第四回 廢漢帝陳留為皇 謀董賊孟德獻刀

第20話 0020 第四話01 廃立の儀



 董卓とうたく袁紹えんしょうを殺そうとするが、李儒が止める。


「お待ちください、まだ何も決まらぬ内に無闇に殺しては駄目ゲヒ!」


 袁紹は手に宝剣を握ったまま百官に別れを告げてその場を去り、せつを東門に吊るして冀州へと去って行った。


 董卓は太傅たいふ袁隗えんかいに言う。


「貴方の甥は大変に失礼ですが、私は貴方に免じて、これを許します。廃立は如何ですか?」


 袁隗は答える。


「…董卓殿の仰る通りで御座います」


「はい。まだ何か異議がある人は、軍法に従い、処されます」


 群臣達は恐れ戦き、皆が言う。


「…かしこまりました」


 宴が終わり、董卓は侍中の周毖しゅうひと校尉の伍瓊ごけいに問う。


「袁紹は、どこに行ったのでしょう?」


 周毖が答える。


「袁紹は怒りの元に去りました。もし早急な対処無くば状況が大きく変わります。ましてや袁家は四世三公。その門下や故吏は天下に遍き、もし英雄豪傑がその元に集えば袁紹は自立し山東は独立するでしょう。袁紹を一郡の太守に任じ、その罪を赦せば良いかと」


 伍瓊もまた、


「ご心配に及びません。袁紹は好謀無断、陰謀を好むが判断力に乏しいので一郡を与えれば、民心収まり宜しいかと」


 董卓はこれを受け、すぐに袁紹を渤海ぼっかい太守として任じる使いを送った。


 九月の朔日ついたち、帝を嘉徳殿に招き文武百官の儀を開く。


 董卓は剣を手に衆に向かって宣言する。


「天子はアホの子なので、天下を治めるに不足です。今、公式に発表します。読み上げて下さい」


「ゲヒっ…孝霊皇帝、早くして亡くなりこのアホの子、海内より期待を受け跡を継ぐ。しかして素質は薄く、威儀も無く、先帝の喪に服す事も無し。その不徳は明確、皇帝の品位を落とす。太后殿下、母たる規範無くして朝政荒廃す。永楽太后急逝し、多くが混乱し、三綱の道、天地のみちすじを違えるに他ならず。陳留王、劉協は雄大なる聖德と厳粛なる規矩を持ち、喪を慎み、その称賛は天下に止まず。洪業を継ぎ、万世一統と為るに相応しい。ここに、アホの帝を弘農王とし、陳留王を新帝として奉る。天と民との願いに従い、以て人々を慰撫致す」



 李儒が読み終え、董卓は左右に帝を降ろさせその璽綬じじゅを解き、北面に座らせ誓わせた。また、何太后を呼び太后の服飾を剥ぎ取らせた。


 帝、皇后、群臣は皆号泣し、君臣悲惨の極みであった。


「…天を欺く賊臣董卓めっ!忠臣死を惜しまず!この私の血で儀を汚すがよいわ!」


 怒り狂った階下の一人が叫びながら手に握った象簡を投げつけ、董卓に直撃する。

 激怒した董卓が衛士に取り押さえるよう命じると、引き出されるは尚書の丁管ていかんであった。


 董卓は斬り殺すよう命じ、その非難の言葉は彼が死ぬまで止まなかった。




 董賊潛懷廢立圖,漢家宗社委丘墟。

 滿朝臣宰皆囊括,惟有丁公是丈夫。





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用語解説


※節を東門に吊るして

 身分証明の符節を都の東門に吊るした。袁紹は棄官し故郷へ帰ったと

 いうこと。


※四世三公(しせいさんこう)

 袁紹の袁家は後漢朝を通じ四世に渡り三公を輩出した名門であった。


※門生故吏(もんせいこり)

 故吏は縁故のある官吏、かつての部下、の意。


※孝霊皇帝(こうれいこうてい)

 先に亡くなった霊帝のこと。孝霊天皇の事ではない。


※永楽太后(えいらくたいごう)

 董太后のこと。なお董卓と董氏は同姓だが親戚関係は無い。


※三綱(さんごう)

 儒教で重視される三つの基本道徳、君臣・父子・夫婦の道徳。


※洪業(こうぎょう)

 大きな事業、帝王の大業。


※太后殿下

 中国の皇太后の敬称は殿下、本邦の皇太后・上皇后は陛下なので注意。


※北面(ほくめん)

 皇帝は南に面して座り、臣下は北に面して座る。


※太后の服飾を剥ぎ取らせた。

 裸にひん剥いた、というわけではなく女王冠など、太后として身に付け

 る事が許された服飾・装飾を取ったということ。変な想像をされた方は

 是非、ご自分でご自分の頬をビンタして頂きたい。

 ちなみにこの箇所(又呼太后去服候敕)、訳すのが大変に難しく調べに

 調べまくってなんとか、あちらの掲示板?っぽい所でようやく正解に辿

 り着いた。海を越えて感謝。


※象簡(しょうかん)

 象笏ぞうしゃく。象牙の笏。笏とは聖徳太子が持ってるアレ。笏は元々笏紙しゃくしを貼り

 付け、メモ用紙として使われた。つまり文官の必須アイテムであり公務

 員のアームカバー的存在。…うん、ちょっと違うかも。

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