02話
「ね、近いね?」
「そうですね」
まあ、映画館とかならこんなものではないだろうか。
いまは夏というわけではないし、汗臭いわけではないから近くても気にならない。
「紬先――」
「ひょわっ――ちょ、ちょっと肇くん……」
「いやこれぐらいの距離で話さないと迷惑になるじゃないですか」
まだ始まっていないからそこまでではないとはいえ、不快な気分にさせたくないから気をつけているのだ。
自分がされたくないからそうするというだけのこと、だから本当は相手のことを考えているわけではないのが、うん。
ただ、そうした結果、周りの人も安心して見られるということなら悪くはないだろう。
「と、とりあえずまた後で話そう」
「わかりました」
「ひゃ……」
映画の方は黙ってスクリーンに意識を向けているだけですぐに終わった。
出る時間になって隣に意識を向けてみるとぐうすかと寝てしまっている彼女がいてなんだそりゃと呆れながらも起こして建物から出た。
「あちゃあ……まさか途中から寝ちゃうとは……」
「まさか夜更かしとか……していませんよね?」
「していないよ? 肇くんと遊ぶ約束をしているのにするわけがないでしょ?」
「じゃあどうしてですか?」
「心地良かったからかな、うーん、せっかく買ったのになあ」
どうしても物足りないということなら今度また付き合うから誘ってくれればいい。
それよりいますぐにでも俺の家か彼女の家に移動したいところだった。
今日はやたらと寒い、これ以上外にいると本格的な風邪を引きかねないからだ。
「はい、マフラーを巻いて上げるね」
「ということはまだまだ外にいたいということですよね?」
「そうだよ、まだお家にいくのは早いよ」
首は温かいがメインの顔なんかは冷たいままだからあまりテンションは変わらない。
それでも出かけることを受け入れたのはこちらだから文句を言うべきではないと内の中だけで片付けて意識を向ける。
「ならどこにいきます?」
屋内で過ごせるならどこでもよかった、そして彼女は何度も言っているように意地悪な選択をしたりはしない人だ。
「お腹が空いたから飲食店かな、なにが食べたい?」
「紬先輩の食べたい物が食べられる店にいきましょう」
好みはわかっているが出しゃばらずに動き出すのを待つ――が、腕を組んで目を閉じてから数十秒が経過してしまった。
こちらのことを気にしているなら気にしなくていいし、悩んでいるということであっても移動しながらであってほしいと考えてしまうのはまだまだ子どもだからだろう。
「肇くんがいいなら私が作ろうかな」
「いいんですか?」
それなら金が浮くうえに彼女作のご飯を食べられるからもっといい時間となる。
冷蔵庫を常に確認しているというわけではないが、なにかを買って帰るのがいいだろう。
父だって複数の食材が消えていたら困るだろうし、作りたい物を作ってもらいたいのだ。
「うん、ちょっとお金に余裕がなくてね……」
「それならお願いします」
「肇くんのお家でいい?」
「はい、全く問題はありませんよ」
こちらには巻いておいて自分にはしていなかったから返しておいた。
触れていた時間は限りなく少ないから多分大丈夫だと思いたい、まあ、一方的に巻き返しただけだから少し勝手ではあるが。
それからは決めていた通り、スーパーに寄って食材を買ってから帰路についた。
作ってもらう、食べさせてもらうということでもちろん食材費は出させてもらった。
「すぐに作るから待っててね」
「お願いします」
映画館が少し窮屈だったのもあってソファに座って足を伸ばせた瞬間に楽になった。
なんとなく天井を見て、それから向こうで頑張っている彼女の方を見る。
やらかして心配をしてくれて、だが、どうしてそこからも来てくれたのかはまだわかっていない、理由も聞かないままここまできてしまったことになる……よな? そうだ、こういうことが出てくる度にいちいち聞くことではないと、来てくれているならどんな理由からであれいいことだと片付けてきたのだ。
「肇くん」
「できたのなら運びますよ」
「ちょっと隣に座ってもいい?」
「はい、ご自由にどうぞ」
