第45話 0045 第八話02 連環の計
司徒の
月明りに杖を突き裏庭に出で、
すると突然、牡丹亭の湖畔で何者かの嘆息の声が。
覗き見れば、すなわち家中の歌伎、
歳はまだ十六、芸と指相撲に優れ、王允は彼女を己の娘のよう扱っていた。
暫くして、王允は声をあげる。
「貴様、私情を抱いたかっ!」
貂蝉は驚き跪き答える。
「私めが、そのような異心を抱きましょうか!」
「ならば何故斯様に溜息をつくのかっ!?」
「私めの心根を聞いて頂けませぬか?」
「…包み隠さず申してみよ」
「王允様に可愛がられ歌舞を習い、丁重に扱われたこの私めは、たとえこの身が砕かれようと僅かの御恩も返せませぬ。今貴方様が日々眉を顰めるは国家の大事に相違なきことでしょうが、私は敢えて尋ねませぬ」
貂蝉は続ける。
「しかし…今宵もまた落ち着かぬご様子。それ故心配して御座いましたが、それを貴方に見られたのでございます。もし私めに出来る事が御座いましたならば…私は報恩のため死をも厭いませぬ」
「誰がお前如きに漢の天下を動かせると思うかっ!さあ、私と画閣へ来るがよい!」
楼閣へ着くと王允は貂蝉に座るよう促し、そして床に頭を叩いて拝礼した。
驚く貂蝉も床に伏せる。
「お、王允様?如何なされましたか!?」
「汝可憐大漢天下生霊っ!!」
涙が止まらぬ王允に貂蝉が告げる。
「先程私めは言いました。『命を受ければ死をも厭わぬ』…と」
「…百姓が危機に陥り君臣危うく、それを救うはお前しかいない。賊臣董卓がまさに帝位を簒奪せんとし、朝廷の臣下は皆何も出来ず…。董卓には呂布という養子が居る。二人とも色を好むと見る故、私は"
「"連環計"…」
「うむ。まずお前が呂布と婚約し、そして董卓にその身を献ずる。その状況を利用して二人を敵対させ、呂布に董卓を殺させ、大悪を討つのだ。社稷を支え、国を立て直すは全てお前の力である。…出来るか?」
「死をも厭わぬ事を約束致します。すぐに実行を。…私めには、勝算があります」
「もし事が漏れたならば…滅門の憂き目に遭おう…」
「御心配には及びませぬ。もし大義が成せぬならば…自刃致します」
貂蝉の言葉に王允は再び拝謝した。
次の日、王允は名匠に命じて家蔵の金珠から金の冠を造らせ、呂布に送る。
呂布は大変喜び、自ら王允宅に礼に出向く。
もてなしの準備をした王允は呂布が到着すると門を出て出迎え、自ら後堂へと案内して上座に座らせた。
「司徒殿は朝廷の大臣でオラは相府の一将に過ぎねえ。なんでここまでやってくれんだぁ?」
「今天下の英雄はただ呂将軍のみ。私は貴方の肩書ではなく才を敬っておるのです」
呂布は喜ぶ。ちょろい。
王允は慇懃に酒を勧め、その口からは董卓と呂布への称賛の言葉がやまない。
笑いながら酒を飲む呂布。ちょろい。
王允は左右に退がるよう命じ、女中数人のみに留める。
酒が進んだ頃、王允が言う。
「さあ、来なさい」
少しして二人の従者に引かれ、美しくめかした貂蝉が姿を現す。
驚き尋ねる呂布に王允が答える。
「貂蝉と申します。呂将軍の日頃のご愛顧から将軍に引き合わせたく…」
そして酌を命じると、貂蝉と呂布の二人は視線を交わした。
王允は酔ったふりをして告げる。
「この子はもう貴方と酒を飲み交わしました。我が家は皆呂将軍に献じます」
座るよう求める呂布に、貂蝉も席に着きたがる。
「うむ、お前も座ったらどうだ?」
貂蝉が王允の側に座ると、呂布は貂蝉に目を釘付けにして見つめ続ける。キモちょろい。
また酒が数巡し、王允は貂蝉を指して呂布へと告げる。
「この
「うひゃあああマジかぁ!?うっひゃああああ!」
「早晩、良日を選び貴方の元へ嫁がせます」
「うひょおお!うっ、うっ、うっひょおおおおおお!!」
喜ぶ呂布は頻繁に貂蝉を見つめ、貂蝉もまた秋波を送る。
少しして宴席が終わり、
「もう少しごゆっくりしていって欲しいのですが、董太師の目も御座いますので…」
と告げる王允に呂布は再三拝謝して帰っていった。
マジちょれえ。
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用語解説
※荼蘼(たび)
バラ科の花。
※亭(てい、ちん)
庭園などにある雨や日光を避けるための東屋。現代建築でも公園・観
光地に観られるアレ(ガゼボというらしい)。
※家中の歌伎(かぎ)
歌舞を生業とする芸妓。最高クラスの官位・司徒であり富裕層である
王允はそうした者を多く召し抱えている。
※私情を抱いたか
娘のよう扱えど歌伎である以上私的な恋愛は許されない、ということ。
※画閣(がかく)
装飾した楼閣。
※江山(こうざん)
山河。転じて国、国家のたとえ。
※自刃致します
原文では死於萬刃之下。
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