……それなりに興味だって出てくるだろうから、うん。
「しないわよ、そもそもあの子みたいに積極的に動けるタイプではないもの」
「そうですか」
「あんたは?」
今回はからかうような顔ではなく真面目な顔だった。
友達がいないうえに動いていない時点でわかると思うが聞かれる度に答えればいいか。
「俺は紅羽先輩達といられれば十分なので」
「なにそれ、じゃあ逆に私からしても紬やあんたといられればいいって考えられないの?」
「流石に勝手に自分を含めるのはできませんね」
「つまらない答えね」
つまらないと言われても答えは変わらない。
だからこの点については今回も諦めてもらうしかなかった。
「肇、川を見にいくわよ」
「ここら辺の川は一級河川というわけではないのでなんてことはありませんよ?」
「いいからいくわよ、川のレベルなんてどうでもいいんだから」
どうせ家にいてもやることはないから付いていこう。
結局、川は学校の近くに流れている夏であっても遊べもしないところになった。
知らないだけだろうが多分、魚釣りをしようとする人もいない場所だと思う、こんなところでなにがしたいのだろうか。
「私、あんたに言いたいことがあるのよ」
「どうぞ」
急かしたくないから少し違うところに意識を向けておく。
だが、そうした瞬間に父から戦力外通告を受けたときのダメージを思い出してすぐに戻すことになった、味に不満があるわけではなくて自分が作りたいからということだったが俺は信じてはいない。
長くやっている父と違って手際などはわかりやすくよくないものの、だからこそ何度も繰り返すことでなんとかしようと頑張っていたのに駄目になったのだ。
拗ねて自分の分は自分で作るなどをやっても虚しくなるだけだ、それになんだかんだで父の作ってくれた料理の味を求めてしまっているからどうすればいいのかなんてわかりきっていることだ。
「あのさ、えっと……さ」
ちゃんと聞こう。
「あんたって……あれ、なんて言おうとしたか忘れた」
「ゆっくりでいいですよ、今日は日曜なんで夜まで付き合います」
素直になれなくて出せないということなら今日のところは持ち帰って休んでくれればいい。
そのままずっと黙っていてもいいし、言い出しやすい空気になったときにさらっと吐いてくれてもいい。
気にならないと言ったら嘘になるが先輩の自由だから好きにしてくれればよかった――あ、ただ、紬先輩にだとしたらその場合ははっきり言っておいた方がいいが。
「……嘘よ、既に物忘れが激しいわけではないわ、いつもこうして付き合ってくれるあんたの存在がありがたいって言いたかっただけ」
「そうですか、俺としては一人にならなくて逆にありがたいですけどね」
ではなく、やはり無理をするべきではなかった。
いやだって顔がな……これならまだ真顔であってくれた方がよかった。
「あんたのそういうところだけは真似できそうにないわ……」
これこれ、真顔とはいかなくてもせめてこういう顔だったらとは考えてしまう。
「というか、なんで紬先輩には言えないんですか?」
「そんなのあの子が笑うからよ、しかもなにも言わずによ? 優しい笑みを浮かべられながら見られたら言葉が内側に逃げてしまうわ」
「逆になんで俺には言えるんです?」
や、重症だ~などと考えておいてあれなものの、普通こういうのはやはり同性が相手の方が言いやすいだろう。
先輩達と関わり始める前から紬先輩とはいるのだから尚更だ。
「あんたと私は本音をぶつけ合って生きてきたじゃない」
「ということは紅羽先輩と紬先輩は偽り合って生きてきたってことですよね……」
ならあの笑顔は、相手のために動いたときに発した言葉は、はぁ、考えれば考えるほど悲しくなるぞ。
あとこれも個人的なあれで悪いが紬先輩だけには半分以上、本当のところを出してきたはずだと考えたかった。
先輩はほら、たまにこうして大人しくなるだけで基本的にはツンみたいな状態だから別にいいというか、寧ろ自然というかそう、無理をしていると心配になるからそれでいい。
「そうねえ、結構隠し合ってきたわよね――あ、これは適当に言っているわけじゃないわよ? あの子自身が言っていたんだから勘違いしないように」
「おぇぇ……」
だからこそこれは余計に効いた、意識をしていなくてもそうでいなくてもやはり俺を苛めることが得意な先輩だった。
