第36話 0036 第六話04 伝国璽の発見



 さて、諸侯らは洛陽に駐屯する。

 孫堅は宮中の火を消し、城内に軍を駐屯させ、建章殿に幕を張った。


 孫堅は兵に命じて宮殿の瓦礫を片付け、董卓が掘り返した墓を全て封印した。

 皇祖陵の上に三つの廟を建て、諸侯は列聖神位を立て太牢たいろうを捧げた。

 祭祀が終わり、皆解散する。


 孫堅は幕に戻るが、その夜は星月交輝。剣を抜いて天を見上げる。

 紫微垣しびえんに広がる白気を見て、歎息し呟く。


「皇帝の"星月さだめ"は見えず…"邪惡"が国を乱し…万民は"塗炭の苦しみディアスポラ"を負い…都は……"空虚星空のディスタンス"…っ!」


 そして不覚にも涙を流す。


 その時、傍らの兵が指して言う。


「殿中の南の井戸から、五色の光が立ち昇ってます」


 孫堅は兵に松明を点けて井戸を捜索させる。

 中より一人の女性の遺骸を掬い上げるが、長い日数が経ってるはずのその屍は全く腐っていなかった。宮女の装束の彼女の、その首には錦の袋が下がる。

 袋の中には金の錠前のかかる深紅の小箱が。


 開けて見れば、すなわち四寸四方の玉璽であった。


 五龍の紐が掛けられ、傍らに欠けた角、金の象嵌で篆文の八字が。



『受命於天、既壽永昌』。



 孫堅は玉璽を得て、程普に問う。


「これは伝国璽でんこくじでございます。この玉は昔、卞和べんかという男が荊山の下で、石の上に鳳凰が止まるのを見てその石を楚の文王に献上しました。これを磨くと見事な翡翠の玉が得られました。秦の二十六年、玉工がそれを璽として彫るよう命じられ、李斯りしがそれに八字を書きました。二十八年、始皇帝が遊猟で洞庭湖に来た折、激しい嵐が起こり船が転覆しそうになったため、急ぎ玉璽を湖に投げ込むと嵐が止みました。三十六年にやはり始皇帝が遊猟で華陰に至ると、玉璽を持って道を塞ぐ者が居りました。従者が問えば、『此れを持ちて祖龍へ還れ』と言って男は消え去り、玉璽は秦の下に戻りました。次の年、始皇帝が亡くなるとその子、子嬰しえいは漢の皇祖に玉璽を献上します。その後に王莽おうもうが漢を簒奪した時、孝元こうげん皇太后が王尋に玉璽を投げつけ渡しました。その時に角が折れ、金で補修しました。光武帝は宜陽でこの至宝を手に入れ、今日まで伝えられました。十常侍の混乱の際、少帝を攫って北へ向かい、帰った時にはこの玉璽は失われていたと聞きました。天が貴方にこれを授けた今、必ずや天位へと登れるでしょう。ここに長く滞在するべきではありません、速やかに江東へと戻り、大事を図りましょう」


 程普のクッソなげえ解説を聞き終わった孫堅は答える。


まさにお前の言う通りポリティカル・コレクトネス…明日には…病とかこつけ帰るとしよう…」


 話が決まり、事が漏れる事が無いよう兵に命じた。


 …誰が想像しただろうか?

 袁紹と同郷の者が、これを栄達の手段と考え陣幕を離れ、袁紹に報告したのだ。

 袁紹はこれに褒賞を与え、秘密裏に軍中に留めた。


 次の日、孫堅が袁紹の元に来て告げる。


「少しばかり…具合が悪い。長沙に戻りたい故、別れを告げに参った…」


 袁紹は笑って返す。


「ははは♪私は貴方の病気の原因が伝国璽にあると知ってます!」


 孫堅は顔色を失う。


「え…ちょ…何言ってんのかな??」


「ふぅ~…今皆が国の害を排除するため賊と戦ってます。玉璽はすなわち朝廷の至宝。貴方がそれを得たならば盟主の元に留め置き、董卓が誅罰された後に朝廷に返還されるべきです。今それを隠して去るのは、如何なるつもりでしょうか…?」