いつもにこにことしている彼女が何故かやたらと真剣な顔でいる。
作っている最中に腹が空きすぎて食べてしまったとか……はないか。
「私ね、いままで肇くんに黙っていたことがあるんだ」
「はい」
「実はね――誰か来たね、ちょっと出てくるね」
そういうのが一番気になるが仕方がない。
宅配便などの可能性もあるから付いていくと実際にそうでサインをして荷物を受け取った、父がとにかくよく頼むからこんなことはよくあることだ。
「でね? 実は……」
「はい」
今度はやたらと難しそうな顔になってから「人気が全然ないの」と教えてくれたが……。
「それって自分でわかることではないですよね?」
自分が人気者だ! などと考える人も少ないだろう。
また、特にトラブルなどが起きていないなら人気などない方がいい、なんてことはないことで目をつけられて面倒くさいことに巻き込まれるところが容易に想像できてしまうからだ。
「いやいや、だって同性のお友達しか来てくれないよ?」
「つまり、男子と仲良くしたいということですか?」
中学のときは俺を含めて変な野郎が複数近づいていた。
告白をされたことだってあるし、それを相談されてよく考えてあげてくれとアドバイス……というわけではないがあのときも自分がしてもらいたいということを吐いた。
「男の子だろうと女の子だろうと、仲良くできるならそうしたいよね」
「なら興味を持った男子に話しかけたらどうです? 待っているだけじゃどんなに美少女や美人なんかでも変わらないと思いますけど」
「え、美少女っ!? えへへ、私ってそうなんだ」
あくまで例として挙げただけなものの、別にそこまで間違っているというわけではないからいいのかもしれない。
仮に美少女だと褒めたところで、彼女自身がそういう風に自分を見たところでいまとなにも変わらない、あくまで彼女らしくやるだけだから敵を作ってしまうなんてこともないのだ。
「紅羽ちゃんに言わなきゃ……」
「ただ、気をつけてくださいね」
「うん」
「それと……ご飯の方をお願いします」
「あ……や、やってくる!」
彼女の人生だし、それで楽しめるなら積極的に動いていくべきだった。
「私も美少女なんて言われてみたいわね~」
「きっといつか言われますよ」
美少女はともかく可愛いと言われていたところは見たことがあるから無理というわけではない。
そもそも美少女かどうかなんてあまり関係なかった、相手が気に入って、そして先輩が気に入れば関係は変わっていく。
「いや、この年で言われたことがないんだから無理でしょ、どんどん劣化していくだけなんだし」
「まだ十六とか十七歳で悲観しすぎですよ」
「もうすぐ二十歳というところまできているということじゃない、現実をちゃんとわかっているということよ」
そんなに気にしなくてもいいのに……。
「まあいいわ、それより紬のことだけど早速動き出しているみたいね」
「そうですか」
「彼氏ができるのも時間の問題よね、私達がこうして話している間にも誰かとくっついているかもしれないわ。そうしたらあの大きい胸で……考えたくもないわね」
「反対なんですか?」
これは意外だ、楽しそうならいいとかそういう風に片付けるのだと考えていた。
同性と仲良くしていても「仕方がないわよ」と表面上は片付けていたからだ、本当かそうではないかがわからないからこちらからはそのように見えているというだけのことだ。
「それはそうよ、あの子の自由だとわかっていても他を優先する紬なんて見たくないじゃない、ましてや、その相手が男子となればもっと駄目よ」
「ぶつけるのはやめてくださいね、なにか他の方法で発散してください」
相手が年上だろうと動かなければならないときがある。
ここで自分との関係が壊れてしまうかもしれないと恐れているようなら話にならない、先か後かという話でしかない。
「……ならあんたに付き合ってもらう」
「ゲームセンターにでもいきます?」
「あんたそのすぐにゲームセンターを出してくる癖をやめなさいよ」
ゲームセンターのことを出すのは金がかかるとはいえ、なにかをすれば少しだけでも絶対にスッキリできるからだ。
