第50話 0050 第九話02 教唆



 董卓はすぐに郿塢びうへ戻り、百官皆が送る。


 車上の貂蝉は遠くの群衆の中に呂布を見つけると、顔を覆って泣く仕草をする。

 車が遠くなり、呂布は岡の上で手綱を握り締め、砂塵を見ながら溜息をつくと、後ろから声が。


「何故温侯おんこう殿は太師様に付いて行かず、ここに居らっしゃるのですか?」


 振り返れば、王允である。


「少し体調を崩して家に籠り、長らく貴方にお会い出来ませんでした。今日太師様が郿塢に戻るため病をおして見送りに来たのですが、やっと将軍にお会い出来ました。…何故ここで溜息をついていらっしゃるのですか?」


「貂蝉が、行っちまった…。」


「なっ、なんと!?もしや未だ貂蝉は…」


「董卓のクソ野郎め…!」


「な…なんという事よ…信じられん!」


 順を追って事の次第を王允に伝える呂布。

 王允は顔を覆って地団太を踏み、沈黙する。

 暫くして、


「太師がこれ程の鬼畜だとは思わなかったっ!」


 そして呂布の手を取り、


「どうか我が家へ。今後の事を話しましょう」



 呂布を連れ家に戻った王允は密室に呂布を招き入れ酒を勧める。鳳儀亭ほうぎていでの一件を具に語る呂布。


「太師は我が娘を汚し、将軍の妻を奪ったのです!これでは私と将軍は天下の笑いもの…。老いて無能な私めはともかく、天下の英雄である将軍がこれ程の屈辱を受けたのは残念でございます…」


 怒りのあまり机を叩いて叫ぶ呂布。


「…言葉が過ぎました。どうか落ち着きを…」


「あんのクソ野郎…いつかぶっ殺してやんゾぉ!」


 慌てて呂布の口を押える王允。


「しょ、将軍。私めにも塁が及びまする…」


「ああああ!我慢してられっかぁ!」


「将軍の才は…董太師の下に収まるものではございませぬ」


「ぶっ殺してやんゾぉ!ぶっ殺してやんゾぉ!とぉたくうぅ!!なぁにが親子だぁ!」


「左様…元より義理の親子。戟を投げつけられたその時…親子の情など御座いましたでしょうか?」


「その通りだぁ!司徒殿の言葉が無ければ、オラは判断間違えるとこだったゾぉ!!」


 王允は呂布の勢いを見てもちかける。


「…将軍が漢朝を扶ければ…乃ち忠臣。その名は百世に渡り語り継がれましょう。しかしこのまま将軍が董卓に与するならば…逆臣。歴史に汚名が残りましょう」


 呂布は席を立ち王允に拝して言う。


「オラァ決めたぞぉ!アイツ、ぶっ殺す!司徒殿、疑わねえでくれ!」


「しかし、もし事が漏れれば…大禍を受けましょう」


 呂布は抜刀し、腕を斬り血を流して宣誓する。

 王允もまた跪き謝する。


「漢の社稷を守る…。すべては将軍の決断のおかげでで御座います。決して、決して漏れること無きよう…!計画が熟しましたならばお知らせ致します」


 呂布は王允と約束し、帰路に就いた。





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用語解説


※青史傳名,流芳百世

 王允は非常に体面に執着する所があり、呂布を説得するにも己の価値

 観に当て嵌めようとする。その浅い名声への欲求は、後の無責任な行

 動にも現れることとなる。


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