03話

「うーん」

「今日はずっとそんな感じですね」


 二、三時間目の休み時間に来てため息をつくという謎の行動をしてくれた紬先輩は放課後現在も変わっていなかった。

 そして相変わらず一緒には来ない人達だ、最近は昼に一緒に弁当を食べるという行為もなくなってしまっているから寂しくはある。


「うん、なんかやっぱり違うよね」

「違うとは……?」

「男の子と仲良くしようと動くことだよ、そもそも頑張ってみたけど一人の子とやっと喋れるようになっただけだからね」

「まあ、一週間も経過していませんからね、そんなものじゃないですか?」


 俺が同じように動いたら安定して喋れるようになるまで三週間は必要となりそうだ。

 というか、女子が動いた場合と違って確実に警戒されるだろうから多分その自分を見ることにはならないし、仮に動いたとしても二人のどちらかに対してだと思う。

 いまから一からやるなんて無理だ。


「でも、今回の挑戦はこれで終わりにするよ」

「そうですか」

「というわけで久しぶりに肇くんとゆっくりするよ」


 久しぶりって先程も言ったようにまだ一週間も経過していないが……。

 あれか、彼女みたいに他の人といることが当たり前の人にとっては三日程度であっても一緒に過ごさなければそうなるのかもしれない。


「アイスかなにかでも食べにいきます?」

「おでんかな、ほらいこう」


 軽くなら問題ないかと片付けて移動をしていたときのこと、急に「スーパーにいって食材を買おう」と言ってきた。

 どうやら最初からそのつもりだったようだ、毎日作っている人としては出来ている物を食べるのではなくて自分で作って食べたくなるのかもしれない。


「いっぱい作れば肇くんのお父さんも食べられるよね」

「紬先輩が作った物なら喜んで食べると思いますけど、多分、ちょっと拗ねると思います」

「はは、あれだよ、たまにはお休みの日があったっていいでしょ?」


 あ、一応言っておくが俺がなにも手伝わない微妙な人間というわけではなく、父が拘っているというだけの話だ――って、こんなことを内の中であれ言っている時点で話にならないということなのかもしれないが……。


「お家までお願いね」

「はい、これぐらいは任せてください」


 誤解してほしくなくて家に着いた瞬間に手伝うと言ってみたものの、効果はなかったのでソファで拗ねていることにした。

 そりゃやる前から戦力外扱いされている人間よりは彼女や先輩がいてくれた方がいいに決まっている、父が意識してかどうかは知らないがテンションを上げてしまっても無理もないのだ。

 いい匂いがし始めて、そのうえで父が帰宅してからも張り付いていると「どうした?」と聞かれてすぐにやめた。

 これではただの構ってちゃんでしかないし、続けても余計に評価が悪くなるだけだからだ。


「できたよー」

「紅羽先輩も呼びます?」

「一応聞いてみようかな」


 すぐに「食べたいって」と答えたことがわかったため、暗く寒い中、迎えにいって帰ってきた。


「はぁ、早く春になってほしいな」


 いちいち鼻とか手とかが赤くなる、仮にどこかにぶつければいつもよりダメージ大だ。

 あとこれは二人に言っていないが実は二人といない間にすっ転んでしまったぐらいには影響を受けているからこういうことが起きようのない季節になってほしいと願うのは普通のことだろう。

 雪が降らないだけ、水が凍ったりはしないだけマシなのだろうが……。


「肇くん」

「ああ、すみません、もう戻りますよ」


 まあ、一応最低限のことはしているということだ。


「ううん、ちょっと話したいことがあるんだ」

「食べてからでいいですか? せっかく紬先輩が作ってくれたので早く食べたいんです」

「うん、それなら食べ終えた後にお願いね」


 ほ、これで先輩から文句を言われることもなくな、


「あんた遅いわよ」


 こ、この程度なら問題ない。

 暖かな場所で誰かが作ってくれた温かい料理を食べられるというのは本当にありがたいことだ。

 普段は俺と父だけだからこのリビングが賑やかだというのも大きい、こういうときに積極的に喋るのは紬先輩ではなくて先輩だというのが面白いところでもあった。


「もう動きたくないわ……」

「それなら運びますよ」


 わざわざあのタイミングで来たということは二人きりで話したいことがあると思うから今日は先輩に帰ってもらうしかない、というか、二人とも送らなければいけないからあまりゆっくりもしていられないのだ。