「ならどうします?」
「あんたの家にいくわ、一人じゃないというだけで楽になるから」
「わかりました」
まあ、そのうえで俺の家が落ち着くということなら構わなかった。
ただ、今日はいつもとは違ってすぐにソファにうつ伏せで寝転んでしまった。
こういうときは声をかけてほしくないだろうから飲み物だけ机の上に置いて近くに座る。
「あー……いー……うー……」
動き出した段階でこれだと本格的になってきたときにどうなるのかが容易に想像できてしまって正直微妙だった。
「一層のこと、私も探してみるのがいいのかもしれないわね」
「まあ、それで落ち着くならどうですか」
「よし、うじうじしていても仕方がないから明日から動くわ」
口先だけだろうが満足できたということを残して帰っていった。
急に変わっていくもんだな~などと吐きながらのんびりとしていると「ただいま」と静かな父が帰宅、ソファは譲っておく。
「どうした?」
「ああ、ただのんびりしていただけだよ」
「そうか」
俺からしたら普通のことをしているだけにしか見えないから悪いことではないのだ。
強がっているだけにしか見えないかもしれないが断じてそんなのはなかった。
「――ということで無理だということがわかったわ、そもそも同性が相手だろうと気になるのに馬鹿だけど」
「い、いくらなんでも早すぎませんか?」
「まあいいじゃない、少なくとも昨日までとは違って動こうとしたのよ? その結果なんだからなにもせずに諦めたわけじゃないんだから」
まあ、本人がそう決めたのならとやかくこれ以上言っても仕方がない。
「過去の女のことはもう忘れるわ、ふっ」
「情緒不安定ですね」
「逆に落ち着いているわよ、そもそもあの子が誰と過ごそうと自由だものね」
「ま、困ったら言ってください、俺にできることならしますよ」
これも頼ってもらいたいというのが一番にあった。
仕方がない、どうしたって自分優先で考えてしまうものだろう。
「それならまたあんたの家にいくわ、今度は拗ねたりしないから許可してよ」
「拗ねたとしても構いませんよ、休まるならいくらでも来てくれればいいです」
「それを一人にだけ言えればもっといいんだけどねぇ」
「友達が相手なら全員にそう言いますよ」
同じところに帰るうえに拒否をしたわけでもないのにこちらの腕を掴んで歩いていく先輩、なるべく一緒にいるところを見られたくないとか……は願望でもなんでもなくないか。
「ぷはぁ~このソファに座って飲むジュースが一番美味しいのよねぇ」
「いい飲みっぷりですね」
「あんたも飲みなさいよ、ささ、注いであげるわ」
これ以上は夜ご飯を食べられないと言ったところで聞いてくれる人ではなかった。
基本的には意地悪な人ではないが紬先輩と違って要所で意地悪になるのがやはり先輩なのだ。
「紅羽」
「うわ……」
あ、今日は早いな。
それと紬先輩と違って父のことが苦手らしい先輩は物凄く微妙そうな顔をしていた。
「む、なんだその反応は」
「そ、そろそろ帰ろうかしら~」
敬語ではなくなっているのは俺の友達から敬語を使われたくないということからだ。
多く話さないだけで色々と寂しがり屋なところもある人だから距離があるのを感じたくないのかもしれない、ただ、紬先輩にだけこの点は通らなくて前に本気で悲しんでいたところを見たことがあるぐらいだ。
「飯を食べていけ、肇も求めている。安心しろ、帰りは俺と肇と家まで送ってやる」
「それだと多く食材を消費することになるじゃない、あと友達の父親なんて連れてきたら何事かって私の両親が驚くわよ」
小学生の頃からいるものの、親同士が仲がいいというわけではなかった。
それでも挨拶なんかをすれば明るく返してくれるからそこまで悪い印象ではないと思いたい、駄目ならわかりやすく止めてくるだろう。
「構わない、一人分ぐらい増えたところでなんにも影響を受けない」
「いやまあ食材の件はわかったけど……は、肇」
「紅羽先輩が大丈夫なら食べていってください、父さんは食べてもらうのが好きなんですよ」
普段は一人で頑張ってくれているからなるべく動いてやりたいのだ。