「ど、どうしたのよ?」
「紬先輩にはそうであってほしくないです」
「だからなんで紬には優しくて私には厳しいのよ!」
うん、本当にこうして先輩らしい状態に戻ってくれるのはいいのだが、偽ってきたという現実が重すぎてすぐに回復することはない。
「紬先輩は俺からすれば……俺からすれば……こう、ラムネの瓶に入っている取りづらいビー玉みたいな感じなんですよ」
子どもの頃は上手く取れなくて物理的に破壊して手に入れたことがある。
近くで簡単に開けて取っている同じぐらいの子を見て衝撃を受けたね、そしてかなり虚しくなった。
「あんたそれ、全く褒めていないわよね?」
「奇麗な対象ってことですよ、その点、紅羽先輩は人らしいって感じです」
「奇麗な対象ねえ、あの子の笑顔とか服を脱いだときはそうだけど……」
「でも、人に合ったものがありますから」
はぁ、何故服の下を晒せるのに本当のところは半分も晒せないのか。
これほど怖いことはない、苦手な授業や幽霊なんかよりもよっぽど怖いのが人だと言えた。
「ということは私には紬みたいな奇麗な生き方ってやつはできないみたいね、あんたの言い方的にそうよね?」
「うーん、俺は求めていないというだけです、いまのままの紅羽先輩がいいんですよ」
だから急に陽キャみたいになってくれるな、また、逆に陰キャみたいにもなってくれるな。
可能ならいまのままを貫いてほしい、それが先輩にとっての普通ならそこまで無理を言っていることにもならないはずだ。
「がはっ……だからそういうのをやめなさいよ」
「逆に考えてください、俺が急にチャラ男みたいになったら嫌ですよね? 紅羽先輩だっていつも通りの俺でいてほしいと思いますよね?」
「……確かにあんたがチャラ男っみたいになったら嫌ね、ああ、あんたの言いたいことがわかったわ」
もうわかってくれたみたいだから必要はないが俺の父が急にちゃん付けで呼ぶようになってきたり、男子高校生みたいなノリで絡んできたときのことを考えてみればいい――悪い父さん、ここでやめておこう。
「ということで言いたいことも言えたでしょうし、そろそろどっちかの家にいきませんか?」
「や、もう満足できたから紬の家にいってくるわ」
「わかりました」
しゃあない、帰ったら……帰ったらどうしよう。
課題なんかもなければテスト勉強をする必要もまだない、掃除も朝にした、ご飯も作れない、やることがない。
どうしようもないから寝ようと決めてまたいつものことをやるために動き始めた。
「あの子なんて嫌いよっ」
「ああ、ご飯作りを優先して相手をしてもらえなかったんですね」
「な、なんでわかるのよ……」
あの人、ご飯を作ることに関しては滅茶苦茶真剣だからお客さんがきていてもそっちを優先する。
まあ、優先してもらうことでお客側、つまり俺達は紬先輩作のご飯を食べられるわけだから構わないどころかありがたい話だ。
「ふぅ、それにしてもここは相変わらず寂しい教室だわ」
「紅羽先輩達の教室となんら変わりませんけどね」
「違うわよ、だってここには紬がいないもの」
残念……なのかよかったのか、その紬先輩なら限りなく近い場所に存在している。
先程から言わないでくれとジェスチャーをされていたがこうして出てしまったのなら黙っていても意味はない、というか、長引かせれば長引かせるほど酷いことになるから駄目なのだ。
遊ぼうとしている紬先輩はいいよ? だがな、俺の方に対しては容赦なくやってくるから自衛するしかなかった。
「後ろにいますよ?」
「呼んだ?」
「ぎゃ」
「あ、紅羽ちゃんが倒れちゃったっ」
彼女が支えられている時点でただふざけているだけ――のように見えたが、実際に数秒の間、復活しなくて不安になってしまったぐらいだ。
「あ、あんた、帰ったんじゃなかったの?」
「昨日、拗ねたまま帰っちゃったから空気を読んで離れていたんだよ」
それでも昼には集まって三人で弁当を食べた、そのときなんとなくぎこちなく見えたのは気のせいではなかったみたいだ。
ただ、彼女としても先輩としてもらしくないことをしているのは確かなことだった。
なにかが起きても、仮に喧嘩になってもその日の内になんとかすると決めてこれまでやってきたのに変なことをする、この前の偽り続けているというそれが守れなくなってきてしまったのだろうか?
