第12話 012 第二話05



 中平六年四月、霊帝が病に倒れる。

 帝は大将軍である何進かしんを後事の相談として召し出した。


 この何進、元は肉屋の身であったのだが、妹が貴人として迎えられべん皇子を産み、やがて皇后として立てられる。これにより何進は栄達したのだ。

 帝はまた王美人を寵愛し、王氏はきょう皇子を産んだのだが、皇后はこれに嫉妬し王美人を毒殺してしまった。協皇子は宮中にてとう太后に育てられる。

 董太后は霊帝の母であり、解瀆亭かいとくてい侯である劉萇りゅうちょうの妻であるのだが、これは桓帝に子が居なかった事に由来し、皇族である解瀆亭侯の子が霊帝として迎えられた。

 即位した霊帝は母を宮殿に迎え入れ、太后とした。

 

 董太后はかつてより、協を皇太子として迎えるよう帝に勧めていた。霊帝もまた協を愛し、これを立てようとした。

 今霊帝が病に倒れたため、中常侍の蹇碩けんせきは上奏する。


「協様を立てるのならば何進を誅し、後の憂いを断つべきです」


 帝はこれを受け、何進を宮中へ召し出したのであった。


 何進は宮殿の門に至るが、司馬しば潘隠はんいんが忠告する。


「入ってはいけません、蹇碩が貴方を殺す気です」


 何進は驚き、急ぎ家に戻ると諸大臣達を呼びよせ、宦官達を皆殺しにしようと告げる。

 座の一人が前に出で、言う。


「奴らは宮中で強い勢力を持ってるので無理でしょう。もし事が漏れたら、我らは必ずや皆殺しにされますでしょう」


 何進が見ると、それは典軍校尉の曹操であった。

 何進はブチ切れ叫ぶ。


「お前のような小僧が、国家の大事を語るな!!」


 そうしてる内に、やがて潘隠が来て伝える。


「今、帝が身罷られました。蹇碩と十常侍達は崩御を伏せたまま何進殿を宮中に入れ、後患を絶った上で協皇子を即位させようとしています」


 潘隱が言い終わる前に、参内さんだいを促す勅使が来訪する。


「今は帝の即位が優先でしょう、宦官誅殺は後でしょう」


 曹操は何進に進言するが、


「…誰か私と賊を倒す者は居るか?」


 すると一人が前に出で、


「願わくば私に精兵五千をお与え下さい!それで宮へ入り、新しく帝を立て、宦官どもを皆殺しにしましょう!朝廷は清められ、天下は安らかうぇーい♪」


 何進が見ると、司徒袁逢えんおうの子、袁隗えんかいの甥、司隸校尉しれいこうい袁紹えんしょう本初ほんしょであった。

 何進はこれに喜び、御林軍五千を率いさせた。

 続いて何進は何顒かぎょう荀攸じゅんゆう鄭泰ていたいら大臣三十余人を続々と引き連れ入宮、霊帝の柩の前で弁皇子の即位を宣言した。


 百官の拝礼の後、袁紹は蹇碩を捕まえるため兵を率いて宮中に押し入るが、蹇碩は庭園の藪影に隠れていた所を中常侍の郭勝かくしょうに殺された。蹇碩が率いる禁軍も皆投降した。


 袁紹が何進に進言する。


「十常侍どもは皆グルです!今の勢いで皆殺しておきましょう!勢いふうぅーっ♪」


 張讓ら十常侍は事を知ると、何太后の所へ逃げ込み哀願する。


「何進殿を殺そうとしたのは蹇碩ただ一人、我らの与り知らぬ所です!今、大将軍は袁紹の進言を聞き我らを皆殺しにしようとしています!どうかお慈悲を!」


「…心配せずともよい、私が助けよう」


 そうして何太后は使者をやり何進に伝える。


『元より身分が低い我ら、張讓ら宦官がおらねば決して今の富貴は無かったでしょう?首謀者である蹇碩を既に誅した今、兄上は何故他人の言に乗り宦官ら皆を誅しようとするのですか?』


 何進は妹からの言伝を聞き終わると、皆の前に出でて言う。


「私を殺そうとした蹇碩は死んだ。これ以上はもうよかろう」


 袁紹が言う。


「今草の根から斬らねば、必ずや我らが身を滅ぼす元となります!うぇぃっ!」


「…もう決めたことだ。何も言うな」


 何進の返答に、百官は皆引き下がった。




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用語解説


※中平(ちゅうへい)

 霊帝治世時の元号。184-189年。


※貴人(きじん)

 ここでは尊い人という意味ではなく、後宮の側室の称号。

 後漢では皇后に次ぎ高位。


※王美人(おうびじん)

 霊帝の側室。名は王栄。美人も貴人と同じく側室の称号。


※弁皇子・協皇子

 後の少帝劉弁と後漢最後の皇帝・献帝劉協。


※中常侍(ちゅうじょうじ)

 後漢では宦官の官職。宦官の最高位、大長秋に次ぐ高位。

 なお十常侍は通称であり官位ではない。


※蹇碩

 十常侍であるが西園八校尉という近衛軍を統括した。

 演義・史実共に今回のような末路であるが、他の十常侍と一線を画す

 立場が伺えるため、一部では霊帝が他宦官に対抗する為に皇帝直属の

 近衛を創設し、統括させたとする作者も好きな説がある。


※司馬(官職)

 軍政・軍務を司った官職。三国志においては後に姓として多くの司馬

 シリーズが登場するので混同しないように注意。


※袁紹 本初(えんしょう ほんしょ)

 前半それなりに活躍し、儚くも歴史の影に消えゆく男です。どうか覚

 えておいてあげて下さい。


※御林軍(ぎょりんぐん)

 一般的には皇帝直属の近衛兵のこと。

 ここで何進が袁紹に与える兵を御林軍とするのは、よくわからない。

 二~三世紀を舞台とする三国志に対し演義が著されたのは近世である

 ため、言葉の定義の変化がままあったりする。これもそうかも?


※中常侍の郭勝

 十常侍の一人。


※禁軍

 宮中の衛兵であり、皇帝直属の兵。

 霊帝は死んでいるため、蹇碩が偽詔で動かしていると考えられる。



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