「え、いまは重いからそれはちょっと……」

「紅羽先輩なんて全く重くないですから大丈夫ですよ、父さんいってくる」

「ああ」


「重くない?」と聞かれる度に重くないと返し続けて家まで運んで挨拶をして別れた、少し歩いて離れてから元気がないように見える彼女に意識を向ける。


「紬先輩?」

「ごめん、やっぱり今度でもいい?」

「はい、大丈夫ですよ」

「ごめんね、後は一人で帰るから大丈夫、じゃあね!」


 そう距離もないのに変なことをする。

 でも、無理やり追うのも違うからなにもないことを願いつつこちらも家まで歩いた。




「いつものように美味しいご飯を作った割には紬の様子がおかしかったわ」

「話があるということだったので早めに紅羽先輩を送らせてもらったんですけど結局、今度になりました」


 あの様子ならその今度は延々にこないと思う、何故なのかはこれまでの経験から適当にではないが想像で出しているだけだ。


「肇にもそうなのね」

「紅羽先輩にも変なんですか?」

「そうよ、だから机を涙と鼻水で濡らしたわ」

「冬なら仕方がないですね、俺も昔、すっ転んで泣きました」


 小さいことで勝手に傷ついて、拗ねて、不貞腐れてよく泣いていたが中学生になってからはマシになった。

 だがいまでも痛いのは痛いから最近のそれを引きずってしまっている、歩く度に痛むからなるべく移動距離を短くしたいところだった。


「涙はともかく鼻水で濡らしたわ」

「ま、中学校と同じなら机と椅子を三年生までそのまま使いますからね」


 上階まで持っていくのは中々に厳しかった、机というそれなりに面積がある物を掴みながら階段を上がることになって残念な筋力が逆に火を噴いたことになる。


「それ、私達の学校だけだったらしいわよ、特に調べてもいないけどね」

「え……って、まあそれでも構いませんけどね」


 残念な筋力よりかは残念なことではない、端から端まで探せばローカルルールというやつはいくらでも見つかるだろうからだ、そもそも引っ越しでもない限り他の学校に通うことはないのだからあまり意味もない話だった。


「あんまりこういうことは言わないようにしていたけど、今回は肇のせいなんじゃないの?」

「仮にそうなら謝らせてもらいたいですね、謝ることもできないまま終わりにしたくはないです」

「でもあの子、今日はすぐに帰ってしまったのよね……見て? こうして連絡をしても反応はないままよ」


 一度スルーしてしまったうえに溜まりすぎてしまったから返すことが怖くなってしまったということだろうか。

 まあ、先輩が約五分が経過する度に『ねえ』とか『ちょっと?』などと送り付けているのも悪い、これでは返そうにも圧を感じてやっぱりやめる、なんてことになりかねない。


「少なくとも紅羽先輩が相手のときぐらいはいつも通りに戻ってもらいたいですね」

「でも、抑え込んでにこにこ笑みを浮かべられてしまう子だから安心はできないわ、肇でもないとなれば……男絡みね」

「やめたって言っていましたけど……」


 毎日一緒にいても一緒にいられていないときはわからないからそういう可能性はゼロではない。

 先輩みたいになんでも吐いてしまえるようなところがあれば、敵を作る可能性もあるが少なくとも友達的には楽だった。


「馬鹿、素直になんでも吐くわけがないじゃない、それはきっと助けてくれってメッセージなのよ!」

「でも、俺は男子といるときの紬先輩を見たのは中学生のときが最後ですからね」

「そう考えると徹底しているわよね、あの子って恐ろしい子だわ」


 進んで上階にいかないようになったというのもあるがただ単に紬先輩が徹底している……と言うより、俺達と集まるときに友達と友達が集まることになって気まずくなるだけだろうからと考えてくれているのだと思う。


