第46話 0046 第八話03 年方二八



 数日が過ぎ、王允は朝堂にて呂布が居ない時に董卓と接見し、伏礼して言う。


「私めは董太師を拙宅にお迎えし歓待したいと思います。如何で御座いましょう」


「司徒殿が招くのであれば、すぐに行きます」


 王允は拝礼して家に戻ると前庭に山海の馳走をもって座を設け、錦繍で道を覆い内外に幕を張る。

 次の日の正午、董卓が来ると王允は朝服で出迎える。董卓が車から降りると戟を持った護衛が百余り、両辺に整列した。

 後堂で再び拝礼した王允は董卓が座るのを助け、横に座った。


「太師殿の恩徳には伊尹いいんしゅうも及びませぬ」


 王允の言葉に喜ぶ董卓。進酒作楽、王允は大いに敬意を表する。夕方になり王允が董卓に後堂に入るよう勧めると、董卓は護衛を退がらせた。

 酌を注ぎながら王允は言う。


「私めは若き頃より天文を習い、夜によく観測しておりました所、漢の気数は既に衰えております。太師殿の功徳は天下に響き渡り、しゅんぎょうを継ぎ、が舜を継ぐ…。これまさに天の意思で御座います」


「あはは!よく、分かりますね!」


「古来より『道理有る者は無道に勝ち、徳無き者は徳有る者に譲る』と申しましょう?」


「あははは!私の元へ天命が降りるとすれば、司徒殿は元勲ですね!」


 昏い堂中に画燭を灯し、女中にも酒食が供される。


「教坊の楽だけでは足りませぬな、我が家には優れた家伎が居ります。その娘でもてなしましょう」


「あはははは!それは素晴らしい!」


「さあ、来なさい」


 王允が‬簾櫳れんろうを下げれば、簾の外で笛を吹き舞う貂蝉が。



 原是昭陽宮裏人、驚鴻宛轉掌中身、只疑飛過洞庭春。

 按徹梁州蓮步穩、好花風裊一枝新、畫堂香煖不勝春。


 紅牙催拍燕飛忙、一片行雲到畫堂。

 眉黛促成遊子恨、臉容初斷故人腸。

 榆錢不買千金笑、柳帶何須百寶妝。

 舞罷隔簾偷目送、不知誰是楚襄王。



 舞い終わり、董卓は貂蝉を呼び寄せる。

 深々と拝礼する貂蝉。

 貂蝉に目を奪われた董卓が問う。


「誰ですか!???」


「歌伎の貂蝉と申します」


 王允の答えに再度問う董卓。


「歌えますか!???」


 王允は貂蝉に檀板たんばんを取り一曲を吟じるよう命じる。



 歌い終わり、董卓の称賛は止まず、貂蝉に酌をするよう命じて尋ねる。


「青春ですかぁ!???」


「私は年方二八でんほうじはつで御座います」


「神仙の如き、美しさですね!」


「私めはこの娘を大師様に献じようと思います。如何で御座いましょうか?」


「素晴らしいですね!是非お返しせねば!」


「この程度でお返しなど…」


 董卓は再三礼を述べる。


 王允はすぐに氈車せんしゃの準備をし、先に貂蝉を相府へと送った。董卓もまた立ち上がって礼を告げ、王允は自ら相府へ付き添い送った。


 その帰り、半路もせぬうちに道を照らす赤い灯が見える。

 戟を持つ呂布が馬を走らせ王允の前に立ちふさがり、馬の手綱を掴んで止め、服の袖を引っ張り叫ぶ。


「おおおぃどういうことだあぁ!?司徒殿はオラに貂蝉を約束しただろぉ!!だのに太師殿の元に送るなんて、一体何の冗談だってばよっ!??!?」


「落ち着きを…ここではなんですので、我が家に来て下され」



 一點櫻桃啟絳脣、兩行碎玉噴陽春。

 丁香舌吐橫鋼劍、要斬奸邪亂國臣。





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用語解説


※周(しゅう)

 おそらく周公旦を指す。周建国の名相。


※気数(きすう)

 運命、運勢


※堯舜(ぎょうしゅん)

 堯と舜。古代中国の伝説の帝王。


※禹(う)

 舜の跡を継いだ王。夏王朝の創始者。


※画燭(がしょく)

 飾った燭台。


※簾櫳(れんろう)

 竹のカーテン。


※檀板(たんばん)

 歌舞に使う拍子木。


※青春(せいしゅん)

 現代日本語と同じ意味もあるが、若者の年齢の意味もある。つまり

 董卓は貂蝉に歳を聞いている。


※年方二八(デンホウジハツ)

 十六歳の意味。ハチニジュウロク。


※氈車(せんしゃ)

 毛織物で飾った豪華な車


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