第30話 0030 第五話05 関羽 雲長



 密偵からの報せが来る。


華雄かゆうは騎兵を率いて汜水関を出発し、槍に孫太守の頭巾を掲げ、陣の前で罵倒して挑発しています!」


「ふぅ~…誰か行きませんか?」


 袁術の背後からその配下の猛将、兪渉ゆしょうが進み出る。


「私めが」


 袁紹は喜び、兪渉を出馬させる。


「…兪渉殿は三合も打ち合わぬうち、華雄に斬られました」


 早い回報に皆が驚く。

 太守韓馥かんふくが言う。


「我が配下には良将、潘鳳はんぽうが居る。華雄何するものぞ!」


 袁紹はすぐに出馬させる。

 潘鳳は大斧を手に馬で駆け行く。


 出発して間もなく、回報が。


「潘鳳殿も…華雄に斬られましたっ」


 諸侯達は皆顔色を失う。


「うぉっ、うぉのれぇっ!我が配下、顔良がんりょう文醜ぶんしゅうが未だ到着せぬのが口惜しい!一人でも居たならば華雄なぞ怖れるに足りぬのだが…うぇぃっ…」


 袁紹が言い終わる前に、階下の一人が叫び出る。


「私めに行かせて下され!見事華雄の首を斬り帳下に献じて御覧にいれましょう!」


 皆が見れば、その男身長九尺、髯長二尺、とにかく凄い容貌で、とくかく凄そう。凄い。なんか顔真っ赤だし。もう怖い。

 凄まじい巨声で帷幕の前に立ち出でるその男、袁紹が何者であるか尋ねれば、公孫瓚こうそんさんが返す。


「この男は劉玄徳の義弟、関羽ですな」


「…官職は?」


「劉玄徳の…馬弓手ですな」


 帷幕上の袁術が叫ぶ。


「貴方は我々を騙して将軍を持たないのか!?射手を計るなんて、ナンセンスなことを言うものだ!出ていけ!」


 曹操が袁術をなだめる。


「落ち着きましょう公路殿。この男の大言、きっと何か自信があるのでしょう。試しに出馬させ、負けた後に責めるのも遅くないでしょう」


「ふぉーっ!雑兵を出しては華雄に笑われるだけでしょうっ!?」


 袁紹の言葉にやはり曹操が答える。


「この人の姿は、なんかもう凄いでしょう。凄い。華雄は雑兵とは思わないでしょう。なんか顔真っ赤だし」


 関羽が言う。


「…もし勝てねば、どうか我が首を斬ってくだされ」



 曹操が熱酒一杯を注ぎ、馬に乗る関羽に勧める。


「酒はそのままに。…すぐ戻りますゆえ」


 そして関羽は刀を手に馬を駆け、陣を飛び出す。


 諸侯は陣外で激しく叩かれる戦鼓の音を耳にする。

 天砕けては地が窪み、地が揺れては山砕ける大歓声に、皆が驚く。

 諸侯らが、何があったか問い質そうとしたその時、蹄を鳴り響かせ陣中へと踊り来る関羽が華雄の首を地に放り投げる。


 先刻さきに注いだその酒は、未だ熱いままであった。



 威鎮乾坤第一功,轅門畫鼓響鼕鼕。

 雲長停盞施英勇,酒當溫時斬華雄。



 曹操は大変に喜び、玄徳の後ろから張飛が飛び出し大声で叫ぶ。


「ははは!華雄を斬り捨てるは我が義兄、関雲長!今こそ汜水関に攻め入り董卓をぬっ殺す時よっ!!」


 袁術が激怒する。


「大臣である私も謙虚であるのに、郡判事の部下が考慮せずに力を誇示してはいけません!全員がテントから出ましょう!めっ!」


「功績を上げたのに、何故貴賤を問うのでしょう!?」


 袁術が曹操に答える。


「彼らは一公務員の一軍奉行。あくまで辞めるべきです!めっ!」


「ただ一言だけで、大事を誤るのですか…」


 諸侯らは公孫瓚に玄徳、関羽、張飛を己の陣へ連れ帰るよう命じ、そして皆解散する。

 曹操は牛酒を密かに送り、三人を労い慰めた。





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用語解説


※兪渉と潘鳳(ゆしょうとはんぽう)

 演義のみの架空の人物。哀しき存在。でも台詞がある兪渉はまだマシ

 な方かもしれない。


※とにかく凄い容貌で、

 「丹鳳眼,臥蠶眉;面如重棗,聲如巨鐘」


※字(あざな)

 今更ではありますが、劉が姓、備が名、玄徳をあざなと言います。古代の

 大陸では名を呼ばず字で呼ぶ習慣がありました。通常姓と字で劉玄徳、

 備と名前で呼ぶのは極めて親しい間柄のみでした。なおこの字の習慣

 は廃止されてまだ百年も経っていない。続けりゃ良かったのにね、勿

 体ない。俺も字欲しいわ。


※此劉玄德之弟關羽也。

 この時関雲長ではなく関羽と言ってる所に公孫瓚の心根が垣間見える。

 つい先日初めて会った者の名を呼ぶのはやはり失礼と考えられる。


※鸞鈴(ランレイ)

 馬、馬車などに付ける鈴。蹄の音に改変した。勢い大事。ライブ感。

 翻訳としては失格。…今更か。


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