「美味しい食べ物を奢るとかなんとか言って来てもらう……とか?」


 ちなみに紬先輩は普通の料理なら市販の辛口のカレーが好きだ、甘い物ならシュークリームが大好きだ。

 探して探して探し回って物が見つからなかったときに諦めて少し人気のシュークリームを買って渡したら滅茶苦茶喜んでくれたことがあった――かのように見えたが、あれももしかしたら演技なのかもしれない。

 

「駄目よ、あの子自身がその美味しい物を作れる才能の持ち主じゃない」

「なら……もう駄目そうです、紅羽先輩はなにかありませんか?」

「あ、あんた……流石になにもなさすぎでしょ……」

「俺なんて所詮はこの程度ですよ……」


 なにもかも演技なんて言うつもりはないものの、半分ぐらいは混ぜられているとしたらにこにこしてくれていても信じられなくなる。

 これならまだ小学生ぐらいの方が純粋で楽しかった、相手が来てくれていても――あ、待て。


「俺って昔から駄目でした」

「そんな話はしていないわ、あんたは極端すぎなのよ」

「とりあえず俺の下らない話は終わりにして、今回の件は――あれ、ぶーぶー鳴っていませんか?」

「私はこうしてスマホを持っているんだからあんたのね」


 すぐに確認をしてみると『いまからいくね!』という内容の物が送られてきていた。

 だったら変に来てもらうよりもいった方が早いため、今回は気にせずに先輩も連れていくことにしたのだった。




「は? 短時間でもできるやり方でやってみたけど味がちゃんとしみていなくて悲しかった?」

「うん……あとついでにお腹が痛かったの……」

「で、私達はそれを悪い方に捉えて机を涙と鼻水で濡らしたってこと?」

「え、泣いちゃったの?」

「だってあんたが急に距離を作るからっ、は、肇もなんとか言いなさいよっ」


 なんで濡らした云々は言えるのにそこで慌ててしまうのだろうか?