「微妙に届いていないけど……わ、わかったわ」
「ふ、紅羽は紬の真似をした方がいい」
「と、というかね、なんで呼び捨てにしているのよ」
「紬からは求められた、紅羽からは求められていないがちゃん付けやさん付けをされるよりはいいだろう」
ただ見ただけなら怖い顔に見える人が「紅羽ちゃん」などと呼んでいるところを想像するだけで……はは。
「あんたのお父さんも変わっているわよねぇ」
「ムキムキの紅羽先輩の父さんもあれですけどね」
「そこには触れないでちょうだい、子どもみたいにすぐに筋肉を見せつけてくるんだから……」
でも、同性の俺としては少し羨ましくなるところではある。
ただ、聞いて真似を始めたその日に限界がきてやめることになってしまったから一生俺がああなれることはない。
「どうだ?」
「はは、可愛いわね」
「肇……」
「と、父さんはとにかくご飯作りを頼むよ」
今日も父作のご飯は美味しかった
いつものことだから食べ終えたら先輩を送るために外へ、もちろん、適当に発言する人ではないから父も一緒に付いてきた。
「いまは独り、そして私はピチピチの女子高校生、まさか狙って!?」
「紅羽と紬だったら紬の方がいい」
本当のことであれどうであれよくそんなことを真顔で言えるな。
俺はこういう質問を何度もされてその度に濁すしかなかったというのに、確かに血が繋がっているはずなのに何故なのだろうか。
「なあ!? いまの聞いた!? 聞いた!?」
「父さんも冗談なんか言っていないで早くいこう」
「冗談じゃないぞ」
「がは……ま、まさかこんなところに敵がいるとは……」
友達の親からの一意見ということで流しておけばいい。
そもそも年齢差の時点でなんにもどうにもならない話だ、真剣に考えることの方がおかしいと言えた。
そりゃ言われた側は気になるだろうが、うん、気にしたところで疲れてしまうだけだ。
「着いたな、暖かくして寝ろ」
「まあ、ありがと」
「ああ、あ、肇のためにもっと来てほしい」
「心配しなくてもあの家のソファは好きだから何回もいくわよ」
さ、帰るか。
帰っている最中はなにも言わなかったが家に着いた途端に「疲れたから風呂に入って寝る」と吐いて洗面所に消えた。
やはり娘の方がよかったのか、無意識的にテンションが高くなってしまっているということなのか。
「あ、もしもし?」
「そこにはあんただけ?」
元々、疲れていなくてもリビングで長く過ごしたりはしない人だった。
たまに部屋にいくことがあるが大体は難しい顔でPCとにらめっこをしている、家でもやらなければならないことがあるというか、早く帰ってこられているのは家でやる前提でいるからかもしれない。
「はい、疲れたから風呂に入って寝るそうです」
「はぁ、それならよかったわ」
「素直になったらどうです? 父さんなんて『ご飯美味しいわよ』と言っておけばすぐに満足しますよ?」
「ご飯は美味しいけど、ちょっと子どもっぽいところがあれなの、そこは肇の方がいいわ」
この場所にいなくてよかった、先輩の声は結構でかいからスピーカーモードにしていなくても聞こえてしまうからだ。
あと、気分によって露骨にご飯に影響が出るから普通が一番いい、いい気分でもそれはそれで空回りして駄目になるという難しさがある。
「いまから肇のお父さんが腕だけにならないかしら……」
「なんという名前のホラー映画ですか?」
面と向かって言うことはできないが好きな人だからいなくなってもらいたくない。
「いやもう本当にご飯だけは美味しいのよ、大好きな紬のご飯にも負けないくらいにはね」
「ああ、紬先輩が作ってくれるご飯って美味しいですよね」
「そうよ、だから私が認めるなんて本当にすごいことなのよ……ってっ、別に偉そうにしているとかじゃなくてっ」
「落ち着いてください」
「はぁ、それもこれもからかってくるあんたのお父さんが悪いわよね……」
あら、結局そうなるのか。
なんとか苦手意識だけでもなくなるような方法を探していこうと決めたのだった。
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