「いやいや…なんで我が玉璽持ってると?いやいや…あるわけねえっしょいやいや…」


「建章殿の井戸の中にあったっしょ?(爆笑)」


「いやいやいやいや知らんけど?我、マジ知らんのですけども!?」


「すぐに差し出し…貴方自身が招いた禍を避けましょう♪」


 孫堅は天を指差し誓う。


「我がもし"至宝アーティファクト"を得ながら隠しているならば…いつの日か、我の元より幸運は去り…その身は剣矢を以て死を迎えるエターナル・フォース・ブリザードであろう…っ!」


 諸侯らが言う。


 「文台殿がそれ程までエターナルなんとかに誓うならば、違うのでしょう」


 袁紹がその男を呼び寄せる。


「井戸捜索時、この人が居たでしょう?」


 孫堅は激怒し、剣を抜いて兵を斬り殺す。短い栄達だったね、南無。


 袁紹もまた剣を抜いて叫ぶ。


「兵を殺すは、乃ち真実でしょうっ!」


 袁紹の背後で顔良がんりょう文醜ぶんしゅうらが皆剣を抜く。孫堅の背後もまた、程普、黄蓋、韓当らが剣を持つ。


 諸侯らは皆彼らを押し留め、孫堅はただちに馬に乗り、陣を引き払い洛陽を去っていった。


 袁紹は激怒し、手紙を腹心に持たせて急ぎ荊州刺史・劉表の元へ届け、孫堅の帰路で玉璽を押収するよう伝えた。





────────────

用語解説


※建章殿(けんしょうでん)

 本来は長安の宮殿。


※列聖神位(れっせいしんい)

 列聖は過去の、歴代皇帝。神位はその名を刻んだタブレット、つまり

 位牌。


※太牢(たいろう)

 儀式で供物とする三種の動物、牛、羊、豚の生贄。


※紫微垣(しびえん)

 紫微とも。北極星を中心とした星座群、天帝の住む場所。転じて天の

 位、天子の座の意味も。


※篆文(てんぶん)

 篆書体。秦の公式書体。現在でも印象に用いられる事がある。


※伝国璽(でんこくじ)

 玉璽とは皇帝・天皇が用いる璽(印章)のこと。伝国璽とは始皇帝より

 歴代王朝代々に伝えられた玉璽、その固有名詞。946年に紛失した。


※卞和(べんか)

 和氏の璧を献上した男。この璧は後に趙に渡り完璧の語源となる。


※李斯(りし)

 秦の政治家、法家。人格に問題があり政治家としての業績は批判が多

 いが、彼の法家としての歴史的影響・業績は非常に大きい。


※洞庭湖(どうていこ)

 湖南省北東部にある、中国で2番目に大きい淡水湖。湖北省と湖南省の

 名はこの湖による。


※華陰(かいん)

 現在の陝西省渭南市華陰市。


※子嬰(しえい)

 秦の三代皇帝で最後の君主。始皇帝の子とされるが諸説ある。


※孝元皇太后(こうげんこうたいごう)

 王政君。漢を簒奪した王莽の伯母にあたる。王莽に反抗し、玉璽の

 移譲を求める王舜に投げつけた。三国志においても献帝の皇后によ

 りこれに近いエピソードが描かれる。


※王尋(おうじん)

 王莽の配下。史実で玉璽移譲を求めたのは王舜という別の人らしい。


※宜陽(ぎよう)

 河南省洛陽市宜陽県。程普のクソなげえ説明台詞のおかげで今回の

 用語解説は大変だった。こんちくしょうが。


※翡翠の玉

 本来は玉一字で翡翠の意がある。


※祖龍(そりゅう)

 始皇帝のこととされる。が、この「祖龍に還れ」が出典らしい。この

 エピソードは正史にもみられる。「祖龍に還れ」とは「玉璽よ始皇帝

 の元に還れ」という意ではなく、暴政を行う始皇帝に対し「初心に還

 れ」の意味合いもあったのでは?とか思ったり。


────────────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る