第19話 0019 第三話06 裏切りの呂奉先



 赤兎馬を見た呂布りょふは大変喜び、李粛りしゅくに礼を述べる。


「兄弟、こりゃあお返ししねえといけねえな!」


「俺はただ義侠の心で来たのだ、返礼など要らないさ!」


 呂布は酒をもって李粛を歓待する。

 酒が進み、李粛が告げる。


「いやあ、俺とお前はなかなかこうして会えないが、お前の親父殿とはよく会うもんだ」


「おいおいオメー、もう酔ったのか!?オラの親父はもうとっくに亡くなっちまってンぞ!?」


 李粛は大笑いして答える。


「いやいや、俺が言ってるのは丁刺史のことさ!」


 丁原ていげんの名を出す李粛に、呂布は畏れながら言う。


「…オラは今、丁建陽の養子だ…。お互いどうすることも出来ねえ立場さ」


「ははっ俺の兄弟、呂奉先は天を掲げ四海を渡る才を持っている。お前を称賛しない者がどこにいる?功名富貴を得るは容易いさ。どうする事も出来ぬ事はなかろう」


「そんな主君にゃ、未だ会えねンだ…」


 李粛は更に笑い、


「『良禽は木を選び、賢臣は主を選ぶ』。機を見るは早過ぎず、遅けりゃ後悔するだけだぞ?」


「…兄弟から見て今の宮廷の、天下の英傑ってのぁ、どいつだ?」


董卓とうたく殿に如かず。才を重んじ賞罰も明らか…やがて大業を成し遂げられるだろうなぁ…」


「そいつぁいいなあ。しかしオラにはツテがねえんだ…」


 李粛は金珠と玉帯を呂布の前に並べる。


「うっひょー、なんだぁ!?」


 李粛は左右に下がるよう命じ、呂布に告げる。


「実はな、董卓殿は永らく高名なお前を欲し、これらを献ずるよう俺に命じられたのだ。あの赤兎馬も…董卓公からの贈り物だ」


「うっひょー!マジかぁ!すっげー!」


「俺如きの者でも虎賁こほん中郎将に任じられた。お前ならばどれ程の栄達を得られるか…言うまでもなかろう」


「うっひょーすっげー!マジすっげええー!でも、何の功無く董卓殿の世話になるのは…申し訳ねえなあ!」


「功ならば、お前のその手にある。…なあに、簡単な事だろう?(はっきりとは言わない)」


「…おう!オラ、丁原ぶっ殺すゾ!!(判断が速い)」


「これ以上ない大功だ兄弟!早くに事を為して、遅過ぎる事は無いぞ…!」


 二人は明日の再会を約束し、李粛は去って行った。



 その日の深夜二更頃、呂布は帯剣し丁原の帷幕の中へと入る。

 丁原は丁度燭台を手に書を読んでいた所で、呂布を見て問う。


「おや、どうした息子よ。…何かあったのか?」


「うっひょおおおおお!!オラ!サイっキョオォ!!!!!!!」


「ほっ奉先!?気でも狂ったか…っ!?」


「うっひょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 呂布は一歩前に踏み出し、一刀の元に丁原の首を刎ね、左右に叫ぶ。


「丁原はロクでもねえヤツだからオラがぶった斬っちまったゾ!オラに従うヤツは残れ、従わねえヤツはもう、どっかに行っちまえっ!」


 呂布の宣言に、兵の大半が散っていった。


 次の日、呂布は丁原の首級を手に李粛に会いに行き、李粛は董卓と引き会わせ、董卓は大喜びで酒をもって迎え入れる。


 先に董卓が拝して言う。


「私が将軍殿を得た事は、言わば干からびた苗が雨を得たに等しいでしょう」


 呂布も董卓に拝して言う。


「董卓殿っ!もし良かったら、オラをオメーの養子にしてくんねえかっ!?」


 董卓は金甲錦袍を呂布に賜って応え、心ゆくまで飲んで酒宴は終わる。


 これにより董卓の威勢は絶大、自らは前将軍となり、弟の董旻とうびんを左将軍侯に、呂布を騎都尉中郎將、都亭侯に封じた。



 李儒りじゅは董卓に早くの廃立を勧め、董卓は省中に宴を設ける。


 公卿百官を呼び寄せ、呂布に千余りの兵士を従えさせ、その左右に配した。この日、太傅たいふ袁隗えんかいを始めとした百官が集う。酒が数度廻った酒宴も半ば、董卓は剣を抜いて宣ずる。


「今上陛下はアホの子です。宗廟を奉る事は出来ません。私は伊尹、霍光の故事に習い、帝を弘農王とし、陳留王を帝に立てようかと思います。反対する者は、斬ります」


 群臣は皆畏れ慄き、敢えて反対する者は居なかった。


 中軍校尉の袁紹えんしょうが身を乗り出して言う。


「今上陛下は未だ即位間もなく、少しも得を失ってはいない!貴方が嫡子を廃し側系を立てるはズ☆バ☆リ叛逆でしょう!?ふうぅーっ!!」


 董卓は怒り狂う。


「天下は、私の手にあります。私が今やってる事に、誰が従わないでしょうか?貴方は私の剣の輝きが見えないのでしょうか?」


「ふぉーっ!?めっちゃ尖ってるふうーっ♪俺の剣も超尖ってるんですけどぉ!?ふぉーぅっ♪」


 袁紹も抜刀して答える。めっちゃ煽るなコイツ…。

 宴席で二人が剣を持って相対する。


 丁原仗義身先喪,袁紹爭鋒勢又危。

 畢竟、袁紹の命運は如何に。

 且聽下文分解。





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用語解説


※赤兎馬(せきとば)

 董卓が呂布に送った名馬。三国志中だけでなく、現在広く知られた名馬

 中の名馬。後に関羽の乗馬となる。西域の汗血馬(血のような赤い汗を

 流して走る名馬)の一種と言われる。


※丁建陽の養子

 呂布は丁原の養子である。養子であっても息子は息子、儒教社会に

 於いては養父も実の親同然である。


※左右に叫ぶ。

 左右=近侍のこと。


※金甲錦袍(きんこうきんほう)

 鎧と錦の陣羽織、鎧一式。


※騎都尉(きとい)

 主に宮中の守衛などを任された官職。皇帝直属兵の羽林うりんを統率した。


※太傅(たいふ)

 最高官職の一つ。皇太子の補佐と教育を行う。漢代では三公の上だが

 実権は薄かった。


※弘農(こうのう)

 現在の河南省西部、三門峡市・南陽市辺り。長安・洛陽間の黄河南岸。


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