「こちらが勝手に悪く考えてしまっただけならよかったです」

「そもそも肇くんにはもうやめるって言っていたよね?」

「そうですけど、紬先輩はたまに隠しますからね、紅羽先輩にぺらぺら話してくれないと困ります」


 言いやすいようにしておきたい、もしかしたらいつかは役立つかもしれないから無駄ではないと思いたい。

 あの様子なら延々に~などと考えておきながらあれなものの、いつでもなんでもネガティブ思考というわけではないのだ。


「は? あんたなに調子に乗ってんの?」

「ほら、少しぐらいは紅羽先輩の真似をしてもマイナスなことなんかありませんよ」


 こちらに言えないなら言える人にちゃんと吐いてほしい、抑え込んで潰れてほしくない。


「じゃあ言わせてもらうけど、肇くんのお父さんよりも上手く作れなくて悔しい!」

「大きな声ねー」


 そりゃまあ父だって長くやっているのだから簡単に負けるわけにはいかないだろう。

 なにも最近始めて急に抜かれたというわけではないのだ、彼女だって冷静になればわかるはずだ。


「というか、なんにも言ってくれないのって肇くんの方なんじゃないの!?」

「それもそうね、いつも誰でも言えるようなことしか言っていないわね、あんたじゃなくてもいいレベルだわ」

「え、じゃあ紅羽先輩には紬先輩のようになってもらいたいです」

「なんで私には容赦ないのよ!」


 なんでって先輩の方はいくらでも挙げられるというだけのことだ、別に先輩に意地悪い行為をして遊びたいわけではないから誤解しないでもらいたい。

 ただ、少し喧嘩を売っているように見えてしまう行為だからボロクソに言われることになってもなにも言い訳はできないことだった。


「大体――」

「まあまあ、とりあえずここで終わらせようよ」

「って、発端はあんたなのに……まあいいけど」


 叫び疲れたということで自動販売機で飲み物を買う先輩、待っていると「ね、肇くんも紅羽ちゃんと同じようにしてくれた?」と聞かれたのですっ転んだことを吐いた。

 決して彼女の行動からではなくただ単に寒さに弱かったからだが後からバレるよりもこの方が楽なはずだから吐いた。


「えへへ、そうなんだ」

「すみません、ただ寒くてそっちに意識を向けていたら転んだだけです」


 いやでもやっぱりこの笑みを見るととてもではないが偽物には見えない、だからこそ嘘をついてしまって痛くなったから正しいことで上書きしておいた。


「えー……いまテンションが上がった分、余計に残念だよ……」

「はは、だけど一緒にいられた方がいいですからね、それが紬先輩でも紅羽先輩でも変わりませんよ」

「うっ、よ、よくそんなことを笑みを浮かべながら言えるわねあんた……」


 当然、距離も遠いわけではないからこうなってもなにもおかしくない、また、聞かれていても全く構わなかった。


「言えますよ、あ、嘘か本当か、どっちだと思いますか?」

「嘘ね」「本当のことだと思う」

「はは、どっちでしょうね」


「えーなにそれ」と不満をぶつけてきた彼女はスルーして送ることにした。

 あとほぼ二年間であとこういうことが何回できるのかが気になってきた。

 気になったところですぐにどうこうなったりはしないがこういうことは誰にだってあるだろう。


「ふぅ、今日の内に言えてよかったよ、そうじゃなかったら一週間ぐらい格闘することになっていたかもしれない」

「あんたが勝手に悪く考えただけだけどね」

「悪く考えたというか気に入らなかったんだよ、人に食べてもらうのにこれでいいのかって自分に呆れていたの」


 結局、それは先輩の言っているように勝手に悪く考えてしまっているだけだ、ただ、結局は表面上だけを見て判断するしかないから不安になってしまうのもわからなくはないが。


「だから私が言った通りでしょうが、あんたのせいでねぇ!」

「えっ? あ、あははっ、くすぐったいよっ」

「ふっ、されたくなかったらこれから同じようなことをしないようにするべきね」


 じゃれているところ悪いがこれで解散にしてもらってこういう点では楽な先輩を送っていくことにした。

 歩いている最中、珍しくお喋り好きな先輩にしては黙っていたがまあたまにはこういうこともあるということで特に気になったりはしなかった。


「あのさ」

「はい」

「本当になんてことはなくてよかったわっ」

「はは、それをちゃんと言ってあげてくださいよ」


 寧ろ俺に聞かれることの方が恥ずかしいと思うが違うのだろうか? とにかく、あともう一歩が踏み込めなくてもったいないことをしているのが先輩だった。

 これも来年になれば自然となんとかなると期待してもいいのかわからない。


「あんたみたいに恥ずかしいことを真顔で言えたりはしないのよ」

「恥ずかしいことではないですけどね、実際、俺は紅羽先輩や――」

「あーもうやめやめ! 二人きりのときに言われたら恥ずかしすぎて部屋にこもりたくなってしまうわ」


 まあ、家に帰って休んでもらうためにこうして寒い中でも送りにきたわけだからそうなっても構わないどころか自然だった。


「三人のときでも言えなさそうですね」


 それでも言わなければ伝わらないということでちゃんと吐いておくことは今回も忘れない。


「実際にそう思っていても言わなければいいのよ」

「嫌ですよ、少なくともそれがいいことなら俺はこれからも言います」

「うっ……もう帰るわ……」

「はい、ちゃんと暖かくしてくださいね」

「あんたもね」


 寄り道をしてもなにもいいことはないから真っ直ぐに帰った。

 家に着いてからは珍しくやる気もあったから父の代わりに飯を作ってみることにする。

 父や紬先輩とまではいかなくてもある程度のレベルの物が作れた方がいいことには変わらないから今日から努力を始めようと思う――まあ、父的には悲しいことだったみたいで食事中も食事後も表情が暗かったが。


「肇、一人暮らしでもしたいのか? それとも父さんだけだと物足りないのか?」

「少しだけでもできるようになりたかっただけだよ」

「そうか、だが、なにかがあるならはっきりと言ってほしい、俺は昔から察して動くということが苦手でできないんだ」

「大丈夫だから安心してくれ、ほら、風呂に入って休んでくれ」


 正直、少し動いた程度であんなことを言われてしまうなんてとこちらの方がショックを受けているぐらいだった。

 だからこれをもう少しぐらいは当たり前のことにしたいと更に燃えたのだった。

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