「いや、あんたが原因なんだから離れたところでなにも解決しないわよ」
「だから嫌い、なの?」
「うっ、あ、あんなの構ってもらえなくて拗ねているだけじゃない」
「ふーん、拗ねたら嫌いなんて言葉が出ちゃうんだ?」
冗談であっても嫌いなどと言われたら傷つくから彼女がこういう反応になってしまっても仕方がなかった。
「は、肇」
「紬先輩」
「ふぅ、わかった、肇くんに申し訳ないからもうやめるね」
それこそ申し訳なかったが二人が言い争っているところを見たくなかったからここで止めたかった。
少しずつではあったものの、効果はあったのかいつもの二人に戻っていった。
「今度、肇くんに付き合ってもらおうかな」
「いいですよ」
「ふっ、紬のことを頼んだわよ」
「参加しないんですか?」「え、参加しないの?」
またこれか、なんで彼女が参加するとなるとすぐにこうなってしまうのか。
前までは卒業までに云々と考えていた自分だ、だが、何回も似たようなことが起こる度になにも上手くやれてこなかったからそろそろ自信がなくなりそうだ。
「そりゃそんな空気の読めないことはできないでしょ、それに私のしたいことには肇に付き合ってもらったから問題ないわ」
「わかった、それなら肇くんはお借りします」
「またなにかしたいことがあったら遠慮をしないで言ってください」
「どうせ我慢できないから大丈夫よ」
先輩が帰りたいと言い出したから学校をあとにした。
先程のあれはなんだったのかと言いたくなってしまうぐらいには帰っている最中は楽しそうだった。
切り替える能力がすごい、多少のことならあくまで表面上は問題なんか起きていませんよという風に過ごせそうだ。
「じゃあね」
「ばいばい」
「また明日もよろしくお願いします」
漫画やアニメみたいに家が先輩達の家が隣同士だった! みたいな風になっていたらよかったが残念ながらそうではない。
距離はそこまでではなくても離れた場所にある、こういうところも大人に近づいたいまとなっては大きいのかもしれない。
「ストップ、ストップだよ肇くん」
「はい」
「ふぅ、私は肇くんがちゃんと言うことを聞いてくれる子でよかったと思うよ」
「は、はあ」
足を止めたら命がなくなるなどといった場面でもない限り、止まれと言われたら足を止めるだろう。
急に出てきたがまあ、先輩に対してだって偽っているのだからこちらにだってそうだということはわかっている、だからあまり傷つかないようにしたいが弱いせいで気になってしまう。
「でもね? 二人でこそこそ行動していたことについてはお姉さん、怒っているからね?」
「一対一の状態が一番偏らないで相手をできるからと俺がお願いしたんです」
「つまり紅羽ちゃんが言い出したことじゃないってことだよね? それならもっとぶーだよ!」
ドカーン! と大きな音が聞こえた気がした。
勝手に想像だけでまとめるのは危険なので吐いてくれるまで待った。
あのおでんのときとは違ってちゃんと教えてくれたのでそこまで引っかかってしまうようなことはなかった。
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